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第1話 囚われの姫君

 競争相手(ライバル)は始末した。

 (イバラ)は刈りとった。

 火を吹くドラゴンには多少手こずったが、特製の匂い袋を鼻先でふってやると、すぐにおとなしくなった。


 塔の最上階にたどりついたアレンは、古びた扉の前でひとり立ちすくんでいた。旅の終わりを迎えた感慨にひたっていた──わけではない。たんに息があがって動けなかっただけである。


 無理もなかろう。ただでさえ長旅で疲れていたところに、大陸全土から集結した王子たちと三日三晩におよぶ勝ち抜き戦をくりひろげ──最後のほうは何やら熱い友情めいたものが芽生えていた。幾人かとは連絡先まで交換したくらいだ──その後は丸一日草刈にはげみ、さらにドラゴンと追いかけっこを演じたあげく、とどめに待ちうけていたのは百段になんなんとする螺旋階段だったのだから。


 いくら体力のありあまった十七歳でも、さすがにこれはきつかった。だが、これが最後とアレンは必死に階段を駆けあがり、ついにここまでたどりついたのだ。あとは、この扉のむこうで眠っている姫君に口づけし、目覚めたそのひとにやさしく微笑みかければ──


「……持参金はこっちのもの」


 爽やかさのかけらもない笑みを浮かべ、アレンはそっと扉を開いた。とたんに、かびくさい匂いが鼻をつく。百年分のよどんだ空気だ。

 窓のすきまから射しこむ茜色の光のなか、アレンはゆっくり歩を進めた。部屋の奥に鎮座する天蓋つきの寝台のもとへ。


「……姫」


 アレンは寝台の前でひざをついた。


「わが名はアレン。アルスダイン王国第三王子……いえ、邪悪な呪いより姫を救いにまいった騎士にございます」


 ひざまずいたまま待つこと約十秒。

 返答なし。


「……そりゃそうだ」


 よっこらと立ち上がったアレンは、ほこりで白くなったひざをはらい、ついでに手櫛で髪を整えた。第一印象は大切だ。


 いい具合に壁にかかっていた鏡をのぞきこむと、見慣れた顔がのぞき返してくる。


 くせのない黒髪と緑の瞳はかろうじて希少価値を主張できるものの、ほかにこれといった特徴もない顔立ちは、アルスダインきっての美形と名高い次兄の足もとにもおよばない。身体つきも同年代の若者にくらべると細っこく、これまたアルスダイン随一の勇者と称えられる長兄に見劣りすること甚だしい。


 まあいまさらだと、アレンは鏡の中の自分をなぐさめるように笑ってみせた。こんな顔でも、好きだと言ってくれた女の子くらい──彼女たちがもれなく次兄もしくは長兄に心変わりしたという悲劇的な結末に目をつぶれば──いたわけで、もちろん口づけの経験も……回数は伏せるがちゃんとある。


 仕上げに襟の形を整えて、アレンは精一杯りりしい表情をつくった。可愛い子だといいな、という年頃の若者らしい期待を胸に、いざ、と(とばり)をめくったアレンは──


「…………」


 静かに手をおろした。

 そのまま数歩あとじさり、たったいま目にした光景をはらい落とすように頭をふる。


 神さま、とアレンは心の中で訴えた。

 美人がいいなんて贅沢言ってすみませんでした。不美人でも、年が多少いっていても全然まったくかまいません。


 ──だからお願いです。あれは幻だと言ってください。


 幾度かの深呼吸ののち、アレンはふたたび(とばり)に手をかけた。


 最初に目に飛びこんできたのは、枕に散る銀の髪。かたく閉ざされたまぶたを縁どるまつ毛も、そして、かすかに開いた唇のまわりの無精ひげも、すべてがやわらかな夕陽をはじいて銀色にきらめいていた。


 アレンは床にくずれ落ち、両の指を組んで額におしあてた。祭壇に祈りをささげる信者のごとく。


「……神よ」


 (いな)、アレンは祈ってなどいなかった。もしもいま、目の前を運命の神とやらが通りすぎようとしていたら、襟首をつかんで一発お見舞いし、あらんかぎりの罵声を浴びせていたことだろう。


 だが、それより何より、まずはこう言いたい。いや、叫びたい。


 ──救出対象が中年オヤジだなんて聞いてねえ!


 ふごっ、と男の口からいびきがもれた。


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