3話 アルダ砦
平地をかけていくミーユ衆6人。
【回想】
座っている6人。
カイト「多分だけど、ここから【翼の丘】までに魔獣はそんなにいないはず。
丘にいるのはそこそこ強い、ワーウルフかホブゴブリンあたりか。丘の先からアルダ砦が見えれば、もし大軍だったら勢いで行っちゃうと思うから。」
【回想終】
走りながら魔獣を斬り倒していくミーユ衆。
配置は同じで、真ん中にカイト、両翼にハムとゼレ。後ろ二人にジュノとセム。最後尾は今度はノア。
魔獣はほとんどがワーウルフとゴブリン。
森の中の魔獣と何の変りもなくバタバタと斬り倒していくカイト、ゼレ、ハム。
後ろ脇のジュノとセムも変わらない。殿のノアは何もせずに走っている。
ノア「こりゃあ楽じゃわい。」
あっという間に【翼の丘】に辿り着いた。
ちょうど今いる場所を中心に、大きな鳥が翼を広げたように盛り上がっている丘。中心はむしろ以前人類がアルダ砦を築く際にスムーズに行き来出来るように掘削していた。
丘の上に無数の魔獣がいるのが丘の下から見えた。
ハム「ホブゴブリンか。」
カイト「拡散!」
ミーユ衆全員「御意!」
そう言うと、両脇のゼレとハムは一目散に開き、カイトの両脇にジュノとセムが割って入り、そのまま丘を駆け上がった。
ノアは敢えてその場に待機していた。
丘を登ると、待ち構えていたホブゴブリン達を一気呵成にミーユ衆5人は斬り倒していった。
丘の上に5人が配置を整えて前に進み出すと、ノアは丘に登っていき、丘の上で様子を伺えるようになった。
バタバタそれでも倒していくミーユ衆5人。
ノアは最後尾から
「前方、一匹!」
そう叫ぶと、丘の上奥に、一匹の大きなオークが立っていた。
カイト「ノア爺!」
そう言うと、カイトはホブゴブリンの間をスルスルと抜けていき、オークの元へ。
ノア「御意!」
カイトの配置にノアが入り、ホブゴブリンを圧倒していく。
カイトはあっという間にオークの懐に入り、短剣を刺したが、奥まで入らない。
オークは痛がるが片手に持ってるこん棒でカイトを離れさせようと振ってきた。余裕で避けるカイトは後ろに後退した。
そして、オークに余裕を持たせる間もないうちに、カイトはオークに向かって右掌を差し向け、
「氷柱!」
と叫ぶと、先の尖った氷柱がカイトの右掌前に出来たと思ったら否や、目にも止まらぬ速さでオークに向かい、オークの体を射抜いた。
お腹に大きな穴が開いている、と思った瞬間オークは倒れ絶命した。
カイトが後ろを振り向くと、ミーユ衆5人が既にホブゴブリンを全滅させてカイトに近づいて来ていた。
ノア「相変わらずオヤカタ様の魔法は惚れ惚れしますのぅ。」
ハム「無詠唱だからな。」
ゼレ「惚れ惚れします。」
ハム「意味がちがう。」
ジュノ「惚れ惚れしますぅ。」
ハム「…。」
セム「惚れ惚れ…」
ハムがセムを睨む。
セム「ハハっ。」
カイト「みんな、無事?疲れてない?」
セム「大丈夫です。」
カイト「ノア爺は?」
ノア「爺は楽させてもらいましたでのぉ。」
カイト「ゼレは?ジュノは?」
ゼレ「ゼレは全く疲れておりません。」
ジュノ「主様ぁ。ジュノは少し…」
カイト「ジュノ?どうしたの?大丈夫かい?」
ジュノ「少し主様の横で休みたいかも…」
そう言って、カイトのそばに行くジュノ。
カイトの手を両手で握り、そのカイトの手を自分の頭に乗せ、
ジュノ「頭ナデナデして欲しいです。」
と甘えた声で言った。
カイト「それで良いの?」
そう言って、カイトはジュノの頭を優しく撫でてあげた。
喜ぶジュノ。
そしてカイトはそのまま
「ヒール」
そう言ってジュノに回復魔法をかけた。
そしてカイトは、もう片方の手で、ノア、ハム、セムにもヒールを掛けた。
ゼレはジュノに対抗してカイトに近づき
ゼレ「主様…、私にも…」
と言った瞬間、カイトはゼレにヒールを掛けた。
ゼレ「あ。」
ヒールを掛けられてるゼレに、ニヤッとするジュノ。
カイト「あ、違った?ゼレ?」
ゼレ「もういいです。」
目を逸らしたノア、ハム、セム。
カイト「ハム、セム。そこら辺のホブゴブリン10体くらいここに集めて」
ハム・セム「御意。」
ノア「オヤカタ様。何をなされるのじゃ?」
カイト「うん。時間がないからやりながらね。」
そう言って
カイト「十字架」
と唱えると、土が盛り上がり、大きな十字架の磔を作った。
そして、巨体のオークの死体に歩み寄りそれを難なく持ち上げ、十字架に向かって投げ、
カイト「釘。杭」
というと、十字架にオークの両手に土で出来た釘が刺さり、両足に刺さり、空いたお腹に杭を差し込み、そして最後に
「長針」
と言って細く長い土の針が出来て、頭の中心に刺さり、ちょうど十字架にオークが両手を広げて打ち込まれた。
ジュノ「主様。エグイ。」
ハム「オヤカタ様。こんな感じですか?」
カイト「ハム、セム。ありがとう。」
カイト「多分砦からここが見えた時、オーク達が居ない事で怪しまれる。だから逆にこういう感じでやっておけば、敵襲だと思って砦に隠れてくれる。
砦に何があるかわからないから、ちょっと時間を稼ぎたい。さっきみんなにヒールをかけておいたから、あともう少しだけ頑張ろう。」
ノア「斥候ですな。」
カイト「うん。これから1刻。それぞれ斥候で。ノア爺は、アジトの確認。斥候は何があっても1刻。もしもの時は魔笛で。」
ノア「1刻後はどちらで集合で?」
カイト「アジトの丘。」
ミーユ衆全員「……、御意。」
全員が翼の丘からアルダ砦を見た。
四角く城壁に囲まれ、中は城というよりただの建物がびっしり詰まっている。
丘からは見えない。はずなんだが、2年前の惨劇で城壁は崩れているところも多く、剝き出しで中の建物が見えているところもあった。
魔族領側の、北門の城壁は壊れてしまってるのであろう。カイトはそう思った。
カイト「今は感情を抑えよう。ノア爺、アジトは多分大丈夫だと思うけど?」
ノア「そうですな。皆が住まわった大きな木はなかろうが、アジトそのものは地面の下ですからな。魔獣達にはわからんでしょうな。」
カイト「一応用心して。」
ノア「御意。」
カイト「本当は夜まで待ちたいんだけど、今日中じゃないとだからね。まずは1刻。そしてアジトで休んでもう一回斥候。そして…、奪還。」
ミーユ衆全員「御意。」
カイト「じゃあ行こう。」
カイトはハムとセムが集めた死体達を火魔法で燃やした。
そして各々が散り出した。
夕刻になって、アルダ砦の城壁の上で哨戒をしていたゴブリン達が丘の上に目をやると燃え盛った火の塊と、オークが十字架に架けられている光景だった。
ゴブリン達はあわててリーダーに報告しに行くのだった。
魔笛が鳴る事もなく、1刻後、ミーユ衆6人は、【アジトの丘】の上にいた。
アジトの丘は、特に名前の由来もない、ただ、ミーユが特別に砦外の、砦が見える丘に自分の住処を作った丘。
そこには大きな大木があって、その木の上に家を作った。
その丘に、ミーユが育てていた連中をも住まわせ、そしてアジトを丘の地面の下にトンネルのように作った。連中とは今のこのミーユ衆の事だ。
カイト達はそこを勝手にアジトの丘と呼んでいた。
カイト「完全に日が暮れてくれるね。」
ハム「城壁も中もボロボロでしたね。この後の斥候が楽そうに見えました。」
ジュノ「主様のアレが効いてたのか、中は慌てふためいてた様子でした。」
セム「まだ中にどれくらい居るのか、夜になればもっと把握できると思います。」
ゼレ「主様、どうされたのですか?」
カイトはずっとアルダ砦を見つめていた。
ホブゴブリンを燃やした丘はアルダ砦からフルツに向かって正面。このアジトの丘は完全に側面に位置していて、おそらく魔獣達はこちらをあまり警戒していないだろう。
カイト「ずっといつもこうやって、ここからアルダを見ていたなって。懐かしいなぁってさ。たった2年前なのに…。」
ゼレ「そうですね。もの凄く懐かしく感じます。」
ノアが後ろから現れた。
「オヤカタ様。アジトも風化しておりましたが、ほとんど変わっておりませぬ。簡単に掃除も済ませご用意出来ました。」
カイト「ありがとう、ノア爺。じゃあ行こう。」
アジトは丘の少し割れ目のところに階段があり、そこを降りていくと、アリの巣の様にいくつかの部屋があるところ。
岩のドアの様な扉があり、ズラすと全く外からは見えない。
階段等にはノアが既に明かりを灯しており、暗くはない。
この階段はSの字の様になっており、もしもの時に大勢が来れない様に細く急に階段の幅も歩きにくくしている。
その階段を降りると大きな広間があり、そこでいつも話をする場所だったり講義をする場所だったりしていた。
大きなテーブルが置いてあり、椅子も幾つも置いてある。
部屋は全部で4つ。
仮眠室と武器や道具などの倉庫、訓練室と軽い食堂。
そして、隠れ部屋が2つ。
フルツにもミーユ衆のアジトがヴァデレトロ門の近くにあるが、作りはほぼ同じにしている。
セム「フルツと殆ど同じなのに、なんでこんなに違うのですかね?」
ゼレ「なんだろう。匂い?」
ハム「う~ん、色?」
ジュノ「微妙な音の違い?」
ノア「土の固さ、みたいなものかのぅ。」
カイト「ミーユじゃない?」
皆ハッとする。
カイト「俺も一瞬なんでだろうって思ったんだけど、なんだかわからないけど、そう思ったら納得できたから。」
ノア「確かに。」
カイト「まぁ、でも、拷問みたいな訓練ばっかりしか思い出せないけどね。」
ハム「オヤカタ様は…、特に…でしたからね。」
カイト「俺、ここで1年くらいは気絶してたんじゃないかな。」
ミーユ衆全員が思い出して、何か納得している様子だった。
【回想】
2年前のアジトの訓練室。
上から太い紐で両手を縛られ、吊るされ立たされているカイト。
顔も体もボロボロになっている。
カイトの前に、真っ黒な艶のある長い黒髪で、肌も黒く、耳も鋭く短めに立っていて、瞳も大きめ、綺麗で美形な顔立ちの黒エルフのミーユが立っていた。
ミーユ「何もう根を吐いてんだ?」
カイト「…何も言ってねぇだろうが。」
ミーユ「気絶寸前じゃないか?」
カイト「緩すぎて眠くなりそうだからなぁ。」
ミーユ「可愛い坊やだねぇ。」
そう言うと、ミーユはカイトをボコボコにした。
ミーユの拳はカイトの血が付き垂れている。
カイト「げふっ」
口から血を吐いたカイト。
ミーユ「今日はもう限界かねぇ。」
そう言うとミーユは片手をカイトに向けようとしたが、
カイト「…、ユーリ。お前いつからそんな甘ちゃんになったんだ?」
ミーユ「死にたいのか?」
カイト「散々殴っておいてよく言うよ。」
カイトはギラッとした目でミーユに
「今までそんなセリフ恥ずかしくて言った事もなかったけど。
ジョウトウ(日本語)だよ、カカッテコイヨ(日本語)。」
そう言うとミーユはまた、思い切りカイトを殴り出した。
吊るされた太い紐がギシギシ揺れて、カイトの漏れる声だけが部屋に鳴り響いていた。
【回想終】