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1話 約束の日

夜明け前。


それでももうすぐ太陽が昇る頃だから、全くの暗闇ではない。

ただ、まだ霧が覆っているせいか、あまり視界は良くない。


20メド(ほぼ20メートル)ほどの重厚な厚さのある【ヴァデレトロ】門の前に、リューギは腕を組んで目を瞑り立っている。


リューギはとても律儀な男。

集合の時間がハッキリしなければ、あらかじめ早めに待っているタイプ。

筋肉隆々の逞しい体つき。長く黒い髪を後ろで束ねている。

肩や胸、肘や膝に防具をつけている以外、まるで筋肉が鎧の様な頑丈そうな体つき。


「ああ、やっぱり先を越されたのね…、タカちゃんに。」


薄暗闇の中から女の声と共に、スッとリューギに近づいた。


「レイカか…。」


リューギがパッと目を開けると、そこにレイカは音もなくそばにいた。

「今日くらい…、良くない?」


リューギは、目だけ上に向け、少し考えた後に

「まぁ、そうだな。」


そう言って微笑んだ。


レイカは綺麗な黒髪をポニーテールでまとめ、洋風の銀の女性用鎧を身に纏っている。


「わかっちゃいたけど…、私達だけか…。まぁどうせ次に来るのは…」

そうレイカが言っていると、コツコツという足音と共に黒マントを帯びいかにも魔女っぽい黒のハット、黒のブーツに黒短パンでジーナが颯爽と現れた。


「ああ、みんなぁ!、って、あれ?まさやんは?」


リューギもレイカもお互い目を合わせ笑い合った。


「確かに。いつもならまさやんが先なんだけどね。」

レイカはそう言うと、リューギも


「何か…、あったのかな。」


と、言い出した。


リューギのそんな言葉を遮る様に、レイカのそばに近づいてきたジーナはレイカに

「アヤは相変わらず綺麗な髪だね。ねぇ、なんか保湿してるの?」

いきなりそう言ってレイカのポニーテールの毛先を丁寧に触っていた。


レイカ「いや、特に。」


「ええ、だってこっちにトリートメントなんて無いし。魔法だって万能じゃないじゃんさぁ。」

ジーナはそう言って今度は自分の金髪の髪を触り出した。


「トモはどうやって染めてるの?」

レイカが聞くとジーナは

「え、これ? うーん…、内緒?」

そうやって話してると、話を遮られたリューギが

「俺の話きいてる?」

と問いただしてきた。


レイカとジーナはリューギを見つめ、ジーナは

「大丈夫、大丈夫。まさやん絶対何かしてて夢中になって遅れてきてるだけだと思うよ?」

「まさかお経でも唱えてんじゃないの?」

レイカが言うと、ジーナだけじゃなくリューギも笑ってしまった。


すると、向こうからシャンシャンという音と共に、大きな図体のオーシンがやってきた。

「ああ、みんな。久しぶり。」

オーシンは笑顔で3人に近寄った。

2メドは無いくらいの背の高さ。黒い法衣に笠を被り、右手に長く太い錫杖を持っている。笠の下は本当に坊主で。


ゲラゲラと笑うレイカとジーナ。

「ちょっとまさやん。どうしたの、それ?」

ジーナは手を叩きながら笑っている。

「この世界に絶対に馴染まない。」

レイカも手で口を抑えて笑っている。

流石にリューギも引き笑いしている。

「まさか今更そんな格好で…。」


キョトンとしているオーシンは

「いや、だって今日は約束の日だから。わざわざ半年以上かけて作っていただいたんだよ?」


ジーナは涙を流して笑っている。どうやらツボッたみたいだ。


「いやいや、そりゃあ約束の日だっていうのはわかるけどさ、ちょっとそりゃあ本物のお坊さんじゃん。」

リューギも笑いが止まらなくなっていた。

「ネタ?ちょっとやり過ぎ。」

レイカも口とお腹を抑えて笑っている。


「お前…それ…?」

と言って笑いながらリューギはオーシンの持っている杖を指差した。

オーシンは、よくぞ気付いてくれたと言わんばかりに錫杖を地面に叩いた。

錫杖の先についてる6つの遊環がシャンと鳴り響き、また3人の笑いを引き起こさせ続けた。

「でもなんか、懐かしい音だよねー。」

ジーナは笑いながらも懐かしんだ。

「そうね。まさやん家しか思い出せないけど」

レイカも笑いながら応えた。

「でもそれにしちゃあ、ちょっと太すぎねぇか?」

リューギがそう言うとオーシンは、

「流石かたちゃん。わかってるねぇ。ほら…」

そう言いながら、オーシンは遊環の付いてる先端ではない、逆の地面についてる先の部分を3人に見せて、短い鞘のような部分を取ると、大長槍になった。

「おお、凄ぇ。」

笑いよりその槍という武器に興味をそそられたリューギ。

オーシン「治癒と補助魔法だけじゃ、やっぱり強くなれないからね。この1年くらいは槍の修行してたんだ。」

リューギ「なんか道理でまさやん、なんかちょっとでかくなったな。」


オーシンもまた背の高さに合わないくらいの屈強な体つきだった。


「雷神様みたいで格好良いじゃん。」

レイカもフォロー気味にオーシンに言った。

「風神?雷神?どっちよ?」

ジーナが突っ込むと、またそれにレイカとリューギが笑ってしまった。

なんだかわからないが、自分で笑われているオーシンも3人が笑ってるからと自分も笑いだした。


夜明け前のヴァデレトロ門の前のとてつもなく広い広場で、4人は大声で笑い合った。



オーシンはポツリと

「それにしても…、カイトは遅いね。」

リューギも続けて

「あいつそんなに遅刻するタイプでもなかったよなぁ。」

オーシン「まさか、カイト今日を忘れてるとか?」

オーシンがそう言うと、レイカとジーナがオーシンを睨みつけ

「カイ君が忘れる訳ないじゃん!」

とジーナは睨み

「斬るよ?」

と、レイカは腰に合った剣に手を置いた。

「冗談だって。」

オーシンは慌てて両手を揺らした。


リューギが続けた。

「そう言えばこの2年、あいつに誰か会った?」

そういうと、オーシン、ジーナ、レイカは皆目を合わせ首を横に振った。

リューギはさらに続けた。

「あいつが言い出した事だから、絶対忘れる訳ないんだろうけど。あいつは危なっかしいからなぁ。」


オーシン「そうだね。もしかしたらあれからもずっと訓練してたんだろうし。僕達は結構ちょいちょいギルドとか向こうでバッタリ会ったりはしてたけど、カイトとは全然会わなかったし、噂みたいなものも全然なかったからね。」


「シアナは…、やっぱり来なかったのか?」

リューギがオーシンに尋ねた。

オーシン「うん。多分今もウーダにいると思うよ?」


ジーナが話に割り込んだ。

「え、まさやんまだシアの事引きずってんの?」

オーシンは慌てて

「いやいや、もう最初見送って【アイツ】に会って。それでシアナのあの変わり様見ちゃったら、いやいや、ないでしょう。」

「色々話は伝わってきてたよ、こっちにも。結婚すんだっけ?」

ジーナはオーシンに尋ねた。

オーシン「いや、【アイツ】が結婚申し込んだだけで。まだ決まってないと思うよ。」

「王子様のプロポーズ待たせちゃうって…、シアやるねぇ。」

ジーナは肩を竦めた。そして続けざまに

「ああ、もうカイ君が来ないから、アヤがずっと黙っちゃってんじゃん。」

レイカはシアナの話には入って来ず、ずっとカイトの事を思っていた様子で

レイカ「だって…、2年も待ったんだよ?」


リューギはレイカを見て速攻で

「ツンデレかよ」

と突っ込み、レイカはリューギを睨みつけまた剣を抜こうとした。

リューギ「おいおい、冗談だって。ってトモは大丈夫なの?」

と言うと、ジーナは

「ええ、うん…。いやぁ、私だってずっとカイ君会う為に頑張ってきたし…。今日だってカイ君の為にわざわざ染め直してきたし…。すっごく会いたいよぉ。カイ君まだぁ?」

リューギ「やれやれ。それも相変わらずなんだなぁ。」

とため息をついた。


「でも、もう夜が明けてきたよ。」

とオーシンが言うと、3人も周りを見回し、辺りに朝の光が差して来ていることに気付いた。


広場の向こうから、少年が4人に向かって走ってきた。

4人は少年に気付き、そばに来るまでじっとその少年を見ていた。

特に殺気や怪しさみたいなものはなく、本当にただの少年だ。


4人の前まで来ると、少年は息を切らし膝に手をついてハァハァしていた。


オーシンは少年に尋ねた。

「どうした?少年。こんな早朝に。家出かい?」

少年は答えずにまだ下を向いて肩で息をしていた。

ジーナ「そんな訳ないでしょうまさやん?ここフルツだよ?」

ああ、そっか、という顔をオーシンがしていると、ようやく少年は話し出した。

「いつもはもう少し遅い時間に広場で訓練をしてるんだ、僕。でも昨日の朝に、なんか黒髪の人が急に来てさ。で、その人がさ、『もしあした今日より早く起きて…。うん、夜明け前くらいに起きて広場に行って、いかつい目がギラッとした逞しい男の人と、金髪の小さく可愛い女の人と、黒髪のとっても綺麗な女の人と、「ひょろガリのっぽ」?の男の人がきっと広場にいるから、渡して欲しいものがあるんだ。そうしたら金貨1枚あげるから。』って。」


その話を聞いた途端、4人が一斉に笑い出した。


「懐かしいなぁ。ひょろガリのっぽ。久しぶりに聞いたよ。」

リューギは大笑い。

「絶対カイトだな。ってかそれ知ってるのここにいる人だけだし。」

オーシンもまいったなぁっていう感じで笑った。

「カイ君、トモの事可愛いってさぁ」

笑いながら照れてるジーナ。

「綺麗…綺麗…。カイ君…。」

もうその感情を抑えられなさそうなレイカ。


リューギは少年に

「で?その渡して欲しい物って何だろう…?」

そう言うと、少年は腰にあった布袋から真っ赤なハチマキの様な布を4本取り出した。

「これ。」

少年が4人に向かってそのハチマキの様な真っ赤な布を手で差し出した。

真っ赤なその布には、英語で「confidant]と書かれていた。

リューギはそれを見て

「あいつ…、マジか。」

そう言ってゆっくり少年からその布を1本掴んだ。

続けてオーシンも掴み

「忘れてなかったんだね。流石カイト。ズルい。モってくよね?」

レイカは赤い布を両手で掴み、そのまま胸に押し当てた。

「綺麗な赤。私の大好きな色。本当にカイ君なのね。」

最後に布を手に取ったジーナは、その布に書かれてる英単語を見ながら

「カイ君。マジで好き。本当に好き。大好き。」

そう言って目を瞑った。


少年は続けて

「えっとね、その人がね。ごめん、先に行ってるからって。言えばわかるって。」

そう言うと、4人はそれぞれ顔を見合わせて

「やられたー!」と声まで揃って叫んだ。


少年がオーシンに

「その人がね、ひょろガリのっぽさんから金貨1枚貰いなって。でもお兄さん、で良いの?」

と、手を出しながらも合ってるかわからなそうに困惑していた。

今のオーシンはひょろでもガリでもないからだ。のっぽというより逞しい大男だからだ。

リューギは優しい表情で

「少年。彼がそのひょろガリのっぽだから。ちゃんと貰いなさい。」

と教えてくれた。

オーシンは懐から金貨1枚ではなく2枚を取り出し

「ありがとう、少年君。君に良い事がありますように。」

そう菩薩の様な顔をして少年の手のひらに丁寧に置いてあげた。




朝日が目線より少し上にある刻、ヴァデレトロ門の前には多くの冒険者パーティがひしめき合っていた。


ウルマトゥーレ領、首都ウルムににあるギルドに登録された冒険者パーティ、Bランク以上のパーティ全てに伝達し任意を持って集まってもらっている。


全ては今日、アルダ砦奪還のために。


各国の軍隊精鋭達もその中に混じっているが、軍隊のおよそ大半はこのフルツ砦郊外の野営地に集結している。


この冒険者パーティ及び各国連合軍の総指揮者こそ、ヤマル王国の第一皇子のリバウ・デ・ヤマルことリバウ皇太子。


ヴァデレトロ門前の広場の横にある三階建てのギルド支部館の三階テラスから、大きな金属を叩く音、鐘の音の様な音が鳴り響くと、大勢の戦士達は一斉に静かになった。


リバウ皇太子が、その広場を見渡せるテラスの上で口上を述べた。


「今日ここに集まってもらった理由。皆わかっているはず。

2年前、このヴァデレトロの先にある、アルダ砦が魔族によって奪われた。

そして、多くの同胞達を失ってしまった。

我々の先人達の、多くの命と血を引き換えに辿り着き、築き上げたアルダ砦。

2年前の惨劇の時、我々連合の、いや、人類連合の中でも最高峰の戦士達を我々は失ってしまった。

それでも彼らのおかげで、このウルマトゥーレ、そしてここフルツは守られた。

このヴァデレトロ(門)は決して悪の為に開きはしない。

このヴァデレトロは人類の壁であり、希望なのだ。

そしてこの希望の門から今日

先人達がその命を賭して築き上げたアルダ砦を奪還するのである。

(歓声)

戦士達諸君。

先人達の血と誇りにかけて、必ずや成し遂げよう。

そして今日の夜は、皆で、アルダ砦で祝杯をあげ、勝利の美酒を味わいようぞ!」

(大歓声)



ヴァデレトロ門の横には、トンネルの様な通用道がある。

半分まで階段の様に降りて半分から登っていく。

魔族がこの通用道を簡単に侵入させない為の工夫らしい。


普段冒険者達はこの通用道から、このヴァデレトロの先の、魔族領に赴き、そして魔獣を間引きしている。


まず冒険者パーティ達がこの門の両側にある通用道からひしめき合いながらも我先にと進行していた。


そして、門近くから魔獣達を冒険者パーティ達が封殺した上で、フルツ郊外からの連合軍隊がここ広場を通る時に、このヴァデレトロ門は開く。



ギルド支部前には、4組のS級冒険者パーティがいる。

彼らは今回の奪還作戦においてのメイン戦力であり要でもある。

おそらくアルダ砦にはかなり強い魔獣、もしくは魔人がいるであろうという見立てだ。

出来る限り、他の冒険者達にはアルダ砦まで道を作り、彼ら最強パーティと連合軍を無傷で行かせられる事が、何より今回の作戦の肝でもある。


リバウ皇太子が彼らに

「あなた方のお力は聞いています。本隊が来るまでしばし待たれ、我々と共に進軍致しましょう。」

そう告げていた。


リューギが所属しているパーティ、【ノウスオルド】の僧侶ネネア(女)が同じく同パーティの剣士ミリア(女)に小声で

「どう見たって私達に守られたいだけだよね?」

ミリア「しっ!。聞こえるからやめなさい。」

ミリアはネネアを窘めると、隣にいるリューギに

「リューギ様。何かありましたか?」

リューギ「…、特に何も。何故ですか?」

ミリア「なんだか…、何かそわそわしてるというか…。」

リューギ「気のせいです。何もそわそわなんかしておりません。」

そう喰い気味に答えた。

少し驚いたミリアは

「いつもは冷静でしっかりしている様に見えておりますが、リューギ様も緊張されてるのですか?」

と意地悪な感じで話した。

ちなみにリューギは口元を白い布で覆い、顔がわからない様にしている。


「それにしても…、」

ミリアは周りを見渡し

「バイロンのいる【ス・イジェネリス】は時々戦場であったりしていますが、相変わらず剣士レイカ様はお美しいですね。そして強さも本物。私の憧れでもあります。リューギ様と…、一体どちらがお強いのでしょうか…。」

リューギ「…、どうでしょうか…。関わった事もありませんので。」

ミリア「レイカ様もリューギ様と同じ黒髪で…。何か…同胞なのではないのですか?」

リューギ「…、すいませんが存じ上げません、あの女性の事は。それに…、美しいと言われても、仮面を被っていますので私にはわかりません。」

レイカは女性用騎士マスクを被っていて、顔は晒されていない。

そこにネネアも割って入ってきた。

「あそこにいるのって、【ルクス・テネ】のジーナさんですよね。大魔法使いの。凄く可愛い。」

ジーナは、黒い布を口元に付けている。

ネネア「見てよ、あれ。あの布。可愛くない?」

リューギ(マスクだよ!)

ミリア「同じ魔法使いでしょ?あなた。…。…、そんなに凄いの?」

ネネア「ミリアあんた何言ってるの?2年前くらいに現れて、たった一人でも魔獣の群れを殲滅させちゃうくらいの人よ?魔力量もトンデモナイし、なんだか知らない魔法も使えるって噂よ。しかも無詠唱!あり得ないんだよ、そんなの。あのパーティは彼女でもってるくらいなんだって。」

ミリア「へぇ。じゃあ、あそこの大男は?」

ミリアはそう言って、目配せでオーシン達のパーティを差した。

ネネア「ああ、あそこは確か【ピエタス・でぃく…、」

ネネアが思い出せないでいると、ネネアのさらに隣にいた男、魔法使いデニスが

「【ピエタス・ディクシタス】だろ。」

と言ってくれた。

ネネア「そうそう。でもね、あそこの大男は知ってる。国でも超有名。名前はオーシン。ウラノス聖国に現れた救世主なんて呼ばれてもいるわ。」

オーシンもまた、黒いマスクをして黒いバンダナの様に頭に布を巻いている。オーシンのパーティはオーシンだけが黒々で、他のメンバーは皆白々している。

リューギ(山に行く修行僧そのまんまじゃねぇか!)

ミリア「救世主?そんなに凄いの?」

ネネア「ウラノスだけじゃない。オームズでもクラヤスでも多分有名よ。きっと隣のヤマルでも有名なんじゃないかな。」

リューギ(ヤマルはシアがいるからまさやんは行きたくないだろうけどね。)

ネネア「私も何度か見た事あるけど。ヒールだってえぐいし、エリアで掛けられちゃうし。補助魔法も別人になるくらいかけられちゃうよ?私が見て一番驚いたのは、国でね、片腕のない浮浪者のおじいちゃんが施しを受けに来てた時、若い冒険者がおじいちゃんを蹴っ飛ばしちゃってね。それを見たオーシンがヒールと補助魔法をおじいちゃんにかけたら、そのおじいちゃん、片手でその冒険者をやっつけちゃったね。あれは見てて痛快だったよ。おじいちゃんも泣いて喜んでてさ。」

ミリア「それはすごいわね。」

リューギは誰にも悟られずにニヤッと笑った。

ミリア「でも全然有名そうじゃないわよね。」

デニス「この一年はどこかで『修行』してたらしいぞ。何の修行か誰もわからないってさ。同僚達も知らないって言ってたぞ。」

ネネア「私より早いのね。」

デニス「情報は金にも勝るからな。冒険者の必須だよ。」

リューギ(あの錫杖普通じゃないだろう!)

ネネア「フンっだ。わかってるもん。ねぇリューギ様?」

リューギは話を流している。

ミリア「ジーナさんも…、確かレイカ様も…、で、あのオーシン救世主さんも…。そう言えばリューギ様も2年前くらいからだったとお聞きした事ありましね、冒険者始められたのは。何かとても不思議な感じがしますね?」

そう言って、ミリアはリューギに疑わしい感じの視線を送った。

リューギはその視線に一瞬は目を合わせたが、また目線を逸らした。

ミリア「焦ってそうに見えるのは、会いたくなかったから?…、でしょうか?」

リューギ「ミリアさんは何かと想像力があるのですね。私が焦ってる様に見えるのは、ウズウズしていて早く戦場に出たいからです。それだけ、ですよ。」

「まぁ…、そういう事にしておきましょう。」

微笑んでミリアはそう答えた。


ほぼほぼ冒険者パーティが通用道から魔族領に出て数時ときして、広場が落ち着き静まっている中で、広場の中央を3人組のパーティが大声で怒鳴り合いながらいそいそとヴァデレトロ門の通用道に向かっていた。


【下剋上】のリーダーの勇者ダダ(男)が怒りながら魔法使いルマリア(女)に向かって

「なんでもっと早く言わないんだよ。思いっ切り遅刻じゃねぇか。」

ルマリア「仕方ないでしょう。彼が朝になっても居ないんですから。昨日の昼間にポーション買ってきますって言って以来姿消したんですから。」

ダダ「逃げやがったのか?」

するともう一人の男剣士のグエロが

「いや、部屋には大量のポーション置いてあったんで、逃げるなら買う前に金持って逃げるはずですし。」

ルマリア「ボーっとしてるけど、彼はそんな人じゃないですよ。あんな感じですが、でもいつも度胸もあるし、逃げ出すなんて今までもなかったし」

ダダ「じゃあどこに行ったっていうんだよ!」


そうやって言い合いながらの3人組を、【ス・イジェネリス】の大男の勇者、色黒のバイロン(男)が怒鳴り出した。

「うるせぇぞ。」

急に立ち止まり怯える3人組。

「す、すいません。」

ダダがあやまる。

【ス・イジェネリス】の盾戦士、こちらも大男で大きな盾を背中に背負っているジール(男)が

「どうした?何か問題が?」

ダダ「はい。うちのパーティの僧侶が昨日から、まぁ行方不明でして。逃げる様な奴ではないんで、今まで探してたら集会に遅刻しちまって…。」

ジール「A級パーティはもうほとんど先に行ってるぞ。僧侶いなくて行くのか?死ぬかもしれないぞ。」

ダダ「いや、まぁそのいなくなっちまった僧侶が、昨日大量のポーション買っといてくれたんで、大丈夫か、と。」

ジール「そうか。無理はいかんぞ。して、貴様達のパーティの名は?等級は?そ奴の名は何と言う?」

ダダ「はい。私達は【ゲコクジョウ(日本語)】と言います。等級はBです。珍しいっちゃ変な名前なんですが、そいつの名前は『ナガノ』と。」

ジール「『ナガノ』か。あまり聞いた事ない名前だな。」

ダダ「はい。黒髪の…、まぁ顔はそこそこイケてる感じなんですけどね。」

ジール「わかった。それでは早く行け。幸運を。」

3人組はいそいそと走り去った。


ジール「『ナガノ』か。確かに聞いた事もない名前だな。ゲコクジョウとはまた変わった名前だな。聞いた言葉でもないし。」

そう言うと、レイカが急に

「バイロン。私は悪いが先に行く。」

と、急に輪の中から抜けて通用道へ向かおうとした。

バイロンはレイカの肩に手を置き

「レイカ、どうした?何かあるのか?」

レイカはバイロンの肩にかかった手を汚いような素振りで振り払った。

レイカ「バイロン、私に触れるな。斬るぞ。」

バイロン「ハハハ。相変わらずそそるなぁ、レイカは。」

【ス・イジェネリス】の魔法使いのエルフのガイル(男)も笑いだす。

「レイカ、そんな気張るなよ。雑魚はA級達に任せりゃ良いじゃねぇか。」

同じく【ス・イジェネリス】の僧侶・ペンス(男)も

「綺麗なレイカがわざわざ汚れ役をする事はない。あんたは私達の横に居れば良いのですよ。」

ジール「アホばかりだな。レイカ、何か理由でも?」

レイカ「ジール殿。いや、気になるだけだ。何か…、胸騒ぎが止まらない。」


ヴァデレトロの通用道から、一人の騎士がこちらに走り寄ってきた。


騎士「伝令です。」

リバウ皇太子付の騎士、サムエルが応える。

「どうした?」

騎士「その…、ほぼ全滅してまして…」

サムエル「何がだ?」

騎士「あ、いえ、その…」

サムエル「ハッキリと申せ。」

騎士「は、はい。ヴァデレトロ門先ほぼ数キーロメドの魔獣がほぼ全滅しております。数匹残っている程度で、後は魔獣の死骸のみ、であります。」

サムエル「何だと?」

騎士「前線先発大隊長セルジオ様より、森の中の魔獣はいまのところはほぼおらず、冒険者達には魔獣の死体集めをさせていますが、ヴァデレトロ門を開き、進軍されたし、との事、以上であります。」


リバウ皇太子「どういう事であろう?」

サムエル「わかりませぬ。ただ、セルジオからの伝令にて間違いはないか、と。」

リバウ皇太子「そうか。それではかなり早いが我々も進軍しよう。」

サムエル「はい。直ちに。」


S級パーティ達も少しざわついた。

レイカは、それでは、とスタスタと通用道へ歩き出した。

レイカが一人歩き去った後、【ス・イジェネリス】のメンバー達がそれを見て、

バイロン「あの女。俺が直々に犯してやらないとなぁ。」

ペンス「いやいや、俺がちゃんと仕込んでリーダーに渡しますよ。」

ガイル「俺のものになったら、そっちに行かないと思いますけどね。」


そんな戯言を言いながら、通用道に歩き出しレイカを追った。

ジールは他のパーティ達に向かって

「皆の者、下品な連中で済まない。皆強さは一級品なのだが、どうも冒険者っていうのは配慮がなくてな。それでは私も。」

そう言って頭を軽く下げ、バイロン達を追った。


ジーナは【ルクス・テネ】のリーダー、勇者のモロ(男)に

「私達も行くよ。行かないなら私抜けるわよ、ここ。」

モロは驚いた顔して

「ジーナ。そんなに脅すなよ。わかったから。」

そう言って、サムエルに向かい

モロ「皇太子リバウ様。我々【ルクス・テネ】も行かせていただきます。」

と頭を下げ歩き出した。


歩きだした道中、モロはジーナに

「それにしても【ス・イジェネリス】。みんなヤバイね。あのレイカって女剣士、大丈夫なのかね?」

【ルクス・テネ】の僧侶・ローズ(女)も

「ええ、やだ、あの連中。だって【ス・イジェネリス】ってレイカさん以外男でしょう?レイカさんて…、もの好きなの?」

同パーティの槍使い・ナダル(男)は

「もの好きじゃなく、スキものなんじゃないのか?」

そう冗談を言ったが、同パーティ斥候の獣人・ラレイ(男)は

「お前も同じか?」

そう言うと、ナダルは

「いやいや、そんなんじゃないぞ。よくあんな下品な連中のパーティにいるなって思っただけだ。」

ジーナ「馬鹿ね、アンタ達。彼女が本気出したらあの連中とっくに斬り殺されてるわよ。彼女はパーティになんかひとつも頼ってもない。むしろ邪魔なくらい。まわりの連中も弱っちいしね。彼女は強さを求めてるの。だからあんな連中でも仕方なく一緒に居るのよ。」

モロ「ジーナって彼女の友達?話してるとこ見たことないけど?」

ジーナ「あ、いやぁ、そうなんじゃないかなって、だけよ。そうね…、ライバル?だから。」

モロ「ライバル?剣士の彼女に大魔法士のジーナがかい?」

ジーナ「あは。そうそう。戦ってみたらどっちが強いのかなぁって。」


オーシン「では我々も。」

そう言って、【ピエタス・ディグニタス】のパーティもリバウに挨拶をして立ち去って行った。


リューギ「ミューレル様。我々も行きましょう。」

【ノウスオルド】のリーダー・勇者ミューレル(男)に、リューギは睨みを効かせて進言した。

ミューレル「お、おう。」

そう言うと、ミューレルもリバウに挨拶をしてそこを立ち去った。


リューギは心の中で

(何が胸騒ぎだよ。『ナガノ』って聞いてただただカイトに会いたくなっただけじゃないか、アヤのやつ。

会いたいが強すぎる。

それにしても『ナガノ』か。

カイトの苗字なんて誰も知る訳ないじゃないか。永野、なんて。

カイト、確かに俺達にしかわからない偽名使うって言ってたけど、まさか苗字とはね。

何だよ、ゲコクジョウって。思いっ切り日本語じゃねぇか。誰もわかる訳ねぇだろう。

って僧侶って?いくら偽装でも僧侶かよ!)


歩いてる最中、ミリアはリューギに

「リューギ様、どうしてそんな楽しそうなのですか?」

リューギは我にかえり

「あ、いえ。なんでもありません。」

そう言って誤魔化した。



残されたリバウ達。

サムエルは

「全く冒険者連中っていうのは。皇太子様、宜しいのですか?」

リバウ「構わない。所詮は我の捨て駒。アルダ奪還後の事も何もわからずに意気揚々としておれば良い。あんな連中どもは魔人族や魔獣達と共に我の栄光と繁栄の道になれば良いのだ。

サムエル。我達も出立だ。用意を急げ。」

サムエル「はっ。仰せのままに。」


アルダ奪還に向け、ヴァデレトロの門が開いたのはそれから約1時間後であった。門が開いたのはあの、アルダ砦からの避難者を受け入れた時以来だった。

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