夫公認の私の愛人は魔法使い伯爵様
「そんなに私を責めるなら君も新しく男を作ったらどうだ」
目の前にいる私の夫は実にとんでもない事を口にした。
(信じられない!)
結婚して2年間、初夜以来何も「されなかった」のがアダになったのか私は彼の発言に動揺した。
「新しい男?」
「愛人だよ」
「・・・」
夫のギルはサラッと爆弾発言を続ける。
「マーリン、君だって疲れは溜まっているはずだよ」
挑発しないように彼は私をエステやリラクゼーションに誘導するが私にとっては何もかもが地雷だ。
「息抜きで不倫ですか?」
(領地の会計仕事は私にやらせてるからって「息抜きで」他の女と不倫だなんて見損なったわ!)
当の本人はやれやれどう言えば私を納得させるかと頭を悩ませているみたいだ。
(社交界で一目惚れと言われて結婚したのに、その末路がこれなんてあんまりよ!)
「君だってこの私、ダグラス伯爵家の妻なんだ。言い寄ってくる男はいるはずだよ」
そう言いながら夫は愛人を待たせてるのか屋敷の外に出ていく。
(何が私の妻だから、よ!)
確かに社交界の華と呼ばれていたけれどそれは次々に変わっていくものだ。
褒められていい気になったのは最初だけ。
これまでギルに嫌われていないか不安だったけれど愛は憎しみに変わるみたいだ。
「そっちがその気なら私だって好きにするわよ!」
(絶対にギルよりも地位のある素敵なお人を虜にしてみせるんだから!)
♦︎
「まあ、それは真っ黒すぎたわね」
「もう最悪よ。慰めてエミリー」
「よしよーし、マーリンの好きなお菓子持って来させるから」
友人のエミリーの屋敷に押しかけるとエミリーはメイドにそう言って新しいお菓子を持って来させる。
「それでギルバート様の新しい女って誰か分かるの?」
「メイドの噂ではモーヴ家の1番下のシェリーって子みたいな事を言っていたわ」
「ああ、ロザリーが言っていたわ」
ロザリーは私とエミリーの共通の友人だ。
「ロザリーは妹がいるでしょう。社交界ではもっぱらシェリーの話題でいつも沢山の伯爵達に取り巻かれ待てるって持ちきりなんですって」
「その中の1人がギルだったのかしら」
「さあ。でも同じ社交界の華でマーリンみたいな金髪の子を選ぶなんて・・・」
「・・・ええ。分かりやすい人よね」
だからって金髪で華があったらどんな子でもいいのかしらと言いたい事は山々あるけど。
「ああ、もう!思い出しただけで腹が立つわ!
ねえエミリー、良い人紹介して」
そう彼女に無理を言う。
「ええ〜?私だって既婚者よ。知り合いなんて」
いないわよと言おうとしていた彼女だが何か思いついたという表情になる。
「何?誰かいるの?」
「良い人じゃなくてツテならあるかも。
マーリン、クレアを知ってるわよね?」
「ええ」
クレアも私達共通の知り合いだ。
「確かクレアとこの間話した時に彼女の叔母様がそういう事に詳しいんですって」
「例えば?」
「確か会員制のクラブに入ってるってクレアは言っていた気がしたけど」
「クラブ!?それって大丈夫なところなのかしら?」
「私達の間ではたまに聞くけど、私も行った事はないわ」
エミリーはクレアに聞いて知っていたのかまあ大丈夫じゃない?と言った感じで話す。
「紹介制だからよかったらマーリンも気になるならクレアに話せば叔母様と一緒に行けるかもよ」
「ええ〜?」
クレアの叔母様には会った事がない。
(しかも愛人探しの為に会いたいなんて言ったら引かないかしら?)
私は今こそダグラス家に嫁いだもののお母様が聞いたら倒れそうな事だ。
「いいことマーリン、幸せになりたかったら結婚した人を愛しなさい」
2年前、ギルとの結婚が決まって父も母もギルみたいな立派な伯爵家に嫁ぐ私を彼らは喜んで祝ってくれた。
そんな母は幸せだったのかは分からない。
「マーリン行きましょうよ。そうだ!紹介性なら私も夫と一緒に行こうかしら?」
「いいの?」
エミリーの発言に嬉しくつい、彼女の手を取る。
「夫に聞いてみてからだけど、こんな機会ないならなかなかクラブなんて行かないしね。あ、でも夫にもマーリンの事情話すからね」
「分かった!助かるわ!」
持つべきものは親身になってくれる親友だ。
(相談してよかったわ)
1人で抱え込むには大きすぎる悩みだ。
(エミリーが聞いてくれてよかった)
行きよりも帰りは気持ちが楽になり、馬車で屋敷に帰ると、その日の夕飯に相変わらずギルはいなくてもいつもよりは良い気分で過ごせたと思う。
しかし
「眠れない」
エミリーとあんな約束をしてよかったのかしらと不安になったのだ。
一応私だって結婚する前はハミルトン家の一人娘。
愛人探しの為に友人の知り合いに着いていって男漁りなんて聞いたらなんて言われるか!
と思ったけどギルもギルだ。
(いっそ、彼のご家族に忠告するべきだったかしら!?)
爵位はギルに渡し、彼らは遠くの地に旅行に行く事が多い。
「ああ、もう!みんな勝手すぎるわ!」
なかなか寝付けないから何か飲んだら落ち着くかしらとメイドが寝ているかもしれない深夜にキッチンに向かうとする途中、部屋の前で聞き慣れたメイド達の声がした。
「ええ?じゃあララはその魔法使いの伯爵に会った事あるの?」
この声は確かメイドのリリーだ。
「ないわよ。買い物中の令嬢達がそう噂していたの」
この声はリリーの姉、メイドのララだ。
双子の彼女らはの部屋は一階のキッチン側でまだ起きていたらしい。
どうやら令嬢の中で噂の伯爵様がいるらしい。
ララの話を聞いてリリーは
「なんだあ」
と安心したようにクスクス笑い話を続ける。
「そうよね噂よね。魔法使い伯爵なんて」
「そうよ」
とララは彼女に頷く。
(まほうつかいの伯爵?)
納得する彼女らとは別に私は聞き慣れない名前に頭を捻らせた。
(手品が上手な伯爵が話題になってるのでかしら?)
もっとリリーとララの話を聞きたかったが彼女らは寝てしまったのか話し声はそれ以降聞こえなかった。
仕方なく部屋に戻った私には気になる話題が増えて結局小腹も満たされないまま朝を迎えた。
♦︎
数週間後、エミリーはクレアをツテに彼女の叔母に約束を取り付けついに私とエミリー夫婦は会員制のクラブへ合流する事になった。
派手目な格好で来るように言われていたので私達はこの日の為にエミリーとドレスショップに足を運んだ。
「このドレス、マーリン似合うわよ」
「エミリーも」
そう言って私達は色違いのドレスを着る事にした。
私はトップがネイビーで下に行くにつれピンクのドレス。
エミリーはトップが赤で下がイエローのドレスだ。
会場は一流のホテルの地下らしい。
「あら、あなた達がクレアが話していたマーリンとエミリーね」
合流したクレアの叔母、マーサ様は明るい方で横にいるのは彼女の
「婚約者よ。
このパーティーがきっかけで出会ったの」
そう話す2人は幸せそうだ。
「今日は付き添って下さってありがとうございます」
「いいのよ。
ほら、出会いの場って私達は親の勧めか社交界しかないじゃない?
こういった場所は勇気はいるけれど私も知り合いから紹介してもらったのよ」
なかなか良い出会いがない彼女を知り合いが連れ出して今があるのがマーサ様らしい。
「以外と公的な場所なのね」
つまり第二の出会いの場らしい。
「怪しいって言われるのはまあ「これ」を会場で付けなきゃいけないからなんだけど」
入り口でマーサ様が仮面を受け取り私達に示す。
「ええ、ここ仮面舞踏会なの?」
「そうよ。顔が見えないから先入観無しで相手と話せるのがこのクラブのいいところなの。
もちろん、舞踏会がないお食事会だけの日もあるわよ。でも今日はダンスも踊れるみたいね♪」
マーサ様は流石に行き慣れてるのか婚約者に飲みながらダンスするんじゃないぞと言われて分かったわよーとやり取りをしてる。
「エミリー達は大丈夫そう?」
「ええ。私達は飽きたら料理を頂くし」
早速、エミリー達夫婦は仮面を手に取り笑いあっている。
(仲が良くて羨ましいわ)
エミリーは家族の反対を押し切って親の勧めよりも社交界で出会って恋した彼と結婚した。
いつもは意見の合う彼女があの時ばかりには別人に見えた。
(親が反対する人にろくな人なんていないわよ)
エミリーには内心、結婚なんて止めて親の意見を聞いた方がいいんじゃないとアドバイスしたが彼女は
私を怒る事なんてしなかった。
(結果、私の方が浮気されるってね)
情け無い話だ。
そう、ひとしきり思い返してると後ろにも中に入りたい人がいたらしい。
マーサ様とエミリーはキャアと私の後ろに並んだ彼に小さい黄色い声を浴びせた。
私は急いで手続きを済ませて彼に次を譲る。
マスクを装着し、中に入ろうかしらとエミリー達を先に会場に入らせると何やら私の後ろにいた彼がホテルの従業員に入室を断られていた。
「すみません。お客様。当会場は会員制なので他の会員様の紹介が必要になります」
「そうだったのか」
仕方ないと残念そうに彼は綺麗な顔を下に向けていた。
(あらら、彼もこの場所が初めてだったのね)
なんか意外だった。
黒い衣装と髪、マントが似合ういかにも常連みたいな風格と威厳がある顔だからテッキリ彼ならホテルマンに顔パスで入れそうな雰囲気なのに。
(もったいないわ)
そこで私はらしくない事を思いついた。
「あの、だったら私の紹介って事で入れないかしら?」
いつもだったら放っておくのに紹介者として私は名乗りを挙げたのだ。
彼は綺麗な顔をポカンとさせ
「良いのか・・・?」
と私とホテルマンを交互に見る。
「良いかしら?」
ホテルマンに聞くと
「そういう事なら・・・」
と了承をもらい彼もすぐ会員になれ、彼にお礼を言われた。
「かたじけない」
「大袈裟よ。私も今日が初めて知り合いに紹介してもらったの」
「そうなのか・・・。どんなものかと思って一度入ってみたかったんだ」
「そうなの。今日は舞踏会もあるらしいのよ。
楽しめると思うわ」
入りましょうと彼に声を掛けて中に入るとそこには本当に仮面を付けた紳士、淑女だらけだった。
まだダンスは始まらなくみな、会場で談笑しているようだ。
「ダンスなんて久しぶりだ。
踊れるだろうか」
側にいる美麗なマスク男は顔に似合わず弱腰だ。
「大丈夫よ。
あなた、手足が長いから。
そうだわ。私も久しぶりにダンスするの。
よかったら相手になってくれない?」
「何から何までかたじけない」
「堅苦しい人なのね」
ズバッと言ったからか彼は少し落ち込んだように見えた。
(やばいわ。私、こう言った場所久々だったから)
社交界マナーを必死に教わって私から誘うのははしたないのに。
やらかしたわと思っているとワルツが会場に鳴り出した。
側にいる黒い美麗なマスクの彼と手を組み久しぶりにダンスをする。
ダンスは相手を変えて終わり中々楽しかった。
だけどー
(久しぶりに男性から声を掛けられるけれど正直、疲れるわ)
エミリーやマーサ様達は楽しそうだけど、相手探しの私は疲れる。
(そういえば社交界に行っていた時も楽しみにしてたけどいつもこんな感じだったわ)
久しぶりの感覚に辟易している。
(そういえば彼も会場にいないわ)
頼んで紹介人になってダンスをした美麗なマスクな彼は見えない。
(帰ったのかしら?)
取り巻きにちょっとこの場を離れると伝えホテルの中庭にあるガゼボ(西洋のあずま屋)に行くと「彼」
がいた。
彼の周りは神秘的に光りが舞っていて、綺麗なものを見た気がした。
(蛍かしら?)
と思っていると彼は私に気づき一礼をした。
「すまない。そなたが招待してくれたのに。どうも
疲れてだな。もう少ししたら帰ろうと思う」
「そうだったの。お邪魔をして悪かったわ」
彼を見るとグラス片手に一人飲みをしてるらしい。
会場で飲み食いできなかった私は
(いいな)
と思ったと同時
ぐう〜っとお腹が鳴った。
「ごめんなさい!」
(なんでこんな時に!)
紳士の前で恥ずかしい!
そう恥じていると
「そなた、酒は好きか?」
そう彼に聞かれてはいと答えた。
♦︎
「乾杯」
彼の提案で私達はホテルのバーに移った。
高い景色から見る街並みを見ながらのお酒なんて中々ないから楽しい。
「ごめんなさい。わざわざ誘ってもらって」
「そなたは恩人だからな。腹が減ってるなら食べ物も遠慮なく頼むといい。
しかし、よかったのか?
そなたは他の者達から声を掛けられていただろう?」
「いいのよ。
どうせ皆好奇心だもの」
投げやりにそう言ってワインを一口飲む。
「あなただって会場に残らなくてよかったの?
ご令嬢達に声を掛けられていたわ」
「いや、巷ではこういった界隈があると聞いて雰囲気を知りたかっただけなんだ」
(貴族の第二の出会いの場だものね。
という事は彼も誰も出会いを探してるとか?)
会場を去るとき仮面は返したから今は私達は素顔だ。
ワインやつまみを楽しむ彼を横目で見る。
長い黒髪に金色のつり目が綺麗な彼は黒い礼服を着ていて静かな神々しさを感じる。
彼は話を続ける。
「どうも僕は人の注目を集めるのが苦手らしい。
せっかくそなたが紹介してくれたのに申し訳ない」
だから好きなだけ飲み食いしてくれと彼は言ってくれた。
「気にしなくていいのよ。
私は言い寄られるのが嫌だったからあなたと同じよ」
「そうだったのか」
「私はマーリン・ダグラスよ。あなたは?」
「魔術師と同じ名前だな。
そういえば名乗ってなかった。
僕はデミトリアス・ドラモンド。
魔法使いであり伯爵だ」
「?へえ、そうなのね」
(頷いたけど今この人、まじゅつしとかまほうつかいとか聞き慣れない言葉を言ったような)
ワインを飲みながらふと考えたが聞き間違いかもしれない。
「しかし、そなたはダグラス家の人間だったのか」
「あら、知ってくれてるの?
正確にはダグラス家に嫁いだのが私よ」
「なんと!じゃあそなたは結婚しているのにこんな場所に?」
デミトリアスの言葉にムッとする。
「しょうがないでしょう!?
浮気された上にお前も愛人を作ればいいとかアイツが言い出したのよ!」
大きな声が出たのか周りがシン・・・と静まり返る。
(うっ、しまった)
周りに頭を下げるとデミトリアスは話を続ける。
「ああ、確かにそなたの顔の相は男に悩むと見受けられる」
「なんであなたにそう言われなきゃいけないのかしら?」
(当たってはいるけど不服よ)
「趣味でな。副業がてら占いをしているのだよ」
「ああ、魔法使いとか言っていたかしら。なんだ、そうよね。占い師だから魔法使いって訳ね」
つまり宣伝文句よと結論付けた私の言葉を聞くと彼はいささかムッとした顔を向けた。
「そなた、私の事を疑っているな?」
「疑うって?」
魔法使いだなんて宣伝文句以外の何があるのかとチビチビワインを飲みながら考えるが思いつかない。
「仕方ない。
人間がいるところではあまり使わないが」
そう言うと彼はバーテンダーにシャンパンを注文して私の前に出した。
「いいの?私が飲んでも」
「ああ・・・。でもその前に・・・」
彼はそう言うとカウンターに置かれたグラスを指差すとグラスの周りが赤や緑の光が舞った。
「わあ、すごい!花火かしら?」
サプライズとは粋ねと思ったが何故かバーテンダーは困惑の表情を浮かべている。
私の反応が面白くなかったのかデミトリアスは
「そなたは何だったら魔法を信じるんだ?」
と聞いた。
「魔法?」
そんな事考えた事なかった。
(魔法って現実を無視して何でもできるって事よね)
だったらー
と自分の欲のあらん限りを尽くし考える。
夫の愛は戻ってこない。
結婚すれば愛を知ると思ったがそれは叶わなかった。
それなら!
(夫のギルに会う前の理想ならあったわ!)
「銀髪の素敵な紳士が私に夢中になってくれたら信じてあげてもいいわ」
「なんだそれは?」
半ば呆れたようにデミトリアスは苦笑いする。
「そんな事でいいなら雰囲気だけなら味合わせられなくもない」
「本当!?」
「まあ、待て。今日は人が多い。
また明日そなたの屋敷にお邪魔する事にしよう」
「何それ、こんなの私の赤恥じゃないの」
(欲望全開で頼んだのに。やっぱり占い以外は無理って事じゃない)
「まあ、聞け。明日、そなたの家に私は別人の姿でそなたに会いに来る。
その時はその馬鹿なそなたの夫に私が愛人だとでも吹いてしまえ」
「へえ、適当に知り合いを連れてくるつもりね。
その知り合いには事情は話してよ」
「貴様、信じてないな。まあ、明日が見ものだな。
今日のところは私は失礼する」
私の分のお代まで払い彼はバーから出て行く姿はやっぱりどこか不思議な光が纏っていた。
「変な人」
呟く私が自分が愚かだと気づいたのは翌日だった。
♦︎
「マーリン、昨日は君にしては中々帰ってくるのが遅かったじゃないか」
たまに朝食がギルと被れば小言なんて。
(あなただって昨日はシェリーとオペラ鑑賞だったかしら?よく言うわ)
ギルが喋るのを聞く度、冷めるのだ。
結婚して何も疑ってなかった時、会計仕事のちょっとしたミスでもやるのは私なのにしっかりしてくれだのエミリーと遊びに行く時のドレスも派手すぎるんじゃないかの一言も「私が気を使わせなきゃ」と思った事は幾度とあったけど黒と判明した途端、こんな小さな男の言う事は無視に尽きる。
ギルは知ってか知らずか朝食を食べ終え自室に戻る
らしい。
「ああマーリン、言うのを忘れていたけれど君に就ける執事を今日から増やす事にするよ」
「は?」
(ギルや屋敷に就けるならともかく、いきなり何のつもり?)
私の世話ならメイド達で間に合っている。
「どんな人なの?」
「銀髪の端正な顔立ちの男だよ。
たしか君が昨日エミリー嬢と遊んでた時に偶然彼を助けたそうじゃないか。
今朝がてらいきなりうちの屋敷で働かせてくれとやってきたから破格でいいと言われたから仕方なく雇う事にしたんだ」
(銀髪?)
そんな人助けた覚えがない。
エミリーとは会ったけど、その後別れてデミトリアスと飲んだのは覚えているけど。
その後は馬車で帰ったしと考えていると横から
「マーリン様」
と聞き慣れない声が聞こえてきた方を見ると銀髪の美麗な青年がモルクルを掛けた青年が執事服に身を包みお辞儀をした。
「私、本日からマーリン様に就く事になりましたアロンと申します」
あまりの美麗さに息を飲んだ。
後に思い出した!
(成る程!これがデミトリアスが言っていた銀髪の知り合いのお方ね!)
こんな素敵な知り合いがいるなら紹介してよ〜!と思っていると彼は私に近づき手を取り跪く彼に
(うわ、駄目よ!ギルの手前、ときめいちゃうじゃない!)
なんて思いそうになる。
「これからよろしく」
側で彼が挨拶をする声は途端、恐ろしいほど低くなる。
そう。
まるでそれは昨日出会った黒が似合う彼のようなー
とデミトリアスの顔が浮かぶと私はアロンの手を払うとズザザっと壁際に後退した。
「マーリン?」
「奥様?」
ギルとメイドのララとリリーは何事かと私を見る。
「あっ、いえ部屋の入り口に虫がいた気がして」
と誤魔化す。
「申し訳ございません!」
ララとリリーは謝り即座にホウキとちりとりを持って来ようとしたが勘違いよと言って止めた。
肝心の私の執事の男は私の顔を見ようとしないどころかクスクス笑いながら惚けたように遠くを見ている。
(嘘でしょう?だって身長や骨格も違うじゃない!?)
私だってまだ信じられないのだ。
よろしくと言った声がデミトリアスそのものという事実に。
彼は私と目が合うと自分の口に人差し指を当てるジェスチャーをした。
誰にも言うなよと言う事らしい。
ええ、誰が言うもんですか。
(あんたは魔法使いよ!だなんて)
夫の不倫の次は魔法使いに執事なんて聞いてない。
(しかもデミトリアス、ギルに執事が愛人だと吹けばいいなんて無理に決まってるじゃない)
一体どういうつもりなのかしらと彼を睨む。
(ああ、もう!誰か聞いてちょうだい!)
私の日常は彼の登場により変わっていった。
♦︎
「どういうつもり?
私は執事じゃなくて愛人を募集しているの!」
部屋に戻るなりアロン、もといデミトリアスに詰め寄る。
「いいじゃないか。
いくらでも姿かたちは変える事ができるぞ。
それに銀髪の紳士をそなたは所望したではないか」
「だからってなんで執事なのよ?」
信じられないとため息を堪らず吐く。
「まあ、そなたの夫がどんな奴か見たくてな。
先入するにはこれが一番と考えてこの様なかたちをとった。
しばらくしたら解雇でも何でも好きにするがいい」
「はあ」
(まあ、こっちの都合で動いてくれるならなんでもいいか)
「仕方ないわね!」
ちょっとアロンの姿がタイプなのが癪だけど、割り切り私はデスクに向かい仕事道具の帳簿に向き合う。
「何をしている?」
「見てのとおり、ここの領地の帳簿付けよ。
月末が近いから今日は忙しいの」
「全部そなたが1人でか?補佐はどうした」
「いないわよ」
いや、最初はいたが徐々に夫ギルの指示で管理者が私しかいなくなったのだ。
「どれ、手伝おう」
アロン、もといデミトリアスは急に補佐を名乗り出た。
「あなたには任せられないわ」
「何故だ?」
彼は不満そうな反応をした。
「だってあなたデスクワークは苦手なタイプに見えるし。
占い屋を副業でしてるって言っていたし、とてもじゃないけどどんぶり感情なイメージだもの」
「ぐう、悔しいが否定できない」
彼は私に図星を食らったからか不服そうだ。
でも彼の善意を無駄にはできない。
「帳簿付はいいから休憩の時にお茶やお菓子を持ってきてくれない?」
「分かった。僕が淹れる紅茶は美味いぞ」
「本当?楽しみだわ!
うん。なんかこの感じ。執事って感じね」
そう笑うと彼はピタッと動きを止めた。
「待て。さては僕をからかったのか?」
「いえ」
と否定するけど私は笑いを必死に堪えていた。
「覚えておけ。
僕をからかうとはいい度胸だ。
貴様は僕の紅茶に驚いてすぐ腰を抜かすだろう」
と宣告される。
「私、紅茶淹れてって言っただけじゃない」
大袈裟ねと思ったが後で彼が淹れた紅茶は腰は抜けなかったが驚きのあまり一口飲めば息が止まった。
(美味しいわ!)
舌鼓をしていると彼はそうだろうと上機嫌になった。
(思ったより早く片付きそうだわ)
そうして月末。
思いの外、早く仕事が終わった私は中庭で読書をしているとメイド達の浮かれている声を聞いた。
どうやら裏で洗濯物を干しているのだろう。
「アロン様って素敵よね。
どこのお国から来られたのかしら?」
「確かにそうよね。
言葉だけじゃなく、執事としても完璧だし以前も執事をしていたのかしら?
休憩がもっと被れば聞いてみようかしら?」
「え〜、じゃあ私も一緒の時がいいわ」
「抜け駆けなんてしないわよ」
「本当にい?」
銀髪と紫がかった珍しい目の色と柔らかい眼差しに執事として完璧な立ち振る舞いにデミトリアスもといアロンはメイド達からたちまち人気になってしまった。
(顔と淹れるお茶は確かだわ)
そしてやはり、物腰が柔らかい中性的な外見に年頃の女性が惹かれるのも納得だ。
(まあ、でも魔法使いなんだけど)
彼は今は私の執事だけれどお茶や私の急な呼び出し意外仕事はない。
着替えはメイドの仕事なので普段は仕事は与えてない。
じゃあどこにいるかって言うと、
「にゃーん」
私の足元で黒猫になって日向ぼっこをしている。
「全くもって魔法って便利ね」
と声を掛けるのだった。
♦︎
その日の夕食前には早い時間、彼はメイド達に囲まれていた。
「アロン様、気になっていたのですがここに来る前はどちらに?」
「差し支えなければどちらのご出身かお聞きしてもいいですか?」
メイド達は彼に興味津々だ。
「ここよりも北のノルヴァールの領地の屋敷の屋敷に仕えてましたが主人が先日亡くなってしまい、新しく執事の探していたらマーリン様にお声掛けをしてもらってこちらに来ました」
スラスラ勝手にありもしないストーリーを作る彼に私は呆れた。
「ああ、だから奥様に助けられたと言っておられたんですね」
「はい。
それに北の方では色素が薄い者も多く、私のように異国のハーフも多いのです」
「まあ、そうだったんですね」
メイド達は納得したように頷くが全て作り話だ。
(悪い男の一面を見た気がするわ)
と自室に入ろうとした時、アロンがメイド達に質問をした。
「そう言えば旦那様はいつも外出していますが領主はそんなに出張が多いのでしょうか?
帳簿はマーリン様が付けていらっしゃいますが?」
と探るように聞いた。
「それが」
ララが事情を話そうとするがリリーがちょっと!と
注意する。
「何かおありなんですね?」
とアロンは問う。
するとリリーは諦めてララが
「実は、旦那様は仕事ではなく奥様以外の女性とも外で会っていらっしゃるんです」
「なんと!それは不倫という事じゃないですか」
「はい。大きな声では言えませんが」
(メイド達は私がまだギルに愛人を作れと言われた事は話してないし、彼女達の中ではグレーな旦那を不審に思ってる奥様という認識なのよね)
「マーリン様は黙認してらっしゃるのですか?」
「奥様は不審がっていますが、旦那様に何も仰らないのです。
私からも何も言えませんし」
「奥様はずっと悲しんでおられるように見えるわ」
(え?)
リリーの発言に驚いた。
(私、そんな風に見えていたかしら?)
少なくとも、メイド達の前では取り乱さないようにしていたはずだ。
「私はマーリン様のもの。
直接、旦那様には物は申せなくとも精一杯マーリン様が笑えるように尽力致します」
「はい!」
「ぜひ!奥様もアロン様が来てここ数日機嫌が良さそうですもの。
よろしくお願いします」
茶番みたいな会話に流石に恥ずかしくなる。
「丸聞こえよ」
とアロンやララ達の前に出ると
「奥様!?」
と驚かれる。
「ギルが不倫をしているのは知ってるわよ」
その発言にララとリリーは動揺した。
「申し訳ありません。
私達から奥様にお話しする事ができず」
「いいのよ。
ギルを許すつもりはないけど、今は私はここの伯爵夫人だから仕事はするつもりだし」
「奥様」
「大丈夫よ。
心配してくれてありがとう」
ララとリリーは目を潤ませた。
「私も、マーリン様により一層尽くせるよう尽力します」
アロンがすかさず一礼をする。
「ハイハイ、分かったから。
恥ずかしいからやめて」
彼を適当にあしらったが
「奥様、アロン様が奥様に本気で元気になってもらいたいとお思いですわ」
と念押しされる。
「気持ちだけ受け取るわ」
そう断り部屋に戻る。
(たしかにタイプの顔で言われると心臓に悪けど私はただミーハーなだけ!
そもそも採用したのは執事としてよ!)
「そうよ。
私に必要なのは新しい執事よりも私を理解してくれる愛人よ」
そう呟き、私は夕食まで胸に湧いた戸惑いを鎮めていた。
♦︎
数日後、私の決意は甘い事を思い知らされた。
「どうしてそう簡単に変身を解くのよ」
自室のゆり椅子にデミトリアスは元の姿で我が物顔で座っている。
「何故ってたまにはいいだろう?
執事の姿になればメイドの視線が気になるからな」
「ハイハイ、自慢ね。
どうでもいいけど私だってそこで読書したいんだけど」
「テーブル椅子でも読書はできるだろう?」
デミトリアスは私が腰掛けている姿を見て今のままで別に問題ないだろうと目線で物申す。
(主人は私なのに!)
「本当に自分勝手ね」
(私のまわりにはこんな男ばかりね)
デミトリアスは私のタイプとは違うけどギルと違うとこと言えば多少理解があるところだ。
それにアロンの時とデミトリアスの時は体格から声まで違う。
デミトリアスの方が大きく威厳があり、今こそ寛いでるからこそ穏やかな表情をしているがその黄金の瞳で睨まれたら誰もが縮こまってしまいそうだ。
(悔しいけどデミトリアスにしろアロンにしろ顔はいいのよね)
ジッと見ていた私の目線と彼との目線が合う。
「どうしたそんなに見つめて?
僕に見惚れたのか?
僕は君の愛人でもあるからな」
「はあ?そんな訳ないじゃない。
元の姿に戻って!」
声を上げると響いていたのか
「奥様、どうかされましたか?」
とメイドが下の階から来た。
「だ、大丈夫。猫とじゃれていたの」
「まあ、その猫最近奥様にべったりですね」
クスッとメイドが笑う。
失礼しましたとメイドが部屋を去る。
デミトリアスは猫のまま呑気に私のゆり椅子が気に入ってそのまま昼寝の体勢になっているみたいだった。
(ああ、もうだめ!私がふりまわされてどうするのよ!)
誰かに話したいわ!
と思った矢先、久々に彼女の顔が浮かんだ。
♦︎
翌日、久しぶりに外出をする為に他所行きに着替えるとアロンはすかさず
「どこへお出かけです?」
と聞いてきた。
「エミリー、友達よ。
ほら、あなたも知り合った時に一緒だった子いるでしょう。
その子よ。
夕方には帰るわ」
と告げるが
「お供します」
と彼は乗り気だ。
「ショッピングに行くんじゃないから荷物持ちなんていらないわよ」
馬車を用意してもらえれば充分。
あとの事はエミリーの屋敷の人達に任せればいいのにアロンは
「私はマーリン様の執事ですので」
としつこい。
「なんのつもり!?」
小声で彼に突っかかる。
「僕を連れて行けば友人とやらに愛人だと紹介ができるだろう」
と子供がいい事を思いついたという顔をしている。
がー、私にはただの馬鹿にしか見えない。
「だから執事を愛人って言う令嬢なんていないわよ」
♦︎
と、彼には言い聞かせたのに彼はしつこく私に着いてきた。
案の定、エミリーは私が執事を引き連れて来訪した事と彼の美貌を賛辞した。
「あなたは馬車で待ってなさい」
と命令したがエミリー反対する。
「大丈夫。彼には別室を案内させるから」
エミリーはそう言うとメイドを呼び、アロンを別室に案内させると彼女と2人きりになった。
「急に来てごめんなさいね」
「大丈夫よ。夫も出掛けてるわ。
それよりもマーリン、あんな素敵な執事がいるなんてどういう事?」
と目を爛々と輝かせ聞いてきた。
(どこから話そうかしら?
確かギルにアロンとして紹介された時はエミリーと遊んでいた時に知り合って私が彼を助けた事になっているのよね)
「仮面舞踏会があったでしょう?
あの後、会場から出たら彼がいて。
仕事でミスをしてクビになるかもって話をしていたからうちの屋敷に来ないかと提案したのよ」
「ミス?
彼って優秀に見えるけど」
鋭いエミリーは何気なしに返すが、何とか話題を変える。
「まあ、いいじゃない。
それに今日はエミリーに相談があったの。
この間の愛人を探してるって言った件よ」
「ええ!進展があったの?」
彼女はまだ何も言ってないのに嬉々としている。
「もし、とある人に好かれていると言ったらどうする?」
ズバリ、彼女に聞いてみる。
「まあ、やっとマーリンの事を愛してくれる人が現れたのね!」
やったじゃないと彼女は私以上に喜んでくれて私も一緒に喜びたいが補足を付け足す。
「待ってエミリー、彼はあくまで愛人を所望よ」
そう告げると彼女はなーんだと肩を落としてしまった。
「マーリン、こんな事言いたくないけどあなた自分からこじらせてるわよ」
エミリーはズバっと忠告する。
そんな気は私もしていたけど実際にされると耳が痛い。
「まあ、話だけ聞くわ。
どんな方なの?」
「黒髪で背が高くて」
「もしかしてこの間、舞踏会にいたお方?」
また、彼女は驚いた表情で私に聞く。
「そうよ」
するとエミリーは不満があるのか
「あんな彼でも愛人を欲しがるなんてー。
本当世の中嫌な男だらけなんだから」
と私の心中を代弁して吐露してくれたかと思ったら
コホンと咳払いをした。
「ああ、聞くだけって言ってたわよね。
続けて?」
「だから、エミリーとしては愛人として彼はありかしら?」
「私は価値観はともかく、家柄よね。
家柄によってはギルバート様と対等じゃなきゃね」
(確かに)
貴族達が愛人を持つ事はステイタスという価値観はあるものの、こじれた時がややこしい。
特に自分の家柄よりも下の家柄の者が愛人になった場合、パートナーに他の貴族の前でどういう事だと責め立てられると家柄に泥を塗って痛い思いをするのは自分ではなく愛人側だ。
愛人側の家の評判は悪くなり、爵位は落ちる事にもなる。
ギルは1番上の伯爵。
私も結婚前は伯爵家の一人娘だった。
私がギルの不倫を皆の前で大ごとにしなかったのももし、このまま離婚しない状態が続いた場合にはギルや私の実家、双方の家に泥を塗る事になるからだ。
でもー。
「それだったら大丈夫よ。
夫公認だし。
愛人になりたいって言ってる人は伯爵だから」
「あら、じゃあギルバート様とはマーリンを巡って戦える相手なのね」
よかったじゃないとエミリーは笑う。
「戦うって。だからギル公認なのよ」
戦うも何も愛人なら取り合いにもならないわと笑うがエミリーはそうじゃなかった。
「どうしたの?」
彼女が塞ぎ込むなんて珍しい。
「マーリンから恋話を聞けて嬉しいけど、愛人って聞いて少し悲しくなったの。
マーリンは新しい恋をしてさっさとギルバート様とお別れして幸せになって欲しかったから」
「エミリー」
彼女がそんな風に思ってくれていたなんて思わなかった。
「でも、愛人と新しい恋ってどう違うのかしら?」
思ったままを答えるとエミリーは肩を落とした。
「だこらあなたこじれるのよ」
「だってそれって離縁をしなさいって事でしょ?
バツが付くのよ」
「でもそんなんじゃ一生離縁できないわよ。
ギルバート様もあなたを舐めていすぎよ!」
確かに。
(エミリーの言う通りだわ)
答えが出ないまま、私はエミリーに礼を言うとアロンを呼んでエミリーの屋敷を後にした。
♦︎
「どうした暗い顔をして?」
帰りの道中、アロンは私の顔色を伺う。
自分の事も分からないけどアロン、デミトリアスの事を私は何も分かっていない。
「あなた自分の領地はどんなとこなの?」
「なんだ急に。
そんなに僕の事を知りたいか?」
からかっているのか恋の駆け引きなのか分からない質問返しについムッとして
「べつに!
ただ、素性の分からない人を雇うのはどうかと思っただけよ」
と返す。
「まあ、確かにそなたからしたら僕はただの怪しい男と思われても仕方ない」
「今更?」
ここに来てやっと私の話をまともに取り合ってくれた気がして胸を少し撫で下ろした。
「よし。まだ昼過ぎだからちょうどいい。
今からそなたに我が領地を案内しよう」
アロンはいきなり私に提案する。
「今から?
そんな急に言われても困るわ!
私、着替えとか何も準備してないしギルや屋敷の者達にも何も言ってもいないしー」
そう言いかけるとアロンは私の口に指を当て
「僕を誰だと思っている?
魔法使いだと言っているだろう。
長距離移動くらい魔法で容易くできる」
そう心配するなと言う。
「今から行って夕方にでも帰ろう」
まるで遊びに誘うかのように提案する。
「できるの?」
「僕をナメてもらっては困る」
そう言われたら私は断る訳にはいかない。
そうして一旦、馬車には街外れに送ってもらい、私とアロンは日が暮れる前にまたこの場所に来るよう
御者に伝えて別れると人の気配がない場所へ移る。
そしてある大木の前に来るとアロンの姿から変身を解いたデミトリアスが呪文を唱えてしばらくすると
突然、何もない林だった場所が瞬きをするとカラフルな街並みが現れた。
不思議な事にはこの場所には初めて彼と出会った時に見えた蛍みたいな光が昼なのにところどころに浮かんでいた。
「それは魔力の粒だ」
不思議がっている私にデミトリアスが答える。
「魔力の粒?」
「僕の周りにもあるだろう?」
そう言われると彼の周りにはいくつかの粒が舞っていた。
「ここは魔法使いが住む街。
すなわち僕みたいな者が多く住んでいる。
だからその分、その数もここでは多い訳なんだ」
「へえ。
じゃあ、田舎に行けば少なくなるのね。
あなたが住んでる場所はどうなの?」
「僕が住んでる屋敷はここから離れた場所になる。
まあ、そこには後で案内するつもりだったがそなたはどちらから行きたいか?」
「選んでいいの?」
「かまわんよ。
どうもそなたといると街で声を掛けてくる子どもに見えてしまう」
「どういう意味かしら?」
一応、貴族教育を受けた淑女よと言いたいがそういう事じゃないらしい。
彼はやれやれとため息を吐いて先を歩く。
「待ってよ。
選ばせるって言ったじゃない!」
アロンの時は私の後に着いていたわよと小言を言いながら彼に追いつこうと私は歩みを進めた。
♦︎
魔法使いの領地は何もかもが新鮮だ。
「これ、すごく美味しいわ」
カフェのテラス席でケーキセットに舌つづみをした。
「ここはこの街で指折りの喫茶店だからな」
「当たり前だけど、この領地はみんな魔法が使えるのよね」
私はさっき、魔法を使って空中でポットからお茶を淹れてくれたウエイトレスを見て改めてここは本当に魔法使いの領地だと実感した。
「ああ。
皆各々が得意とする事を研鑽し、魔法の腕を磨き商売をしたり仕事をしている」
「へえ。
確かあなた副業で占いをしていたんだったかしら?」
なんでもこなす彼をこの際だとからかう。
「なんだ占ってもらいたくなったのか?
金貨は持ってきたのだろうな?
この間も言ったが恋愛運は良くないぞ」
「なんでよ!
そもそも私、恋愛運を見てなんて頼んでないし」
「しかし図星だろう?」
「うう・・・」
悔しいけど言い返せない私はケーキを食べ終え、デミトリアスとお店を出た。
♦︎
「ここが僕の屋敷だ」
「わあ!」
目の前の黒い真鍮の門の奥には白亜の豪邸があった。
広い庭の花壇には季節の花が咲いていた。
そして更に私を驚かせたのは正面の入り口にいたたくさんの召使い達だ。
彼らは人型だがシルエットが光ってるだけにしか見えない。
しかしデミトリアスが今帰ったと言うと光るシルエットはきちんとお辞儀をする。
「彼らも全て家にかかってる代々ある魔法だ。
僕以外の家でも貴族なら使える」
「家にかかった魔法って、一体誰が?」
「さあ?この屋敷を建てた時に先祖がかけたと父や母が言っていたような」
「そういえばあなたご家族が家にいるんじゃない?
急に来てよかったのかしら?」
「心配ない。
両親は鬼籍だからな」
「心配ないって」
なんだか申し訳ない事を聞いた気がした。
「ここには客以外なかなか来ないからそなたは久しぶりの客といったとこだろうか」
「何よそれ」
心配して損したと思ったが彼が気を遣ってくれたのだろうか。
私は彼と召使いと応接間に通された。
♦︎
「では、久しぶりの客の相手をしよう」
しばらく屋敷の使いが淹れてくれたお茶を味わった後、デミトリアスはからかうように占いを開始した。
「ちゃんと占ってよ」
「分かっている。
今回は手相にしよう。
手を出してくれるか?」
「こう?」
私は両手を出すと彼は私の手を取りジイっと見る。
「どう?」
「よくも悪くも優柔不断だな」
「もっと具体的にお願い!」
そんなのありきたりだ。
「知能線が下向きだ。
一緒にいる者の影響を受けやすい。
よってそなたのパートナーや友人になる者は誠実な者が良しとする」
(うっ!友人はともかくパートナーの事は耳が痛いわ)
「他は?」
「金星丘の真ん中にほくろがある。
結婚生活が上手くいっていない証拠だ」
「そんな事も手相に出るの!?」
「ああ。
他の客でもそうだが実に色々な事がある」
「悪い事ばかりね。
アドバイスとかないの?」
「そうだな。
結婚線が2つあるだろう」
「2回結婚するって事?」
「まあ、その可能性もあるという事だ。
なんだそなた手相を独学していたのか?」
「たまたま気になって占い本をかじっただけよ」
「なるほどな。
まあ、そもそも恋愛なんて己に自尊心があれば悩まない」
「何それ?
占い師がお客に言う事かしら?」
「大抵僕のとこを訪れて複雑愛で悩んでる者はみな1人になるのを恐れている者が多い」
彼の言葉にギクリとする。
『あなた、こじらせてるわよ』
さっきのエミリーの言葉を思い出す。
私の両親は優しかったし良くしてくれた。
でも互いを本人がいない場所で罵り合っていたのも事実だ。
気の利かない父様には母様が
「あの人ったら本当に分からない人」
そんな溜め込む母様に父様は
「すぐに癇癪を起こすな。
煩わしい」
離婚こそはしなかったものの私は2人をいつも夫婦なのにどうしてと疑問視していた。
でも今なら分かる。
私がいたから離縁しなかったのだ。
分かってる。
デミトリアスの言いたい事が。
「でも、しょうがないじゃない」
私は何に対して言い返してるのか分からなくなった。
ただ分かるのは涙が溢れ出して頬をポタポタ伝う事だ。
「ーっ!すまない」
彼にハンカチを急に渡され涙を拭く。
そうしていると彼はトレーとカップを持っていき部屋を出ようとしていた。
「どこに行くの?」
「キッチンだ。
なあに、すぐに戻ってくる」
デミトリアスは私の頭を子どもをあやすみたいに撫でるとそのまま部屋を出て行った。
「お茶なんて魔法で淹れていたじゃない」
メイドに淹れてもらえばいいのにとも思ったが。
(急に泣いたから驚かせたかしら?)
彼が戻ってきたら平然としとかなきゃと私は思った。
♦︎
落ち着くとしばらくして彼は私に新しい紅茶を私に出した。
「気を遣わせたわね」
「いや、僕もすまなかった。
それにそなたの意見も分からなくもない。
両親は両方とも鬼籍だが僕だって生きていたら縁談があってもおかしくないからな」
「そうよ。
結婚は家のつながりよ」
「否定はしない。
でも、相手が己を不当に扱うなら実家にでも帰るなり長く続くなら別居なり何でもするといい」
「離婚しろとは言わないのね」
「今はクライアントだからな。
占いでもない、長く生きた経験者のアドバイスだ。
まあ、僕は今まで結婚した事はないがな」
「ふふ、何それ」
適当な彼の発言につい笑ってしまう。
「やっと笑ったな」
彼もさっきの反省顔からやっと笑顔になったみたいだ。
「そうそう、そなたは僕にした方が幸せになると名前占いでは出ている」
「また、調子のいい事言っちゃって。
前から思っていたけどあなたってナルシストよね?」
「今更だな。
まあ、すぐにとは言わないよ」
(え、口説いたのは本気なの?)
てっきり笑って冗談だと返されると思っていたのに。
私は彼の屋敷を出た後も、なぜかずっと彼の言葉が真意をずっと考えていた。
♦︎
ギルバートは最近、ごくたまに不機嫌になる。
最近、妻が上機嫌なのだ。
とはいえ妻といっても結婚したての頃はそれなりに彼女に気を使っていたが2年も経てば美人は飽きる。
家柄も周りから美人と評された彼女は弁が立つがギルバートにとってはそれが鬱陶しいだけだ。
家の仕事に真面目なのは評価するが面白みにだって欠ける。
その点が可愛がっているシェリーとは違うのだ。
そして明らかに妻が変わったのはあの執事が屋敷に
来てからだと感じていた。
最近、妻は執事との外出が増えた。
今日は金曜。
珍しく朝食をマーリンが朝食を食べ終わる頃に自身もおはようと挨拶を交わしテーブルにつく。
ナプキンで口を拭く彼女に
「最近、君はあの執事と出掛けすぎじゃないか?」
と聞くが彼女は
「昼に買い物に出かけてるだけだし、ただの荷物持ちよ」
と言うだけだ。
「メイドの噂では「あれ」と出掛ける着替えの時はやけに楽しそうにそうと聞いたよ」
そう言うと
「私ばかりにとやかく言うけどあなたもシェリーと夜な夜な相引きしてるじゃかいですか」
「夜な夜な」を強調するのが皮肉だ。
これにはどう言い返すかと考えている内にうるさい愚妻は席を立ち部屋を出て行ってしまった。
(どうも怪しい)
ギルバートはメイドを呼びつけマーリンの今日の予定を聞き出した。
♦︎
街に西陽が差し込み、カフェのウエイトレスは私達が窓際に座っていたのでブラインドを下げましょうかと聞いてきた。
日差しが暑かったからか冷たいレモネードがよく減る。
「そう一気に飲むと腹を壊す」
帰ったら夕飯だろうとアロンの姿でデミトリアス私に忠告する。
「いいの。暑いんだから」
憂さ晴らしにアロンの姿のデミトリアスと出掛けてみるものの朝のギルの小言に怒りが晴れない。
(本当はむしゃくしゃして朝から出掛けたかったけどあの人、金曜は夕方に家を空ける事が多いから)
今の時間に2人で出掛けたという訳だ。
ほぼほぼ毎日、屋敷にギルがいる時間はあまりない。
(いっそシェリーの家に住んだ方がいいんじゃない。)
彼女の家柄とかは分からないけど、わざわざ自分の屋敷に帰ってくるのはやっぱり私と上手くいってないと思われると都合が悪いからだ。
モテるけど家庭もある。
愛人がいる事は妻は気づいていない。
もしくは公認だから問題ないだろうというのが言い分だ。
(情け無い。
まあ、私も同じだけど)
店を出るとアロンは
「街まで来たんだ。
他に寄るところはないか?」
と聞く。
「うーん、前にエミリーとドレスを買ったかしら今のところ満足してるわ」
本当言うと季節は秋に変わるからアクセサリーが気になったけど、ウインドウショッピングで目ぼしい物はない。
「じゃあこれを」
そう言うと彼は私の手にゴールドに紫の石が付いたイヤリングを渡した。
「アメジストで作ったアクセサリーだ」
「まさかの押し売り?
性根逞しいわね」
「プレゼントだよ」
「どういう風の吹き回し?金貨は渡さないわよ」
「僕はそこまで小さくはないぞ」
じゃあ頂くわと彼の前で耳に付けると、もう片方を彼が付ける。
耳を掻き上げられ驚いていると
「どうだ、気に入ったか?」
とアロンの姿でデミトリアスはいつものイタズラな笑みに頬が少し赤くなって照れているようにも見える。
「あなたはどう思う?」
鏡が無いから分からない。
「よく似合っているよ」
そんな彼の真面目な返事に、私はしばらく上機嫌だった。
でも、それは軽率だった。
影からずっと「彼」が私達を見ている事に気づかなかったのだから。
♦︎
翌日、いつも通り私と行き違いで朝食をとりに来たギルに言われた言葉に私とアロンは驚いた。
「アロンを私からあなたの執事にするってどういう事!?」
「マーリン、理由は君がよく知っているはずだ。
そしてお前には拒否権はない」
ギルは私には静かな笑みを、アロンには厳しい顔をして私達に命令した。
「最近、君たちは仲が良すぎる。
メイド達が噂していたよ。
主人が執事と関係を持つなんてダグラス家の恥だよ」
そうギルが言うとメイド達がざわついた。
自分達のせいだと思ったのだろう。
彼女らは額に汗をかいている。
(アロンじゃなくても、誰だって文句を言うくせに!)
この男はそういう奴だ!
言い返すつもりで一歩踏み出すと、アロンがそれを制止した。
「かしこまりました」
とだけギルに彼はお辞儀をする。
(どういうつもりなの!?)
彼の心中が分からない。
ギルはアロンを無視し、部屋に戻っていく。
アロンも私に一礼しギルの後ろに着いていく。
(私、何か間違えたかしら?)
背中が冷たくなるのを感じて目眩がするとメイド達が奥様!と駆け寄る。
「申し訳ありません!
旦那様の前では話してなかったのに。
本当に申し訳ありません」
中には泣き出し始める子達もいる。
「大丈夫。
みんなは悪くないわ。
きっとあの人は聞き耳でも立てていたのよ」
「ですが」
彼女達はまだ何か思う事があるらしい。
「大丈夫。
それより私、部屋で休みたいの。
誰か後でお茶を持ってきてくれないかしら?」
「かしこまりました!」
私が体調が悪いと訴えると彼女達は私の部屋まで付き添ってくれた。
♦︎
日が明けて月末になってしまった。
という事は帳簿付けの締め切りにもあたる。
ギルに朝イチで帳簿に印鑑をもらわなきゃいけない。
朝食時にテーブルが一緒になったついでに彼にお願いする。
「どうした?
いつもは私の印鑑を勝手に使っていいと言っているだろう?」
「今月は一筆書いてもらわなきゃいけない書類もあるのよ」
「そういう事は前もって言え」
彼はサッと私が渡したペンでサインを済ませる。
「助かったわ」
「妙に素直なんだね」
「そうかしら?」
これで私の今月の仕事は終わり。
「♪」
「奥様、体調が戻って何よりです。
それにしても荷造りを準備して今日はどこかお出かけですか?」
「ええ。
違う領地に知り合いができたの。
その方にお招きされたから月の最初なら会えるって言われていたから訪問するのよ」
「まあ、ですが旦那様はご一緒じゃなくて平気なのですか?
それに確か月初めは確か舞踏会の案内状が奥様と旦那様にも来ていたはずです。
こちらはどうしましょう?」
確かに。
普通領地を訪れる際は、納める夫のギルを呼ぶはずだ。
しかし、今回それは私だけだしギルは私とは舞踏会には行かないはずだ。
「いいのよ。
ギルはどうせ両方とも付いてこないわ」
「ですがー」
「さあ、あなたも荷造りを手伝って」
「はい」
メイドは渋々私の言葉に従った。
♦︎
夕方、ギルバートは着替えると外出にはまだ時間が余り手持ち無沙汰になった。
こういう時はキセルで煙草を吸いたいが新しい執事はそれを許さない。
「おい」
イライラとソファ横のテーブルを指でコツコツ叩いてアロンに煙草を持ってくるよう指示するが奴は
「今お着替えをしたので控えた方がよろしいかと」
シェリー様と会うんでしょう?匂いが付きますよと可愛くない返事をする。
「うるさい!
私の一声でお前なんか即クビにできるんだぞ」
そうなじるとアロンは静かにキセルの火皿に入れマッチで皿を炙り主人に渡す。
「そんなにクビになりたくないか?」
アロンはそれには無言だった。
シェリーの屋敷は下級令嬢とはいえ立派だった。
主人に代わりアロンが屋敷のベルを鳴らしてギルバートが入り口前に立っていると今日のオペラ鑑賞に合わせて派手に髪を結い着飾ったシェリーが上機嫌でギルと抱擁を交わした。
「あなた、また煙草吸ったわね」
仕方ないんだからとシェリーは猫をあやすようにギルバートを撫でる。
「あら、そちらは新しい執事?」
見ない顔だわと若くて珍しい銀髪の執事に彼女は興味津々になった。
「こいつは人の妻を誘惑した無礼者だ」
ギルバートの発言は容赦ない。
「そう言いながらあなたに付けてるの?
もう、この人ったら大変でしょう?」
井戸端会議をするようにシェリーはアロンに話しかける。
「もしこの人のところを辞めたら家にくるといいわ」
「シェリー、やめろ。
こんな者を屋敷で働かせるなんて私は許さないよ」
いつでも辞められるとはいえ主人には歯向かえない。
アロンはお辞儀だけするとギルバートとシェリーの後ろの馬車に乗り、会場に向かった。
オペラ会場は今日は思ったより空いていた。
にも関わらず、2人は二階席からオペラグラスを使い鑑賞するのが好きみたいだ。
周りと席の間隔が空いているからか2人は親密そうに喋っている。
「ねえ、あなたワインを注文して」
シェリーがそう言うとアロンは躊躇したがギルバートに睨まれ、言われた通りにする。
しかし、それが回数を重ねるとシェリーはギルバートにも止められる。
「いいじゃない。
あなただって飲みたいでしょう?」
「私はこれ以上は遠慮するよ」
ギルバートはこれ以上飲んだら眠ってしまうからね
と彼女に言うが
「まあ、でも私も飲めないわ」
飲みかけのグラスをあなたが飲んでよと強引に隣にいるギルバートに渡す。
ここで飲まないと男が廃るのかギルバートはワインを飲み干すと、オペラ終盤には案の定眠りこけてしまった。
「旦那様、起きて下さい」
アロンは主人を起こそうとするがシェリーは
「大丈夫よ。
寝かせておきなさい」
と寄り掛かるギルバートをそのままにしておく。
「あなたもこちらに座りなさいな」
こちらとはギルバートとは反対の隣の席だ。
「遠慮いたします。
これ以上、無礼を働いてはクビにさせられてしまいます」
「だからその時は私のところに来ればいいじゃない」
「それも先程旦那様に止められました」
「釣れないわね。
私があなたを飼うって言っているのよ」
執事ではなくギルバートとは違う遊び相手が彼女は欲しいらしい。
「お辞め下さい。
淑女たる者このような事、噂になればお家の名前を汚しかねません」
「汚さないわよ。
だって少なからず私を支援してくれる方達は増えていっているのよ」
つまりギルバートの他にも愛人枠とは違うパトロンが他にもいるという事だ。
「やはりお断りします」
アロンはキッパリ拒否をする。
「なんでよ!?」
「本物の淑女はもっと気高く懸命ですよ。
少なくとも男で囲って自分を保身しようなんてしない」
「あなた私を侮辱しているの!?」
「シェリー、何を怒っているんだい?」
彼女の声に眠っていたギルバートが起きてしまった。
♦︎
「アロンをクビって本気なの!?」
翌日、私はギルから急な知らせを受けた。
「どうして勝手に決めるのよ!」
「私達に不敬を働いた!」
「達って、シェリーね?」
「ああ」
「あなたが雇ったくせに」
「当然だ。
妻を誘惑した件でも屋敷に置いていたんだ。
感謝してほしいね」
「私が決める事よ!」
「思い上がるな!」
ギルは私の耳飾りを片方取り上げて、床に落とすとそれを踏みつけた。
床にデミトリアスがくれた紫の石が割れて粉々になってしまった。
「それがあなたの答えなのね」
私だって今すぐギルを耳飾りのように踏みつけたい。
壊れた部品と石をかき集め、彼を睨むと私は部屋に引き篭もった。
「奥様」
部屋の入り口をノックするメイドを私は無視する。
「奥様、何かお口に入れて下さい」
(なんて事をしてくれたのよ!!)
ベッドに座り、どうやっても直らない耳飾りを両手
に握りしめる。
(ううん。
今はそんな事はどうでもいい!)
ただ思う事は
どうして私を置いていくのよ!という事だ。
(もう一度会いたい!)
「魔法使いなんでしょ」
(私を攫って行ってよ)
らしくないけど自分の気持ちに気づいてしまった。
私はまだ耳飾りを握りしめ、涙した。
♦︎
私が知り合いの領地を訪れる日は、舞踏会が開かれる日でもあった。
結局ギルバートは私の予定を気にする事はなく、舞踏会はシェリーと行く気なのだろう。
「奥様、本当におひとりで?」
ララとリリーは心配そうに聞くが1人で大丈夫だ。
「ええ。
しばらくは帰ってこないから屋敷の事よろしくね」
「はい」
彼女達はお辞儀をすると私を見送った。
その日の夜。
ギルバートは知り合いの邸宅で開かれる舞踏会にシェリーと一緒に会場に入るやいなや挨拶をホストと交わし、シェリーも横で笑顔を作っていた。
「ギルバート、久しぶりだな」
とホストは言うが隣のシェリーを見るとギルバートに
「君の妻は同じ金髪だったがこんな顔をしていたか?」
こそっと聞く。
「妻は来ないよ。
彼女も入れてやってくれ」
シェリーの微笑みにホストは仕方なく2人を通すと
会場には令嬢達の黄色い声でざわついた。
それにホストは驚く。
「マーリン殿、久しぶりだな。
おや、お隣の方は?」
その言葉に今度はギルバートとシェリーが驚く。
「デミトリアスよ」
そう言って紹介した彼と腕を組み、ホストと仲良く談笑する。
するとギルバートがマーリンの肩を掴んだ。
「マーリン、場所を変えようか。
話したい事があるんだ」
「私もよ」
と彼女は笑うと互いのペアは中庭に向かった。
♦︎
「マーリン、私の知らない間に2人も愛人を作るなんてどういう事だ!?」
「今更よ」
ギルの発言によく言うわとため息を吐く。
「それに、彼は愛人じゃなくてちゃんとした私の再婚相手!夫よ」
「はあ!?」
意味不明だとギルは驚くがデミトリアスがアロンの姿に目の前で姿を変える時2人は更に悲鳴を上げて驚く。
「化け物!!」
実はギルに書いてもらった書類は魔法をかけた離婚届だ。
初めてデミトリアスの領地を訪れて占ってもらった帰りにアロンの姿で今はクライアントではなく愛人なのでとちゃっかり渡された。
ギルに壊された時に気づいたが耳飾りにも魔法がかかっており、デミトリアスと連絡する事ができて今に至るという訳だ。
「ほう、僕は化け物ではなく魔法使いだ。
それに化け物とはそっくりそのまま返すぞ」
「なんだと!」
アロンの姿で威圧されたのが初めてだからか2人は困惑している。
「そのままの意味だよ。
2人揃って卑しい」
そう吐き捨てるとデミトリアスの姿に戻ると
「貴族なのだろう。
不倫に忙しいなんて本当に恥ずかしい奴だ。
女、貴様他にも男がいるな」
シェリーを指を差し指摘する。
「何!?」
驚いたギルは彼女に本当なのかと詰め寄る。
「違うわ」
「誤魔化しても無駄だ。
ライアン、ジェームズ、オリバー」
「ああ!」
みるみる彼女の顔色は男達の名前を聞くと青くなっていく。
「皆お前と関係ある男達の名前だ。
男の妻が私の店に来て呪うようにお願いされたよ」
僕は拝み屋ではないとデミトリアスはブチブチ文句を言う。
「シェリー!」
ギルがこれには激昂する。
「夫、お前もだ!」
「は!?」
「愛人まではいかないが貴様も貴様で色んな女に貢いでいるな」
「そうなの?
そう言えば妙ここずっと出費が多かったのはそのせい?」
シェリーよりも早く私がギルに詰め寄る。
「いや、あの」
歯切れが悪い。
「あなた他の女に貢ぐなんてどういうつもり!」
シェリーもギルを問いただすがそんな2人を呆れて
見ているが終わった事だ。
「すまない!
2人共、許してくれ!」
ギルの素直さだけは関心するが情け無い。
「ギル、言ったわよね。
私再婚したの。
離婚はもう成立してるわ」
「そんな。
どうやって?」
彼にその事は一生分からないだろう。
「それに
あなたの両親にこれまでの事話したら引き止められたけどもう仕方ないわよね。
離婚したし、多分すぐ屋敷に来るわよ。
すぐに帰った方がいいんじゃない?」
「嘘だろ」
ギルは青くなって馬車におぼつかない足で行こうとする後をシェリーが待ってよと追う。
「ではお2人とも後はお好きに」
そう言うと私達も彼の家の馬車に乗る事にした。
♦︎
「なかなかの見ものだったな」
「あの2人に制裁を下すのは彼の両親ね」
魔界を移動する間、彼らについて話す。
ギルは逃げるように帰っていったけど彼の両親が来るのはまだ先だ。
メイド達にギルとシェリーが屋敷にすぐ帰ってくるから逃がさないでねと屋敷の遣いに言い聞かせたから彼らに後に痛い目を見せてもらうといい。
「でもシェリー他に相手いたのね」
そこはちょっとだけ意外だった。
「占いをしていると呪い屋と思われるのか相談も多くてな」
「ひえ、あなた呪術も極めてるの?」
「だから僕は魔法使いで占い師だ。
人聞きの悪い」
「私、とんでもない人と再婚するのね」
「そうだぞ。
しかも長寿だからな
そなたも大変だな。
面倒な男に捕まったものだ」
ハハっとデミトリアスは笑うが少し顔がこわばっている。
(もしかして、ナルシストは強がりだったりするのかしら?)
「なんだ?」
「別にー」
ジッと見つめたのが気になったみたいだ。
(今まで余裕そうに見えたけどカッコつけてたのかしら?)
そう思うと可愛らしい。
「まあ、今のところ捕まってはいるけど意外と居心地はいいわね」
「ほう、言ったな」
「嘘、本当は最高の気分よ
今だったら私も飛べるかもしれない」
それが面白かったのか、彼は隣で口を隠して笑う。
「離さないでよ」
そう言いと彼はああと返事をした。
完
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ここまでお読み頂き、ありがとうございます(^^)
愛人というワードから大人な駆け引きのお話になるつもりがどうしてもコミカルになってしまいましたが、魔法って便利だなと書いてて思いました。
また別の次のお話をすぐアップするのでこの話もいいねやお気に入り、感想など頂けると嬉しいです。