学校で食べるカレーってなんか知らないけど美味いよね
昼休み。玲峰学園の食堂は品揃えが優秀なのでかなりの生徒が食堂を利用する。かくいう優介もその一人だ。食券を券売機で購入し列に並ぶと他の生徒達が各々のご飯をもらって去っていく。
そしていよいよ優介の番になった。
「おばちゃん、カレー一つ」
「はいね」
皿に盛られたカレーをトレイに乗せて空いている席を探す。しかしどこもかしこも人、人、人……
(こりゃ大混雑だなぁ)
この食堂は毎日大勢の生徒で賑わうが今日は一段と人が多いようだ。辺りを見回しながら空いている席はないかと優介はキョロキョロと周りに目を向ける。
「おーい優介君! こっちに来なよ!」
と、そんな快活な声が優介の耳に届く。そちらに目を向けるとそこにいたのは玲峰学園高等部の中でも優介と初等部の頃から付き合いの茶髪を肩まで伸ばした女子生徒、霧島美波だった。
その対面には美波と同じく優介と初等部からの付き合いである織羽拓哉も唐揚げ定食を頬張りながら手を振っていた。優介は少し躊躇したものの二人の視線に負け大人しく席に着く。
そしてカレーを食べ始めると唐揚げ一つを丸呑みした拓哉が「あ!」と何かを思い出したように声を上げ、マジマジと優介の顔を見た。
「そういや優介。お前あの『氷姫』とRAIN交換したってマジ?」
「ブッ!? ゴホッ、ゴホッ……な、なんで知って……!」
「学園中で噂になってるよ?」
思わずカレーを喉に詰まらせて咳き込んだ優介は胸をドンドンと叩いて気道を確保しながら拓哉を問い詰める。すると美波が首を傾げながら答えを返した。
「あの宮藤ユリアが自らRAIN交換した男はどんな奴なんだーって男子たちがそれはもう血眼になって優介君のこと探してるんじゃないかな?」
「勘弁してくれ……」
来る日も来る日も男子に妬みやら何やらの視線を向けられる日々を想像し、思わず頭を抱えてしまう。
その時、食堂の入り口の方がザワザワと騒がしくなった。なんだなんだとそちらの方を見るとそこには予想外の人物が立っていた。
「見て見て、宮藤さんよ!」
「食堂に来るなんて珍しい……!」
「お、俺お昼誘おっかな!?」
「お前じゃ無理だ、やめとけ」
周りが言う通り、そこには宮藤ユリアが立っていた。食券を持ち列に並ぶ彼女を見た人たちはまるでモーセの十戒のようにサッと横に引く。それを見た拓哉と美波はその動きに苦笑いし、
「統率取れすぎてるだろあいつら」
「ユリアちゃん凄く困惑してるね……」
彼らの言う通りユリアは左右に割れた生徒達を見て困ったように首を傾げている。そして伺うように近くの女子生徒に視線を向けるとその生徒が『どうぞどうぞ』とばかりに促し、ユリアに道を譲った。
やがて食堂のおばちゃんからカレーを受け取ったユリアはさっさと列から離れ空いている席を探しているのかキョロキョロと辺りを見回す。その様子を見たからか美波が立ち上がるとユリアに向けて手を振った。
「ユリアちゃん! こっちにおいでよ!」
「マジでか……」
周りが躊躇する中で臆することなく『氷姫』を誘った美波に優介と拓哉は揃って目を剥く。
だがユリアにとってその誘いは有り難い事だったので真っ直ぐ優介達のいるテーブルまで歩いてくると美波の隣……つまり優介の対面にカレーの乗ったトレイを置いて座った。
「誘ってくれてありがとう美波。どこに座ろうか悩んでいたから」
「いいよいいよ。友達でしょ!」
席について落ち着いたのか、ユリアが疲れたようにため息を吐いてから美波にお礼を言えば当の本人は笑いながら気にしていないと手を振った。それを見た優介と拓哉は互いにアイコンタクトを交わす。
(美波と宮藤が仲良いって知ってたか?)
(いや全然)
自分達の友人はいつから『氷姫』と仲良くなったのか……そんな疑問に満ちた目を男二人は女子二人に向けた。そしてそれに目敏く気付いたユリアが「どうしたの?」と首を傾げた。
「いや……二人っていつから仲良くなったのかと思って」
「先週にちょっと荷物を運ぶのを手伝ってもらったんだよ。そこから結構話すようになった感じかな」
「そうね」
二人の答えを聞いた優介は納得したように頷いてからカレーを食べる……と、ユリアがそんな優介をジッと見ていることに当の優介が気付いた。
「どうした?」
「あ……いえ。ただ今朝のRAINの事で貴方に迷惑が掛かっていないかと思って」
「あー……」
その言葉で先程拓哉と美波から聞かされた話を思い出し優介は苦笑する。そんな彼の様子を見て何かあったのかと思ったユリアは少し申し訳なさそうな顔をして俯く。
「その…ごめんなさい、軽率な行動だったわね」
「へ? あぁいや、全然そんなことないって。寧ろ俺の方こそ何か迷惑になってないか心配なくらいだ」
「私は何もないわ。でもそう、貴方が気にしてないなら良かった」
それだけ言ってユリアはカレーを口に運び飲み込むと胸元のリボンの位置が気になったのか指で弄り、ブレザーの裾のシワを直した。
するとユリアの隣の美波がユリアの肩をチョンチョンと突いて小声で話しかける。
「ねぇねぇユリアちゃん。優介君とRAIN交換した理由を聞いても良い?」
「……紅茶のことについて話したかったからよ」
「えぇ〜? ウッソだぁ」
「ホントよ」
「それなら普通に会話すれば良いのに。わざわざRAIN交換する必要ないでしょ?」
「うっ……」
二人が何やらコソコソ話しているらしい光景を眺めながら優介と拓哉はそれぞれの昼食を食べ進める。そしてお互いに顔を見合わせ肩を竦めた。
「ホントは優介君のこと好きなんでしょ?」
「ッ……そうよ。悪い?」
「まさか。私応援するよ!」
顔を赤くしてそっぽを向いたユリアの手を取りキラキラした眼差しで宣言した美波に流石の『氷姫』も反論することは出来なかった。
二人の内緒話を聞いていた優介だったが好奇心が抑えきれず思い切って声を掛けることにした。
「なぁ、二人とも何の話してるんだ?」
「え? ううん、優介君達が気にすることじゃないよ〜。ちょっとした女の子の話し合いって奴なんだから!」
「お、おう……そうか」
「……ね、ねぇ渡世君」
ズイッと体を前に寄せて凄まじい気迫で言い切った美波に優介と唐揚げを飲み込みつつ成り行きを見守っていた拓哉は『これ以上は聞くまい』と沈黙を保つことにした。淑女の秘密に踏み込むべからずである。
そして何やら顔を赤くしたままのユリアは肩に掛かった金髪を弄りながら優介に声を掛けた。
「ん? どうした宮藤?」
「その、今度の日曜日って何か予定はある?」
「日曜? いや無いけど……なんかあるのか?」
「実は今度姉の誕生日なの。知ってるでしょう? 三年生の宮藤有栖よ」
「あぁ生徒会長の。そっか誕生日か……それでプレゼント選びに付き合ってほしいって事で良いのか?」
ユリアは頷く。優介は少し考えた後、別に断る理由も無いので了承した。
「ホントに!? ありがとう!」
「お、おお。そこまで喜ばれるような事か……?」
身を乗り出し嬉しそうに笑うユリアに驚きながら優介はさりげなく身体を後ろに下がらせる。周りの視線が痛いのだ。
「じゃあ今度またRAINするわね!」
「分かった。決まったらまた教えてくれ」
満面の笑みを見せるユリアに頷きを返す優介。今まで見ることのなかった『氷姫』宮藤ユリアの満面の笑顔に男子の多くが沸き立つ。
「ユリアさんが……あの『氷姫』が笑ったぞ!」
「いやそりゃ笑うだろ」
「おい、あれって一組の渡世じゃないか?」
「マジだ! じゃ、じゃあユリアさんとRAIN交換したのも……!?」
「許さねぇ、許さねぇぞ渡世優介……!!」
「なんかすごい理不尽な怒りをぶつけられてる気がするなぁ……」
男子達の怒りや嫉妬の視線を一身に受けた優介はビクリと肩を震わせ彼らの方を向いて呟いた。
◆◆◆
玲峰学園から徒歩二十分の住宅街に優介の暮らす家はある。優介と彼の妹、そして両親の四人が暮らす家は彼らにとって十分な広さと快適さを与えている。
「ただいまー」
夕日が輝く中、優介は自宅の扉を開けて声を上げる。するとリビングの扉が開いて一人の少女が優介に駆け寄った。
「お帰りお兄ちゃん」
「結依。先に帰ってたのか?」
「うん。今日は生徒会の仕事も特に無かったから」
真っ直ぐ伸びた長い黒髪の少女──優介の妹の結依は帰ってきた兄を見て微笑みながら言葉を交わす。
結依は小中高一貫校である玲峰学園中等部の二年生であり、中等部の生徒会で副会長に選ばれた程の人望と同学年の中で常にテストで一位をを取り続ける頭の良さを持つ優介の自慢の妹だ。
「疲れた……父さんまだ帰ってないのか? 母さんは……あー職場の人と慰安旅行だったっけそういや」
「うん。お父さんは仕事で遅くなるって」
廊下を歩いてリビングに行き、ソファに鞄を放った優介はネクタイを緩めながら息を吐き出した。
「仕事ならしゃーないか……結依は飯どうする?」
「昨日のシチューの残りがあるからそれ温めて食べようかなって」
「ん。ならそうするか」
優介は広々とした冷蔵庫を開けて中から冷えた麦茶を取り出して二人分のコップに注ぐと片方を結依に手渡し、自身は椅子に座ると麦茶を一気に飲み干した。
「そういえばお兄ちゃん。あの宮藤ユリアさんとRAIN交換したって話本当?」
「ウソだろそっちにまで噂広がってんの???」
「だって宮藤さんは有名人じゃん。お父さんが世界的に有名な企業の社長さんでお母さんはイギリスの中でも有数の家系の人でお姉さんも玲峰学園の高等部生徒会長でしょ?
そして宮藤さん本人も容姿端麗で運動神経抜群、頭脳明晰なんだもん。そりゃ有名じゃないほうが可笑しいよね」
コロコロと笑う結依に対して優介は陰鬱な顔でため息を溢した。
「そのRAIN交換の件で男子から凄い目で見られたけどな……」
「あははは!! お兄ちゃん大人気だね!」
「人気っつうか俺を射殺さんばかりだったんだが」
「うんうんお兄ちゃんは大人気だね」
心にもないことをサラリと言い放つ妹を軽くジト目で睨むともう一杯麦茶を注いで飲み干した優介は夕食の準備のために席を立つ。
「ったく……そろそろ飯の準備するからお前も手伝えよな」
「はいはーい」
まだ面白くてたまらないとばかりにニヤニヤと笑みを浮かべる結依の頭を軽くチョップしてから二人は夕食の準備の為に並んで台所に立った。