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プロローグ 紅茶はお好き?

「であるからして、ここの問はこのような答えになるわけだ」


 数学教師の気怠げな声が教室に響く。黒板に書かれた式と答えをノートに写しながら俺、渡世優介(とせゆうすけ)は漏れそうになった欠伸を噛み殺した。


「なんだ、寝てねぇのか優介?」

「んなわけあるか。ちゃんと寝てるわ」


 すると後ろの席に座るクラスメイトがシャーペンで俺の背中をコツコツと叩いて先生に気付かれないようコッソリと話しかけてくる。

 えー、とつまらなそうにするクラスメイトを横目に再度黒板に目を戻す。

 その瞬間、横の席からゾクリとするような冷たさを感じて思わず背筋を張った。例えるならコタツで温んでいたら突如南極のど真ん中に放り込まれたような……誰が原因なのかなんて、今更疑問に思わない。


 その人物はこの玲峰(れいほう)学園が誇るナンバーワン美少女───即ち『氷姫』宮藤(くどう)ユリア、本名ユリア・アーシェラヴ・宮藤だ。

 大企業の社長である日本人の父とイギリス人の母を持つハーフで、腰の辺りまであるプラチナブロンドの髪とサファイアを思わせる青い目に雪のように白い肌と美の女神も素足で逃げ出すのではなかろうかと思わせる美貌の持ち主である彼女。

 そんな人から見つめられるというのは彼女を知る人なら羨望やら嫉妬やらを抱くのかもしれない。だが俺からしてみれば彼女の視線は氷と同じだ。


「俺なんかしたのかなぁ……」


 思わずそう呟くが、心当たりなどあるわけもない。そもそも俺と宮藤との間に接点など無いはずだ。二ヶ月前の入学式から今日に至るまで会話らしい会話もなかったし……軽く挨拶を交わすことはあったが。


 その時、『キーンコーンカーンコーン』という古き良きチャイムの音がして授業の終わりを告げる。日直の合図と共に立ち上がって礼をし、教師が扉を開いて廊下に出ていくと生徒達が一斉に騒ぎ出す。

 詰めていた息を吐き出し机の引き出しから次の授業で使う国語の教科書を取り出そうとして……


「ねぇ」

「……はい」


 絶対零度の声で宮藤に話しかけられた。無視するわけにもいかないので返事を返してそちらに顔を向ける。

 射抜くようにこっちを見てくる宮藤の青い目に全力で顔をそらしたい衝動を抑えながら次の言葉を待つ。


「渡世君。貴方って紅茶は好きかしら」

「………は?」


 紅茶……紅茶?あの紅茶の事だろうか? しかしなんだって宮藤がそんなことを俺に聞くんだ?

 中々返事を返さない俺に苛立ったのか目を細めた宮藤が「早く答えて」と言ったので慌てて疑問を払って彼女の質問に答える。


「好きだけど……それがどうかしたか?」

「ストレートで飲むの?」

「基本はストレートだな。まぁ偶にジャムとか入れたりするけど」

「そう、ありがと」


 聞きたい事は終わったのかそそくさと教室を出ていく宮藤を唖然としながら見送る。あまりにも唐突な事だったのでしばらく固まっていたが、やがてある一人の男子生徒がやって来て俺の肩を叩いた。


「ラッキーじゃんか。あの『氷姫』と会話出来てさ」

「質問の意図が全く分からないことに関してはラッキーって言えるのか……?」

「ラッキーラッキー。だって見てみろよ周りの奴らの目」

「は?……うげっ」


 その言葉で周りに目を向ければそこにいたのは俺を射殺さんばかりに見つめてくる男子生徒の群れであった。彼らの表情はさながら親の仇でも見るかのように歪んでいた……怖い。


「くそぅ、羨ましいぞ渡世……!! なんでお前が声を掛けられるんだ……!」

「顔か? 顔なのか!?」

「イケメン死すべし慈悲はない」

「オレ オマエ コロス」


 怨嗟の声がそこかしこで呟かれ中にはあまりの怒りで持っていたペンをへし折る奴まで出てくる始末……その握力はどこから出てくるんだ。

 額を抑えて友人の方を見るが我が友人様はニヤニヤと笑みを浮かべてこの状況を面白がっていた。くたばらねぇかなコイツ。


 その時、ガラガラと扉が開いて宮藤が戻ってきた。彼女を見た男子たちは先程までの怒りを遥か彼方へ放り投げて平常の状態に戻っていた……忍者もびっくりの変わり身の早さだ。宮藤はそんな教室の様子に疑問を感じたようだったが気にすることでもないと判断したのかそそくさと自分の席……即ち俺の隣に腰を落ち着けると何かを思い立ったのか徐ろにスマホを取り出して俺の方に顔を向けた。


「ねぇ渡世君」

「……なんでしょう宮藤様」

「気持ち悪い喋り方はやめて。普通にして」

「すんません……」


 気持ち悪い喋り方と言われ若干肩を落とす。そんなに似合わなかったのだろうか……まぁ似合わないだろうな。言ってて俺も鳥肌が立った。


「それでえっと……ホントにどうした?」

RAIN(メール)交換しましょ」

「……は?」


 なんだろう、幻聴かな? 彼女いない歴=年齢だからってこういう妄想が表に出てくるなんて俺も末期だ。心の中でそう自分を戒めていると宮藤の顔がドンドン険しくなっていく。


(あ、これマジなヤツだ)


 その顔を見てさっきの言葉は幻聴でも何でも無かったのだと確信し、すぐさま制服のポケットからスマホを取り出してRAINアプリを起動する。別に放課中にスマホを弄ることは特に禁止されてはいないから問題はないだろう。


「お、おい……! あの孤高のユリア姫が他人と……それも男とRAIN交換だと!?」

「大ニュースだ大ニュース! 新聞部を呼べ!」


 周りの男子はガヤガヤと騒ぐ。そりゃ学年一の美少女……それこそこの学園一とされるモテ男の告白すら一刀両断した『氷姫』が隣の席であるだけの俺とRAIN交換しようと言うのだ、驚くのも分かる。俺だって彼らの立場なら同じようにしただろう。

 そしてそんな彼らの騒がしさが煩わしかったのか一層冷たい目になった宮藤が男子たちを見て言った。


「貴方たち、騒がしいから静かにしてくれないかしら」


 その瞬間、この教室にいた全員が宮藤の周りに吹雪が吹き荒れる様を幻視した。その鶴の一声で騒がしかった男子たちは静まり、女子たちも息を呑んでいる。

 そしてそんな沈黙の中でRAIN交換を済ませた俺達はスマホをポケットに仕舞う。


「ありがとう渡世君」

「あ、いや別に……てか宮藤。なんで俺と……その、RAIN交換したいなんて言い出したか聞いても良いか?」

「それは……」


 そこで言葉を詰まらせた宮藤は顎に手を当てて考え込む。すげぇ絵になるじゃん……じゃなくて。え、そんなに考え込まないといけないくらい言いにくいことなのか……!?


「あの、言いにくいなら別に言わなくても「いえ、言うわ」あ、そう……」

「その……実は紅茶が好きな人と仲良くなりたくて……」


 普段と違って恥ずかしそうに顔を赤らめて話す宮藤に俺や周りのクラスメイトたちはノックアウトされかける……だが待ってほしい。たかがそれだけの事で『あの』宮藤が軽々しくRAIN交換しようなどと言い出すだろうか?

『氷姫』、『完璧才女』、『孤高の美少女』、『天は二物どころか三物四物くらい与えた』、他にもエトセトラ……こんな感じの異名やら噂やらを数多く持つほど身持ちの堅いあの『宮藤ユリア』だぞ?


「……何かしらその顔は」


 宮藤が訝しむ俺の顔を見て不満そうに頬を膨らませる。なんだろう、今日は槍でも降るのだろうか。そう思ってしまうほど普段見ない宮藤の表情が出てくる日だ。いつもの彼女は凛とした態度と澄ました表情ばかりなので照れたり頬を膨らませたりといった所作が新鮮に映る。

 その時、放課の終わりを告げるチャイムが鳴り響き生徒達が慌てて自分の席に戻っていく。そして国語教師が教室に入ってきて日直が挨拶をして二限目が始まった。


(いや……情報多すぎて頭混乱してるんだが!?)


 そんな心の叫びは虚しく俺の胸の中で溶けて消えていった。

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