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真実の愛でも探しましょうか

「エレクトラ・シーモルト公爵令嬢! 貴様とは婚約破棄だ!」


 私、エレクトラは、男爵令嬢のアナ様を腕に絡みつかせて私の前にやって来た第一王子に、いきなり婚約破棄を宣言されました。


 ここは王立学園の卒業パーティー会場。周りの卒業生たちは、成り行きにワクワクしています。

 勝手にパーティーの余興にされた私は、かなり不愉快です。


 どうやら殿下は、世間で流行の『真実の愛』に感化されてしまったようです。



 もともと殿下が『真実の愛』に憧れている事は気付いていました。政略で結ばれたご自分の両親、国王陛下と妃殿下の仲が決していいものでは無かったので……。

 両親と同じく政略で婚約させられた私ではなく、これから出逢う運命の女性と『真実の愛』で結ばれたい。

 私とはそれなりに仲良くしてくださったのですが、内心ではそう願っているのが、見てて分かりました。

 何故、私とだと幸せになれないと思うのかはよく分かりませんが。


 でも、陛下夫婦の不仲の理由は、妃殿下が結婚前からの『真実の愛』の相手を忘れられないからなんですよね……。

 妃殿下には幼い頃からの『真実の愛』の相手がいたのに王妃に決まってしまい、立派な王妃となるため泣く泣く別れた……、というのは舞台にもなってる有名な美しい悲恋の物語です。

 そんな妃殿下が、未だに国王陛下を愛していない事は公然の秘密です。

 あなたの欲しがってる「仲の良い両親」の邪魔をしてるのが『真実の愛』だというのに、なぜ『真実の愛』に夢を見られるのか、私には理解できません……。

 あ、こんなだから婚約者に相応しく無いのですね。


 そんな殿下が、王立学園で『真実の愛』のアナ様と出会いました。

 それはいいのですが、『真実の愛』を見つけたら『政略の相手』を辱めなくてはならない、とでも決まっているのでしょうか、私への扱いが酷くなりました。

 エスコートを断るのならまだしも、約束をしておいてすっぽかし、アナ様をエスコート。

 二人で会う約束にはアナ様を同伴して現れ、私は蚊帳の外。

 普通に婚約を解消をすればいいのに、『真実の愛』とは無駄なエネルギーを使いたいものなのですね。

 婚約者としての愛情なんて、枯れ果てましたわ。



 などと考えていたら、私は殿下とアナ様を中心に、二十人くらいの男女生徒に取り囲まれている事に気付きました。まるで、逃がさないと言うように。

 輪の外にいる友人たちが「助けようか」と目線で聞いてきますが、放っておくように首を振ります。何をするのか見極めたいですから。


「エレクトラよ、私は『真実の愛』に目覚めた! 私の愛はこのアナ・スェルト男爵令嬢のものだ!」

 取り囲んだ人たちが、嘆く私を見ようとニヤニヤしてますが、そんなの、殿下が会場にアナ様をエスコートして入場した時に分かってましたわ。

 何より、私が大好きだった殿下の長い黒髪が今日はバッサリと切られて短髪になっています。これで今日何があるか、察することが出来ない人はいないでしょう。

 ただ、婚約破棄するにもマナーがあると思うのです。なぜ皆の見世物にならないといけないのです?

 悲しさより怒りが湧いてきます。


「貴様は自分の考えが正しい、『真実の愛』などくだらない、と決めつける! そんな女とは、もう話す事は無い! 二度と私の前に姿を見せるな!」 

 なるほど、どうせ決めつけるから話し合いたくないのでこういう手段に出た、と言うのですね。

 確かに、『真実の愛』を免罪符に後先を考えず自分の感情のまま行動し、親の決めた婚約をナンセンスとする頭の軽い人たちに呆れていましたわ。……まさか、自分の婚約者もそっちの人だったとは。

 

「私は、このアナを妻とする!」

と、アナ様の肩を抱き寄せて宣言すると、観衆は歓声をあげて拍手喝采です。幸せそうに微笑むアナ様。

 何ですか、この三文芝居。


 とりあえず、のってみましょうか。

「殿下。最後に、一言だけよろしいでしょうか……」

 殿下が鷹揚に頷く。「お幸せに」とか言って、惨めに去って行くとでも考えているのでしょう。


 では、言わせてもらいましょう。

「私が『真実の愛』を嫌いなのは、私の婚約者が『真実の愛』で生まれた不貞の子だったからです。私は、殿下にそんな宿命を背負わせた『真実の愛』を許せません」


 会場から音が消えた。


 言い終わった私はさっさと殿下たちに背を向けて歩き出す。

 話すな視界に入るなと自分が言い出した手前、詳しく聞きたいだろうけど殿下は私に声を掛けられない。さっきまで囃し立てていた生徒たちも、気まずそうだ。

 なので、堂々と会場から去ろうとしたのですが、出口に立っていた人に声を掛けられてしまいました。

「エレクトラ嬢。今の話は本当か」

 国王陛下だ。隣で妃殿下が殺しそうな目で睨んでる。来賓として入場しようとした時に、この騒ぎが聞こえてしまったようだ。


 だが、陛下の言葉に、無礼なはずの私の発言への怒りが感じられない。

 この人は、殿下が自分の子供じゃないって気付いていたんだ…。ずっと、自分の子供を疑う事に罪悪感を感じていたんだ……。


 長く陛下を苦しませてしまった私は、深く頭を下げる。 

「国王陛下に申し上げます。産まれたての赤ん坊の肌には、黒子(ほくろ)(あざ)はありません」

 特に秘密でも無いので一部の貴族は知ってますが、妃殿下の『真実の愛』の相手の家系には、小さな花のような痣が身体のどこかに現れます。

 きっと陛下は殿下が生まれた時に赤ちゃんの体中を調べて、安心したことでしょう。でも、何か感じる事があって自分の子供と思えず、内心疑いつつ過ごしていたのでしょうね。


「それらは、成長につれ現れるのです」

 頭を上げ、彼の場合はここに、という意味で人差し指で私の頭を指した。通じたようだ。


 意味を理解した人たちの目が殿下の頭に集中する。アナ様たちは、何が起きているのか分かってない様子。

 殿下は、なぜ私が髪を長くするように言っていたのか気付いたようだ。今までは長い髪で隠れていたから、こんな事が無ければ本人も気付かないままだったのに。

 今の短い髪では、指でかき上げれば痣が見える。私が言わなくても、間もなく皆が気付くでしょう。


 婚約した頃から彼の黒髪が好きで、結んだり編んだりさせてもらっていた私は、ずっと前から痣に気付いてました。高位貴族の令嬢としての知識で、どの家の血かすぐに分かりましたが、言ってはいけない事だとも分かっていました。


「ずっと……隠していて申し訳ありませんでした。どんな処罰もお受けします」

 深く一礼して、今度こそ会場を去った。





 その後、王妃の『真実の愛』は、『悪辣(あくらつ)な王位簒奪(さんだつ)行為』として公表され、王妃と『真実の愛』の相手と、『真実の愛』の手伝いをしていた友人や、侍女などの多数の使用人が国家反逆罪として極刑となりました。

 協力者のほとんどは、有名な『真実の愛』に手を貸すことができる事に喜んでいただけで、それが下手すると一族郎党全員処刑されるレベルの犯罪だとは思ってなかったそうです。愚かな……。

 『真実の愛』とは、周りの人の判断力までも失わせるのでしょうか。


 殿下は、その生まれは不可抗力とされて処刑は免れ、『真実の愛』の相手のアナ様とどこかの塔で幽閉…いえ、結婚となりました。

 だが、「王族でもない人間を養う必要も無いので、ほとぼりが冷めた頃に病死するだろう」と、父が言ってました。

 アナ様、「妻にする」宣言の時、少しでも遠慮する素振りをしていたら、殿下の強要として(のが)れられたのに……。いえ、『真実の愛』なので後悔は無いのでしょうか。

 とりあえず、殿下の夢は叶ったみたいです。


 第二王子と王女は、どう見ても陛下と陛下のお母様の王太后様に似ているので、後継の心配は無さそうです。

 

 私にお咎めはありませんでした。

「お前は、婚約者を守るために黙っていたのだろう。そこまでして守られていた婚約者がお前を裏切って、裏切られたお前をさらに処罰したら、王家の方が非難されるさ」

 まあ、そうかもしれませんね。


「むしろ、お前に謝罪したいという男女がいっぱいだ」

「私にですか?」

 何でも、あの日殿下を取り巻いていた生徒たちが軒並み婚約破棄されているのだとか。

 殿下に婚約破棄をそそのかし、公爵令嬢に無礼を働き、それを国王陛下に見られていた。しかも、第一王子とお近づきになれたと思ったのに彼は王子ではなく、あやうく国家反逆罪、と、ここまで揃ったら婚約破棄もさもありなんですわ……。元々、親の決めた婚約者なんて大切にしていなかったでしょうし。

 皆さん、廃嫡されたり、家を追い出されそうだったり、大変みたいです。

「それで私に謝罪しようと必死なのですね。でも、婚約破棄されたのでしたら、『真実の愛』のお相手と結ばれるチャンスではありませんの?」

「そうだな。放っておくか」


 ええ。私が婚約破棄されるのを面白そうに見てた人に、同情はできませんわ。




 私は他国へ旅行に行くことにしました。国内にいると色々面倒なので。

 視察や慰問では無い遠出なんて初めてなので、とても楽しみです。


 しかし、『真実の愛』って謎だらけでしたわ。

 これから私の『真実の愛』を探すなんてのもいいですね。



2024年9月19日

日間総合ランキング 10位になりました!

ありがとうございます( ;∀;)


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