ロビィと森のなかまたち!
「宇宙熱停止。アイスクレイムロック」
「お、オラっちの斧が~! ウガーッ!」
──パキィイイン!
ロブリンが両手剣で受け止めた、ハイブレイド木刈のハルバード腕。その分厚い刃が、たちまちのうちに凍りついた。
エルフの住まうシソの森に、ギゴリーの叫びが響き渡る。
この森は今や、彼が振るった強襲斧により、木々は倒れ、村々は壊滅し、川は破壊残骸に塗れた、凄惨な有り様だった。
「テメェ~! 許さねえ。もう絶対、絶対、ぜ~ったいだ! 許さないぞ!」
ギゴリーは怒りと共に、凍りついた両手を振り上げる。
ロブリンも幅広の刀身に手を添え、振り下ろされる斧刃に合わせて、両手剣を思いっきりに蹴り上げた。
サイズの差を考えれば、氷の重さもあって、ロブリンに勝ち目はないように見える。
しかし、
「ぎえぇえええ~! お、オラっちの斧が砕けたぁ~!」
バゴォオオン! ハイブレイドの斧は、跳ね上がる大剣の刃を受けた瞬間、もの凄い破砕音を立てて、散らばる氷の粒、そして粉々にキラめく破片と化した。
「あたしも許さない! 宇宙のチリとなりなさい、ハイブレイドギゴリー!」
「ヒィ、ひょええええ~!」
「待ちなさい!」
恐れおののいたギゴリーは、翼を広げて空へ飛び立つ。ロブリンは両手剣を2つに割り、ビームで形成された二振りの宇宙曲刀を手に取り握る。
そして逃げゆくギゴリーに背を向けて、ロブリンは顔の前で刃をバツ字に交差させた。
「さっと飛び出す斬撃リング。宝刃周円盤帯!」
「お~っほっほっほ! この距離で剣が届くか~! 哀れにも、まさか投げるのか? じゃあな、あばよチビ人間ども~!」
「いっ……けぇ~!」
振り向き様に曲刀から放たれる、巨大な虹のリング。音速をブチ破って迫る丸虹に、ギゴリーは「あっ」と声を漏らし、
「──えげあッ」
空中で真っ二つになった。
殺戮ドールの恐ろしい舌が飛び出し、膨れあがった目玉が飛び出し、やがて爆炎が噴き上がる。
「シューティングバージョンです!」
「ぎにゃ~! エルフの皆さん、さよーならーっ!」
──ドゴォオオン! 空を裂くような爆発が起こり、ギゴリーは完全にチリと化した。
肩をすくめたロブリンは曲刀を回しながら閉じ消し、目にかかる前髪を手で払う。
それから、ふるふると頭を振ると、頬にかかる横髪がパラパラと揺れた。薄紫色の長い後ろ髪は、髪先にいくほど色濃さを増し、2つに分かれて、丸く豊かな胸の両側にかかっている。
瞳孔のハッキリした、灰色の双眸。尖った右の耳に、左耳の代わり噴き上がる宇宙。
汗のつたう谷間を覗かせた7分袖の中世シャツを、結んだ白いベルトで締めて、濃紫色をしたミニスカートの裾をはためかせる。
両手は宇宙の星空に染まり、まぶしく長い足の先にはベルト付きの紫アンクルブーツ。
彼女はロブリン。愛称ロビィ。修行と戦いの旅を続ける、若者だ。
「ふう、ちょっと汗をかきすぎました。後で服をかえないと」
「あ、あの……ロビィさん!」
「うん?」
ふと、背後から声をかけられて、ロビィは後ろへ振り向いた。
そこに居たのは小さな森の妖精リップルと、その乗り物兼友だちの林檎竜リンゴブルム。
「あ、あの! 森を守ってくれて、ありがとう! それから、それからね……あの、」
リンゴブルムがシャクシャク果肉のアゴをモゴらせ、リップルが赤い顔で何やらモジついている。
そして、距離をとったままのロビィが眉を潜めた瞬間、
「お礼に──これでも喰らいな、お人好しがァ!」
「死ね、ロビィ! アシッド溶解リンゴさん!」
ジュバァアアアッ! と、範囲広く、うす黄色い酸液が吐き出された。
ロビィがいた地点は何もかもが溶け消え、木々は抉れ朽ち、土は腐り果て、空気空間が強烈なリンゴ汁に汚染される。
「ヒァー、ひゃははははは! 気持ちいい~! 戦いの後に油断したクソボケを殴るのが、いっちばん気持ちいいもんね!」
「へっへっへ、さすが姉御! サイテーな癖をお持ちで!」
「そう褒めるなよリンゴブルム! ぎゃっ、はははははは……!」
さっきまでの潤んだ瞳は吹っ飛んで、リップルは品なく笑い転げ、座っているリンゴブルムをバンバンと叩く。
シソの森において妖精とは好戦的で、この上なく残虐な生き物。この世界に生きていて、油断する方が悪いのだ。
「姉御、次はどうしやすか?」
「へっ。そうだな、次は近場のエルフの集落でも襲ってみるか! 丁度すぐソコだしな」
「さっすが姉御! 傷口に塩を塗る行為!」
「泣きっツラに蜂すね! 痺れやすぅ~!」
……ん? 獰猛イタズラ妖精コンビは、揃って疑問符マークを頭に浮かべた。
今、サンシタの声が多くなかったかな。しかも、その声は、あの……
「外見可愛くて、おっぱいデカい。声も美人だし、強いし最高! どうも、こんにちは。ロビィちゃんで~す!」
「どわ~! て、テメェ。どこからわいて来やがったァ~!」
「姉御、幽霊ってヤツすよ! ひいい、怖いよ~!」
いい笑顔と雑魚キャラみたいなポーズで拳を突き上げるロビィに、わななくリップルと後ずさりしながら口をモゴつかせるリンゴブルム。
すぐさまロビィはビームを伸ばし、両手剣を形成する。
「なんちゃって! くらえい、アシッドポイズン!」
「いいっ!? 防がれた、姉御あねごっ。防がれたぁ!」
高速で発射される果汁の弾丸。しかし、それは幅広い刀身を盾にして防がれてしまった。
しかも、
「慌てるな、リンゴブルム! 敵は動いてない。より広範囲に──」
「あ、あれ……いなくなりました。姉御」
「何ィ!?」
地面へ斜めに突き立てられた、キラつき星の瞬く、ブレード宇宙グレート。あんまり目立つものだから、肝心の持ち主を見失ってしまった。
慌ててリップルが首を振り回し敵を探すと、椅子のリンゴブルムが引っくり返る。
「ぎゃん! いったぁい……」
「捕まえたわよ、この悪ガキ!」
「放せぇ! 姉御、あねごーっ!」
潰れたリップルが振り向くと、ロビィが巨大なリンゴの切り身を抱きかかえていた。
いや違う。あの短い手足はリンゴブルムだ。
リンゴブルムの武器は、口から吐くリンゴ果汁と、鋭いツメでの攻撃だ。後ろから抱きかかえられては、彼の素早い身のこなしは発揮できず、稼働範囲的に手足のツメも届かない。
そしてリンゴ酸は、範囲と威力が強すぎる。上方向なら発射できるが、リンゴブルムも巻き込まれるだろう。
チェックメイト(詰み)というやつだ。ロビィは心の中で勝ち誇った。
「フッ。何だ、その笑みは。勝った! と、思うのか? これしきで? これしきの事でよ……」
「な、何よ……泣いて謝るなら今のうちですからね」
「あ、姉御……」
すらと立ち上がり、長い髪をはたくリップル。その迫力に、舎弟は勿論、勝ってるはずのロビィすら予定外にビビる。
リップルは邪悪な笑顔にニヤつき、短い指でロビィをさした。
「リンゴを取って、してやったり! ……といったトコだろうが、逆だよ! きさまは、このリップルのカセを愚かにも解き放ったのだ……」
「あ、姉御……?」
「この阿呆めがっ! 泣いて死ぬことになるのは、きさまの方だァ~!」
「なっ──クッ!」
拳を引いたリップルが、気合い一杯に力を溜める。次の瞬間、恐ろしい爆発が起こり、とっさにロビィは枷呼ばわりされたリンゴを抱えて飛び上がった。
ガカッ! 森の一帯が焦土と化し、すさまじい土煙とホコリが巻き上がる。
空中でロビィが敵の姿を見失ってると、急に激しい振動がリンゴブルムに突き刺さった。
「ううっ……あ、姉御。何で……?」
「ンン~? 刺さりおったか。ロビィのアホには達してないな……クズめ!」
「あ、あなた……! 自分の仲間を!」
ロビィの抱えたリンゴの切り身に、長い髪の美女、その頭から生えたツノが突き刺さっていた。
美女は恐るべき首の力でリンゴをロビィからもぎ取ると、頭を振ってリンゴを空へ投げ飛ばす。
「うわ~! 姉御ォ、あね──」
「のろいリンゴブルムなど必要ない! 死ね!」
上等な羽衣をまとった美女が、カギ爪の片手を繰り出すと、リンゴブルムは爆散した。
破片が飛び散り、果汁が炸裂し、赤い皮がひらひらと吹かれる。
あまりに凄惨な出来事が起こり、ロビィはショックにわなないた。
「仲間ぁ? くだらん。この妖精女王リップルベルム! 遮るならば、ただ死あるのみ!」
「あ、あなたは……! あなたという人は!」
「ンン~? ンンンンンン! 何だ、その目は。弱いザコカス風情が、気に入らないな。クックック~ン」
美女──リップルベルムの姿が一瞬にして消え、両手剣を形成するロビィの頭上に、逆さで現れる。
そして振り下ろされた蹴りの死鎌を、ロビィは大剣を盾に受け止めた。
「ぐ……ぎっ、ぎぎぎ!」
「人間が妖精に勝てるかァーッ! リンゴブルムを操るわたしは、より圧倒的に強いのだよロビィイイイ!」
「ぐうっ!? アアーッ……」
ついに空中の拮抗は決着をつけ、ロビィが荒野へ落ちていく。
そこへリップルベルムは容赦なく、カギ爪の両手を振り上げた。
「ンンンふはははははははっ! 喰らえい、極限溶解リンゴさん!」
両手の上で膨れ上がった、リンゴ果汁のマキシマムボール。それをリップルは、思いっきりに叩き落とした。
悪魔の美女は顎に手刀をやり、ゲタゲタ品なく、高笑い。
「お~ほっほっほっほ! お~っほっほっほ……」
うす黄色い太陽ボールが着弾し、更に巨きく膨れ上がる。噴き上がった果汁の柱は竜巻となり、たくさんの暴風が辺りへ散り散り、エルフの集落へとトドメを刺す。
そして荒れ果てた台地にて、がれきとボロボロのロビィが残された。
「勝負あったな」
リップルベルムが、すいと滑り落ち、潰れたロビィのかたわらに着地する。
美女は優雅な所作で手を落とすと、がれきの山からロビィの首を掴んで引き上げた。
「……ス。コスモ、」
「フン、謝罪も泣き言も命乞いもいらん。時間の無駄だ。何せ……」
リップルベルムの、がら空きの片手が、クワッと開く。
それはロビィの細い首など容易く千切る、死に神カマの、カギ爪だった。
「死ね、ロビィ~! ひッ、ひゃははははは!」
「多元宇宙産人型実体」
どすん。
振動、水音、そして血しぶき。
リップルベルムの細い腹から、両手剣の切っ先が突き出した。
「ごふっ。えっ? ……は?」
いつの間にか、片手に掴んだアホのロビィがいない。
刺された箇所から次第に凍りゆくリップルベルムの背後から、剣から手を放したロビィが声をかけた。
「あたしが、どうやって最初のリンゴ酸をかわしたか。見抜けませんでしたね」
「き、きさま。いつの間に……」
「あり得たかもしれない可能性……あたしは、この場に別の宇宙を連れてきて、あたしにすることが出来る」
人間の形をした宇宙が喋る。首まで凍ってきたリップルベルムには見えないが、ロビィの左耳代わりに噴き出す宇宙が、強く激しくキラつき始める。
「まあ、タイヤ交換のようなものです。何か言い残すこととか、ありますか」
「んんん! んんー!」
「無いんですね。では、これでジエンドです。レクトルージョンザバードライブ」
タン、と背後で跳躍音が聞こえるも、口まで凍ったリップルベルムには何もできない。
防御も抵抗すらも出来ず、妖精女王は声なき声でうめいた。復活したら、真っ先にブッ殺してやる。
一方、空中で胸に膝を引いたロビィは、片足を突き出しながら女王の氷像へと狙いを定める。
そして、一気に降下した!
「グランドクロス! ヤァーッ!」
「んん~! んんんん、」
宇宙をまとった蹴りに破砕され、砕け散る氷の女王像。その空間を赤黒い剣閃がバツ字に切り裂き、リップルベルムのパワーが断ち斬られた。
爆炎に包まれ、悶えて死にゆくリップルベルム。
膝をついて着地したロビィは、片手を伸ばしたポーズを決める。
「ぐわわわ~! 覚えてろぉおおお~……っ!」
「イヤです! わたしを怨まず、忘れてください!」
炎をバックにロビィは、真面目な顔して、かなり情けないことを言った。
なぜなら、ロビィは常に美人で可愛い女の子の味方! つまり、たいていは自分の味方だ。
「おのれぇ……! すべてのゴミカス人間に、呪いあれぇええ……」
「あ、いいですよ別に。わたしは宇宙だから人間じゃないし」
「ぎゃああああ──」
ドゴォオオオン! ひときわ激しい爆発が噴き上がり、完全にリップルベルムは砕け散った。
立ち上がったロビィは急いで、黒煙の荒野を走り出す。なぜって、女王の強さからして、5分もしたらリポップするんですもの!
「やれやれ、何だったんだ。今の爆発は……」
「あっ、ロビィ!」
「ややっ、エルフの皆さん! お久です!」
走るロビィの前に、焦げ服のエルフの集団が現れた。ロビィは狼狽えて、ジョギングのコースを変更する。
「では、さようなら! お元気で~!」
「逃げたぞ! 追え!」
「ロビィ~! お前、また神聖なエルフの森を消し飛ばしたな~!」
荒野を駆け出す、怒り狂ったエルフの集団。わりと体力の限界ロビィは、走りながらに泣きわめいた。
「うわ~ん! 今回は、あたしがやったんじゃないのにィ~!」
「逃がすな、追え~!」
「今度は3年間のお説教コースだ~! お尻ペンペンの刑にしてやる~!」
──エルフの森は、もうこりごりだ~!
ロビィの叫びが、空の彼方にとどろいた。