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最終話 夜空の下で

 ホテルの屋上で、俺は浜本美波はまもとみなみ潮見夕夏しおみゆかと並んで街の夜景を眺めていた。なんとなく気まずい空気のなか、浜本さんが持ってきてくれたジュースを口にする。久しぶりに飲む炭酸飲料は感動的なおいしさだった。


「そうだ、2人は何か美味しいもの食べた? 島に居るときに、救助されたら食べたい物とかのお題で盛り上がったことがあったじゃない」

 

 雰囲気を変えようと、俺は話を続ける。


「俺はさあ、親に食べたいものを聞かれてハンバーグを頼んだんだ。久しぶりに肉が食べたかったからね。そしたら、美味しいというより、味が濃いのでびっくりしちゃったんだ」


 ハンバーグを一口食べて固まった俺を、両親は不思議そうに見ていた気がする。


「あー、今まで調味料とか無縁の生活だったもんね。あたしは、お米と味噌汁をわくわくしながら食べたんだけど……この味噌汁、塩分濃すぎじゃないってなったよ。逆に、お米はおかずなしでも甘く感じたかなあ」


 浜本さんが、待ってましたとばかりに語りだした。食事に戸惑ったのは俺だけではなかったらしい。


「わたしは、フルーツを食べたのですけど、味が薄いというか上品すぎるのに驚きましたね。島で食べたものは、もっと複雑というか主張が強い味だった気がします。特にパパイヤはこんな味だったかなって、不思議に思いましたね」

「そうだ、パパイヤだよ」


 潮見さんの言葉に、浜本さんが何かを思い出したかのように話し始めた。


「島から救助されるときには、記念に何か持って帰ろうって思ったんだけど、急だったから全部おいてきちゃったよ。パパイヤとかお土産にしたかったのに」

「パパイヤにはお世話になりましたね。島で初めて食べたときの味は忘れられません」

「そうだったよねえ。こんなこと話してたら、食べたくなってきちゃった。島だったら、その辺に生えてたのになあ」


 いつの間にか、俺たちはいつもの雰囲気に戻っていた。こうなると、俺も自然に言葉が口から出てくる。


「浜本さん、島で居た頃みたいに、その辺の畑の野菜とか取っちゃダメだよ」

「もう、そんなことするわけないでしょ。まったく、守川君はあたしの扱いが雑なんだよね。……でも、普通の生活に戻れるか不安じゃない?」

「何かあったの」


 シリアスな口調で語る浜本さんに、俺と潮見さんは首をかしげた。


「それがさあ、学校のお友達から連絡があって、あたしが遭難してた間の授業のノートをコピーして送ってくれるらしいの。しかも、担任の先生まで勉強の遅れを取り戻すための特別授業計画を練ってるらしいのよ。みんな、あたしに勉強させようって意欲に燃えてるっていうか。あう、勉強が怖いよ」


 思わず吹き出しそうになったが、自分も約3ヶ月間、全く勉強していないのを思い出して何とも言えない気分になる。今日だって、久しぶりに書類に字を書こうとしたら、戸惑ってしまったのだ。


「ですが、これも救助されたからこその悩みですよね。地道にがんばっていきましょうよ」

「あう、夕夏ちゃんは余裕な感じだね。頭が良いからなあ」

「ふふ、違いますよ。わたしには、頼りになる先輩が2人いますから、いざとなったら教えてもらいます」


 そう言って潮見さんは、にこにこした笑顔を俺と浜本さんに向けた。そうだ、あまり意識してこなかったが潮見さんは1つ年下なのである。俺と浜本さんは、思わず顔を見合わせる。


「そ、それは、まあ、教科によるかな」

「あたしには期待しないで」


 何とも情けない先輩たちである。下手をすると、潮見さんに教えてもらうことになるかも。


「そ、そうだ、大事なこと思い出したの」


 浜本さんは、俺と潮見さんを交互に見た。


「夕夏ちゃんに勉強を教える話はおいといて……えーと、教えるとしてもさ、2人とも連絡先を教えてよ。壊れちゃったスマホの交換はまだしてないんだけど、新しいのをもらったらお願いね。……約束だよ、島ではいつでも一緒にいたけど、これからはそうじゃないでしょ」


 寂しそうに言った浜本さんの言葉にハッとする。これからは、今までのようにいつでも会えるというわけにはいかないのだ。そもそも、俺たちはお互いの住所だって知らない。


「言われてみればそうですね。みなさんが近くに住んでいればいいのですが……いえ、その気になれば会いにいけますよね。島から脱出することを思えば、大したことではないです」

「夕夏ちゃん、良いこと言うね。えへへ、2人にあたしのお料理を食べに来てほしいなあ」

「浜本さんは、料理かあ。俺はどうしようかな? パパイヤって温室で育てられるのかな。あの味を再現してみんなで食べてみたいなあ」


 俺が島での生活を思い出しながら言うと、潮見さんが目を輝かせた。


「ふふ、わたし、パパイヤを栽培しているお家で住んでみたいです。島でも、こんな話をしましたよね」

「ちょ、ちょっと、夕夏ちゃん。その話は、守川君が勘違いするから禁止。禁止だからね」

「美波さん、わたしは勘違いでもかまわないんです」


 さらっと言った潮見さんに、浜本さんの動きが止まった。


「待って、夕夏ちゃん。こういうのは落ち着いてからね」

「わたしは冷静ですよ」

「あう、と、とにかく……」


 彼女たちは俺を挟んで、何やら議論を始めた。

 俺は思わず空を見上げる。ホテルの屋上から見る夜空は、あの島と比べてかすんでいた。空よりも、地上の方が明るく見える。だが、これは多くの人が住んでいるからこそなのだ。無人島の夜空は星がきれいだったが、街の灯りだって悪くはない。


 気がつくと、浜本さんと潮見さんも一緒に夜空を眺めていた。

 俺は心の中で、あの島へ感謝をしたのだった。

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