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第17話 ヤシの実が飲みたい

 俺は、まぶしい太陽に目を細めながら流木を手に取った。これでヤシの実を落としてやろう、というわけである。そばでは、浜本美波はまもとみなみ潮見夕夏しおみゆかが期待の眼差しを向けてきていた。


「この木で届くかな……くっ、ギリギリかな」


 拾ってきた流木で、ヤシの実を叩こうと思ったのだが、なかなか難しい。長さがギリギリな上に重たくて扱いにくいのである。一度狙いを外すと、体勢を立て直すのにも一苦労だ。


「ようし、あたしも手伝うよ」

「わたしも参加します」


 苦戦している俺を見かねたのか、女の子たちがかけよってきた。彼女たちは、俺の左右から流木を支えてくれる。おかげで、かなり安定した……のだが。


「すみません、もしかして邪魔ですか」

「あう、やりにくいかな?」


 黙った俺を不審に思ったのか、至近距離から彼女たちが見上げてくる。木材を3人で支えるには、必然的に密着しなくてはならない。木を動かしていると、やわらかな身体がふれてしまうのである。しかも、顔の距離も近い。


「な、何でもないよ。木が長いと、しなるから上手に扱わないといけないなって考えてたんだ」


 俺は、余計な考えを振り払ってヤシの実を取ることに集中した。

 3人で力を合わせれば、重い木の棒も制御しやすく感じる。勢いをつけてぶつけると、ついにヤシの実が落下した。地面は砂なので、割れずにすんだようだ。


「やったね。せっかくだから、もっと取ろうよ」


 隣で浜本さんが、喜びの声をあげた。俺も楽しくなってきたので、さらなる収穫に挑戦する。


「なんとなくコツがわかってきたかな。これでどうかな……うわっ」


 ヤシの実が、俺たちの方に落下してくる。幸い、実は足元に落ちた。


「ふう、ヒヤヒヤしたな。次からは気をつけよう」

「そうですね。実がとれて喜んでいたタイミングでしたから、油断していました。このぐらいにしておきましょうか」


 潮見さんの提案に、俺たちは木の棒を地面に置いた。

 サバイバル生活は、どこに危険がひそんでいるかわからないものである。気をつけなくては。



 苦労はしたが、ヤシの実を2つ収穫することができた。緑色の実を持ち上げてみると、中に水がたまっている感じがする。浜本さんが、ポンポンと実を叩いた。


「これは、ヤングココナッツね。成長すると外側が茶色くなって固くなるんだよ」

「へえ、ヤシの実って茶色で毛みたいなのが生えてるのを想像してたけど、これは若い実なんだ」

「どっちも問題なく食べられるはずだよ。んー、ココナッツジュースを飲むには穴をあけないといけないんだけど、できるかなあ」

「ひとまず、チャレンジしてみるよ」

 

 俺は、ヤシの実をよく観察してみた。さわっていると、やわらかい部分があることに気づく。俺は、この前につくった石のナイフを取り出した。切れ味はいまいちだが、頑丈ではあるのでやれるかもしれない。


「気をつけてくださいね」


 心配そうな潮見さんに見守られつつ、近くにあった石の上にヤシの実を置く。ぐっと力を入れると、ナイフがずぶっと入り込む感触があった。若い実だから、やわらかいのだろうか。俺は慎重に穴を広げ、ヤシの殻の破片を取り除いた。中にはちゃぷちゃぷと液体がたまっている。


「よし、なんとかできたぞ。これってこのまま飲めるのかな?」


 料理好きの浜本さんに確認してみると、彼女はコクリとうなずいた。


「さっきまで木についてた新鮮なものだから、大丈夫だよ。えっと、功労者的な守川君から、先にどうぞ。……全部飲み干したら怒るけど」

「そんなことはしないってば。潮見さん、俺が先でいいかな?」

「はい、わたしたちの分も残しておいて下さいね」


 潮見さんがにこにこと笑ってくれたので、俺は穴のあいたヤシの実を持ち上げた。

 海の青い水平線にまぶしいほどの日差し、そこに白い砂浜も加わって雰囲気は最高である。俺は、ヤシの実に口をつけた。少し青くさい独特の風味があって……味の薄いぬるい液体が……あれ。


「……なんだか、想像してた味と違うな。おいしくない、とまではいかないけど……この実って熟してないのかな」

「そ、そんなことはないと思うけど。ちょっと、あたしに飲ませて」

  

 俺は首をかしげつつ、浜本さんにヤシの実を渡した。彼女は、ほとんど中身が減っていない実に口をつけたが、なんともいえない表情になる。


「うまく表現できないけど、甘みのないスポーツドリンクに草とか野菜の青くさいのを足したような感じかな。あう……ヤシの種類とかがあるのかな、何だか夢がこわれた気がする」

「あの、わたしも飲んでいいですか」


 潮見さんは、ヤシの実を受け取るとおそるおそる口をつけた。


「……期待しすぎなければ、おいしいと言えなくもない味だと思います。観光地などで雰囲気を楽しむものなのかもしれませんね」

「なるほどね、自分の中のイメージで勝手にハードルを上げすぎてたのかも。俺たちにとって水以外の貴重な飲み物だから、そう考えるとおいしく感じるかな」

「ふふ、この島だとジュースなんてありませんからね。そう思うと、ありがたく感じられるかもしれませんよ。どうぞ」


 俺は、ヤシの実を潮見さんから受け取った。あらためて口をつけようとしたところで、あることに気づく。これって間接キスになるのではないか。さりげなく女の子たちの様子を確認したが、特に気にしている様子はない。まあ、俺たちの状況を考えれば仕方がないだろう。ここには、コップの代わりになるものなんてないのだ。

 やましい気持ちなどない、と自分に言い聞かせつつヤシの実を持ち上げる。


「……こういう味だと思えばアリかな。みんなで収穫して、ワイワイしながら飲むのが楽しいのかもしれないね」

「んー、そう言われると、あたしも飲みたくなってきたなあ。守川君、残しておいてね」


 気づけば、ヤシの実は最初より軽くなっている。あれこれ言いながらも、結構飲んだわけだ。俺がヤシの実を手渡すと、浜本さんは嬉しそうに口をつけた。つい、彼女の口元を目で追ってしまいそうになったが、海を見てごまかす。きらきらと輝く青い海がまぶしい。ふむ、ヤシの実は期待していた味ではなかったが悪くはないかもしれない。



 中身が空になったヤシの実を何気なく眺めていると、浜本さんが声をかけてきた。


「ねえ、それって割れないかな?」

「ヤシの実を? できるかなあ」

「殻の内側に果肉がついていて食べられるはずなの。無理だったら、いいけど」

「へえ、面白そうだな」


 果肉と聞いて、急にやる気がでてきた。俺は、ヤシの実を近くにあった岩で叩いてみる。ヤシの殻は硬そうにみえたのだが、思い切って力を入れてみると、意外とあっさりと割れた。パキッと割れた殻の内側には、白い層のようなものが見える。


「わあ、すごいですね。この白い部分がヤシの実……ココナッツの果肉ですか?」

「そうだよ、夕夏ちゃん。缶詰とかドライフルーツで売っているのは、ここの部分だと思うよ。……実物を見るのは初めてだから、たぶんだけど」

「どれどれ、味はどうかな?」


 俺は、指先で白い果肉をかきとって口に入れた。やらわかくて、プルプルとした感触である。


「んっ……ちょっとクセはあるけど、ほんのり甘みがあるな」

「あう、あたしにも食べさせてよ」

「はいはい、浜本さんって意外と食い意地が……」

「違うからね。これは、ええと、好奇心的なものだから」


 隣では、潮見さんがくすくすと笑っていた。

 俺たちは、ヤシの木陰でのんびりと過ごしたのだった。

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