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追憶の日記  作者: ふ。
プロローグ 【街の便利屋】
6/6

5

 元来た道を戻る。単純なようでそれは困難なことであった。足を進める二人の間に会話はない。額に浮き上がる玉のような汗をそのままに慎重に歩を進める。

 過敏になった神経は木の葉を揺らす風にさえ反応し、確実に二人の精神をすり減らした。


 「さっきは悪かったわね。」


 重い沈黙をミトが破る。

 まさか謝罪をされると思わずに面食らっているジュードに対し、続けて言う。


 「ほら、余計なお世話だとか、言っちゃって。」


 背中越しではあるが、ばつが悪そうにしているミトが容易に浮かぶ。そもそも勝手に飛び出してきたのは自分であり、危険だと承知で森の中へ向かったのも自分の責任である。謝られてはこちらもなんだか気が悪い。


 「いや、おれが勝手に来ただけだし、実際に何もできてないから足手まといなのは事実だし。」


 尻すぼみに声が小さくなり、ついには口をつぐんでしまう。


 「おれも「あ、見て、もう少しで出口よ。」


 出かかった言葉は歓喜の声に遮られる。ミトは何やら木の幹を指差しながら駆け寄っていった。


 「出口からしばらく行ったところにこの子を置いていったのよ。」


 駆け寄った木からひょっこりと例のウサギが顔を出す。なるほど、妙に迷いのない足取りで歩いてると思ったが自身の魔力を頼りに歩いていたのかと合点がいく。


 「操作できるギリギリの範囲だったから不安だったけど、何とかなってよかったわ。」


 ミトは自身の契約した式神を出して使役することができる。式神ごとに能力は違い、偵察用、戦闘用、運搬用と幅広い使い方ができる便利な能力である。

 現在使役しているこのウサギも式神の一つであり、すばしっこく、小型のため隠れることにも特化した偵察用の式神である。ミト自身の魔力により作られているため応用としてこのようにマップのピン機能のように使ったりもできる。


 「本当に便利な能力だよな。おれもそんな能力あったらよかった。」


 「まあ私は天才だからね。参考にしない方がいいわよ。」


 謙遜するでもない物言いだが特に癇に触ることもない。天から与えられた才は確かに存在しており、努力だけではどうしても乗り越えられない壁があるのはこの世の摂理である。ミトの歳で魔力を扱えるものも珍しく、自身の能力をこれほどまでに理解し、実際に発現させる者は国中探しても1000人もいないであろう。現にジュードは自身の魔力の流れを何となく掴み始めたばかりで、発現の糸口などまるで掴めないままであった。


 「軽口はそこまでにして早く帰ろう。言っておくけど孤児院ではすごい騒動だったぞ。」


 あ、とミトは思い出したかのように口に手を当てる。生き延びるのに精一杯で騒動になっているであろうことなどすっかり頭から抜けてしまっていた。歓喜から絶望の表情へと変わる様に思わず笑ってしまう。マザーは普段は優しいが、怒るとそれは悪魔のように怖いのだ。


 「おれも同罪みたいなもんだよ。観念して一緒に怒られ----。」


 言葉の途中、何かが走る音が近づいてくるのに気がつく。ミトの背後の木の向こう側から聞こえるそれはとてつもないスピードでこちらに接近し、声を発する前に太い木の幹に爪を食い込ませ勢いよく飛び出す。勢いを殺しきれずに木屑と土煙を上げながら転がる様は不格好であったが、当の本人は気にしていないようですぐに立ち上がり、ガラスのような眼で縄張りに侵入した不届きものを捉える。

 突然のことに固まる二人に名乗りあげるように雄叫びをあげる。腹の底を抉られるような音圧に足の感覚をようやく取り戻す。


 その間、約一秒。


 ウェアウルフが長い腕を振り下ろすには十分な時間である。

 ほぼ反射に近い反応でジュードはミトを押し倒す形でそれを紙一重で避ける。倒れ込む最中、頭上を鋭い爪が空を裂くのを感じ、背筋が凍る。

 一息つく間もなく、力任せに振り回される腕を視界の端で捉える。

 ジュードとミトは自身のカンを信じて飛び込むことでなんとか生きながらえる。避けているとはお世辞にも言えないが、この最悪の状況を予期していたジュードは徐々に自身を狙うように大振りな動きで立ち回る。


 「目を瞑れ!!」


 鋭利な爪が衣服を掠め始めた頃、ジュードは手に忍ばせた"奥の手"に自身の魔力を込める。

 それは均衡を崩す一手。

 狙い通りに引き付けたウェアウルフの眼前にその石を投げつける。ぶつかるより先に爆ぜた石は一瞬で辺りを覆い尽くすほどの強い光を放つ。

 ジュードの投げ込んだ石は光石。道中に拾っておいたその石は別名"目潰し石"と呼ばれ、一定の魔力を込めると数秒後に目も眩むような光を放つ特殊な魔石。月明かりも遮る木々の洞穴の中での突然の光を眼前に喰らい、ウェアウルフは甲高い悲鳴を上げて転げ回る。目を覆っていても目が眩むほどの光である。それを眼前で直接炸裂させたのだ。視覚は完全に潰れ、しばらくはこちらを構っていられるほどの余裕はないだろう。

 少し離れたところで膝をつく、ミトに合図をする。しかし、一向に顔を上げずにこちらに気づかない。もしや直接光を見てしまったかと、急いで駆け寄る。


 「おい、何やってるんだよ。早く今のうちに。」


 言い終わらないうちに気がつく。膝をついているのは身を潜めているわけでも、光を喰らってしまったからでもない。


 「ごめん。ちょっとまずっちゃった…。」


 ふくらはぎから流れる赤い血を手で抑えながら力無く笑う。ウェアウルフの力任せの攻撃を受けてしまったらしい。どこか大きい血管でも傷つけてしまったようで血はどくどくと溢れ、息も荒くなっている。

 様々な思考が巡る。しかし、そのどれを取ってもこの状況を打開する術はなく、頭の中で弾けて消えた。


 「何考えてんのよ。早く行きなさい。」


 そこに終止符を打つようにミトは言う。


 「な、にを…。」


 「考えなくてもわかるでしょ。一人で行きなさい。」


 「っ!そんなことっ!」


 煮え切らないジュードに対し、ミトは襟ぐりを掴んで引き寄せ、頭突きする勢いのまま額をぶつける。


 「あなたは何も悪くないわ。全て考えなしに行動をした私のせいよ。だから。」


 声が、手が震えている。


 「だから、大丈夫。来てくれてありがとう。」


 優しい声であった。まるでいつも二人きりで話しているかのような。

 当のジュードは頭がぐちゃぐちゃになりそうであった。あと少しで助けられた。途中まではうまく行っていたのに、後は二人で走って一本道を抜けるだけなのに。訳もわからずに涙が出る。


 ウェアウルフは地面に伏せて顔を擦っている。未だ視力は回復はしていないようだが、徐々に落ち着きを取り戻しているようで耳を起用に動かして、音を探っている様子を見せる。


 「さあ、早く!走りなさい!」


 強い意志が宿る瞳。胸が締め付けられ呼吸が苦しくなる。結局、同じなのか。孤児院を出発する前にした決意はこんな簡単に揺らぐものなのか。いや、これはそもそもそういう問題ではない。どうにかする力がないのだから。仕方がない。


 「仕方がない、んだけどさ。」


 胸につっかえるこの気持ちはなんだ。悔しさ、悲しみ、苦しみ、恐れ、はたまたその全てか。

 ウェアウルフに対峙するように立つ。胸のうちから吐き出るように湧き立つ何か。


 「それでももう嫌なんだ。」


 ジュードの声に反応し、ウェアウルフの耳がこちらを向く。自身に反撃をした張本人の声を聞き、その表情が怒りへと変わる。

 魔法の基礎が載っている本を読んだことがある。誰しもが魔力を持っており、自然と身体を覆うように纏っている。しかし、この誰しもが持っているはずの魔力であるが、一生かかっても魔法を使うことができない者もいる。身体の中で発生する魔力を使用するためには魔力回路と呼ばれる器官を通さねばならず、多くの場合はそこを"知覚"する段階にすら至らないのである。血管と血をイメージするとわかりやすいだろうか。頭で分かっていても隅々までの血管とそこを通る血を具体的に知覚するというのは不可能である。

 その不可能を可能にする者こそ、真理への探究する資格があるのである。

 奔流する魔力は周りの空間を陽炎のように歪める。溢れ出る魔力は感情を表すように力強く波打つ。ジュードはそれを両の手のひらに集める。渦巻く魔力は少しでも気を抜けば暴発してしまいそうであった。

 ウェアウルフは対峙する少年を静かに捉えていた。潰された視覚は2割ほどしか戻っていなかったが、聴覚から補われる情報により、獲物を襲うには問題ないレベルまでに回復していた。

 それでも尚、一歩踏み出せないのは目の前の異質な力を前にほんの少し残っている理性が身体にブレーキをかけていたからである。数十秒前までは無力だった目の前の獲物から立ち昇る何かに警戒を解けないでいたのだ。

 しかし、元々あってないようなブレーキである。一秒も持たず本能がフルスロットルでアクセルを踏み込む。全身のバネを使った加速は目にも留まらぬ速さでジュードの眼前へ迫る。

 瞬間、手のひらの魔力が収束して爆ぜる。発せられた衝撃波はウェアウルフの巨体を容易に吹き飛ばし、後方の岩へ叩きつけた。小さな暴風は周りの葉を吹き荒らしながら上空へと消える。

 肩で息しながらジュードは手のひらを見つめる。自身の内側を駆け巡る魔力を感じ、グッと手を握り込んだ。目の前の光景に驚きを隠せないミトと顔を合わせる。


 「あ、あんた、いつの間に魔法を…。」


 「いや、おれも何がなんだか…。」


 自身が一番驚いていた。蘇る記憶に抗うように無我夢中での出来事であり、夢現といったような感覚で頭がふわふわしている。

 とはいえ、これで眼前の危機は去った。ミトは足を怪我しているが、肩を貸せば何とか歩けるだろう。


 「さあ、今度こそ帰ろうぜ。もう暫くこんな事はこりごりだよ。」


 おぼつかない足取りでミトの元へと向かう。緊張から一気に解放されてどっと疲労感が襲いかかる。


 「お互いボロボロだな----。」


 笑いかけながら手を伸ばした時であった。土煙の中から唸るような声が聞こえた。まさかと思い振り返る。黒い影がむくりと起き上がり、頭を抑えて首を振る。

 不意の一撃とはいえ、ただ魔力の塊をぶつけただけの攻撃である。怪我の具合を確かめるように腕を舐め回す。無傷とまではいかないが、少し出血しているだけで大した怪我ではなさそうに見える。


 「ジュード、これは本当にダメ。早く----。」


 ミトが言い終わらないうちにジュードは先ほどと同じように魔力を手のひらへと集める。一度でダメなら二度、二度でダメなら三度。可能性があるなら何度でもやってやる。

 芽生えた決意を胸にジュードは手のひらをウェアウルフへと向ける。収束した魔力を放とうとした瞬間であった。視界が急に回り始め、猛烈な吐き気が襲う。

 ジュードはその場にしゃがみ込み、そのまま吐く。揺らぐ視界を鼻から垂れた血が赤く染め上げる様を見ることしかできずに地面の土を握る。


 「魔力酔い…。」


 青い顔のジュードの背中を摩りながらミトは唇を噛む。多量の魔力を扱ってしまうと身体が拒絶反応を起こし、吐き気や頭痛などを併発してしまう現象である。まだ魔力が馴染んでいない魔力に目覚めた初期によく起こる症状である。この緊張感に加えて、あれだけの魔力の塊を放出したのだ。それだけ拒絶反応も早く、大きく出てしまったのだろう。


 「----。」


 「なに?どうしたの?苦しい?」


 何か小さな声で呟くジュードの背中に手を置き、耳を口元へと近づける。


 「ごめ…ん。ごめ…。」


 「っ!」


 譫言のように繰り返す言葉にミトは胸が苦しくなる。

 孤児院に来た経緯を詳しく聞いたわけではないが、重苦しい何かを一人で抱え込んでいるのは明白である。しかし、今そののしかかっている過去から一歩踏み出そうとしている。臆病な自分と戦いながら懸命になっている。

 丸まった小さな背中を重なるように抱きしめる。怖くないといえば嘘になる。しかし、ジュードと共になら幾らかはマシである。向けられた殺意を背中に感じながらミトはそれを受け入れ、天国で目覚めたのならジュードを思い切り褒めてやろうと微笑むのであった。


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