不吉な予感に駆られる日がある。
それは前触れもなく胸の中で渦巻き、気持ちを乱れさせる。
突然小骨が喉に刺さったかのような不快感に思わず嘆息を吐く。
「何よ。朝から辛気臭いわね。」
紅茶の入ったカップを傾ける少女は訝しげな視線をこちらへ向ける。
宝石のように透き通った翡翠色の瞳に腰まで伸びた金色の髪。一本一本が絹のように細く滑らかで陽光を浴びて黄金の滝のようにうねる。白くやわい肌も相まって一つの芸術作品と言っても過言ではない。
「ただでさえ陰気な顔してるんだから溜息なんて吐くんじゃないわよ。」
その容姿とは裏腹にその口から紡がれる言葉はおおよそ人に向けてはいけない言葉ばかりである。
行動を共にして数年、何度も言い聞かせてなんとか外向けの言葉を叩き込むことはできたが依然として身内に向ける言葉は矯正を続ける必要があるようだ。
「まあまあ、せっかく気持ちのいい朝ですし喧嘩するのはやめにしましょう。」
柔らかい声と共に差し出されたマグカップを受け取る。
香ばしい豆の香りが胸いっぱいに広がり、心を解してくれる。
「それに陰気臭さは今に始まったことではないじゃありませんか"アティ"。」
顔を鴉のような嘴のついた奇妙なマスクを被り、全身を黒ずくめのマントで覆ったその男はケタケタと笑う。
「悪いが"ロー"。お前だけには言われたくねぇよ。」
「こんな好青年を捕まえてどの口が言うんですか。」
どうやらローの話す言語の好青年とこちらの言語の好青年では意味合いが違うらしい。
ローは額に手を当て、大げさに首を振る。
異様に細長い手足を器用に動かす様はまるで蜘蛛のようである。
「で、何があったのよ。」
ティーカップを傾けながらもこちらに目を向ける。
全てを見透かされるようなまっすぐな瞳に思わず目を逸らす。
「いや、なんでもないよ。」
そう言って"クライン"は手元にある資料をアティとローへと渡す。
こういった類の予感は大概が外れるというオチが定番であった。それに予感が当たったところで避けられない運命であり、つまりは気にするだけ無駄なのである。
空いた窓から暖かい風が吹く。
厳しい寒さはようやく終わりを迎え、季節は春へと変わろうとしていた。