夜空に星を飾りに
ぼくは、くまのぬいぐるみ。名前はタロ。
茶色いふわふわの毛に、青いリボン。
ツヤツヤの黒い鼻と、くりくりの目が自慢なんだ。
ぼくらぬいぐるみには大切な仕事がある。
昼に集めた願い事を、夜は空に飾りに行く。
ヒトはそれを星って言うけど、あれは全部願い事なんだよ。
大きな願い事は大きな星に、小さな願い事は小さな星になるんだ。
願い事が叶うと、流れ星になって流れていくんだよ。
ヒトは流れ星に願い事をすると叶うって言うけど、本当は願い事が叶うと流れ星になるんだ。
ああ、これはヒトには言っちゃいけないんだった。
みんなには、ひみつだよ。
そろそろぼくもでかけなくちゃ。
今日は、レンくんが本物の虹を見てみたいなあって願ったから、この願い事を夜空に飾りに行くんだ。
小さく光る虹色の願い事を大切に抱えて、ぼくは夜空への道を歩いていく。
すると、道の先に誰か歩いているのが見えた。
ぴょこぴょこと揺れる、長い耳。
ルリちゃんだ。
「おーい、ルリちゃん」
「こんばんは、タロウくん」
ルリちゃんは桜色のうさぎのぬいぐるみ。
ふさふさの小さな手の中で、輪っかの形をした願い事がチカリと光っていた。
「この願い事、ルリちゃんと同じ桜色だね」
「カナちゃんは苺のドーナツが食べたいんだって」
「ドーナツの形かあ」
「タロくんのは、虹色だね」
「これはね。本物の虹がみたいなあってレンくんが」
「へえ、素敵」
ふたりでレンくんとハナちゃんのことを話しながら歩いていくと、たくさんのぬいぐるみ達に会った。
みんな手に手に輝く願い事を抱えて、嬉しそうにわいわいと夜空へと進んでいく。
夜空に着くと、周りには飾られた願い事がキラキラと輝いている。
青いしずくの星
ふわふわした白い綿毛のような星
黄色い大きな星に、白と黒の縞模様の星。
それぞれに泳ぎが上手くなりたいとか、雲に乗ってみたいとか、どんな願い事かわかるように、札がかかっている。
色々な色や形の星で、夜空はまるで博覧会のよう。
「レンくんの願い事はどこに飾ろうかな」
タロは、願い事を飾る場所を探して、ルリと歩いていく。すると、ルリがひときわ輝く一つの星を指さした。
「タロくん、見てあれ」
薄い緑色の星は小さいけど強く光っている。
近寄って札を見ると、タロとルリは思わず顔を見合わせた。
「これは……早く病気が治りますようにだって」
誰かが病気で苦しんでいるみたい。
そのヒトが願ったのか、看病しているヒトが願ったのか、わからないけれど。
「早く叶うといいね」
「うん、そうだね」
早くこの願いが叶いますように。
ふたりで祈っていると、願い事がゆっくりと瞬き出した。
ちかちかちかっ
最後にもう一度強く瞬くと、流れ星になってシューンと音を立てて流れていった。
流れていく先で、願いはサラサラと崩れてすうっと消えていく。
とても儚くて、きれいで、そして静かな瞬間だった。
「叶ったね」
「早く治って良かったね」
ふたりでささやきあって、にっこり笑う。
こうして、願い事が叶う瞬間を見ることはなかなかない。
見られて嬉しかったねと、笑いながら、空いた空間にレンくんの願い事を飾ることにした。
「さっきの願い事のように、レンくんの願い事も早く叶いますように」
「カナちゃんの願い事も、早く叶いますように」
飾った願い事に手作りの札をかけると、願い事は小さく淡く光って、とても綺麗だ。
良いところに、綺麗に飾れた。タロは満足してうんうんと頷く。
「さあ、夜が明ける前に帰ろうか」
そうタロが言った時だった。
緑の怪獣のぬいぐるみが慌てた様子で駆けていく。
「大変大変、大変だあ」
「どうしたの?」
「もう少しで、あの願いが叶いそうなんだ」
「あの願いって?」
「あれだよ、あのずっと昔からある大きな願い事!」
怪獣が指さした先には、大きな大きな願い事。
このあたりでは一番大きくて、古くて、有名だった。ぼぅっと光っているところと、カサカサとした茶色い光を失ったところ。デコボコで、歪で、ちょっと怖いくらいに大きな願い事。さげられた札も古くて文字がかすれ、もう読めなくなっている。
それが、今にも流れそうに、あちこちにひびが入って、光が溢れてきていた。
近くにいたぬいぐるみたちが、口々に願い事を指さし、何かを言っては駆け出した。
タロウもルリちゃんと手を繋いで、大きな願い事の方へ急ぐ。
たくさんのぬいぐるみたちが集まり、ざわざわとする中、一番前には古びた小さなの鳥のぬいぐるみが立っていた。
他のぬいぐるみ達のざわめきの中で、ひとり静かに、真摯に願い事を見上げていた。
「……やっと叶うね」
二十年、見守る中で、願い事は時に光を失いかけたことも、時に燃えるように輝きを放ったこともあった。最初は小さかった願い事は大きく大きく成長しては崩れ、少しずつ形を変えていった。
そして今、ぼろぼろと崩れて流れていく。
ガラン。
一つの大きな欠片が落ちて、流れ星となって落ちていった。
その中からお日様のように強くて、熱い光が漏れ出してくる。
ぬいぐるみたちが、あっと息をのんだ。
大きかった願い事は一気にガラガラと崩れ、キラキラと輝く流星群となって、夜空に広がった。
「わあ……」
「……すごい」
流星群のあとには、キラキラと輝く新しい大きな願い事。
願い事は叶ったら流れて、消えていくはずだ。中から新しい願い事が出てきて残るなんて、タロは聞いたことがなかった。
「何で……」
「どういうこと?」
戸惑い、ざわめくぬいぐるみたち。
その中で、古い古い、ツギハギだらけの、でも穏やかな牛のぬいぐるみのおじいさんが言った。
「時折りあるのじゃよ。願い事が叶ったとき、その中から別の願い事が生まれたり、願い事が崩れて消えたと思ったらその中から、さらに強く輝く願い事が現れることが」
感嘆のため息をつき、新しく生まれた願い事を見上げている。
「とはいえ、これだけ大きな願い事で起こるのは儂も初めて見る……」
願い事の光に照らされ、眩しそうに細められたその目が、どこか嬉しそうだ。
すごいものを見た。
みんなが興奮冷めやらない中、一番願いの近くにいた鳥のぬいぐるみが、しずしずと前に出ていった。
新しく生まれた願い事に、手作りの新しい札を厳かにかける。
『ーーー』
遠くて、その札になんと書いてあるのかは読めない。
でも新しい、とても大きな願い事。
それはとても美しくて、力強く輝いている。
こんなに強く輝いているならきっと願いは叶うだろう。
みんなが期待を込めて輝く光を見上げる。
「だが、大きすぎる願いは、叶わないことも多い」
おじいさんの心配そうな呟きに、はっとしてうつむくぬいぐるみもいる。
ぬいぐるみたちはみんな知っていた。
叶わなかった願い事は輝きを失い、流れ星にならずにヒト知れず崩れて消えていってしまう。
それはタロが飾った願い事の中にも……。
「でも、叶うといいですね」
タロの言葉に、おじいさんは何も言わずにうなずいた。
鳥のぬいぐるみが、ゆっくりと手を合わせた。
「この願いが、叶いますように」
願い、それを叶えるのはヒトの仕事。
ぬいぐるみはそれを夜空に飾り、見守ることしかできない。
だからこそ、祈る。
周りにいたぬいぐるみたちも、ひとり、またひとりと手を合わせる。
この輝く願いが、叶いますように。
今夜も空に輝く無数の願い事。
大きな星、小さな星
たくさんの願い事を今日もぬいぐるみたちは運び、飾る。
そしていつも祈っている。夜が明けるまで、あなたの願いのそばで。
どうか、あなたの願い事が叶いますように。