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無知なる龍は世界を巡る  作者: タラバガニになりたかったサワガニ
1/2

プロローグ


これは、とある偶然が産みだした物語。






交わるはずのなかった運命が、繋がって紡がれた物語。







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜







天高く聳え立つ山々に囲まれ、周囲から切り離された秘境があった。


そこには独自の進化を遂げた様々な動植物が生育し、外界とは全く異なる景観と生態系が成り立っていた。


一度見ればその美しさに思わず息を呑むような神秘的な景色が広がる、そんな場所で()()()()したと言わんばかりに、不満げにため息をつくものがいた。



()()は、言語というものを理解してはいなかった。

というより、するはずがなかった。


なぜなら、己の住まう地には言葉を使うものなど誰一人いなかったから。



しかしながら、ソレは非常に高い知能を持っていた。



ソレは、目の前で起こる事情を理解し、自分の解釈によって理論づける事で学習をし続けた。


雨が降れば川の水量は増え、川の流れの勢いは増すという事。

岩が砕けて石や砂になる事。

風によって種子を遠くへ飛ばす植物がある事。

身を守るために生き物は群れるという事。



そう言った身の回りの自然現象や生き物の生態について表す言葉や形容する記号、単語を持つことなく、自身で解析する事で理解した。


それらを学ぶにつれ、ソレは時が経つとともに目まぐるしく成長していくもの…即ち生物に興味を持ちはじめた。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜







ソレは、長い年月をかけて生物を観察した。


そして、生物はなぜ生きるのかを、()()()()()()()()理解した。


生物は生き長らえるために喰らい合い、自衛や強奪の為に戦い、自身の種を絶やさぬために生きる、と。


そんな生物のあり方について、他者から教わるのではなく紛れもない自分自身の力で導き出して理解した。


そうやって己の周りにあるものを()()()()理解したところで、ソレはふと考えた。



今、こうして世界を観測している自分とは一体何なのか。



静止した水面を見た時、いつもこちらを見つめているアレが自分の姿であることは既に理解していた。


しかしそれは、あくまで己の外見だけを把握したと言うだけにすぎないことも理解していた。


故に、自分の存在()()()()が何かを知りたいソレを満足させる答えとはなり得なかった。


自分とは何かを知るために、ソレは自分と同じ姿をした別の個体を探すことにした。


ソレが観察していた生物は、全て複数の個体が存在していた。

ソレは数字という概念は知らずとも、己の中でものを数えるという事ができていた。


故に、自分とは異なる個体、すなわち水面に映る自分姿と同じ見た目の生物を探した。


それは叶わないのだと理解した頃には、更に多くの知識や思考を独自で生み出していた。


同時に、ソレは己の住まう地についてを嫌というほど理解()()()()()()


ありきたり、発見のない、ごくごく普通の、ただの見慣れた景色。


探せど、めぼしい発見はできないことを悟り始めた。


今の秘境で得られる発見はせいぜい、稀に見慣れない生物や植物が見つかったりする程度の、極々つまらないものくらいであった。


自分とは何かを知る過程で、身辺で起こる事象に関する多くの理解を得たソレにとって、己の住まう土地は学ぶことのほとんど無いくだらないものに変わってしまっていた。



そんな状況に陥ってから、ソレは己の抱く感情に苦しみだした。



人が言うところの、退屈だ。



自然とため息が出てしまうほど、退屈で退屈で仕方がなかった。



そんな日々が何日も、何ヶ月も、何年も続いた。



そして、冒頭に至る。









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜







ソレは、己を苦しめる退屈という感情にうんざりしながら、ただボーーっと空を眺めていた。


雲ひとつない快晴だが、ソレは晴れや曇りなどという天気の概念は持ち合わせてはいない。


湿度、気温、天候…その他諸々の己が認識できる事象の組み合わせを細かいパターンに分類し、区別する事で独自の天気に似た概念を導き出していた。


ソレにとって、快晴はあまり好ましいものではなかった。

空気は乾燥するし、眩しいだけであまり良いことはない。

ただ、退屈という最たる悩みと比べてしまえば、そんな事は些細な問題でしかないのだが…



そう、日々繰り返される終わりなき退屈と比べれば…





ふと、日差しが一瞬遮られる。


空を横切る生き物の群れだ。


何度も何度も見ている、見慣れた生き物。


普段通り、ただ己の頭上を飛びさっただけだ。


別に珍しいわけでもない、よく見る景色そのものだ。


何も、おかしな点はない。


ソレはしばらく考え込むように飛ぶ生き物を目で追った。



ふと思いついたように起き上がり、そしてソレは……






自身の背中に大きな()()()()、大空へと飛び立った。








〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜








天に連なるほど聳り立つ山が連なった山脈があった。


この山脈の気候は常に荒れ果てており、人間を襲って食らうような怪物たちが数多く生息している。


その危険極まりない山脈の事を、この世界の人々は恐れから「死者の山脈」と呼んだ。


そんな死者の山脈の麓に、とても小さな街があった。


「リンボ」と呼ばれるこの街には、生活に苦しむ貧民が集まる。


リンボと死者の山脈に挟まれた位置には「墓場の森」と呼ばれる鬱蒼と茂った森があり、その森には薬草が沢山生えている。


墓場の森にも、死者の山脈と同様に恐ろしい怪物が生息しているため薬草採集は非常に危険だ。


しかし、墓場の森の薬草はその入手難易度と高い品質から高額で取引されるため、危険を承知で薬草を集めて金を得ようとする者が後をたたない。


死者の山脈や墓場の森という非常に危険な場所の近くにリンボという街があるのは、高値で売れる薬草を採取するためと言っても過言ではないほどである。



貧民は日々を生きるためにこの街に自ら赴き、自らの意思で墓場の森へと足を踏み入れていくのだ。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





そんな生きる事に必死な人間が集まる街に、一人の少女が住んでいた。


彼女の名はロタ・フォルトナ。


彼女は10の時に両親を事故で亡くし、日銭を稼ぐためにリンボに流れ着いた。


そして、実に5年もの間、墓場の森に入っては薬草を集めて売るという生活を続けている。


しかしながら、いくら彼女が命懸けで薬草を集めて売っても、暮らしは一向に安定する事はなかった。


なぜなら、彼女が幾ら苦労して質の良い薬草を採取しても、市場価格の10分の1以下の値段でしか買い取って貰えないためである。



墓場の森で取れる上質な薬草を仕入れるためにリンボに訪れる商人は沢山いる。

彼らは己の利益のため、わざわざ危険な場所にあるリンボに赴くほど金にがめつい者たちが大半を占める。


そんな者達が、安価で薬草を仕入れるためにどのような行動を取るのか。


そう、住民の足元や教養の低さを見て、適正価格を騙って買い取るのである。


少しでも素養のある者であれば容易に気づく事ができる程の馬鹿げた捨て値を提示し、住民達が苦労して集めてきた薬草をせしめるのだ。


日々を生きるのに必死で見聞を広める機会など持っていなかった者達が多数を占めるリンボでは、墓場の森産の薬草の正式な価格を知っている者など数えるほどしかいない。


勿論、幼い頃に親を亡くし、一人でこの街に流れ着いたロタが薬草の価格の相場についての知識など身につけているわけもなかった。



故に、状況は何も変わらず5年もの歳月は流れたのである。



ロタはただ毎日、森に住む怪物に怯えながら薬草を集めて街に帰る。


薬草を売って得た金も食費や宿代に消え、結局手元に金は残らないのである。


故に、同じ事の繰り返しだ。



そんな日々の中には、達成感や大きな目標などはない。


強いて言うなら「生き続けること」が彼女の目標だろうか。


それが、今は亡き両親の願いなのだから…






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






ロタはいつも通り、墓場の森で薬草を探していた。


彼女の腰には、薬草を入れるための所々汚れた麻で出来たポーチと小さな銅製の短剣が差してあった。


この麻のポーチは彼女の母が作ってくれたものなのだが、手作りとは思えない程とても丈夫に作られている。

と言うのも、5年もの間ずっと森の中に持ち込まれ続けているのにも関わらず、破けて穴が空いている場所はどこにもないのである。


もっとも、破けることがないよう丁寧に扱われているためでもあるのだが…



腰に差してある小さな銅の短剣は、彼女の父が生前に使っていたものだ。

かつて猟師をしていた父が獣を捌く時などに使っていたもので、古い品であるにも関わらず刃こぼれはない。

とても大事に使われていた事がわかる一品だ。


そんな、装飾ではない実用性のある短剣なのだが、森に生息している怪物と戦ったところで華奢な彼女に勝ち目など無いだろう。


故に、この短剣は身の安全を願うお守りのようなものでしかない。


それでも…

いや、だからこそというべきか。


彼女にとって、父の銅の短剣は他のどんな剣よりも心強い物なのだ。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜







木の根元、生い茂った叢、日当たりの悪い木陰。


薬草は陽の光があまり当たらない暗がりを見つけては、生えた草を掻き分ける。

そうやって、ロタは次々薬草を見つけていく。



薬草と他の草の見分け方は至って簡単だ。



薬草は、シダのような見た目をしていて、茎や葉はとても柔らかく、所々に赤みがかった斑点がある。

そして、千切ったり葉をすり潰すと化学薬品のようね独特な匂いを放つ。


この匂いが薬草を薬草たらしめる由縁であり、最もわかりやすい特徴である。


匂いが強くて赤い斑点が多いものが高品質の薬草とされ、薬をはじめとした様々な用途に用いられる。


そのため、人間が暮らしていく上でなくてはならない重要な物であり、高値で売られるのだ。



そんな人間にとっては有益な植物とされる薬草だが、自然物とは到底思えないような作られたような歪なこの匂いを森に住まう怪物達は酷く嫌っている。


その為、薬草の匂いが身体に染み付いた人間には襲いかかる事はないし、寧ろ避けるように動くのである。


もっとも、怪物に今まで会ったことの無いロタがそんな事を知る由はなかった。



その代わり、父親の形見である短剣が自分を守ってくれていると信じていた。



優しかった父が、天国から自分を守ってくれているのだ、と。




寧ろ母の形見であるポーチに染み付いた薬草のキツい匂いこそが彼女を守っているなどと、暖かさの欠片もない真実を述べるのは無粋という物だろう。







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜







薬草がポーチを埋め尽くすほど集まると、彼女は帰路に着く。


今日も何事もなく、採取を完了する事ができたことを天国で見守ってくれている両親に感謝しながら。


同時に、今から何も起きることなく街まで戻れるよう祈りながら。



いつも通りだ。

怪物に襲われず、何事もなく街まで帰る。

毎日繰り返す、故に()()()()日常だ。





しかし、()()()はいつもの平和な日ではなかった。



不意に、街へと向かう彼女の辺りに影が落ちた。


突然辺りが暗くなったことを不思議に思った彼女は、ふと上を見上げる。




視線の先には、見たこともない巨大な()()()が飛んでいた。





小さなロタの頭上を、巨大なナニカが通り過ぎていく。



そして



ドゴン、とも。ズズン、とも取れる、大きな地響きが起きた。



ロタは、恐る恐る視線を前に戻す。





そこには、彼女の向かう方向を塞ぐように、そして彼女を見据えるように鎮座したナニカがいた。








それは、いつの日か母が読んでくれた御伽噺の龍に似ていた。



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