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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 7.新たなる蠢動
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1560年 6月12日 17:00 田楽坪

  1560年 6月12日 17:00 田楽坪(でんがくつぼ)

   織田方 1000人 川尻秀隆・佐々成政・金森長近・林秀貞・池田恒興・森可成(よしなり)・柴田勝家

   


 田楽坪(でんがくつぼ)は相変わらず泥に埋もれていた。そう言う地質なのか、晴れ間が覗いても水気が取れない。大池から流れ出した水は僅かながらに引き、歩いて通っても腰位までの水位に下がっていた。

 夕刻が迫り、今川兵と遭遇する事も多くなり、織田方は田楽坪(でんがくつぼ)の兵を増強していた。大池での織田信長の捜索は今も続いていた。織田信長が大池に沈んでから1時間以上が経ち、誰もが生存を諦めていた。一部の者は、このまま行方知れずの方がいいのではと思い始めていた。あれだけ苛烈でインパクトのあった領主の惨めな姿を誰もが見たくなかったのだ。6月は気温が高く、田楽坪(でんがくつぼ)に散乱した死体は腐臭を放ち始め、烏を呼び寄せていた。死体の放置は疫病に繋がる。織田方は織田・今川の兵を問わず、早速作業に入る。大池浚いに100名、残り900名を死体の収容に充てる。死体は近くの長福寺に集める事にした。再び織田方に鞍替えした住職が弔いを買って出たのだ。領主から強いバックアップを得ていない寺院等こんなものであった。寧ろ、今川方の瀬名氏俊隊に寺の講堂を接収され、食糧の供給まで強いられた住職にとって、今川方はいい迷惑の何物でもなかった。

 田楽坪(でんがくつぼ)には桶狭間山方面-近崎道(ちかさきみち)-から本隊から逸れ、迷い出て来る今川兵が後を絶たない。来た道を戻るならいいが、下手に織田方に突っかかって来る今川兵もあり、その数が増えるにつれ、捜索をより一層困難にさせていた。

(そろそろ引き時だが・・・)

 実質的な指揮を執っている柴田勝家はチラリと大池を見る。兵卒に混じって織田信長を探す池田恒興を見ると、出掛かった言葉を飲み込んでいた。

(しかし)

 柴田勝家はもう一人の指揮者である林秀貞を見る。ちょうど二人は目が合った。

(これ以上は・・・)

 林秀貞の目が訴えていた。柴田勝家は判ったと言う様に小さく頷く。

「後30分を以って(織田)信長様の捜索を打ち切る」

 銅鑼(どら)声を上げる。

 途端に大池に居た池田恒興が詰め寄って来る。

「馬鹿な!まだ義兄あにじゃの遺品すら見つけてないではないか!!」

 そう言って柴田勝家の襟首を掴む。

「主(柴田勝家)は未だに(織田)信勝様の事を遺恨に思っているのか?此処(ここ)で捜索を打ち切るとは何事か!」

 池田恒興の目は爛々としており、織田信長の生存を疑っていない様だった。

([織田]信勝様の事を根に持っておったのは[織田]信長様であろうに!)

 柴田勝家は思わず口に出掛かったが何とか堪えた。此処(ここ)で織田信長を非難したところで何も始まらない事は重々判っていたからだ。

「何とか言わんか?柴田(勝家)」

 池田恒興は止まらない。まるで自分の無力を叩きつける様に。流石に柴田勝家も黙ってはいなかった。

「ふざけるな!」

 その巨体を生かして池田恒興をねじ伏せる。

「其方には何も見えておらぬのか!既に(織田)信長様はいない。今は今後を見据え、美濃の斎藤・駿河(するが)の今川・三河勢に備えなければならぬ時期。見よ!戦の後で皆消耗しておる。これ以上皆に何を強いよと言うか」

 池田恒興はハッと周りを見る。重臣を含め、近習達も疲れた目で重臣の諍いを冷ややかに見ている。だが、そのどれもが柴田勝家に味方しているように見えた。

(それがし)はただ、(織田)信長様を・・・」

「その気持ちは誰も同じ。だが、清洲城も空にしておる。丹羽(長秀)殿が睨みを利かしているとは言え、流石に心許ない。清洲城を奪われれば、我らは帰る所を失う。(織田)信長様の捜索も今後も続ける積もりだ。だが、今日は堪えてくれまいか?」

 柴田勝家に被さる様に言われ、池田恒興も観念した様に俯く。

「さ、池田(恒興)殿」

 近習の佐々成政・金森長親が池田恒興を導く様にさっと二人の間に割り入る。

(要領のいい事よ)

 流石に織田信長の近習だと柴田勝家は感心する。

 それから30分後、織田方1000の兵は重臣達に指揮され、近崎道(ちかさきみち)の更に西を通る分レ道に迂回し、桶狭間山の西に至り、織田方の残存兵と合流し、桶狭間道から中嶋砦を目指す。その頃には今川方の敗残兵の大半も落ち延び、織田方は無人の桶狭間道を退いて行った。

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