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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 7.新たなる蠢動
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1560年 6月11日 16:45 尾張国/桶狭間口・沓掛城

  1560年 6月11日 16:45 尾張国/桶狭間口・沓掛城(くつかけじょう)

   今川方 客将 武田信玄・山本勘助 100人



 数時間前-

「今川義元公、織田軍の強襲により討ち死に。他にも、今川本隊にいた重臣が多数死んだとの事」

 農夫姿の三つ者が桶狭間の戦いの第一報を齎した。

「(今川)義元公の死、間違いないな?」

 武田信玄は確認するように三つ者を見た。

「はっ!織田方の武者が(今川)義元公を討ち取ったと首を掲げました。何人かの今川方の将が、その首を見て茫然とその場に平伏し涙を流しておりました」

其方(そのほう)は(今川)義元の首を見たのか?」

 武田信玄は「義元公」ではなく「義元」と呼び捨てにしていた。

「はい、確と」

「して、其方そのほうは(今川)義元の顔を見知っていたのか?」

「はっ!(今川)義元公が輿に乗って東海道を進んでいる際、農夫に擬してその尊顔を拝しました。間違いありません」

 その言葉を聞き、武田信玄は俯いて目を閉じた。傍らにいた山本勘助は、武田信玄が盟友の死を悼んで涙を人に見せまいとしているのかと思った。

「ククク」

 武田信玄が奇妙な声を口から発した。それが笑い声である事に山本勘助は気づいた。

「お、御館様(武田信玄)?」

 山本勘助は武田信玄がおかしくなかったのかと顔を覗き込もうとした。だが武田信玄の顔は喜悦に満ちていた。

「・・・(山本)勘助」

「はっ?」

「どうやらワシにも機会が巡って来たようじゃ」

「と、申しますと?」

「(今川)義元が織田を(ほふ)れば、次は斎藤、そして近江・・・京に上洛すれば今川の天下。ワシは(今川)義元の後塵を拝するしかなかった」

「・・・・・」

「しかし、(今川)義元が討たれた今、太原雪斎(たいげんせっさい)がおらぬ今川など敵ではない」

 ちょうどその時、別の三つ者が第二報を齎した。

「三河国・松平元康様、お討ち死に!」

 次の三つ者が第三報を。

「織田信長、お討ち死に!」

「何と!!」

 流石の山本勘助もを驚きの余り輿の上に立ち上がっていた。

 その瞬間、武田信玄は感極まったように大声で笑い出した。

「良いぞ良いぞ!」

「御館様(武田信玄)・・・」

 一通り笑うと、武田信玄は今までの笑いが嘘のように冷静になり、床几を腰掛ける。そして傍らの山本勘助に問う。

「(山本)勘助、これからどうなる?」

 自分の度量が試されていると(山本)勘助は察した。

「東海道が荒れます」

「うむ」

駿河(するが)国・遠江(とおとうみ)国は取り敢えず安泰かと。ただ、それも北条の出方次第」

「うむ」

「三河国は混乱しましょう。今川も三河国まで手が回らない筈」

「うむ」

「尾張国は・・・内乱でしょうか。(織田)信長が尾張を統一してから日が浅く、重臣共は各々勝手に動くでしょう。(織田)信長の遺児を立てるか、それとも・・・」

「うむ」

「伊勢国は一向宗が暴れ回るでしょう。服部友貞でしたか・・・その者の手引きで尾張国が切り取られるかも知れませぬ」

「・・・うむ」

「美濃国・・・当主・斎藤義龍が病床に就いているという噂もあり、直ぐには動かぬでしょう。しかし尾張国が乱れれば、付け入って来るやも知れませぬ。尤も、我が武田家も東美濃の明知城・岩村城を押さえておりまする。そう簡単には動けぬでしょう」

「・・・うむ」

 山本勘助が話している間、武田信玄の頭脳は勘助の情報を整理し、高速回転で幾つかの戦略を導き出していた。その時間10分程度か。山本勘助はその間に筆と紙、簡易式の文机を用意していた。

 やにわに武田信玄が立ち上がる。

「(山本)勘助」

「はっ」

駿河(するが)の今川氏真公にご助力するとの文を送れ。それと、寿桂尼(じゅけいに)殿にもな」

 寿桂尼(じゅけいに)は今川義元の実母で今川氏真の祖母にあたる。女性ながら、今川家を陰から支えた実力者である。

「三河国は一向宗を煽れ。必要あれば鉄砲の一丁でも送ってやれ」

 武田信玄はニヤリと笑う。

「伊勢国の一向宗も焚き付けてやらねばな。確か、此度の戦で出陣している服部友貞が懇意であったか」

「はい」

 服部友貞は尾張の国人で、市江島と呼ばれる川の中州を本拠地としていた。伊勢国の一向宗・願正寺(がんしょうじ)と協調関係にあった。

「美濃国については、岩村城の秋山虎繁を動かす。明知城の遠山景行にも動員を掛けよ。・・・いや、秋山(虎繁)と遠山(景行)にはワシから一筆書こう」

「判り申した」

「あと・・・本願寺の義弟(顕如)殿にも文を送らねばならぬかな」

 その言に山本勘助はニヤリと笑う。武田信玄の妻・三条の方と顕如の妻・如春尼(にょしゅんに)は実の姉妹で、武田信玄と顕如は義兄弟の関係にあった。

「一向宗は大忙しですな」

 山本勘助は、自分の腹を痛めずに東海道を一向宗によって掻き回そうとする武田信玄の深謀に舌を巻いた。

「ふっ・・・ワシらもこれから忙しくなる」

 武田信玄はそう言い、本拠地のある甲斐の方角を見た。


 それから数時間後-

「ほれ、気張らんか!」

 武田信玄が輿の上から兵を叱咤する。辺りは騒然としていた。総大将である今川義元が討たれたのだ。当然であろう。武田信玄・山本勘助主従は既に沓掛城(くつかけじょう)が見える辺りまで退却していた。

「御館様(武田信玄)、沓掛城(くつかけじょう)には寄らないので?」

 沓掛城(くつかけじょう)に向かうルートから外れている事に気づいた山本勘助が問い質す。

沓掛城(くつかけじょう)?」

 武田信玄が酷薄な笑いを浮かべる。

沓掛城(くつかけじょう)は今川の敗残兵を収容している最中であろう。斯様(かよう)な場所に部外者が飛び込めば、どう扱われるか判ったものではない」

「人質にでも取られると?」

 山本勘助の問いに武田信玄は薄く笑う。山本勘助は直ぐに悟る。

「では退路は?」

 山本勘助が再び問う。

「東美濃に向かう」

「三河国には向かわないので?」

「三河国は領主候補が討たれ、内乱になるであろう。その様な所へのこのこと行けば、何が起こるか判らぬ」

「現に今川の敗残兵の一部が三河国に向かっておるのでは?」

「敗残兵とは言え、今川は数百、数千単位の兵。此方(こちら)は僅か100じゃ。凌げるとは思えぬ」

 武田信玄の言に山本勘助は成程と思う。

「しかし東美濃は斎藤義龍の勢力圏であるますぞ」

「呆けたか(山本)勘助。岩村城の秋山(虎繁)と明知城の遠山(景行)を何のために動かしたと思うか」

「あっ!」

 武田信玄の一言で全てを理解する山本勘助。そして、武田信玄の深謀遠慮に改めて舌を巻く。その時、農夫姿の男が近づいて来る。

「秋山(十郎兵衛)、東美濃の様子は?」

 武田信玄は何食わぬ顔で尋ねる。

「安泰にござります。斎藤義龍、兵を動かす様子なし。尾張国と美濃国の国境境には既に遠山(景行)様がお待ちしております」

「早いな。秋山(虎繁)に(けしか)けられたか」

 苦笑いをする武田信玄。

「ならば先を急ぎましょうぞ。こんな危険な場所は真っ平御免でござる」

 杖で輿を叩くと、持ち手が呼応するように速度を上げ、武田信玄の乗った輿を追い抜いて行く。

「これ、(山本)勘助!主を置き去りにするな」

(全くこの老人の身の代わりの速さと来たら・・・)

 武田信玄は苦笑するしかなかった。

 この時、彼の懐に三通の文を抱えていた。一通は先程三つ者の一人から手渡されたばかりの文。相手は沓掛城(くつかけじょう)の近藤景春。一通は三河国の信濃国と国境を接する山家三方衆、そしてもう一通は・・・

(これも戦国の世の習い。昨日の敵は今日の味方、か。甲斐の金も大盤振る舞いせねばならぬな)

 輿の上で妖しく笑う武田信玄がいた。

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