1560年 6月12日 15:40 尾張国・桶狭間山周辺
1560年 6月12日 15:40 尾張国・桶狭間山周辺
織田方 織田信長・川尻秀隆・佐々成政・金森長近・林秀貞・池田恒興・森可成・菅笠を被った男・柴田勝家
今川方 今川本隊
義元本陣 総大将・今川義元/先陣長・葛山氏元/次陣長・関口氏広/左陣長・朝比奈元長
鵜殿長成・鵜殿長照
田楽坪
織田信長
今川方の残党(富士信忠)に不意を衝かれ、近崎道で時間を取られてしまった。今川方の残党(富士信忠)は殲滅したが、中軍の混乱を治めるのに苦労したわ。斥候を多く放ち、義元の所在を探す。
「(今川)義元と思わせる一隊が田楽坪を南に進んでおります」
「今川方の伏兵はありませぬ」
「先程、我が隊(信長本隊)を追い越して行った一団(朝比奈元長)が先行しております」
(残党[富士信忠]の奇襲はこれ[朝比奈元長]を逃すためだったか)
儂は斥候の言葉で全てを理解する。
([今川]義元に合流されるのは面白くないわな)
この段になっても、儂の虚け者の気概は消えんらしい。儂は自嘲する。
「見えたあ!」
見遣れば、傍らに居る菅笠を被った男が興奮気味に叫ぶ。儂は走りながら眼前を睨む。隊(総大将隊)の殿(後陣)だ。義元本陣の殿(後陣)で後方を常に見張っている兵の一人と目が合う。此方に気づくと慌てたように走る速度を速め、兵の中に姿を消す。
(これが最後の機会・・・逃さぬ)
前方が明るい。山道を抜けるのか?
「急げい!山を抜けるぞ」
明るい場所に辿り着いた途端、視界が開ける。山道を抜ければ、平野部が広がった田楽坪に出てしまう。そうなれば、(今川)義元を捕捉するのも困難になると考えていた。
「ちっ、抜けたか」
儂は右方を見る。直ぐに安堵する。どうやら杞憂だったようじゃ。(今川)義元が逃れようとしている大高道は右方にある鳴海道に続いている。しかし、鳴海道に至る田楽坪の一部は地蔵池と大池の氾濫で水没し、通れる状態ではなかった。午前中の大雨のせいか、田楽坪自体が泥水に埋もれていた。(今川)義元の隊(総大将隊)を見れば判る。鳴海道が使えず、田楽坪から直接大高道に出ようとして、田楽坪の泥に足を取られていた。
「まさか小細工がこんなところで効いてくるとはな」
儂はちらっと(池田)恒興を見る。善照寺砦での(池田)恒興との遣り取りが思い出される。
・
・
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「とにかく、やれるだけの事はやっておきましょう。南は、大高道に面する田楽坪・大池・地蔵池の破壊」
「それでは此方にも支障が出るのではないか?」
流石の儂も難色を示した。
「(今川)義元が桶狭間に出張って来れば、田楽坪は必ず今川方に押さえられるでしょう。されば、敵の行動を制約するためにもやっておくべきです」
「・・・であるか」
「後は・・・鳴海道が使えなくなる事を想定して、田楽坪から大高道に繋がる平野部にも細工しておくのがいいかも知れませぬ」
「むっ・・・」
そこまでやるか?鳴海城・大高城とその周辺を除けば、一応桶狭間地域は同盟者である水野家の支配下だ。来るべき(今川)義元との決戦を考えれば、やれる事は全てやっておこうと言う(池田)恒興の考えは正しい。じゃが、周辺に住む民に取ってはいい迷惑以外の何物でもないだろう。水野(信元)もいい顔をしまい。
「(織田)信長様、優先事項を考えられませ」
「何?」
「(今川)義元を倒しさえすれば、後で迷惑を被った民への施しをすればいい事。したが義元を倒さねば、いつまで経っても桶狭間地域の民は安心出来ませぬ」
(池田)恒興はここぞとばかりに儂を説得にかかる。じゃが、聞いている最中で、
(こやつの考えではあるまい)
とも思っていた。そもそも(池田)恒興は優柔不断な面がある。これは幼き頃からの付き合いで儂はよう知っておる。そもそも儂に向かって断言するような度胸はないのだ。
(差し当って・・・あ奴の入れ知恵か)
儂は(池田)恒興の傍らに侍る菅笠を被った男を見遣る。奴は二人の会話が聞こえているのか聞こえていないのか、先程から微動だにせぬ。じゃが、自分の意思であろうとなかろうと、他人で受け売りであろうが、進言した者の手柄になる。当然、これはと思う逸材を召し抱え、意見を採り入れるか否かは召し抱えた者の技量なのだ。儂が評価するのは其処にある。
「・・・であるか」
(池田)恒興の具申は戦に関して言えば、全て的を得ておる。儂も漠然とは考えておったが、奴の意見はそれを具体化したものばかりだった。
(池田)恒興は儂の言葉を聞き、嬉しそうに破顔した。
・
・
・
(さすれば・・・)
「全軍停止いっ!」
儂は大声を上げる。
「斥候!」
「はっ!」
何名かが傅く。
「(今川)義元の行方と今川方の布陣を」
「承知」
斥候が散っていく。儂はすかさず辺りを窺う。
眼前に広がる田楽坪には今川兵が群がっていた。ほぼ全員が背を向けていた。
(歩みが遅い)
よくよく見れば、田楽坪は正午に掛けての暴風雨の影響で水浸しになった様た。周辺は水を入れた田圃の様に泥状化していた。逃げる今川兵は田楽坪の泥水に足を取られ、振り返る暇さえないようだ。儂が放った斥候も田楽坪に足を踏み入れ途端に減速した。しかし、フル装備の今川兵に比し、軽装である我が方の斥候の動きの違いは歴然であった。
田楽坪
織田信長
斥候からの報せにより、(今川)義元がまだ田楽坪から出ていない事が判った。田楽坪は別名・広坪とも呼ばれ、桶狭間山がある丘陵地の南側に広がる広大な平地である。(今川)義元はこの田楽坪のどこかにまだ居るのだ。流石に儂も視認は出来ぬが、今川兵の動きを見れば大体の場所は特定出来た。
儂の眼に、先程我が隊(信長本隊)をすり抜けて行った一団(朝比奈元長)が映った。
(今川兵?)
明らかに織田家とは兵装が違う。泥に足を取られ、未だ(今川)義元に合流出来ずにいた。無論、(今川)義元に合流させるつもりはなかった。
「弓兵、件の一団(朝比奈元長)を射よ。殲滅後は前進し、残りの今川兵を射よ。射尽くせい!」
弓は最後の切り札だ。これを使えば、秘策はもうない。儂の命を受けると、弓隊が前進する。弓隊に気づいた今川兵が我先にと逃げ始める。
(遅いわっ!)
矢を射る音が続け様に聞こえる。矢は我が隊(信長本隊)をすり抜けて入った一団(朝比奈元長)に吸い込まれていく。
「「がっ!」」
バタバタと今川方の後続の兵が倒れて行く。3射目で全滅した。殲滅を確認すると、弓兵は整然と再前進する。
今川兵が何やら叫んでいる。
弓兵は構わず前進し、射程距離に入ると停止し、矢を番える。弓の弦の音が鳴り響く。矢が今川兵に向けて殺到する。何人かが避けるような仕種をしたが、具足の|彼方此方《あちらこちら》に矢が突き刺さる。大抵は具足に防がれるが、具足の継ぎ目や頭に突き刺さる運の悪い奴もいる。
「ぐはあっ!」
今川兵は300弱ほど。だが、矢の連射に次々と倒れて行く。田楽坪に進んだ今川方は深い泥に足を取られ、思うまま進めず、振り返る事すらる困難になっていた。背後から矢を受けて倒れる者も少なくなかった。矢を射尽くした時、今川兵は50程までに減じていた。
「進めいっ!」
儂は最後の号令を掛ける。
「目指すは義元の首一つ!」
大高道
鵜殿長成
大高道をゆっくりと進んでいると、田楽坪辺りが騒がしい。
ここまでの経路、鵜殿(長照)隊の歩みは思った以上に遅く、どれだけ叱咤してもその歩みは早まらなかった。大高道の途中で松平(元康)殿に追いつかれ(御屋形[今川義元]様の主命により、桶狭間山に転進すると仰せられた)、感情的な部分も押し出たが、最後は節所を抜けるまで兵の追い抜きは行わない事なった。只でさえ、制御不能の鵜殿(長照)隊である。追い抜きなど行えば、どんな不測の事態が起こるか判らぬ。節所を抜け、漸く松平(元康)隊を先行させ、一息吐く間もなく、今度は雹混じりの雷雨で進軍叶わず、大木の陰に退避する羽目となった。
「祟るのう」
思い起こせば、兵糧入れに併せ朝比奈照勝に代わって大高城城代となってから、兄者(鵜殿長照)と私の苦難は始まったと言ってよい。挙句の果てに、大高城に兵糧入れを果たした朝比奈(泰朝)と松平(元康)殿に城を譲る形で沓掛城に戻る羽目になるとは・・・。その松平(元康)殿も御屋形(今川義元)様とやらで大高城を後にしている・・・
(因果じゃな)
私は独り言ちした。その後も霧で視界が利かず只でさえ歩みの遅い鵜殿(長照)隊は足踏みを繰り返し此処に至った。天気も納まり、漸く行軍も順調になりかけた矢先だと申すに。
・・・兄・(鵜殿)長照の容態は芳しくない。馬上の人となっているが視線は定まらず、手綱を握る手もどこか怪しい。兵卒も似たり寄ったりだ。尚更自分がしっかりせねばと心に誓った。
(!)
やはり矢を射る音がする。私は隊列から一時的に離れ、音がする方角を見遣る。北だ。
(あれは・・・我が方[今川方]ではないか)
その先頭を見た時驚く。
「御屋形(今川義元)・・・様?」
田楽坪と言う開けた土地に人が群れていた。何故、此処に御屋形(今川義元)様が?戦場はもっと北ではなかったのか?色々な疑問がよぎったが、あれは見紛うなく・・・私は走り出す。
「御屋形(今川義元)様ぁっ!」
田楽坪は泥に埋もれていた。池の周辺は水が溢れていた。私は構わず飛び込む。とにかく御屋形(今川義元)様を援けたい一心で、大水と泥に足を取られながら近づいていく。御屋形(今川義元)様は逃げるのに必死で此方には気づいていない。
再び音がした。どずっと言う鈍い音が私の身体に響いた。私はこの時、沓掛城に撤退するために甲冑や具足は付けていなかった。見れば、矢が胸の真ん中に突き立っていた。見る見るうちに赤い斑点が広がっていく。
「!」
激痛がじわじわと身体を蝕む。立っていられず、遂にその場に倒れ伏す。身体が泥水に沈み、息も出来ない。
(御屋形[今川義元]様・・・兄上[鵜殿長照])
次第に意識が混濁し、大切な何かが心の中から零れていった・・・
田楽坪
今川義元
一度は集結した本陣の兵が織田方の矢によって次々と倒されていく。予はなす術もなく近習や重臣の名を呼ぶしかなかった。気が付けば、周りには50人余の兵しか残っていなかった。傷を負っている者も少なくなく、気力だけで立っている者もいた。
(まさか、この段になっても切り札があったとは・・・)
余りの用意周到さに、(織田)信長の執念を垣間見た気がした。
(申し訳ありません、師匠・・・)
どうして師匠(太原雪斎)の遺言を守らず、桶狭間に進出したのか。大高城を包囲する砦群を陥れ、奢りがあったのか。(織田)信長が三河国吉良の地を放火した事で、冷静な判断を失っていなかったか。飢饉による国内の食糧事情の悪化が戦に駆り立てたのではないか。沓掛城で督戦していればよかったのではないか。・・・そして何よりも、尾張の小僧とあの織田信長を過小評価し過ぎていた。あれは、化け物だった。そもそも勝算なく予に挑む事などなかった事に気づかなかった自分の浅はかさを自省せねばなるまい。もはや手遅れだったとしても・・・
(師匠[太原雪斎]・・・あなたが大きくした今川家をたった一代で潰してしまう詫びは、これから行って申し開きします)
これも全て予の未熟さ故。信長の力を見抜けなかった事、駿河勢の弱体化を知っていながら何も施さなかった事、それが天運にすら見放されてしまったのだろう。
(人はなかなか大人になれぬ)
此処でそんな悟りが開ける等思ってもみなかった。自然と口元に苦笑混じりの笑みが浮かぶ。身が軽くなる。これが諦めの境地と言うものか。
「残った者は織田方に相対せよ!」
予は桶狭間山に向かって反転する。
「しかし、もう少しで大高道に-」
最後まで残った重臣・(葛山)氏元の言葉を遮る。
「もう間に合わぬ。諦めよ!」
例えこの泥塗れの田楽坪を抜けたとしても、湖と化した大池の東を渡る事は難しい。矢で射られれば、抵抗も叶わぬ。それならば・・・
「今川家の者が敵から逃げて、背を斬られたいか?織田家如きに無様な姿を晒すと申すか!」
自分でも驚く程の凛とした声が田楽坪に響き渡る。その言葉に(葛山)氏元はハッとし、泥の中を器用に反転する。
予は義元十文字を抜く。柄を放り投げ、構える。残った兵達が覚悟を決めたようにその場に留まる。前方を見遣れば、矢を射終えた織田方の兵が田楽坪を此方に向かって来るのが見えた。
(矢も尽きたか。7、800か。これは・・・なかなか歯応えがあるな)
予は自嘲する。織田方もかなり兵を失っていると冷静に判断する。しかし、こちらは50騎余。
「よいか!決して前に出るな!!待ち伏せい」
織田方が雲霞の如く田楽坪に殺到する。そして、我が隊(義元本陣)と同じように深い泥に足を取られ、進撃速度が落ちる。それでも追う者の強みか、見る見るうちに盛り返し、着実に我が隊(今川本隊)に肉薄する。初めは我が隊(今川本隊本陣)の兵は足場を定め待ち構えていたため、容易く織田方の兵を討ち取っていた。だが、我が兵1人に対し、織田方の兵が2人、3人と対峙するにつれ、手数の多い織田方に圧倒され始める。遂には最前線にいた我が隊(今川本隊)の兵が1人2人と討たれ始めると、形勢は一気に織田方に傾く。
(やはり駄目か)
判ってはいた。此処で留まり敵を打ち負かすという一縷の望みもあったのだ。だが退路を断たれた今、我らが劣勢を跳ね除けるには織田方の本陣を衝くか、(織田)信長の首を挙げるしかない。しかし、身動きが出来ない事がその可能性を全て奪っていた。
「御屋形様あっ(今川義元)!持ちませぬ」
最後の重臣・(葛山)氏元が叫ぶ。予は前に向き直る。(葛山)氏元とは数メートル離れていた。助太刀する事も叶わぬ。数分後、(葛山)氏元が織田方に取り囲まれる。傷を負っていた(葛山)氏元は上手く立ち回れず、バランスを崩したところを織田方の名もない兵に討たれる。
「(葛山)氏元っ!!」
(葛山)氏元の身体が空を舞い、深い泥に叩きつけられる。
「おのれっ!」
予は(葛山)氏元を助けられなかった自分に憤る。織田方の兵達は首も取らず、次の標的を予に定めたようだ。舌なめずりをし、ゆっくりと近づいてくる。
「名のある武将とお見受けする」
「下郎がっ!」
名乗りすらせぬ雑兵如きに悪態を突く。罵られた男は奇声を上げ、数名の兵と共に飛び掛かって来る。
(脇が甘いわ!)
男が踏み込んできた瞬間を狙い、右足を斬る。男は苦悶の表情を浮かべ、倒れ込む。私はすかさず男の首に左文字を突き立てた。そして、続けざまに斬り込んできた織田兵を続け様に斬り伏せた。(葛山)氏元を討った雑兵達を全て倒した。これで(葛山)氏元の仇は討った。予は再び足場を作り直す。
何人倒しただろうか。もはや数を数えている余裕もなかった。手傷を負い、左文字も刃毀れを起こしていた。息は上がり、ただでさえ足場の悪い深い泥に囲まれ、立っている事すら苦痛になっていた。
一人の武者が立ちはだかった。
「服部一忠、相手仕る!」
(す・・・少しは骨のある武者が現れたようじゃ)
若武者(服部一忠)は直線的に斬り込んでくる。予は乱れた息を無理矢理整え、定石通り膝を斬る。だが、若武者(服部一忠)は斬られても予に突っ込んできた。予は体当たりを食らい、バランスを崩す。
(こちらが狙いか!)
続けざまに別の武者(毛利秀高)が突っ込んで来る。若武者(服部一忠)は次の武者を生かすため、初めから斬られる気だったのだ!次の武者(毛利秀高)に体当たりされ、予は後方にどっと倒れた。次の武者(毛利秀高)が私の首を掻こうと組みついてくる。私は咄嗟に武者(毛利秀高)の指を食いちぎった。
「があっ!」
苦悶の声を上げた武者(毛利秀高)を振り解こうとするが、力が入らぬ。
次の瞬間、首に衝撃が加わる。
「くっ!」
身体の力が抜け、左文字が手からするりと離れた。目の前が真っ暗となり、只々泥の冷たさだけが感じられた。脳裏に師匠(太原雪斎)の姿が浮かんだ。予は師匠(太原雪斎)に向かって手を伸ばしたかも知れない。だが、それも暗転し、全てが消えて行った・・・・・
田楽坪
毛利秀高
「敵大将・今川義元、討ち取ったりっ!」
俺は指の痛みを堪え、獲った首を高く掲げ雄叫びを上げた。そして背後を振り返る。膝を斬られた(服部)一忠が膝を抱え蹲っていた。俺は(服部)一忠に近づく。
「殺ったか?」
(服部)一忠がくぐもった声がする。
「・・・ああ」
俺は頷き、(今川)義元の首を手渡そうとする。
「二人の手柄だ」
だが、(服部)一忠は首を横に振る。
「膝を斬られた。手柄首を抱く事が出来ぬ」
苦悶の声を漏らす。
(今川)義元に噛み切られた指は止めどもなく血が流れ、膝を斬られた朋友(服部一忠)を抱え上げるとするが叶わぬ。
「・・・済まぬ」
「・・・いいさ。それより、(織田)信長様に首を持って行け」
「・・・判った」
代わりに俺は味方の兵を呼び、(服部)一忠に手を貸してやるように頼む。
「(今川)義元に一番槍をつけた者ぞ。粗略に扱うな」
俺はそう言い捨て、後方で立ち尽くしている(織田)信長様に近づいて行った。
田楽坪
織田信長
織田方の兵の一声を聞いた途端、儂は棒立ちになった。一気に今までの疲れがどっと押し寄せてきた。ふと周りを見ると、田楽坪に突入した時に7、800いた兵が500までに減じていた。今川方の最後の抵抗の激しさを物語っているようじゃ。
一人の武者(毛利秀高)が近づいて来る。片手には何やら奇妙な物をぶら下げている。それが大将首(今川義元)だと気づいた時、儂の心が震えた。武者(毛利秀高)が首を差し出す。
「さあ(織田)信長様、勝ち鬨を」
儂は首級(今川義元)を手渡され、それをじっくりと見る。その苦悶の表情を見た時、自然と笑い声が出た。
(やった・・・やったぞ!)
(今川)義元の首を高々と天に掲げた。
「東海道一の弓取り、今川義元を討ち取ったり!」
(今川)義元討ち死にの報せを聞いた途端、奮戦していた今川方の兵の動きが止まった。或る者は涙を流し、或る者はその場に蹲った。逆に発狂したように触れる物全てを薙ぎ始めた兵もいたが、悉く討たれた。




