1560年 6月12日 15:25 尾張国/桶狭間山北・桶狭間山東
1560年 6月12日 15:25 尾張国/桶狭間山北・桶狭間山東
織田方 3200人 織田信長・川尻秀隆・佐々成政・金森長近・木下藤吉郎・林秀貞・池田恒興・森可成・菅笠を被った男・柴田勝家
今川方 今川本隊
義元本陣 2000人 総大将・今川義元/先陣長・葛山氏元/次陣長・関口氏広/左陣長・朝比奈元長
後備え 1000人 主将・富士信忠/副将・興津清房/先鋒隊長・井上継隆/次鋒隊長・大村家重/後方隊長・飯尾乗連
桶狭間山
富士信忠
「申し上げます。兵の転回が終わりました」
使い番が厳かに告げる。
「うむ」
小生は床几に腰を下ろし、泰然としていた。
「織田方(信長本隊)は?」
「一部の隊が御屋形(今川義元)様を追っておりましたが、三浦(義就)隊、岡部(正綱)隊の突撃により追跡を断念したようです。現在、信長と合流している模様」
使い番は淀みなく答える。
(逝かれたか)
桶狭間山から兵の転回を急いでいる時、小勢が二度ほど御屋形(今川義元)様の隊(今川本隊義元本陣総大将隊)から飛び出し、追い縋る織田方の盾となった。小生は援軍を出そうとしたが、本陣から来た朝比奈(元長)殿に止められた。
「今は御屋形(今川義元)様の命を第一とせよ」
「しかし、このままでは盾となった兵が・・・」
「織田方は小勢。この後に本隊が控えておる。それに備えられよ」
正論を言われ、小生は唸る。
(義元)本隊が織田方の強襲を受け、各個撃破されていくのを目の当たりにした。それもこれも各隊が敵の強襲に対応出来ず、一部の兵のみで備えたからだ。移動していた不運もあるが、余りに脆すぎた。各隊の大将が討たれ、兵は散り散りになった。御屋形(今川義元)様の隊(今川本隊義元本陣総大将隊)は近習や馬廻が集結し、まだ一隊の体をなしていたが、織田方に防戦一方であった。小生は御屋形(今川義元)様を救うため前進したが、辺りは迷える今川兵で溢れ、思うように助太刀出来なかった。その間に、御屋形(今川義元)様から大高道に転進するとの報せがあり、小生の隊(今川本隊後備え)も転進して露払いの如く本陣に先行した。だが、織田方の追跡は思いのほか執拗で、御屋形(今川義元)様の命を受けた朝比奈(元長)殿に桶狭間山に向かうよう告げられる。初めは訝ったが、朝比奈(元長)殿の説得で渋々道を譲り、桶狭間山に向かった。その後の推移を見れば、小生の隊(今川本隊後備え)が御屋形(今川義元)様の進路を塞いでいた事を知り、己の浅はかさを恥じたものだ。
「流石に信長も桶狭間山を無視出来ないようですな」
朝比奈(元長)殿が呟く。
「朝比奈(元長)殿のご慧眼、恐れ入ります」
「何の。本陣に居て、織田方の情勢を知ってしたまでの事」
朝比奈(元長)殿は鷹揚に笑う。
今、桶狭間山には小生の隊(今川本隊後備え) 1000騎が布陣している。相対するように信長の隊 800弱が集結していた。
(信長も只では済まなかったか)
激戦で、斥候の報告で3000程居たはずの織田方(信長本隊)は800弱に減っていた。桶狭間山の北ではまだ戦が続いている。死傷者だけでなく、戦い続けている織田方もおるのだろう。信長は掻き集められる限りの兵を急ぎ引き連れて来たのであろう。
その時、突如として信長の隊が南に動き出す。
「むっ!」
朝比奈(元長)殿が思わず床几から立ち上がる。
「馬鹿なっ」
我らを無視して御屋形(今川義元)様を追おうとするのか?
「(今川本隊後備え)先鋒隊に伝令!信長本隊に攻撃を仕掛けよ」
小生は使い番に命ずる。先鋒隊から順次、進軍を始める。
「朝比奈(元長)殿、早く御屋形(今川義元)様の元へ戻られよ」
大喧騒の中、本陣から遣わされた朝比奈(元長)殿を気遣う。
「いや・・・もう無理なようじゃのう」
このような状況の中でも、朝比奈(元長)殿の声はのんびりしたように聞こえるのが可笑しかった。
「如何された?」
朝比奈(元長)殿が扇で指し示す。見遣れば、既に織田方の別動隊(柴田勝家隊)と思われる軍勢が小生の隊(今川本隊後備え)の後方隊に迫っていた。
「いかん!」
後方隊に使いを出し、反転し織田方に備えるよう命じる。しかし間に合うまい。
強い衝撃が後方隊に掛かったように陣形が乱れる。その衝撃音が此処にも響いた。
「遅かったか」
朝比奈(元長)殿が諦めたように呟く。
「申し訳ござらぬ。小生の力不足で朝比奈(元長)殿を本陣へ返せなんだ」
私は申し訳なさの余り、声を震わせる。
「何、これも時の運と言うもの。富士(信忠)殿が心を痛める事はない」
逆に情けを掛けられてしまった。
「しかし、このまま織田方に背を向けたまま蹂躙されるのも業腹じゃのう」
朝比奈殿はそう言い、馬首を帰し刀を抜く。恐らく業物の一つだろう。柄の装飾は華美にして絢爛であった。吶喊をかける気のようだ。
「お供仕る」
私も馬上の人になる。
「其方には隊(今川本隊後備え)の指揮があろう」
朝比奈(元長)殿が諭す。
「既に兵を転回し、織田方に備えるように全軍に使い番を送り申した。小生の役目は果たした故」
「やはり宮司(富士信忠)殿は物好きよのう」
朝比奈(元長)殿は莞爾として笑う。
「いざ、ゆかん!」
小生は愛馬に鞭を入れる。近習と馬廻が周囲を固める。少しでも先行して血路を開き、朝比奈(元長)殿を逃がす可能性に賭けるしかあるまい。それが御屋形(今川義元)様への最後のご奉公になる。
桶狭間山
柴田勝家
戦況は儂の眼から見ても、織田方に分があった。我が隊は分断された今川方の各隊を各個撃破し、次々と敗走させた。その結果、(今川)義元の本陣は馬廻や近習・本陣付きの兵だけになっていた。
(やはり、[織田]信長様に先を越されたか)
我が隊(柴田勝家隊)も(今川)義元本陣を捕捉したが、既に(織田信長様)の本隊が(今川)義元本陣に肉薄していた。
「殿(柴田勝家)っ!桶狭間山に今川方と思われる一隊(今川本隊後備え)が集結し始めております」
近習の一人が注進する。
「こちらに気づいたか?」
「いえ。(織田)信長様の本隊に気を取られているようです」
(この位置では、(織田)信長様の本隊が背後から攻撃されかねん)
「桶狭間山に向かう。(織田)信長様の援護射撃じゃ」
「はっ!」
使い番が各隊に走る。最後の総仕上げの時が来たようだ。
桶狭間山西
富士信忠
少しでも時を稼ぎ、御屋形(今川義元)様が無事に沓掛城に戻られるようにしなければ。今川本隊(義元本陣)に道を譲る形で桶狭間山にバラバラに向かった小生の隊(今川本隊後備え)を再集結して隊を整えた。しかし集結して来た(織田)信長と相対するも、織田方の別働隊(柴田勝家隊)に奇襲を受け、散々に破れていた。それを見越した小生は近習と馬廻を集めて、小生の隊(今川本隊後備え)から先行するように飛び出した。
(そのためにも朝比奈[元長]殿を御屋形[今川義元]様の元に送らねばならぬ)
小生の後方には朝比奈(元長)殿が控えている。小生の隊(今川本隊後備え)が織田の別動隊(柴田勝家隊)の攻撃を受けているのを(織田)信長も知っておろう。別動隊と連携したようには見えなかった。(織田)信長の本隊が突出し、単独で南に向かったはず。しかし結果は・・・
(今、[織田]信長は小生の隊(今川本隊後備え)が織田の別動隊(柴田勝家隊)の攻撃を受け、追って来まいと油断しているはず)
小生は兵を大高道に続く近崎道を見渡せる高台に潜ませる。(織田)信長の本隊の先陣を遣り過ごした。
(焦るな)
自分に言い聞かす。目の前を(信長本隊)中軍が通り掛かる。
「今じゃ懸かれっ!」
中軍を攻めれば、(織田)信長の進軍に支障を来すと考えての事。不意を衝かれた中軍は大いに乱れた。小生の目論見通りだった。敵中に深く入り込み、暴れ回る。中軍が攻撃を受けた事で先陣の足が止まった。
「朝比奈(元長)殿、今じゃ!御屋形(今川義元)様の元へ!!」
時をずらして朝比奈(元長)殿が小生の作った隙を抜けて行く。
「富士(信忠)殿、済まん!」
朝比奈(元長)殿が頭を下げる。
(上手く切り抜けてくだされ)
横目で見遣りながら、朝比奈(元長)殿の無事を祈った。
さて、最期の仕上げじゃ。
「富士山本宮浅間大社宮司・富士信忠、推参っ!小生の首が欲しい者は懸かって参れ!!」
桶狭間山西
木下藤吉郎
「何じゃ、何事が出立した?」
近くに敵はいないはずでなかったか?何故、おいらの隊が攻撃を受けているんじゃあ?
「組頭っ(木下藤吉郎)!」
足軽の一人が転げるように遣って来る。
「敵は桶狭間山に居た今川の残党じゃあ!」
斥候として使っていた足軽じゃった。
「それがなして此処に?」
信じられんかった。こうも合わせたようにおいらの組に襲い掛かって来るとは!一番外側の組頭が今川兵に吹き飛ばされる。
「ひいいっ!」
余りの勢いに、おいらは腰が抜けた。
「組頭(木下藤吉郎)!」
近くにいた足軽がおいらの前に立ちはだかる。じゃが、呆気ないほどに今川兵に討たれてしまう。おいらは軍の奥へと逃げて行く。組の頭が逃げれば、その組は崩れるのが判っていながら、恐怖が先行した。悲鳴が上がり、血飛沫が舞う。持っていた短槍も捨てて逃げ纏う。しかし腰が抜けていて上手く走れぬ。おいらは今川兵に追いつかれた。気が付けば刀に刺し貫かれていた。痛みを直ぐ感じなかったのは、恐怖で痛覚が麻痺していたらしい。
「あ、あ・・・」
激痛が走り、おいらはその場で転げ回った。今川兵はおいらなど無視して更に軍深く押し入って行ったようじゃ。そのうち目が見えなくなって来た。
頭の中にある情景が浮かんで来た。
(な、何じゃこりゃあ?)
農民の子として生まれ、農家で育ったおいらの過去ではない記憶?今わの際で頭が錯乱しているのか?
おいらは、お武家様のように着飾っていた。傍らに幼いが美しい少女が微笑んでいる。今暮らしている長屋か?美濃国の斎藤氏との激闘、川の中州に城を建て誇らしげにしている。斎藤氏を追い払い、岐阜城に居城を移す(織田)信長様に従うおいら。足利義昭を伴っての上洛、越前国の朝倉義景討伐に向かうも北近江国の浅井長政の裏切りに遭い、越前国金ヶ崎で殿を務めて(織田)信長様に称賛された事、裏切り者の浅井長政の居城・小谷城を攻め滅ぼし、初めて(長浜)城持ちとなる。中国地方への転進、唯一無二の(織田)信長様の死、(織田)信長様の仇討ち・・・この頃からか、おいらに対する風向きが変わって来たのは。清洲会議での立ち回り、柴田勝家との対立と敗亡、織田信雄・徳川家康との対立と和解、関白への任官、九州平定、小田原征伐による北条氏の滅亡・・・こん頃が一番充実しておった。嫡男の死(鶴松)と誕生(秀頼)、甥・(豊臣)秀次の切腹、明との二度の開戦、徳川家康に不信を抱きながらの死。悔やまれぬわ・・・悔やまれる?何が?何の事じゃ?判らぬ、判りたくもない。これはおいらの願望なのか、それとも本当のおいらの未来なのか?ああ、意識が遠のいて来た。もう、何も考えられぬ・・・
田楽坪
今川義元
予は屈辱に苛まれていた。数時間前までは豪華絢爛な塗輿に乗り、悠然と桶狭間に降り立った筈が・・・今や徒歩で桶狭間丘陵の山道を彷徨っている。同行する近習は誰もが憔悴しており、雨や泥で汚れていた。予は自分の服を見遣る。泥に塗れ、小枝に傷つけられたのか、|彼方此方《あちらこちら》が破れていた。途端に怒りが湧いて来る。
(諦めてたまるか!)
予は慣れぬ徒歩で難儀していた。大高道に続く近崎道は思った以上に狭く、数時間前の大雨で酷く泥濘んでいた。草履に土が着き、足取りを一層重くさせた。後ろを振り返れば、今川の兵が続いている。誰もが下を向き、一様に顔が強張っていた。皆同じように思っているのであろう。
(こんなはずではなかった)
大高城・鳴海城の後詰は当然の事、あわよくば尾張国東部から濃尾平野への進出も狙っていた。沓掛城で諸将に宣誓した事は必ずしも夢物語ではなかった。平野部に橋頭保を築けば、織田方が瓦解するのは判っていた。三河国で松平清康(松平元康の祖父)・松平広忠(松平の父)が三河国統一を目前にしながら家臣に討たれた後の国人勢の混乱が物語っていた。尾張国とて例外ではあるまい。今となっては幻の様であった。
「御屋形(今川義元)様、近崎道(山道)を抜けましたぞ!」
重臣の一人・(関口)氏広が喜色の声を上げる。予は前方を見た。今まで歩いて来た木立が鬱蒼とした近崎道から一転、陽射しで辺りが開けていた。予の歩く速度も自然と上がっていった。今度こそ織田の頸木から逃れられると。
(やっとか)
予は息を乱しながら、漸く田楽坪に辿り着いた!息を整える間もないまま、我が軍(義元本陣)は前進を続ける。だが、直ぐに異変に気づく。先行する斥候隊の歩みが停滞していた。
斥候の一人がやって来る。
「如何した?」
予の心に嫌な予感がよぎった。
「も、申し上げます。田楽坪は昼間の大雨にて地面が泥濘み、通行に支障を来しております。また、近くにあります大池が増水し、大高道に続く平野部が冠水し、池の周りは通れませぬ」
斥候の足を見れば膝下まで泥塗れになり、これからの歩行が難儀を極めると予想された。兵ばかりでなく、他の重臣達も顔を見合わせている。さもあろう。誰も|斯様《かよう》な場所を通りたくない。
(だが、進まねばならぬ)
織田方が背後に迫っているのだ。
「行くぞ」
やや気後れしている重臣達を、また、予自身に活を入れるように号令した。
だが、田楽坪に足を踏み入れた途端、予は自分の決断が揺らぎ始める。いきなり膝下まで足が泥に埋まったのだ。
「!」
予は一度泥から足を抜く。水を含んだ泥が足から零れ落ちた。重臣や近習・馬廻達はそれを見て臆した。
「御屋形(今川義元)様・・・」
重臣の一人・(葛山)氏元が弱気な声を上げる。私はハッとする。
(此処で織田方を迎え撃つか?・・・いや、押し留める事が出来なければ、この泥に背後を取られ、我らは身動きすら儘ならなくなる)
予は再び決断する。
「進む」
自ら泥の中に足を踏み入れ、歩き出す。何度も足を取られ、難儀しつつも一歩一歩前進する。躊躇っていた重臣達も恐る恐る続き始める。
「皆の者、織田方が直ぐ後ろに迫っておる!躊躇うなっ!!」
重臣の一人が兵に向かって叫ぶ。現実に引き戻されたように兵卒が次々と続く。始めは膝下までだった泥の深さは、今や膝上まで達し、進軍の妨げとなった。脛当ては外れ、草履は脱げ、裸足に近い状態だ。屈辱を噛み締め、予は無我夢中で進んだ。大池の近くで先行していた斥候が立ち止まっていた。
「どうしたか?」
重臣の一人・(葛山)氏元が問い質す。
「大池の水が・・・」
斥候の一人が呆然とした表情で前方を見渡していた。氾濫した大池の水が、池と丘陵の間の平野部に溢れていた。
(天は我らを見放したのか)
予はその場に倒れ込みたい衝動を理性で押さえつけた。
「それと・・・」
別の斥候が指差す。見遣れば、大高道を500ばかりの兵が埋め尽くしていた。すわ敵かと身構えたが、戦意は感じられなかった。
「あの旗指物は・・・」
重臣である(関口)親永が呻く。
(どうして此処に鵜殿が?・・・あっ!)
疑問は一瞬で氷解した。桶狭間の本陣で、戦闘不能になった大高城城代・鵜殿長照を沓掛城に返したと報告があったではないか!
「まさか、|斯様《かよう》な場所で搗ち合うとは・・・」
何もこの時、この場所で・・・鵜殿(長照)隊の異様な雰囲気も相俟って、予は断言した。
(祟り神!)
運命を呪った。神を呪った。天は信長に味方しているのだろうか?退路は完全に断たれていた。




