1560年 6月12日 12:20 尾張国/釜ケ谷東
1560年 6月12日 12:20 尾張国/釜ケ谷東
今川方 今川本隊
義元本陣 100人 庵原之政/藤林保豊
庵原之政
馬を使い、藤林(保豊)とその配下、また、本陣から割いた100余名と共に桶狭間丘陵の斜面を駆け下り、藤林(保豊)の案内で桶狭間道に駆け付けた時、其処は凄惨散々たる光景が広がっていた。
「これは・・・」
思わず絶句した。桶狭間道の両側の斜面が崩落し土砂崩れがあったのは明らかであった。斜面を滑り落ちた土砂で道を埋まり、多くの人馬を圧し潰していた。人の呻き声や牛や馬の嘶きが聞こえ、辺りは死臭が漂っていた。既に救出が始まっていて、小荷駄隊の生き残った者達が必死に土を掘り返していた。
「庵原(之政)様っ!」
藤林(保豊)に肩を揺すられ、拙者は漸く我に返る。
「ご下知を」
どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのであろうか、藤林(保豊)は落ち着いていた。この様な修羅場、見慣れているのであろうか。
「と・・・取り敢えず、半数は小荷駄隊と共に救出活動を。残り半数は小荷駄から救出に使える農具等を見つけ、小荷駄隊に渡せ。それが済んだら残り半数を更に半数に分け、周辺の斥候に出し、残りは救出活動に」
「斥候ですか?」
藤林(保豊)が首を傾げる。
「|斯様《かよう》な時こそ織田方の謀略と疑わなければならぬ。斥候には織田方の探索の他に、土砂崩れの原因も調べさせよ」
「はっ!」
命を受け、藤林(保豊)配下がそれぞれに散って行く。
「わしらはどうすれば?」
本陣から割いた100余名の兵卒が棒立ちになっていた。土砂崩れに呆然としている。
(こ奴らも居たな)
すっかり存在を失念しておったな。
「半数は救援活動の任につけ。残り半数はその場で待機」
「半数で宜しいので?」
侍大将が訝し気に拙者を見る。
「このような時にこそ油断が生じる。桶狭間道は味方の兵も駐屯しているが、織田方に備えなければならぬ」
「織田方が?」
その侍大将は慌てて辺りを見回す。
「其処まで心配する必要はない。飽くまで心構えの問題じゃ。万が一を考えるのが軍師の勤めでな」
拙者がそう言うと、侍大将は少し安堵した表情になる。
「して、何時まで待機すれば?」
侍大将の問いに拙者は暫し思案する。
「・・・1時間置きじゃ。救援活動と待機を交互に半数で行うのだ」
「承知仕った」
侍大将は走る。
(これで態勢は整った。後は待つだけか)
軍師としての役割は全うした。後は救出活動等の進捗に合わせて柔軟に指示を出すだけになった。しかし、それも束の間だった。(義元)本陣を離れる時から降り始めていた雨が本降りになり、大風も出て来て、大嵐の様相を呈して来たのだ。
(これは・・・)
拙者がそう思った刹那、藤林(保豊)が飛び込んで来た。
「申し上げます!桶狭間道の山肌に新たな亀裂が入り、土砂崩れの懼れが」
「何?」
拙者は馬上で身動ぎをする。別の者が伺候する。先程の侍大将だ。
「庵原(之政)様、風雨が強くなり、救出活動に支障を来しております。ご判断を!」
何れも凶報である。救出活動は先程始まったばかりであり、殆ど進んでいない。
(しかし)
拙者は躊躇した。しかし、決断ねせばなるまい。
「救出活動は一旦中止する。この事は小荷駄隊の者にも伝えよ。道の両側を避け、崩れていない場所に避難せよと」
「しかし援けを呼ぶ者が!」
侍大将の配下の者が口を挟む。
「二次被害が出る。援けに行った者まで生き埋めになったら如何する?それ以上、援けは来ぬぞ!」
拙者は腹に胆力を込めて言い放つ。配下の者も流石に押し黙った。
「藤林(保豊)」
「はっ!」
藤林(保豊)が伺候する。
「土砂崩れぎりぎりまで動けるか?」
拙者の提言に藤林(保豊)は一瞬躊躇う。
「・・・斥候ですか?」
「そうだ」
「不可能ではございません」
「危険があれば下がってよい。拙者も貴重な戦力を失ってまで危険を冒す気はない」
「判り申した」
藤林(保豊)が疾風の如く去る。
侍大将は命じられた通り、配下を避難させる。そして、小荷駄隊の生き残りも。中には知人友人親族が生き埋めになって命令を拒否する者も居たが、見せしめに斬ると、以後は大人しく従った。
「酷いな」
風雨は更に強まり、打ち付ける雨と風に前を向いている事も出来なくなる。小荷駄隊と兵を土砂崩れの起きなかった道の真ん中、下って来た比較的安全な斜面に退避させ、その場で風雨をやり過ごした。
(雷か)
雷鳴が轟く。周りの者が肩を竦める。まるで、尾張国に攻め込んで来た今川方に怒りを振るっているかの様な錯覚に陥った。
(まさか)
拙者は一言の元に否定する。敵国に攻め込む度に神の怒りを買っていたら切りがない。だが、実際に戦とは人を殺すもの。人道に悖る行為。神の裁きがあっても不思議ではない。などと哲学的な思いに耽っていた。
そんな事を考えているうちにも、今度は雨が一旦弱まったかと思うと、石の礫の様な雹が降って来た。雹は見る見るうちに強さを増し、
(これはいかん)
拙者は慌てて馬から降り、陣笠を目深に被り遣り過ごす事にした。鉄で作られた陣笠にごつごつと雹が当たり、頭を潰されるのではないかと冷や冷やした。周りの兵も頭を守るように両手で抱え込む者、菅傘を必死に押さえながら衝撃を逸らす者など様々であった。数十分堪えたであろうか、漸く雹も収まってきた。風も弱くなってきた様な気がする。身体に震えがきた。
(気温が下っておるのか?)
雨に濡れたせいか、鳥肌が立った。
「被害を確認せい」
拙者は使い番を放つ。数十分後、大した怪我もない事が次々と報告される。安堵した。
「藤林(保豊)!」
「はっ!」
「織田方の気配は?」
「桶狭間口からこの釜ケ谷東にかけては兵を伏せている様子はありませぬ」
「・・・そうか」
拙者の杞憂であったか。しかし、織田方が何らかの工作をしていたのは藤林(保豊)の調べで判っていた。
(我が隊[今川方]の一部でも足止めする積もりであったか)
拙者はそう推察する。移動する部隊の一つでも足止め出来れば、陣形は大きく乱れる。それを狙ったのかも知れぬ。
(しかし、解せぬ)
それならば兵の一隊でも伏せて置かなければ合点が合わぬ。やはりそこまで精度の高い土砂崩れを狙っていなかったのかも知れぬ。
「御屋形(今川義元)様に使いを。織田方が仕掛けて来たと。小荷駄隊の生き埋めも織田方の仕業で、周辺を警戒するように伝えよ」
「はっ!」
使い番が走り去って行く。指示を出していくうちに雹も上がり、天候が回復する兆しを見せてきていた。
「救出活動の再開を」
拙者がそう言おうとすると、
「庵原(之政)様、お待ちを。道の両側の斜面はまだ雨を含み危険ですぞ」
と注進する。
「まだ無理か?」
「もう少し様子見を」
拙者は考え込む。生き埋めから数十分が経過している。拙者の経験からすれば、1時間以内に救出しなければ生存率は急激に下がる。しかし二次被害も怖いのだ。
(済まんが援けられぬ)
そして生き埋めになった物資も兵糧などの食糧は諦めなければならぬ。昨年は凶作で米も満足に採れない中、何とか工面して集めた兵糧であったのに・・・拙者は頭を抱えたい気分だった。
「藤林(保豊)、引き続き斥候を。それと斜面の様子も」
「判りました」
藤林(保豊)は叩頭すると、その場を去って行く。
拙者は再び馬上の人となる。救援活動が再開出来たのは数時間後であった。幸い、道の斜面の土砂崩れは小規模に納まり、小康状態となった。土砂崩れを警戒しての作業は中々捗らなかった。また、暴風雨や雷、雹は鳴りを潜めたが、今度は丘陵上や谷を中心に霧が立ち込めて来たのだ。
(折角救援活動を再開した矢先と言うに)
拙者は自然の過酷さを呪った。霧は桶狭間道に立ち込め、忽ちの内に視界を遮った。
「これは・・・」
霧は深く、5m先も見通せぬ。これでは土砂崩れがあっても避難できぬ。
「庵原(之政)様」
件の侍大将が窮状を訴える。霧で他の者の位置が判らず、ぶつかり合う者が後を絶たず、救援活動に支障を来しているのだ。
「庵原(之政)様、この霧では斥候を動かすのは危険です」
藤林(保豊)も同士討ちも起きかねぬと訴える。
(止むを得ぬか)
「藤林(保豊)。織田方の探索を中止し、土砂崩れの警戒のみに集中せよ。警戒は半数で良い。残りは休憩しつつ交互に連携せよ」
「有難き幸せ」
藤林(保豊)も配下の者を酷使する事に心を痛めていたようだ。
(拙者もまだまだじゃ・・・忍びとは言え、農民や兵と同じ人なのだ)
拙者に限らず、忍びを下に見る者は多い。しかし、今後は改めなければなるまい。忍びとて酷使するば離反しかねない。肝に銘じておこう。
「庵原(之政)、救援はどういたしましょう?」
侍大将がまだ傍らにいた。
(いかんな)
どうも拙者は一つの事に集中すると他の事が疎かになる傾向にあるようだ。
「二次被害が恐い。救援活動は控えよう。この霧では致し方あるまい。ただ、親族が生き埋めになっておる者もおる。多少の情けは掛けて、見て見ぬ振りをしてくれ」
「はっ!」
侍大将は希望通りの言葉を得て嬉しそうに戻って行く。
(兵糧もこの長時間雨に濡れては使い物になるまい。生き埋めになった者は・・・手厚く葬るしかない)
物的にも人的にも甚大な損害だ。特に食糧はここ数年の不作で農民は干上がっている。三河忿劇(三河国での国人衆の叛乱)も兵糧不足が原因で収束したとも実しやかに噂されている。駿河国・遠江国も然り。特に駿河国は平地が少なく石高もすくない。必然、今川家はその不足分を補うべき、他国への侵略によって賄っているのが現状だ。これは甲斐国の武田家にも言える事なのだ。今川家が三河国を領国にしなければ、本国である駿河国はどれ程飢えていた事であろうか。三河国は29万石。三国の中でも一番の石高だ。その隣、尾張国は57万石。御屋形(今川義元)様にとっても喉から手が出る程欲しい垂涎の的であろう。尾張国は桶狭間地域等一部を除いて濃尾平野が占めている。また、良港を持ち、其処から上がる食糧を流通する事によって莫大な利益を得ている。織田家が分裂しながらも対外的な侵略が出来たのも、船で他国との取り引きによって得た利益を充てていたものと推察出来る。だから、尾張国を併合出来たなら、今川家は更に・・・
(御屋形[今川義元]様御自ら出征された理由も判る)
尾張国を併呑すれば今川家は100万石だ。京への上洛も夢物語ではなくなる。
「庵原(之政)様」
声を掛けられ、拙者は我に返る。見れば件の侍大将が居た。
「路上に荷が滞っております。如何しましょうか?」
「本陣への移送は可能か?」
「桶狭間山ですか?」
侍大将が驚いた様に問い返す。
「そうだ」
「少数であれば何とか・・・」
侍大将は地面を気にするように下を見た。
「構わぬ。このままでは通行の支障になりかねぬ。ただし、慎重にな」
雨は止んだとは言え、地面は泥濘み、土砂崩れの懼れは消えていない。しかし、兵糧が滞れば兵に不満が出る。
漸く霧が晴れ、見通しが利くようになったのは15時であった。十分な休息を取った兵達は救援活動を再開する。土砂崩れが発生してから既に3時間が過ぎていた。
馬上で指揮している時であった。その轟音が轟いたのは。
(何だ?)
拙者は訝し気に耳を澄ます。轟音が桶狭間に木霊する。聞いた事のない音だ。馬の耳が敏感に音を感じ取っているのが見えた。次に轟音が鳴り轟いた時、耐え切れなくなった馬が棹立ちになった。
「あっ・・・」
手綱を離していた拙者の身体は宙に投げ出された。周りの者が狼狽えている姿が一瞬見えた。次の刹那、拙者は地面に叩きつけられていた。咄嗟の事で受け身を取れなかった。激しい痛みが身体を貫いた。身体中の血が沸き立った。口から血を吐いた。侍大将が近づいて来るのが見えた。何もかもがスローモーションだった。
全身が焼けるように痛い。身動ぎする事さえ出来なかった。起き上がろうとしたが全身の痛みがそれをさせなかった。甲冑がこんなにも重いものだと初めて気がついた。次第に意識が混沌としてきた。そんな中ではっきりと見えるものがあった。
「(太原)雪斎様・・・」
大叔父上である偉大な軍師・太原雪斎の姿が目の前に現れる。笑っているような泣いているような微妙な表情を醸し出していいた。
(申し訳ございませぬ。拙者は貴方様の様な軍師にはなれなかった。やはり大叔父上とは資質が違った様です)
謝罪や詫びる様な言葉ばかりが頭を占めた。まだやらぬ事が多くあるのに・・・御屋形(今川義元)様はご無事なのか?あの轟音は?問い掛けても問い掛けても、返って来る言葉はなかった-




