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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 4.誤算
67/84

1560年 6月12日 14:40 尾張国/桶狭間山周辺

  1560年 6月12日 14:40 尾張国/桶狭間山周辺

   織田方 2700人 織田信長・川尻秀隆・佐々成政・金森長近・木下藤吉郎・林秀貞・池田恒興・森可成(よしなり)菅笠(すげがさ)を被った男 

   今川方 今川本隊

        義元本陣 2000人 総大将・今川義元/軍師・庵原之政(あんばらゆきまさ)/先陣長・葛山氏元(かつらやまうじもと)/次陣長・関口氏広/後陣長・岡部正綱/右陣長・三浦義就(よしなり)/左陣長・朝比奈元長

         中備え 1000人 主将・由比(ゆい)正信/副将・荻清誉(おぎきよたか)/先鋒隊長・勝間田政行/次鋒隊長・佐竹高貞/後方隊長・沢田忠頼

         後備え 1000人 主将・富士信忠/副将・興津(おきつ)清房/先鋒隊長・井上継隆/次鋒隊長・大村家重(いえしげ)/後方隊長・飯尾乗連(いのお のりつら)

       大将ケ根守備隊 1000人 主将・松井宗信/副将・蒲原氏徳(かんばらうじのり)/先鋒隊長・安倍元真/次鋒隊長・福島(くしま)助昌/後方隊長・一宮元実 

   松平方 100人 松平元康・酒井忠次・本多忠勝 



   桶狭間山北

   織田信長


(ここまで追い込んでおきながら!)

 儂は既に輿を見失っていた。輿の向かった位置は判っている。桶狭間道-近崎道(ちかさきみち)-だろう。だが、小癪にも(松平)元康めの軍勢が行く手を阻んでおる。義元本陣を見失い、更に遠ざかっている。

「たかが100程度の手勢に何をやっておるか!」

 儂は悔し紛れに刀を振るう。

 (松平)元康軍は薄く鶴翼(かくよく)に似た陣形で我が隊(信長本隊)と(今川)義元めの本隊の間に入り込み立ち塞がっている。普通に考えれば、力押しするば食い破れるはず。だが、先陣を切る3人が橋頭保を築いてそれをさせぬ。林立する木々やピークを越えたとは言え霧が高所に懸かっており、松平の3人は巧みにそれを利用している。滑り易い足場も問題だ。先程から押し返された我が隊(信長本隊)の兵が先刻の大雨や霧で水を含んだ山肌の土に足を取られ、難儀している。松平(元康)隊も狙っている訳ではないだろうが、此方(こちら)の地盤が悪すぎる。それが義元本陣追撃の切っ先を鈍らせている。

「しかし、松平(元康)軍にはいつもの切れがありませぬな」

 いつの間にか菅笠(すげがさ)を被った男が儂の刀の間合いの外に居た。こやつも小癪だ。

([松平]元康・・・昨夜の兵糧入れ・砦攻めで疲労を隠せぬか)

 もし(松平)元康が新手であったらと思うと首筋に冷や汗を流していたかも知れぬ。



   桶狭間山北

   松平元康

 

 陣の先頭で橋頭保を築きつつ、私は周囲を確認するのを怠っていなかった。

([義元]本隊の中備えが転回しておる。生山(はえやま)で態勢を整え直したか。お、織田方は横腹から攻撃を受ける)

 私は荒い息を吐きながら瞬時に判断した。後方やや右寄りには御屋形(今川義元)様の本隊と交錯し、進退窮まっていた富士信忠殿の隊(今川本隊後備え)が漸く混乱から脱し、兵の転回を終え近づいている。後少し持ち堪えれば、織田方は完全に包囲挟撃される!

(挟撃を・・・完全にするために引くべきか)

 身体が軋んでいた。深夜の強行軍の兵糧入れに加え、朝方まで丸根砦砦攻めをしたのだ。無理もない。限界もそろそろ近い。本来なら下がりたいところだ。しかし、織田方もその隙を狙っている。我が隊(松平元康隊)に少しでも綻びが生じれば逃さぬであろう。寧ろ此方(こちら)の圧力が弱まれば、東の端で頑張っている(酒井)忠次が持つまい。それだけは避けねばならぬ。

(引けぬな・・・)

 しかし、(義元)本陣は逃げる事ばかりに拘りおって・・・御屋形(今川義元)様の(義元)本陣が我が隊(松平元康隊)に合力すれば織田方を押し返せるのに・・・。

(御屋形様(今川義元)も老いたのか)

 そんな思いが一瞬よぎった。

(!)

 (酒井)忠次が押されておる。じりじりと下がっておる。

「(酒井)忠次!堪えよっ!!」

 (酒井)忠次に味方が近づいているのが見えたのか、少し気持ちに緩みが出ているな。私がもっと前に出て、織田方を引き付けるしかあるまい。

「松平元康ここにありっ!」

 私は一歩前に踏み出す。まるでそれに呼応するように、

「負けるかぁ!!」

 本多(忠勝)殿の声が聞こえる。本当に頼りになる御仁だ。



   桶狭間山北/釜ヶ谷東

   松井宗信


「どうなっておる!」

 桶狭間山の喧騒を聞きながら問い掛ける。霧で視界が利かず、戦況が判らぬのだ。

(しかし・・・)

 桶狭間山で何事か出立するとは有り得ぬ。沓掛城(くつかけじょう)の軍議では、織田方が守る中嶋砦には中嶋砦攻撃隊、総勢5500が向かったはずだ。それを抜いて織田方が桶狭間山に肉薄しているとは考え辛い。

(よもや鎌倉往還から山越えで奇襲を仕掛けたか?)

 だが直ぐに私はその考えを否定する。鎌倉往還からの山越えの道は我が隊(大将ケ根守備隊)が押さえているのだ。他に道がないとは言い切れないが、この道以外に1000単位の兵が通れる道はない。伏兵か?それも否定する。1000単位の伏兵が居れば、放った斥候(せっこう)に見切れるはず。先刻の織田方の数百の奇襲もあり、そこは入念に調べた。有り得ぬ。だが、その有り得ぬ事が起こっている可能性が高い。我が隊(大将ケ根守備隊)は桶狭間道に布陣しているが、霧の影響で道は全く見通せぬ状態が続いている。予兆はなかった訳ではない。しかし、守備を疎かにしてまでおいそれと兵も動かす事は出来なかった。じりじりとしながらも、待つしかなかった。

 漸く放っていた斥候(せっこう)の一人が戻って来る。

「申し上げます!織田方が(義元)本陣と交戦している模様」

 嫌な予感とは得てして当たるものだ。

「何?して、御屋形(今川義元)様は?」

「霧で確とは言えませぬが、桶狭間道に向かっているようです」

「馬鹿なっ」

 思わず口に出していた。

(桶狭間道は土砂崩れで通行出来ぬはず。御屋形(今川義元)様の使い番から報せがあった。何故、桶狭間道に向かわれるか?)

 正直、我が隊(大将ケ根守備隊)も道の一方を塞がれ、身動きも儘ならなかった。救援に駆けつけたくとも、この霧がそれを阻んだ。

(それを知っていながら、桶狭間道に向かわれているという事は、それだけ追い込まれているのか)

 私は立ち上がった。


「御屋形(今川義元)様の本陣が織田方に襲われておる!兵を転回せよ!!桶狭間山に登る」

 近臣に命ずる。

「松井(宗信)殿っ!大将ケ根の守備は如何なさる?御屋形(今川義元)様直々のご命令では」

 副将・蒲原氏徳(かんばらうじのり)が慌てて近寄って来る。

(戯けがっ!)

 近づいて来た蒲原(かんばら)殿を罵る。

「御屋形(今川義元)様あっての今川家。此処(ここ)で御屋形(今川義元)様に万が一の事があれば、今川方が瓦解するのが判らぬか!」

 叱咤すると蒲原殿は不満気ながらも跪く。

「全軍ですか?」

 転回の命を託した使い番を各隊に放つと、(大将ケ根守備隊)先鋒隊の隊長(安倍元真)からの使い番が急き切ってやって来た。

「そうだ」

「判り申した」

 使い番は何か言いた気だったが、そのまま下がった。

(せめて[大将ケ根守備隊]先鋒隊だけでも大将ケ根監視のために備えよと言いたかったのか?)

 そんな思いが一瞬脳裏を掠めたが、

「松井(宗信)様、道が狭く転回が困難だと(大将ケ根守備隊)後備えから報せが」

「申し上げます。(大将ケ根守備隊)中備えは中食(ちゅうじき)のため、直ぐに動けぬと」

 次々と使い番から報せが入ってくる。戦では食事が支給される。これを楽しみに参陣してくる農民も多い。食事中だと言われれば無下にも出来ぬのだ。

(しかし・・・)

 今は決断しなければならぬ

中食(ちゅうじき)の者は捨て置け。危急の時だ。兵の転回を優先せよ。厳命だ」

 使い番を睨みつけた。使い番は判り申したと言い、転げるように隊に戻って行く。

(間に合えよ)

 山上を見遣り、姿の見えぬ御屋形(今川義元)様を案じるしかなかった。

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