1560年 6月12日 14:30 尾張国/桶狭間山周辺
1560年 6月12日 14:30 尾張国/桶狭間山周辺
織田方 2700人 織田信長・川尻秀隆・佐々成政・金森長近・木下藤吉郎・林秀貞・池田恒興・森可成・菅笠を被った男
今川方 今川本隊
義元本陣 2000人 総大将・今川義元/軍師・庵原之政/先陣長・葛山氏元/次陣長・関口氏広/後陣長・岡部正綱/右陣長・三浦義就/左陣長・朝比奈元長
中備え 1000人 主将・由比正信/副将・荻清誉/先鋒隊長・勝間田政行/次鋒隊長・佐竹高貞/後方隊長・沢田忠頼
後備え 1000人 主将・富士信忠/副将・興津清房/先鋒隊長・井上継隆/次鋒隊長・大村家重/後方隊長・飯尾乗連
大将ケ根守備隊 1000人 主将・松井宗信/副将・蒲原氏徳/先鋒隊長・安倍元真/次鋒隊長・福島助昌/後方隊長・一宮元実
松平方 100人 松平元康・酒井忠次・本多忠勝
桶狭間山南西
松平元康
大高道を歩いていた私はその異変を察知した。
「何だ!?」
思わず呟き、訝し気に北東を見遣った。
(喧騒がするような・・・)
確信に至らぬのは、参戦に赴くのではなく、観戦せよとの御屋形(今川義元)様の計らいで気が緩んでいた証左なのかも知れぬ。目を凝らしても、辺り一面は霧に覆われ、見通しが利かない。今は大高道を道なりに歩いているが、一歩道を過てば迷ってしまうであろう。只でさえ道不案内な尾張国の地。本来であれば、霧が晴れるまで大高道に留まるのが正解だ。
「(松平)元康様、如何されたか?」
(酒井)忠次がのんびりと問い掛けてくる。
「いや・・・喧騒がしたような・・・」
私は疲れた声でぼんやりと返す。勿論、夜を徹しての大高城への兵糧入れ、丸根砦の攻撃・・・これだけでも疲労の原因となったが、その後の桶狭間山への転進は思った以上に苦労が待ち受けていた。
私の一行 100余名は主命後、直ちに出立したが、大高道で先行していたはずの鵜殿長照隊に進路を阻まれた。
「大高城を9:45に出立したのではなかったのか?」
普段はこのような物言いは控えているはずなのに、詰問口調になってしまうのは疲れで神経が麻痺しているのか。止められぬ。
「はっ!それが、思った以上に兵の統率か難しく・・・」
(鵜殿)長成殿が言い訳がましく消え入りそうな声で言う。
「済まぬ。責めている訳ではござらぬ」
私も冷静さを取り戻し、言い過ぎた事を謝る。
「せめて行軍を停止し、先行させて頂けないであろうか?」
「今、大高道が桶狭間丘陵が最も入り組んだ節所でございます。この節所を抜けねば追い抜きは難しいかと」
私は辺りを見回す。先を進む事ばかり考えていたせいであろうか、目の前の地形が入っていなかった。辺りは桶狭間丘陵の斜面が道の両側を塞いでおり、酷く狭隘な地であった。追い抜きは出来ぬ。私は(鵜殿)長成殿に早くに節所を抜けるよう依頼し、自軍(松平元康隊)に戻る。
「(松平)元康様、先は長い。多少遅れたとて、御屋形(今川義元)様も咎めはすまい」
(酒井)忠次が労うように言う。
「そうだぜ、松平の若殿(松平元康)。主命は果たしたんだから、ゆるりとしてもいいじゃねえか」
何時の間にか(本多)忠勝殿が傍らに来ていた。呑気な二人だ。
数十分後、節所を通り抜け、鵜殿長照隊を追い抜き遅れた時間を取り戻そうと早足で大高道が駆け込んでいたところ、空に突然の雷鳴が響き渡り、大雨の後、雹が行く手を阻んだ。
雨は俯き加減にし足を遅らせれば凌げたが、雹は意想外だった。
「(松平)元康様っ!」
堪らず(酒井)忠次が悲鳴を上げる。
(仕方あるまい)
「皆の者、木の陰に退避じゃ!」
私は大声を上げ、自軍(松平元康隊)を大木の木陰に退避させる。ちゃっかりと既に大木の木陰に陣取り、胡坐を掻いている(本多)忠勝殿には苦笑せざるを得なかった。
「なんちゅう天候じゃ」
戦では無類の強さを誇る(酒井)忠次も雹には太刀打ち出来ないらしい。雹が止むまで、私達は足止めを食らう。
(これでは約束の刻限には間に合うまい)
決して私は時間に五月蠅い方ではない。したが、御屋形(今川義元)様の事を考えると憂鬱になる。人質として駿河国に留め置かれた私はともかく、御屋形(今川義元)様は三河勢を完全に信を置いている訳ではない。三河忿劇と呼ばれる三河国の内乱は1558年まで続き、収束してからまだ2年しか経っていない。三河勢は再編成されたものの、内乱の傷跡はまだ完全に拭い去られていないのだ。私に出来る事は、精々の御屋形(今川義元)様の命を守り、粉骨砕身仕える事だ。しかし、その矢先からこれでは・・・。
漸く雹が収まり、私達は進軍を再開した。しかし、大高道を含めた街道は暴風雨の余波か、あちらこちらで崩れ、池は決壊し、迂回せざるを得なかった。そして、漸く桶狭間山も視界に入ろうかという場所まで辿り着いていたのだ。
その時、同道していた本多忠勝がいきなり直ぐ近くで槍を振るった。私と(酒井)忠次はびっくりしたように仰け反る。
「い、如何した本多(忠勝)殿」
肝を冷やした(酒井)忠次の語尾は震えていた。
「臭う・・・戦の臭いじゃ」
歓喜したように声を震わす。
(こやつ・・・)
戦馬鹿じゃ。こやつの父上も嘆いていたな、軍規違反ばかりしよると。だが、実際の戦ではこんな奴が一番頼りになる。
「北東か?」
「無論!」
本多(忠勝)殿は走り出す。道などお構いなしだ。一直線に喧騒の真っ只中に進んで行く。野生の勘と言うべきものなのか。
「よいかっ!今川本隊で何か出立しておる。不測の事態が起きている」
「ふ、不測の事態、ですか?」
(酒井)忠次がキョトンとした顔をしている。
「恐らくは(今川本隊義元)本陣が急襲されている」
「!」
「よって、我らは(今川本隊義元)本陣の救援に向かう!者共、後に続けい!!」
私はそう言い捨て、本多(忠勝)殿の後を追う。
「と、(松平)元康様ぁっ!」
いきなり走り出した私の後ろから(酒井)忠次の声がする。声がどこか浮かれている。
(もう一人、戦馬鹿が居ったわ)
桶狭間山北
織田信長
我が隊(信長本隊)は桶狭間山のある斜面を駆け上がると、直ぐに今川方の一隊の横腹を衝いた。今川方は呆気ない程に崩れ、生山方面へと敗走した。まずまずの戦果だ。位置からして、(今川)義元の本陣ではない。(今川本隊)中備え当たりか。
(行ける!)
儂は走りながら、(今川)義元に追いつけると確信し始めていた。完全ではないが、(今川)義元の退路は断ちつつある。既に桶狭間道に続く近崎道には一軍を派遣している。(今川)義元めは桶狭間道に拘っておる。こちらの想定どおりじゃ。(今川)義元が桶狭間道を諦めぬ限り、織田と今川の距離は近づき続ける。
見れば、多くの旗指物が地面に打ち捨てられ、または、薙ぎ倒されていた。足利二引両に、赤鳥紋!
([今川本隊義元]本陣近くか?)
既に本陣の幕は引き裂かれ、松明は引き倒されていた。其処ら中に武具や生活用品が散らばり、今川方の騒乱振りが手に取るにように判った。しかし、麓から見えたはずの塗輿が見当たらぬ。理由は歴然だ。
「皆の者、輿を探せいっ!」
儂は怒鳴る。
呼応する声が幾つか聞こえる。
どこじゃ、どこに向かった?儂は東の方角を見る。木が邪魔で見通せぬわ!それに高所は地上よりも霧が深く、索敵が思うように出来ぬ。
その時、肩を叩かれる。儂が振り返ると件の菅笠を被った男が居た。
「(織田)信長様、あれを!」
男の指の先を見る。視界を何かが掠めた。色とりどり鮮やかな色だ。一瞬、輿が見えた気がした。じゃが、直ぐに多くの武者と木立に遮られ、確信には至らぬ。
「見えたか?」
儂は男を見る。
「恐らく」
男は頷く。しかし、それでは足りぬ。
「(金森)長近!」
儂は近習の一人を呼ぶ。
「はっ!」
傍に居た近習が近づく。
「そち、物見をせい」
「小生が?」
長近は驚いたように儂を見る。
「不服か?」
「とんでもございません。望外の名誉」
言うわ、(金森)長近。
「輿を探せばよろしいのですな」
(金森)長近が不敵に笑う。さっきの会話を盗み聞きしていたか。姑息な。嫌いではないが。
「行けっ」
「はっ!」
(金森)長近は軽い動作で配下の者を連れて離れて行く。彼奴なら間違いなく輿(今川義元)を見つけるだろう。
程なくして、(金森)長近が戻って来る。修羅場を抜けたのであろう、矢傷を負っていた。
「も、申し上げます」
「うむ」
「塗輿、確認いたしました。場所は此処より東の方角」
義元め、予想より早く動いておる。危うく明後日の方向に行くところであったわい。
「ようやった」
「はっ!」
(金森)長近は叩頭する。
「傷を癒せ」
儂がそう労うと、嬉しそうに破顔した。こちらが照れ臭いわい。顔を引き締め直し、東を方角を見遣る。
「皆の者、向こうじゃあ!東へ向かえっ!!」
儂は指差し突き進もうとする。何人かの近習が続く。
その時だった。激しい衝撃に見舞われたのは。
「敵じゃあ!」
兵の一人が叫ぶ。その味方の兵は吹っ飛ばされた。
儂は踏鞴を踏んだ。
(誰か!この儂の隊[信長本隊]に横撃を食らわすはっ!!)
儂は目を血走らせ睨み付ける。
(今川本隊の先陣(今川本隊中備え)か?いや、違う。それはまだ生山に向かっておる。戦場に舞い戻るにしても兵を転回する時間などない。一部が転進して来たか?いや、方角が違う。わざわざ違う方角から迂回して来たか?虚は突けるが・・・儂の虚を突くならば背後からであろう)
様々な想像が頭を巡った。しかしどれも上手く嵌まらぬ。しかし霧と林立する木々に阻まれ、敵の姿が判然とせぬ。そして、儂が考えている間にも、その一軍は見る見るうちに我が隊(信長本隊)と今川方の間に浸透していき、薄い鶴翼を形成していた。数は100余人か。3人(?)の指揮官を先頭に完全に防御陣を構築してしまった。
「小癪な・・・だが、出来る」
儂はその大将を認めざるを得なかった。
桶狭間山北
松平元康
何とか迷わずに戦場に辿り着いたが、如何せん織田方も今川方も数が多すぎる。そして乱戦のため、割って入る隙がない。だが、突如として織田方の一部が方向を変え、北西に向かって動き出す。方向転換の僅かの乱れから今川方との距離が出来る。これだ!
(やらせるかよ)
織田方に向かって真っ先に突撃しようとすると、脇を誰かがすり抜けて行く。
「一番槍もらったあっ!」
本多(忠勝)殿か。
(速いっ!)
戦時の馬鹿力か知らぬが、人間技ではない速さだ。あっと言う間に追い抜かれ、瞬く間に消えて行った。次には前方で織田方と思しき武者が正に吹き飛ばされた。
「化け物か?」
儂は走りながら思わず苦笑した。遅れてなるものか!
「松平元康、推参っ!」
私は刀を抜き、当たるを幸いに織田方の武者を吹き飛ばす。織田方は全く想定していなかったのか、動揺するのが肌で感じられる。私は大声を出して暴れ回り、織田方を引き付ける。その間に背後を忠次と数十名の兵が東に向かって走り抜ける。此処に辿り着くまでに忠次と取り決めた戦略だ。一丸となって織田方に突っ込めば風穴を一つ開ける事は出来るが、局所的な戦果だ。所詮100余名の小勢。我々の目的は御屋形(今川義元)様の退路の確保であり、そのためにはどんなに薄くても鶴翼で織田方と御屋形(今川義元)様の間に割って入るしかない。しかし、織田方と御屋形(今川義元)様の間に少しでも隙間を開けねば、鶴翼の陣は構築出来ぬ。したらば、私と本多殿が囮になって織田方を引き付ける間に、忠次を背後を走らせ近崎道を押さえてもらわねばならぬ。それまではこの場を持ち堪えねば。
幸い、本多(忠勝)殿が暴れ回り、織田方は其方に気を取られ、こちらの意図に気づいていない。
「(松平)元康様っ、お任せあれ!」
東は(酒井)忠次か。此方の目論見通りだ。私は織田方が反撃しようとしたところで後退する。織田方の先鋒は出鼻をくじかれ突んのめった状態になる。私はすかさず前に出る。織田方の先鋒は殆ど短槍持ちだ。だが、このような木立の多い場所では短槍よりも刀が有利になる。本多(忠勝)殿の槍-蜻蛉切と申したか-を除いては。貫かなくてもいい。倒すか態勢を崩させれば、時間が稼げる。
私は3人(松平元康・本多忠勝・酒井忠次)の位置取りに注意しながら、時には突出し、また時には後退した。この位置取りが機能している限り、大崩れはすまい。だが、織田方が此方の隊形に気づいて一点に兵を集中させれば、跡形もあるまい。今は気取られぬように暴れ回るしかあるまい。
桶狭間山北
織田信長
儂が長考していると、聞き慣れた声が傍らで聞こえた。
「(織田)信長様、如何さなれたか?」
気軽を声を掛けてきよる。
「猿(木下藤吉郎)、持ち場を離れるな」
儂は思考の邪魔をされまいと素気無く言う。
「うへえ・・・しかし、どこぞの隊が邪魔に入ったか」
儂を懼れる素振りを見せながらも問い掛けて来る。何か言いたげじゃ。儂は猿(木下藤吉郎)を促す。
「方角からして、大高城からの援軍ではと」
朝比奈(泰朝)か松平(元康)だと?
「(今川本隊)先発隊と言う可能性もありますな」
ああ、本陣を構築した隊か。確か、桶狭間山の南に転進したと斥候が報告して来たが。
「何故そう思う?」
儂は前方を見たまま問い掛ける。
「何と申すか・・・純然たる今川兵とは毛色が違うように見えまして」
毛色か・・・確かにその表現は腑に落ちる。
「・・・で、あるか」
儂が否定しなかった事に猿(木下藤吉郎)は喜悦の表情を浮かべる。
「100余名の援軍か」
儂は苦笑する。
「小兵であるならば、それこそ大高城方面隊の先遣隊では」
猿(木下藤吉郎)がここぞとばかりに言い募る。隣りで(池田)恒興が感心したように頷くのが見えた。
儂は危機感を募らせる。
([大高城方面隊の]先遣隊とすれば、[大高城方面隊の]本軍が迫っているやも知れん。それに横撃されれば一溜まりもあるまい)
その時、斥候の一人が近づいて来た。
「申し上げます」
「うむ」
「横撃して来た敵は松平元康勢かと」
斥候の一人が傷だらけになりながら告げた。
「何いっ!」
大喧騒の中で儂は斥候に疑いの目を向ける。
「三つ葉葵の旗指物、間違いなく松平元康」
斥候は信長から目を逸らさずに情報を補う。先程の猿(木下藤吉郎)の猿知恵ではないが、妙に符合する。
「他に今川方は?」
「はっ?」
「後続の援軍はあるか?」
儂は問い直す。
「松平(元康)隊が使ったと思われる鳴海道には今川方の兵はなし」
斥候は記憶を辿るように答える。
(後続はない、か)
儂は猿(木下藤吉郎)を見る。バツが悪そうに視線を逸らす。最悪の事態は避けられる、のか?本当に[大高城方面隊の]本隊の援軍が近づいているならば、隊の一隊を分け、備えなければならぬかと考えていたのだ。そうなれば義元の本陣を追うのは一時諦めなければならぬ。此方も兵が潤沢でないのだ。しかし、ここでの兵の分割は兵道にも外れ、儂の思惑からも遠ざかる事を意味する。予断は許さぬが、後続の兵がいないなら前に進むのみ。儂は様々な思案の上で漸く呟く。
「・・・であるか」
桶狭間山北
松平元康
(動揺しておる)
一目見て、織田方が突然の乱入に動揺しているのが手に取るように判った。ならばと刀を振るい、当たるを幸いに織田方の兵を倒す。私の右隣り-東の方向-の最前線では本多(忠勝)殿が蜻蛉切で勇躍しているようだ。此処からでも本多(忠勝)殿の圧がひしひしと伝わってくる。(酒井)忠次も御屋形(今川義元)様を守るように織田方の一部を押し留めているようだ。だが、織田方の意表を突いて混乱している今はいいが、いずれ織田方の動揺が収まれば、持たぬ。
(確か、我が隊[松代元康隊]が突っ込む際、織田方は兵の方向転換をしていようとしていた)
私は刀を振るいながら考える。
(行き先は東だった)
ならば、私は徐々に東寄りに身体を動かす。その途端、織田方の圧力が強まった。
(やはり!)
織田方は東に向かって方向転換している。私は叫ぶ。
「本多(忠勝)殿!(酒井)忠次っ!敵は東に向かっている。東側に寄れ」
「応っ!」
「承知!」
二人から声が返って来る。よし!これで当面は織田方を封鎖出来る。
「此処から先は織田方の兵を一兵たりとも通すなっ!」
私が兵を叱咤する。
「応っ!!」
三河兵の声が返される。
(大丈夫だ)
その声を聞き、私は安堵する。
大高道の兵糧入れ・丸根砦の攻撃で兵卒も疲れが溜まっているはず。だが、そんな疲れも微塵に感じさせない動き。やはり三河兵は頼りになる。私はこんな三河兵を使いこなしたいと思った。
(ならば私も格好悪い事はしていられぬ)
私は繰り出し繰り引きを繰り返し、織田方を翻弄し続けた。
桶狭間山北
本多忠勝
足らぬ足らぬぞ。及び腰の織田の弱兵では満足出来ぬ。何と言う体たらくだ。
「オラオラオラァっ!」
周りを威圧するように大声を出す。さっきからおれっちを見ていた兵は怯えたように後退する。つまらぬではないか。どうして掛かって来ぬ。遠巻きにしおって。
おれっちは雄叫びを上げながら織田方の一団に突っ込んだ。当たる幸いに織田兵の一人を弾き飛ばす。動きの止まった織田兵の一団に蜻蛉切を見舞う。辺りに血飛沫が舞う。敵の血を浴び、おれっちの身体の中が高揚する。
「ひいいっ!」
鬼でも見たかのように織田兵が後退る。おれっちは大きく踏み込み、肉薄する。
「隙ありいっ!」
至近距離の織田兵が驚愕の表情を浮かべる。おれっちは容赦なく狩る。周囲は木立が生えているが、そんなこたあ関係ねえ。木毎斬るだけだ。スパっスパっと木立を切り刻む。木々の間に居た織田兵は守るはずの木と共に斬られ、信じられないような顔をしたままその場に蹲る。
(織田は弱兵ばかりかい?)
おれっちは苦笑した。更に前に進もうとすると、左から声を掛けられる。
「本多(忠勝)殿、その場で堪えよ」
危ねえ危ねえ、また突出するところだった。親父(本多忠真)にいつもドヤされているこったあ。戦に夢中になると、お前は見境がなくなり、敵中に孤立してしまうと。流石のおれっちも、こんな状況で四方を敵に囲まれては助かる気がしねえ。今は頼りになる親父殿(本多忠真)も居ねえ。・・・もっとも、あの松平の殿様(元康)なら、何とかしてくれる気はするが。やはり織田兵は松平の殿様(元康)の言う通り東に動いていやがる。詳しい事は判らねえが、御屋形(今川義元)様でも居るんかな。まあ、どうでもいい。そんな事は松平の殿様(元康)に任せておきゃいい。俺っちの仕事は多くの織田兵を引き付けて倒す事だけ。
「本多忠勝、推参!死にたい奴から前に出ろっ!!」
桶狭間山北
織田信長
儂は目の前の光景に唇を噛む。血の味が口の中を占めた。唇の一部を噛み切ったようだ。
「何とか出来ぬのか!」
その場で地団太を踏みたい思いだ。たかが100程度の兵に足を止められるとは。
(三河兵、侮れぬ)
俺は1558年3月の品野城の戦いを思い出した。
(あの時は松平の小童[松平元康]ではないが、松平の分家-松平家次-であったか)
手酷い敗戦だった。失地回復のつもりだったが、逆に橋頭保を完全に確保された。それ以来、儂は松平とは事を構えるのは避け、尾張国内の同族を叩く事にする契機となった。
(それにしても・・・)
「あ奴を止められぬのか!」
五月蠅い蠅が縦横無尽に戦場を駆け抜けていた。松平と旗指物が違う。三河兵のようだが、先刻から我が隊の兵を吹き飛ばされ続けている。
(化け物か、あ奴)
「(織田)信長様っ!近習が束に懸かっても抑えられませぬ!!」
(池田)恒興が冷や汗を掻きながら注進する。
「火縄銃は・・・」
「ありませぬ」
儂が言い切る前に(池田)恒興が遮った。一瞬こめかみに怒りが宿ったが、自分が指示した事だ。癇癪を起しても始まるまい。強襲を仕掛けるため、火縄銃や長槍は疎か旗指物すら携帯していなかった。兵は全て鎧を外し、軽装であった。只々機動性のみを優先した結果だ。それ自体は間違っていないと断言出来る。(今川)義元の首のみを狙っての突進だけならばこれで良かった。しかし、此度のような敵の奇襲までは想定していなかった。そして、この霧と行く手を阻むように屹立する木々。それが松平(元康)兵の姿を隠してしまっている。今川本陣に近づくまでは味方であった霧や木立が、今では障害として立ち塞がっている。
(この世は上手く出来ている、のか)
物事は表裏一体であると儂の教育係も言っていたような気がする。まさか、この様な場でそんな場面に出食わすとは・・・
しかし何だこの3人の連携の良さは。まるで阿吽の呼吸のようだ。常に声を掛けている訳でもないのに、巧みに適切な配置を取っておる。この連動が続く限りそう簡単には・・・
(いや、ある。一点突破か)
儂の十八番である。劣勢の戦ではこの戦法で乗り切ってきた。要は敵の最強を打ち破れば、後は弱兵ばかりだ。太子山に逼塞している(柴田)勝家と戦った稲生原の戦さも700対1700の劣勢であった。林(秀貞)隊 700騎をそっちのけで、態勢の整わぬ(柴田)勝家隊 1000騎を急襲し、これを打ち破った。(柴田)勝家隊が敗れた事に動揺した林(秀貞)隊に取って返しこれも打ち破った。儂の戦人生の中でも会心の一戦と言える。
(しかし・・・)
此度の戦は勝手が違う。兵を思うが儘に展開出来ぬ狭隘な地なのだ。その上、その地は鬱蒼とした木々に覆われている。一点突破を果たそうにも、それが叶わぬ。一旦兵を引き、3人を十分に引きつけて討ち取るのが理想だが、(今川)義元を逃してしまう恐れもある。
(どうするか)
動かなくても、いずれ3人の動きは止まる。何時間も3人だけで持ち堪えられるはずはない。ただ、それが何時になるかも判らぬ。最東端では我が隊(信長本隊)の兵が今川方を押し留めているが、今川本隊が一点突破してくれば、持ち堪えられるかどうか判らぬのだ。其処が我が隊(信長本隊)の要とも言える。
「(佐々)成政っ!」
儂は近習の一人を呼ぶ。
「はっ!」
傍らに伺候する。
「東に向かえ」
「判り申した」
打てば響くように(佐々)成政は応える。儂は満足そうに頷く。その方の父(佐々政次)の忠義は無下にはせぬ。じゃが、(佐々)成政は使える。(佐々)政次に頼まれなくても、(佐々)成政は重用する。使える限りは・・・
「200の兵を与える。行けっ!」
「有難き幸せ」
(佐々)成政は200の兵と共に東に向かう。我が隊(信長本隊)の後方は今川方の兵も居らず、自由に行き来が出来る。これを使わぬ手はない。
桶狭間山北
松平元康
織田兵は確実に東に向けてシフトしている。自然、一番西に位置している私への圧力が弱まってきていた。
(もっと東に動かなければ。それと・・・)
私は一歩引いたところで叫ぶ。
「御屋形(今川義元)様っ!今のうちに逃げられよっ!!」
先程から本陣に向かって何度も呼び掛けていた。御屋形(今川義元)様は方角からして、桶狭間道を目指しているらしい。だが、桶狭間道に続く近崎道は既に織田方の一部が押さえているようだ。強行突破するおつもりか。
しかし本隊の動きは遅い。進行方向である近崎道を織田方の一部に押さえられ、(酒井)忠次が守っているとは言え織田方に押され気味だ。近崎道の東は丘陵の僅かな平地で、兵で埋め尽くされている。殿の富士信忠殿の隊(今川本隊後備え)が転回して(義元)本陣の守りに入ろうとしているのか。タイミングが悪すぎる。
(義元)本陣は完全に周りを敵味方の兵に囲まれ、進退窮まっている。
状況は最悪だ。しかし、支えねばなるまい。
「押し込め!織田方の圧力は弱まっているぞ」
私は背後の兵を叱咤する。(酒井)忠次を守るためには、此処は私の配下が前に出張り、少しでも織田兵を引き付けなければなるまい。




