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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 3.強襲
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1560年 6月12日 14:05 尾張国/桶狭間山周辺

  1560年 6月12日 14:05 尾張国/桶狭間山周辺

   織田方 2700人 織田信長・川尻秀隆・佐々成政・金森長近・木下藤吉郎・林秀貞・池田恒興・森可成(よしなり)菅笠(すげがさ)を被った男 

   今川方 今川本隊

        義元本陣 2000人 総大将・今川義元/軍師・庵原之政(あんばらゆきまさ)/先陣長・葛山氏元(かつらやまうじもと)/次陣長・関口氏広/後陣長・岡部正綱/右陣長・三浦義就(よしなり)/左陣長・朝比奈元長

         中備え 1000人 主将・由比(ゆい)正信/副将・荻清誉(おぎきよたか)/先鋒隊長・勝間田政行/次鋒隊長・佐竹高貞/後方隊長・沢田忠頼

         後備え 1000人 主将・富士信忠/副将・興津(おきつ)清房/先鋒隊長・井上継隆/次鋒隊長・大村家重(いえしげ)/後方隊長・飯尾乗連(いのお のりつら)

       大将ケ根守備隊 1000人 主将・松井宗信/副将・蒲原氏徳(かんばらうじのり)/先鋒隊長・安倍元真/次鋒隊長・福島(くしま)助昌/後方隊長・一宮元実  



   桶狭間山北/釜ケ谷西

   織田信長


 儂は細心の注意を払い、斥候(せっこう)を周辺に撒いていた。少しずつ情報が集まって来る。 

「酷い(もや)じゃのう」

 猿(木下藤吉郎)の小さな呟きが聞こえた。

「馬鹿者っ、(もや)ではない、霧じゃ」

 猿(木下藤吉郎)を嗜める声がする。(池田)恒興か。

 儂の命により、何時(いつ)でも動けるよう、主な者を近くに集めていた。

 敵前だ。大声を禁じ、休むよう命じていた。大きな戦はなかったと言え、2度の接敵と2度の大水で織田兵は神経を擦り減らしている。中には鼾を欠いている者すらいた。

 儂は苛々と貧乏揺すりをしていた。

(桶狭間山の近くの・・・はず)

 歩いて来た時間からも、敵の待ち兵が桶狭間道に展開している事からも桶狭間山が近いのは間違いない。しかし義元を目の前にしながら、足踏みをしていた。それもこれも僥倖と感じた霧が余りにも深くなっているせいだ。1m先も見えん。それでも諦める訳にはいかぬ。幸い、義元に気づかれた様子はない。桶狭間丘陵の高所が見えなくても、その動きに変化がないからだ。

(本陣が桶狭間山の山頂と言う事もあるまい。少し離れた平らな場所・・・)

 儂は頭に描いた桶狭間山周辺の地図を思い浮かべながら、一つ一つ検証していく。桶狭間地区はこの1年掛けて歩き周り、地形は詳細に頭に入れていた。桶狭間は複雑な地形だ。道が四方八方に散り、そのどれもが狭隘(きょうあい)な谷の奥底にある。道のどこもが奇襲に向いている。逆に言えば、義元が桶狭間に入れば待ち伏せ放題だが、味方を分散させねばならぬデメリットがある。只でさえ此方(こちら)は兵力で劣っている。だから、待ち伏せは諦めざるを得なかった。当然義元も奇襲に気を配っているはず。儂は(千秋)季忠と(佐々)政次でその奇襲をした。二度は通じまい。無論、策はある。

田楽坪(でんがくつぼ)?いや、主戦場から離れすぎている。・・・近崎道(ちかさきみち)沿いか)

 儂の頭は研ぎ澄まされていく。近崎道(ちかさきみち)は桶狭間山周辺を通る山道だ。桶狭間山の近くには兵が駐屯出来る狭い平坦な土地が幾つかあった。その平坦な土地に分散して布陣しているのではと儂は推察する。今川本隊4000を収容出来るような場所はない。恐らく、峰続きの生山(はえやま)まで展開しているのでは考える。

(それに先程の雷雨で陣形は乱れているはず。そしてこの霧・・・今こそ攻め時なのだが)

 姿を現さぬ義元の本陣に儂は怒りの矛先を向けられずにいた。



   桶狭間北/釜ケ谷西

   池田恒興


 (それがし)は(織田)信長様から少し離れた場所に居た。この霧で信長が苛立っているのを感じ取っていたからだ。君子危うきに近寄らずとも言う。(織田)信長様が君子であるかどうかは微妙だが、こんな時は誰かが必ずとばっちりを受けるのは長年の経験から知っていた。此度は近習の誰がしかに押し付けよう。それにしても・・・

「見えぬ、な」

 (それがし)は誰に言うでもなく呟いた。先程傍らの(木下)藤吉郎をどやした通り、辺り一面霧に覆われていた。あの身を震わすような雷雨と大水の後に霧とは・・・余りに落差が大きすぎる。人の顔すら識別出来ぬわ。尤もこれは今川方にも言える事である。(今川)義元もさぞかしこの霧に困惑しておろう。(それがし)もこの桶狭間には(織田)信長様のお供で何度も足を踏み入れたが、これ程の規模の霧は初めてだった。(織田)信長様とて、流石に想像はしていなかったであろう。それ故の苛立ちか。

 その直後、(それがし)は肩を叩かれる。見れば、自分が召し上げた菅笠(すげがさ)を被った男だった。

 この男、天気を見るに長けていると言う触れ込みで熱田湊で紹介を受け、召し抱えたのだが・・・。(織田)信長様も熱田湊や津島湊に赴き、これはと思う男を召し抱えていた。それだけ両湊は人が多く訪れる垂涎(すいぜん)の的と言えた。戦の前であり、猫の手を借りたい位、人は何人居ても足りない位だった。しかし、大水の時の活躍と言い、いい買い物をしたと思った。

「如何した?」

 名前は確かと思い出そうとしていると、指で示される。例の如く、男の顔も霧で霞んでいた。

「ん?」

 (それがし)はその方角を目を眇める。霧は相変わらず酷いが、微かな風によって流れ、稀に濃度が希薄になる時があった。何かが目を掠めた。ほんに一瞬の出来事だった。

(何か見えたような・・・)

 旗指物(はたさしもの)がある事は漸く判ってきているのだ。他に何か・・・。(それがし)は(織田)信長様に何度も聞かされた言葉を思い出す。

塗輿(ぬりごし)?」

 (それがし)は興奮した己を律するように手で目を擦り、もう一度(くだん)の方角を見遣る。

塗輿(ぬりごし)旗指物(はたさしもの)は・・・足利二引両(ふたつひきりょう)と赤鳥紋」

 菅笠(すげがさ)を被った男の言葉に(それがし)は思わず走り出していた。

「と、(織田)信長っ!」

 大声を出す(それがし)を(織田)信長様が睨みつける。

(敵前だ)

 (それがし)は(織田)信長の怒りを意に介さずある方向を指差す。何時(いつ)もは一睨みされただけで気持ちが萎えてしまうが、それほど興奮していたのも知れん。

「ぬ、塗輿(ぬりごし)と本陣の旗指物(はたさしもの)が・・・」

「何!」

 (織田)信長様は(それがし)の指差す方角を見遣る。そして、ぶつぶつと呟き始める。

「何かが微かに・・・旗指物(はたさしもの)は立っているが識別できぬ。他に、輿?」

 更に目を細める。

塗輿(ぬりごし)!」

 (織田)信長様は京に上洛した時、実際にその目で塗輿(ぬりごし)を見た事があると何度もおっしゃっていた。それを思い出したのかも知れぬ。頭の中で反芻しているのだろうか。(織田)信長様が徐々に興奮していくのが(それがし)にも判った。

「・・・塗輿(ぬりごし)じゃ、間違いない。(池田)恒興っ!出陣じゃあ!!」

 (織田)信長様が吼えた。



   桶狭間山北

   今川義元

 

 予は桶狭間山周辺に掛かる霧に困惑していた。

(大雨・大風・(ひょう)の次は霧か)

 もう少し高所であれば視界が利くのに。ま、贅沢は言えまい。(瀬名)氏俊の貢献を無碍には出来まい。実際、予の本陣は、正確には桶狭間山の山頂ではなく、北西にある近崎道(ちかさきみち)が通る南北に延びる狭い平らな場所に構えていた。塗輿(ぬりごし)は大事があった時のため、桶狭間道が見渡せる道沿いに置かれている。近崎道(ちかさきみち)と桶狭間道の結節点には本陣から割いた大将ケ根守備隊(1000人 松井宗信他)が控えており、その東の道沿いには今は通れぬが(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)が道の復旧に勤しんでいた。

 本陣付近も既に雨は上がり、一時の混乱は収まりかけていた。

「霧が少しも晴れぬのう」

 予の傍らに居た(三浦)義就(よしなり)が呟く。(三浦)義就(よしなり)は(今川本隊)右陣長であるが、この霧のために自陣に戻りそびれていた。  

 風がなく、桶狭間山周辺の高所は霧に完全に包まれていた。

 突然の雷雨や暴風に、木陰や小屋、陣幕内に退避していた兵や将兵は、いざ持ち場に戻ろうとしたが、霧に行く手を阻まれ、立ち往生していた。それでも本陣近くの兵達はゆとりがあった。既に中嶋砦攻撃隊前備え・中備えが中嶋砦を囲むため手越川(てごしがわ)を渡ったと言う報せが入っていたからだ。大高(おおだか)城方面からは鵜殿長照隊が出陣する予定であったが、(織田)信長めの策略により叶っていない。此処(ここ)は中嶋砦攻撃隊の遠江(とおとうみ)勢・三河勢に疑念を抱かせぬためにも、大高(おおだか)城を空にしてでも(朝比奈)泰朝隊を中嶋砦の南に出張らせ、例え飾りでも滞陣させるべきかとつらつらと考えていた。ここに至って水野(信元)の脅威はあるまい。仮に(織田)信長が鎌倉往還から迂回して奇襲しようとしても、鎌倉往還からの獣道には太子ケ根守備隊 1000人が折り敷いていた。鎌倉往還側には兵を配置していないが、中嶋砦は桶狭間道方面からは前述の中嶋砦攻撃隊前備え・中備えが、北と南は扇川と手越川(てごしがわ)に挟まれる格好となっており、砦を出る事すら叶わないであろう、と。

 本陣の陣内は人の小声の他は、鳥すら鳴いておらず、しんとしていた。霧のために動物も人も声を出すのすら躊躇(ためら)っているように感じた。

 桶狭間山の近くの丘陵上の平地には人がひしめいているはずなのに、木々や霧に遮られ、人の気配が希薄になっていた。

「!」

 床几に腰掛けた予の目を何かが掠めた。陣内の前方は(瀬名)氏俊(義元本陣先発隊)によって木が切り倒され、眼下が見えるよう工夫が施されていた。三方を幕に覆われた本陣からも戦況が見えるようにとの配慮であったが、丘陵上の平地は前方に生山(はえやま)があり、奥まった所にあるのも相俟って、戦場を見渡す事は出来なかった。精々麓の釜ケ谷か大将ケ根が見えるくらい。その大将ケ根も霧にすっぽりと覆われている有り様だった。

(今、人の姿が・・・誰か?)

 あの辺りには誰も居ないはずだった。予は目を手で擦り、もう一度同じ場所を見遣る。

 一瞬風が吹き抜け、その全容が予の目に映った。予は知らずのうちに床几から立ち上がっていた。

「兵がおる!」

 見えた方角に向かって走る。他にも気が付いた兵がいたらしく、我が隊(義元本陣)は動揺し始めていた。

「何事か?」

 急に走り出した予を追って、(三浦)義就(よしなり)・(朝比奈)元長の重鎮が追い縋って来る。予は眼下を睨んでいた。

「御屋形(今川義元)様、如何なされた?」

 (朝比奈)元長が問い掛けると、予が無言で扇で指し示す。(朝比奈)元長が目を凝らす。(朝比奈)元長は齢50。目も衰え始めていた。

(!)

 (朝比奈)元長にも視認出来たらしく2,3歩後退る。

「馬鹿なっ!」

 その言葉に呼応したかのように、既に桶狭間山のある丘陵の山麓の桶狭間道に折り敷いている突撃態勢を整えた兵が此方(こちら)に向かって、突撃を開始した。

「敵じゃあ!」

 本陣の誰かが叫ぶ。その直後、我が隊(今川本隊)は恐慌に陥った。雨が上がった後で、雨宿りをしていた将兵が慌てて持ち場に戻って行くのが見えた。

「遅いっ!」

 予は本陣の陣幕内に戻り、指示する。 

「織田方が攻め登って来る!使い番は各隊に迎撃するよう伝達。本陣の馬廻(うままわり)を集めよ!」

 矢継ぎ早に触れを出す。一時硬直していた本陣付けの重臣達も、慌てふためきながら家臣を集めに行く。その姿が酷く緩慢に予の目には映った。何時(いつ)の間にか手に握り締めていた扇が無残にも折れ曲がっていた。予は握り締めた手を解き、扇をそっと床几の脇に置く。途端に手持ち無沙汰になる。予は心を落ち着けるように暫し天を仰ぎ見る。しかし、陽射しは濃い霧に遮られ、ぼんやりとしか見えなかった。予を癒してくれるはずのお天道様も青い空も、悠々と流れる雲も覆い隠されていた。予は消沈しかけた。

(間に合うか?)

 俄かに騒然とし出した本陣周りの喧騒が聞こえた。使い番や斥候(せっこう)が慌ただしく本陣を出立するが、戻って来る者は皆無と言ってよかった。織田方と接敵したか、霧で道を過つ者が続出している事が想像出来た。しかし人を送る事は止められぬ。とても間に合うまいと予は臍を噛んだ。


「桶狭間は死地である」

 また予の脳裏を雪斎の言葉がよぎった。師匠(せんせい)があの時、まさか(織田)信長が本陣にこのタイミングで強襲を仕掛けて来る事まで予言していたとは思えぬが、予は師匠(せんせい)の言葉を今ほど痛切に実感した事はなかった。

師匠(せんせい)・・・あなたには今も私は敵いません)

 予の心は再び思考の海に溺れかけた。だが、何かがぶつかる音と人の悲鳴で直ぐに我に返る。

「如何した?」

 予は周りを見回す。

「味方が敵と接敵したものとしか・・・」

 近習が口籠る。霧で確認が取れぬのか。

「中備え・・・由比(ゆい)正信隊は?」

「連絡が着きませぬ。使い番が討たれたやも」

「ならばもっと使い番を出さぬか!」

 予に怒鳴られ、近習が慌てて自ら由比(ゆい)正信隊に走る。既に織田方が強襲を仕掛けて来た事-霧で接敵されるまで気づかなかったため、殆ど奇襲に近い-が知れ渡り、本陣は蜂の巣を突いたような有り様だった。幸い最初に織田方がぶつかったのが、我が隊(義元本陣)ではなく、どうやら中備えの由比(ゆい)正信隊であった事がせめてもの救いであった。

(多少は時間が稼げる)

 だが、直ぐにも我が隊(義元本陣)を見つけ、此処(ここ)にも織田方が殺到する事は目に見えていた。

「桶狭間道に向かう」

 予は宣言し、輿に乗る。近習や集まり始めた馬廻(うままわり)が周囲を固める。家臣を集めた重臣達も続々と本陣に戻って来る。

「お待ちくだされ、御屋形(今川義元)様!」

 見遣れば重臣の(三浦)義就(よしなり)が輿に縋り付いた。

「桶狭間道は先刻の報告で土砂崩れに遭い、通れぬと・・・」

大高(おおだか)道に向かえと申すか?ここで織田方に背を向ければ、味方は総崩れぞ」

 予は(三浦)義就(よしなり)の言葉に被せるように言い放つ。

「それは・・・」

「それに、後方は富士(信忠)殿(今川本隊後備え)が固め、通れぬ。田楽坪(でんがくつぼ)には(瀬名)氏俊(義元本陣先発隊)が陣取っておる」

「むっ・・・」

「前に進むしかないのだ」

「・・・・・」

 (三浦)義就(よしなり)此処(ここ)に至って流石に押し黙る。その姿を見て、予は再び命ずる。 

「桶狭間道に向けて出立じゃ!」

 予の塗輿(ぬりごし)を担ぎ手が担ぎ上げた。土砂崩れに遭った桶狭間道が復旧しているとの一縷の望みに賭けて・・・



   桶狭間山北/釜ケ谷西

   織田信長


 儂隊(信長本隊)は桶狭間山のある丘陵を駆け上がっていた。その数は2700に膨れ上がっていた。2度の大水による奇跡的な勝利、敵中深くまで潜り込んだのを見た傭兵や農民が勝ち馬に乗ろうと加わってきたのだ。我が隊(信長本隊)は一直線に義元本陣に突き進んだ。

「義元本陣に向かえい!」

 儂の甲高い声が辺りに響き渡る。心地良い気分じゃ。

 高揚とした兵の掛け声や息遣いが響き渡る。駆け出した兵は義元本陣の前に展開していた一軍(今川本隊中備え)に当たり、横撃された一軍(今川本隊中備え)は堪らず道を譲る。我が隊(信長本隊)は是幸いに突き進む。その頃には丘陵を駆け上がり、高所の平地に達していた。我が隊(信長本隊)の推進力は更に増した。

「行けい、行けい!」

 足軽大将が兵を叱咤する。その声に後押しされるように兵は前へ前へと進んで行く。

「(織田)信長様が後ろから見ておるぞ」

 猿(木下藤吉郎)が冗談交じりに叫ぶ。兵は後ろからド突かれたように前へと追われて行く。

「はっはっはっ!猿(木下藤吉郎)、よいぞっ!!」

 猿(木下藤吉郎)の言い様が儂の心の琴線に触れた。とても気分がいい。傍らの(池田)恒興や(川尻)秀隆も苦笑しつつ、儂の周りを固めていた。



   桶狭間山北  

   由比(ゆい)正信


 我が隊(今川本隊中備え)は混乱の最中であった。(今川本隊中備え)後方隊が突然襲来した部隊に攻撃を受けたのだ。(今川本隊中備え)先鋒隊が戦闘に入るならともかく、殿である(今川本隊中備え)後方隊が横撃を受けたのだ。

「何処の隊だ?」

 私は近習を怒鳴りつける。この様な近くまで織田方に接近され、剰え攻撃を受けたのだ。斥候(せっこう)を兼ねていた近習の失態だ。

「お・・・織田方としか」

 近習の一人がしどろもどろに言葉を濁す。全く使えぬな。

(まだ伏兵がいたのか?)

 私は混乱の中、暫し考える。

 その時、新たな使い番が駆け込む。

「申し上げます。我が隊(今川本隊中備え後方隊)に織田方と思われる一隊が横撃。援軍を要請しますっ!」

 (今川本隊中備え)後方隊の使い番が駆け込む。私は中途半端な位置に攻撃を仕掛けた織田方に疑問を抱く。

(おかしい。意図した攻撃にしては後方隊に仕掛けるとは・・・本来であれば(今川本隊中備え)主将を狙うはず)

 私は思考を巡らすが、答えが見つからなかった。 

(|斯様(かよう)《かよう》な狭隘(きょうあい)な地に兵が充満していては、隊[今川本隊中備え]も動けぬ)

生山(はえやま)に向かう」

 私は即座に決断する。生山(はえやま)此処(ここ)から数百m先にある小高い丘である。

「それでは(今川本隊義元)本陣の守りが」

 重臣の一人訴える。

「我が隊(今川本隊中備え)はこのままでは転回出来ぬ。無理に織田方に転回しようとするば、(今川本隊義元)本陣の動きを阻害しかねん。生山(はえやま)に一旦進み、其処で態勢を整える」

 私の意図を理解した重臣達は各隊に生山(はえやま)に向かう事を伝達する。この命により、義元本陣は一時攻勢を受けるかも知れん。だが態勢を整わせなければ、(今川本隊義元)本陣の守りは疎か、我が隊(今川本隊中備え)は自壊してしまう。只でさえ殿(今川本隊中備え)の部隊に攻撃を受けたいるのだ。裏崩れが何時(いつ)起こっても不思議ではない。

(持ってくれよ)

 持ち場を離れるのは忸怩(じくじ)たる思いであるが、織田方を確実に迎撃するためには一時撤退するしかなかった。



   桶狭間山北  

   今川義元


「早い。早すぎる」

 予が輿に乗って直ぐに信長本隊が予の隊(今川本隊義元本陣)に攻め寄せたのだ。攻める時は火の如くであった。

 使い番が輿ににじり寄る。

「申し上げます!今川本隊前備え、態勢を立て直すため、一時生山(はえやま)に撤退します」

([由比(ゆい)]正信めが)

 (由比(ゆい))正信め、怖じ気づいたか?罵倒の言葉ばかりが頭の中を駆け巡る。|斯様(かよう)《かよう》な時こそ、(今川本隊義元)本陣の盾となって織田方の攻撃を防ぐべきであろう。(今川本隊義元本陣が織田方に奇襲を受けて)何のための叱責であったのかと。先程の奇襲(千秋季忠(せんしゅうすえただ)隊・佐々政次隊の義元本陣への吶喊(とっかん))の教訓が生かされていないと憤った。既に予の指示で馬廻(うままわり)や近習・重臣達の兵が周りを守っていたからいいものの。しかし勢いは明らかに織田方にあり、予の隊(義元本陣)は東へと押されていた。北の桶狭間道を目指す予の思惑とはずれ始めていた。輿の周りには、織田方の攻撃に備えるために重臣達はいない。また、家臣を連れて余の本陣に駆け戻って来る重臣も一人とていない。予は半ば本気で駿河(するが)勢の解体を考え始めていた。

(戯けが多すぎる!)

 せめて傍らに庵原之政(あんばらゆきまさ)が居てくれていたら、と。

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