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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 3.強襲
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1560年 6月12日 13:55 尾張国/桶狭間道

  1560年 6月12日 13:55 尾張国/桶狭間道

   織田方 2500人 織田信長・川尻秀隆・佐々成政・金森長近・木下藤吉郎・伴長信・林秀貞・池田恒興・森可成(よしなり)菅笠(すげがさ)を被った男   



   織田信長


 手越川(てごしがわ)手越川(てごしがわ)支流は阿鼻叫喚を極めていた。今川兵の死体が累々と横たわっていた。中には息のある者もあり、血生臭さが充満していた。死体は川中だけでなく岸辺にも横たわっており、死体を踏んだ兵が悲鳴に似た声を上げる。儂も何度か踏み付け、悪態を吐いた事か。

(今川方[中嶋砦攻撃隊中備え]は全滅したか)

 今川方(中嶋砦攻撃隊中備え)の殆どが手越川(てごしがわ)支流を渡河していた最中に起こった大水じゃ。避けようもあるまい。だが、用心のためじゃ。

斥候(せっこう)を放て」

「既に周辺には今川方はおりませぬが?」

 (池田)恒興が眉を顰める。

「万が一じゃ。敵の斥候(せっこう)が出て来てるかも知れぬ」

「御意」

 (池田)恒興が叩頭し、斥候(せっこう)を送る。それと入れ替わりに各隊の使い番が来る。

「申し上げます。先鋒隊が大水と今川方の死体のため、行軍速度が遅れているとの事」

「・・・仕方あるまい」

 (今川)義元の本陣を少しでも早く特定するために迅速に行動したいが、このような状況では止むを得まい。先鋒隊が減速しているため、隊同士の距離が近くなり、渋滞が始まっていた。気のせいか視界も狭まっているような気がする。遠くが見渡せぬ。

「霧、ですか」

 (池田)恒興が呟く。

「(織田)信長様、足元にお気をつけなさりませ」

「・・・判っておる」

 確かに先程から足元が覚束なくなって来た。

「うわっ!また死体かよ」

 どうやら(森)可成(よしなり)がぼやいているらしい。顔が識別出来ぬが。


 桶狭間道は手越川(てごしがわ)と並走しているため、大水の影響で泥濘(ぬかる)み、何度も足を掬われかけた。その上、12時40分頃から霧が立ち込み始め、初めは早足で駆け抜けていたが、視界が悪くなるにつれ、自然歩みが遅くなっていた。儂だけ先行しても戦が儘ならぬ。後続を待つために歩みを緩めなかければならなかった。

(まさか霧まで・・・)

 辺りの気温が下がっているのか手が悴む。仕組みは知らぬが、この冷気が霧を生んでいるのであろう。我が隊(信長本隊)の姿を今川方から隠蔽出来るが、肝心の義元本陣も見えなくなってしもうた。その間にも斥候(せっこう)が桶狭間道を中心に周りを警戒していた。

「申し上げます。霧は桶狭間道全域に亘り、見通しが出来ず、斥候(せっこう)に支障が出ております」

「桶狭間山の位置が霧のため特定出来ず」

「人の気配が高所でありますが、旗指物(はたさしもの)が見えず義元本陣が判りませぬ」

手越川(てごしがわ)に大水の危険はない様子」

(上手くいかぬ)

 大水では今川方の中嶋砦攻撃隊前備え・中備えが全滅し、天の配剤に感謝したが、此処(ここ)に来て霧で肝心の義元本陣が特定出来ない。天はある意味平等なのかも知れぬと思い始めていた。そんな時、一人の斥候(せっこう)が舞い込んで来た。

「申し上げます!桶狭間道の大将ケ根近くに今川方と思われる一隊を発見!!」

「止まれいっ!」

 信長は号令した。使い番が各隊の隊長の元に走る。

(こんなところに・・・本陣を警護する備えか?それとも・・・)

 待ち伏せかと訝しんだ。

「どの隊か?」

 儂は尋ねる。

旗指物(はたさしもの)が見えぬため判じられませぬ」

 斥候(せっこう)は答える。

 儂は顎に手を遣り、思考する。思考しながらも言葉を巡らす。

「・・・今川方はどちらを向いておる?」

「はっ?」

 斥候(せっこう)は儂の意図が判らぬように首を傾げた。

「桶狭間道に駐屯する今川兵はどの方角を向いておるか」

 儂は苛々と補足する。

 儂の質問に納得がいき、斥候(せっこう)は暫し考える。

「おかしいです」

「むっ?」

「山の方を向いていたかと・・・」

 斥候(せっこう)は自信なさげに答える。余り自信がないのだろう。

「山・・・」

(!)

 信長は閃いた。

「大将ケ根山か?北か?」

「そうです。北です」

 その答えを聞いた時、信長はほくそ笑んだ。

(でかしたぞ、[千秋]季忠・[佐々]政次)

 二人を称賛した。桶狭間山に登る途中で奇襲を受けた(今川)義元が不安を感じて、大将ケ根山に備えるために本陣から兵を割いたのだと。大水で兵を500程損ねたが、義元は儂の目論見以上に本陣の兵を減じていた。

(勝てる、勝てるぞ)

 儂は自分に言い聞かせるように呟いた。そして各隊に命ずる。

「暫し休憩を取る。視界が晴れ次第、進撃を再開する」

 儂は中食(ちゅうじき)を採る事、その場に座る事を許可した。本番前じゃ。兵にも休息が必要じゃて。

 その場に座り込み、胡坐(あぐら)を掻く。周辺では織田兵が束の間の休息に水を飲んだり、糒を口にしていた。儂は空腹も喉の渇きも感じず、ひたすら斜面の上を睨んでいた。

(この斜面の上の平地に義元の本陣がある)

 雨は完全に止んでいた。しかし、桶狭間地域に立ち込めた霧は更に深くなり、儂の視界を遮った。

(忌々しい!)

 儂は再び苛立ちを募らせていた。

此処(ここ)まで来たと言うに)

 既に敵中深く入り込んでいる。時が経てば経つほど、不利になるだろう。しかしこの霧が晴れねば、義元を捕捉する事も叶わぬ。本陣以外にも今川方の備えはあるはず。本陣以外を攻撃していて、義元に逃げられては元の木阿弥である。義元の本陣は必ず探し当てなければならぬ。儂は知らず知らずの内に苛々と道を意味もなく行ったり来たりしている。座っていては気が落ち着かぬ。

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