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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 3.強襲
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1560年 6月12日 12:10 尾張国/桶狭間山周辺

  1560年 6月12日 12:10 尾張国/桶狭間山周辺

   今川方 今川本隊

        義元本陣 2000人 総大将・今川義元/軍師・庵原之政(あんばらゆきまさ)/先陣長・葛山氏元(かつらやまうじもと)/次陣長・関口氏広/後陣長・岡部正綱/右陣長・三浦義就(よしなり)/左陣長・朝比奈元長

         中備え 1000人 主将・由比(ゆい)正信/副将・荻清誉(おぎきよたか)/先鋒隊長・勝間田政行/次鋒隊長・佐竹高貞/後方隊長・沢田忠頼

         後備え 1000人 主将・富士信忠/副将・興津(おきつ)清房/先鋒隊長・井上継隆/次鋒隊長・大村家重(いえしげ)/後方隊長・飯尾乗連(いのお のりつら)

       大将ケ根守備隊 1000人 主将・松井宗信/副将・蒲原氏徳(かんばらうじのり)/先鋒隊長・安倍元真/次鋒隊長・福島(くしま)助昌/後方隊長・一宮元実



   桶狭間山北

   今川義元


 人の出入りも収束し、床几に腰かけ、予は漸く人心地ついていた。本陣の周りには幕が三方に巻かれ、簡易ながらも天板も備え付けられていた。先程から雨が天板に強く打ち付け、風が本陣近くの木々を揺らしている。三方の幕は風に煽られ、はためいていた。

「更に荒れるか?」

 重臣の一人がぼそりと呟く。

 床几の前に置かれた簡易な長机で作った置台には桶狭間地域を中心とした地図が置かれていたが既に取り払われている。その傍で陣隊長と話していた軍師殿(庵原之政(あんばらゆきまさ))に一人の男が近づく。藤林保豊(やすとよ)だ。此度の戦に際して、(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)が雇い入れた忍びの頭目だ。藤林保豊(やすとよ)が耳打ちすると、庵原之政(あんばらゆきまさ)の顔色が変わった。

「何い?」

 (庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)の声が聞こえ、周りの武将が眉を顰める。(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)が指示を出すと、(藤林)保豊(やすとよ)は一度頷き、風のようにその場を後にする。後には難しい顔をした。

 何か出立したらしい。

「如何した?軍師殿(庵原之政(あんばらゆきまさ))」

 その時の予はまだ余裕があった。敵襲も退け、大高(おおだか)城周辺の推移もこちらの目論見通り行っていたのだから。

「申し上げます。忍の報せによれば、桶狭間道で土砂崩れが起き申した」

「何?」

 予は思わず床几から立ち上がっていた。重臣達にも動揺が伝播していく。

「実は・・・ここまでの行軍に使用していた桶狭間道で土砂崩れが起き塞がれたと」

「規模は?」

「人馬が通れぬ程に・・・それと」

「それと?」

「荷駄隊の一部が土砂崩れに巻き込まれたと」

「兵糧は?」

「荷駄隊の先鋒隊が土砂崩れに巻き込まれたため、(義元)本隊への兵糧が届きませぬ」

(まずい!兵糧がなければ、[中嶋砦攻撃隊]前備え・[中嶋砦攻撃隊]中備え・[義元]本隊が飢え上がってしまう)

「直ぐに復旧を!」

 予は(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)に命ずる。桶狭間道は万が一の時の撤退路なのだ。何が何でも確保しておかねばならない。

「既に藤林保豊(やすとよ)に命じ、復旧を始めております」

 (庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)はすかさず返事する。

「さ、左様か」

 予は心を落ち着けるため、取り敢えず床几に腰を下ろした。

「御屋形(今川義元)様、一つお願いが」

「何じゃ?」

「藤林保豊(やすとよ)の手の者だけでは足りませぬ。どうか本陣の備えから人を割けないでしょうか?」

 傍らにいた重臣達が驚く。さっき、(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)本人が難色を示した事ではないか。

「どのような戦況でも、退路は確保しておかねばなりませぬ。あと、兵糧の確保も・・・これは拙者の仕事であります」

 予はじっと(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)を見る。彼奴(きゃつ)は不敵に笑う。いい顔だ。自らの役割を理解していると見た。

「よかろう。庵原之政(あんばらゆきまさ)に任す」

 予が命ずると、(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)が部下と共に足早に本陣を後にする。傍らで二人の遣り取りを聞いていた重臣達が予の顔色を窺う。

「よ、宜しいのですか?軍師(庵原之政(あんばらゆきまさ))殿を行かせて」

 代表するように(朝比奈)元長が心配そうに注進する。 

(よさぬか!そのような顔をすれば、兵が不安がるではないか)

 只でさえ、織田方の奇襲で本陣が揺れておると言うのに。予は重臣達を諭すように語り掛けた。

「よいか。(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)の申す通り、退路は重要である。それと荷が滞った。今運ばれている荷には中嶋砦攻撃隊の兵糧も含まれておる。此度は直ぐの戦も想定された故、中嶋砦攻撃隊は兵糧を持っておらぬ。もし中嶋砦攻撃隊に兵糧が行き渡らなければ遠江(とおとうみ)勢・三河勢はどう思うか?」

「!」

 (朝比奈)元長は悟ったように頷く。

「成程・・・自分達が捨て置かれると思い始めるやも。最悪、寝返りかねませんな」

「そうじゃ。それを防ぐためにも、(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)が行かねばならん。何せ陣立てをしたのは軍師殿(庵原之政(あんばらゆきまさ))であるからな」

 重臣達は合点がいったように頷き合う。

「さて、軍師(庵原之政(あんばらゆきまさ))殿が不在じゃ。その穴は其方(そなた)達が埋めねばならぬの」

 予が皮肉を込めて言うと、重臣達は気を引き締めるように襟を正す。この中で、どれだけの者が(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)の穴を埋められるのであろうか。実戦から遠ざかり、駿河(するが)勢の経験不足が露呈している。その一方で、逆に冷静さを取り戻してもいた。

師匠(せんせい)も人が悪い)

 師匠は一人で今川家の内政・外交・軍事を担い、終ぞ後継者を育てる事がなかったと噂されていた。だが師匠(せんせい)の大甥にあたる(庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)は、軍事だけでなく諜報を卒なくこなしているではないか。内政も家督を譲った氏真が何とか取り仕切っている。

(あれだけ多忙だった師匠(せんせい)はいつ後継者を育てていたのか)

 師匠(せんせい)の知られざる側面を知り、予は師匠(せんせい)に対する畏怖を更に強めた。

 


 桶狭間は死地である


 師匠(せんせい)の言葉がまた繰り返される。

(判っております)

 予は心の中で叫んだ。この土砂崩れに織田方がどれだけ関与していかは判らぬ。だが、本陣も紙一重であった事を考えると(織田)信長が何か細工をしていたのではと考えずにいられぬ。

([織田]信長め)

 これが(織田)信長の戦い方と言うのか。恐ろしい。雨は激しさを増して来た。諸将が風雨を避けるように陣幕内を入って来て、人で溢れ始めていた。部隊を持たぬ重臣達が桶狭間道が塞がれた事を諸将に漏らし、不安が伝播して広がっていく

(これでは指揮が取れぬ)

 予は持っていた扇子を握り締めた。


 桶狭間道が土砂崩れによって塞がれてしまった事について、諸将と急遽協議する。一旦沓掛城(くつかけじょう)に引くと言う話も上がる。しかし、撤退路をどうするかという事で折り合いがつかない。また、軍議でも出た通り、本陣が引けば、先鋒の士気に影響が出るとの懸念が出る。

「さて、如何するかの」

 不測の土砂崩れに際し、筆頭重臣の(朝比奈)元長が仕切る。

「やはり軍議で駿河(するが)勢が申した通り、一度沓掛城(くつかけじょう)に引くべきでないか?」

 (三浦)義就(よしなり)が蒸し返す。

「いやいや・・・既に本陣も含め、全隊が布陣を終えており申す。ここで引けば裏崩れが起きますぞっ!」

 (義元)本陣後陣長で歴戦の勇士である(岡部)正綱がいきり立つ。

「ふむ。確かに岡部(正綱)殿の申す通りじゃ。今引けば、先発している遠江(とおとうみ)勢・三河勢に動揺が走る。それに退路の確保が出来ておらぬ」

 (朝比奈)元長に正論を言われ、重臣達が一斉に口を閉じる。その中で(義元)本陣先陣長の(葛山(かつらやま))氏元がおずおずと手を挙げる。

「ならば他の退路を確保されては?」

「ん?どう言う事かな」

此処(ここ)からであれば、鳴海道(なるみみち)大高(おおだか)道が続いております」

 (葛山(かつらやま))氏元の意見に重臣達が唸る。

「しかし、鳴海道(なるみみち)を使うとなれば前進せねばなるまい」

(義元)本隊次陣長の(関口)親永(ちかなが)が疑問を呈す。 

大高(おおだか)道も、本陣を構築した瀬名(氏俊)殿が途中の田楽坪(でんがくつぼ)に布陣しておる。それに経路の近崎道(ちかさきみち)は山道ぞ」

 (三浦)義就(よしなり)が顔を顰める。

大高(おおだか)道・・・か)

 予は呻いた。

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