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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 3.強襲
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1560年 6月12日 12:00 尾張国/桶狭間周辺

  1560年 6月12日 12:00 尾張国/桶狭間周辺


        義元本陣   2,000人 総大将・今川義元/軍師・庵原之政(あんばらゆきまさ)/先陣長・葛山氏元(かつらやまうじもと)/次陣長・関口親永/後陣長・岡部正綱/右陣長・三浦義就(よしなり)/左陣長・朝比奈元長



 既に今川方の全ての隊が配置に就き、その後を小荷駄隊が長い隊列を組み、両側から谷が迫る桶狭間道を通っていた。谷間の狭い道なため、小荷駄隊は1列2列縦列となりゆっくりと進んでいた。狭い道に人足達が(ひし)めき、道をどちらが先行するかで怒号が飛び交っていた。

「こらっ!争うでない。道を譲らんかっ!!」

 小荷駄隊を指揮する将兵が割って入る。

(これだから寄せ集め部隊は)

 彼は嘆息する。  

 小荷駄隊の運送は近隣の農民が担っていた。遠江(とおとうみ)国の農民によって沓掛城(くつかけじょう)に集積された荷を、荷車や人力、馬や牛を使い、今川方の各陣所に送るのだ。その日は有松村の村民が駆り出されていた。本来、有松村は水野家に属するが、義元の襲来によって桶狭間地域の農民は一時的に今川方の傘下に入っていた。水野家は織田方と同盟しているが裏では今川方と繋がっており、在地の武士も黙認していた。武士で言えば裏切り行為とも言えるが、係争地に済む住人の強かさとと言うか処世術なのだ。何の力もない農民は、村の安全を安堵してもらう代わりに労働力を提供する。今川方にしてみても他国の力を削ぐ意味でも有効な手段であるから、乱取りを禁止する事を条(くだん)に提供を受けるのだ。特に近年桶狭間道は鎌倉往還に代わる新しい交通路になったとは言え、整備が遅れていた。この狭い桶狭間道に田園が繋がっているのだから、土地を知らぬ者が使われれば、近隣の村とトラブルにもなりかねぬ。その上でも在地の農民であれば勝手知ったる所、話も通じる。

 沓掛城(くつかけじょう)を出た時は雲が多いながらも道も平坦で比較的に楽な労働だった。ところが桶狭間地域に入った途端、雲行きが怪しくなってくる。桶狭間道は-特に梅雨の時期は-道が泥濘(ぬかる)み、道も細く渋滞しがちだ。その内、ぽつりぽつりと降っていた雨が途端に本降りになり、風も強さを増してきた。風は西風で逆風だ。荷を運ぶ農民は菅傘を前方に向けて雨風を凌ぐしかない。荷駄隊を指揮する将兵も始めは農民を叱咤していたが、余りの暴風雨に慎重に行軍する様な方針に切り替えていた。雨によって道は泥濘(ぬかる)み、荷馬車も轍や石に阻まれ、急速に速度を落としていた。風が強くなるにつれ、指揮する将兵の声を風に掻き消され、荷駄を預かる兵達は戸惑い始めていた。

「こんな雨は久し振りだぎゃあ」

「荷が解けなきゃええが」

 農民達が強くなって来た風雨に愚痴を零す。荷の縄を結び直す小荷駄隊が出て来て、行軍速度は更に落ちた。流石に荷崩れの危険がある以上、将兵達も咎める事が出来なかった。

(兵糧の手配が遅れるやも知れぬ)

 兵糧奉行の叱責が頭に浮かび、将兵は首を竦める。

 牛馬のうななきや人の掛け声も雨音や風に掻き消されていく。異音に気づいたのは桶狭間地域にある有松村でも特に耳のいい農夫だった。

「なんだあ?」

 大地を揺るがす様などどっとした異音が一隊に響き渡る。

 農夫は聞いた事がある音に首を傾げる。狭隘(きょうあい)な道の山の片側から小石が幾つか転がって来るのが見え、彼はハッとする。

「ど・・・土砂崩れだあ!」

 見れば、道の桶狭間山側の斜面を土砂が滑るようにして道に落ちて来たのだ。それも谷の両側から。逃げる事も躱す事も出来ず、その場に棒立ちになった。土砂が桶狭間道まで落下し、ぶつかった瞬間、農夫の身体は宙に舞った。それほどの勢いだった。農夫が気づいた時、周りは牛馬や人の呻く声に満ちていた。彼は宙に弾き飛ばされた分、生き埋めを免れたのだ。起き上がろうとした時、足に痛みを覚え、思わず尻をついていた。土砂に足を取られた時、痛めたようだ。痛みを堪え、周りを見回した彼の顔が驚愕に代わる。先程まで彼とともに隊列を組んでいた仲間達の殆どが土砂に埋もれていた。牛馬もその半分が土砂の下敷きになっていた。先導する人を失い、生き残った荷を載せた牛馬が手持ち無沙汰にその場で足踏みをしているのが異様に感じられた。運よく狭隘(きょうあい)な道に入らず土砂崩れに巻き込まれなかった後続の小荷駄隊の人夫から掛け声が聞こえる。その農夫には、どこか遠く感じられた。


 生き残った者達は土砂崩れが起きた事に唖然としている。指揮していた将兵も巻き込まれたようで、救援の指示も出されなかった。

 桶狭間道に一瞬の静寂が訪れた-

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