1560年 6月12日 11:15 尾張国/中島砦
1560年 6月12日 11:15 尾張国/中島砦
織田方 3100人 織田信長・川尻秀隆・佐々成政・金森長近・木下藤吉郎・伴長信林秀貞・池田恒興・森可成・梶川高秀・梶川一秀・菅笠を被った男・使い番
戦の前の静けさなのか、中嶋砦は一時の静寂に包まれていた。今川方の尖兵はまだ中嶋砦には到着しておらず、戦の間隙に入っていた。元々静かな所が嫌いな織田信長には妙に居心地の悪さを感じていた。彼は熱田湊や最前線の戦場等、常に人に塗れ、ごった返す様な場所を好んで求めていた。
「大高城の様子は?」
織田信長が傍らの池田恒興に聞く。
「未だ動きあらず。餉を兵卒に与えている模様。他は休息に入っていると」
大高城方面には多くの斥候を放っている。中嶋砦から一番近く、動向が気になるのだ。5000もの大兵を有していれば、用心もするだろう。
(砦攻めで予想以上に疲弊しているのか)
丸根砦・鷲津砦も寡兵ながらよくやってくれたと織田信長は感謝した。大高城砦群包囲網の構想が崩れ、流石の織田信長も進退に窮したが、丸根砦・鷲津砦が時間を稼いでくれたお陰で何とか中嶋砦に進出出来たのだ。善照寺砦に留まったままでは尻つぼみになり、清洲城に撤退するしかなる恐れもあったのだ。
(しかし・・・)
この大高城方面軍が動く前に中嶋砦を出なければ、最後の機会を失う事も理解していた。
一方で桶狭間道方面は斥候が戻って来るものの今川方の中嶋砦攻撃隊が進撃して来たため、それより西の情報が入らなくなって来た。
「敵の尖兵が既に桶狭間道に進出して来ており、義元本陣まで辿り着けませぬ」
斥候はその言葉を繰り返すのみであった。
「数は?」
「判りませぬ。今川方は此方の倍以上の斥候を放っており、大物見も多数おり、先に進もうとした織田方の斥候は悉く撃退されております」
「なら、此方も斥候を増やせ!」
苛立たし気にこめかみに怒りを浮かべる。
「(織田)信長様!これ以上の斥候は軍略に支障を来しますぞ」
池田恒興が諫めに掛かる。
「我が隊は3000。少しでも温存しておかなければいざと言う時、兵力不足になりかねませぬ」
池田恒興の必死な言葉に織田信長もテンションを下げる。
「・・・判っておるわ」
織田信長に勝機があるとすれば、電撃的な速攻で本陣に食い付く事だけだ。そのためには今川方の尖兵を早々に撃退し、義元本陣に肉薄する必要がある。だが、今川方の前備え・中備えが桶狭間道に進出した今、一刻でも早く前に進まなければ進路を塞がれ、中嶋砦に逼塞しなければならなくなるのだ。
その時、使い番達が馬で駆けて来る。中嶋砦は13195㎡程の砦だ。砦の中心にある織田信長の居所にも音や声は響いて来る。中嶋砦前で派手な砂煙を立て、誰何する門番を払い除けながら砦の中に飛び込む。荒々しい問答があった後、足音が近づいて来る。
「(織田)信長様、|千秋(季忠)《せんしゅう(すえただ)》殿から使いが!」
梶川高秀が取り次ぐ。
瞑目していた織田信長はかっと目を開ける。
「入れ!」
木戸もない隣の部屋との間に使い番が跪く。
「申し上げます」
「うむ」
使い番は千秋季忠・佐々政次隊の千秋季忠の近習だと名乗る。恐らく報告のため、千秋季忠・佐々政次隊を最期まで見守っていたのであろう。
「千秋季忠・佐々政次隊、今川本隊に吶喊!一時は義元の本陣を混乱を陥れるも、最期は寡兵にて大軍に敵しがたく・・・」
使い番は最後まで語られず、泣きすさぶ。脇に居た梶川高秀も涙を流していた。
「・・・であるか」
流石の織田信長の胸にも込み上げるものがあった。暫し瞑目し、千秋季忠と佐々政次の冥福を祈った。
([千秋]季忠、ようやった。[佐々]政次、成政の事は粗略にせぬ)
「(今川)義元は?」
織田信長は一番知りたい事を尋ねる。
「桶狭間山山麓の釜ケ谷付近から桶狭間山がある坂を登って行きました。最終目的地は判りませぬ」
「・・・であるか」
(やはり桶狭間山が本陣のなのか?それとも[今川]義元は他に策があるのか?くっ、後一手・・・足らぬ)
使い番の答えは織田信長を満足させるものではなかった。




