1560年 6月12日 10:25 尾張国/善照寺砦嶋砦
1560年 6月12日 10:25 尾張国/善照寺砦嶋砦
織田方 300人 佐久間信盛・佐久間信辰・伴長信・林秀貞・森可成
結局、清洲城から織田信長の影武者が出立したの聞き、家臣達が追い付いたのは熱田神宮であった。織田信長は戦勝祈願と後続の兵を待つために敢えて熱田神宮に立ち寄ったようだった。織田信長の影武者には近習数名と熱田湊や津島湊に屯している雑兵数十名が同行しており、重臣達は顔を顰める。普段から織田信長は家臣の兵を頼みとせず、自ら傭兵や農民兵を募り独立部隊で先行する事が多々あり、実際にその戦力で尾張国内で対立する敵対者を倒してきた実績があった。だが、家臣にしてみれば、大事な手柄を立てる場を奪われ、剰え家臣を疎んじる織田信長に不満を抱いていた。実際、4年前の1556年には織田信長の弟・織田信行を担いだ林秀貞・柴田勝家が織田信長に対して謀反を起こしている。織田信長の速攻により事態は収束したが、その様な家臣との諍いが絶えなかった。また家臣にしてみれば、どこの馬の骨とも判らぬ傭兵崩れの独立部隊は自分達の活躍の場を奪う忌むべき存在と捉えていた。
追い付いて来た家臣達に織田信長の影武者は冷ややかな目を向けた。
織田信長の影武者は直ぐに出立するように立ち上がる。
「(織田)信長様、何処へ向かわれるのか?」
流石に振り回されるのは御免と思ったのか、筆頭家老の林秀貞が問い質す。
「善照寺砦」
織田信長の影武者はぶっきら棒に答える。
(鳴海城の傍にある砦ではないか)
こんな少人数でと林秀貞は不安がる。林秀貞を初めとする重臣達は清洲城籠城を主張していた。その清洲城から離れて行く織田信長の影武者の行動を不審に思うのも無理べからぬ事であった。しかし、そんな林秀貞の心中など眼中にないのか、織田信長は家臣も待たずに出立してしまう。林秀貞は他の家臣と顔を見合わせつつも、嘆息なしながら従う。
善照寺砦に向かうと、守将の佐久間信盛が迎えた。
「これは・・・」
佐久間信盛は立ち上がると絶句する。
既に織田信長の姿はなく、出迎えた佐久間信盛・佐久間信辰兄弟は狼狽えるばかりであった。
「居らぬのか?」
影武者は確認する様に佐久間信盛を見据える。佐久間信盛は頷くばかりであった。
(ちっ・・・もう中嶋砦に向かわれたか)
影武者・織田信長は舌打ちする。
(相変わらず身軽な事よのう)
熱田湊で出会って以来、主君・織田信長の行動は早い。影武者が自分に酷似していると見抜いた時点で、彼をその場で召し抱えてしまったのだ。
「中嶋砦か?」
「・・・はい」
佐久間信盛は渋々頷く。他の重臣は気づいていないが、佐久間信盛はバレた事で内心冷や冷やしているだろうと察しがついた。
(全く小心よのう)
織田信長と佐久間信盛は主君と家臣と言うより、織田家と佐久間家として同盟に近い関係にあった。織田信長が尾張国を見る見るうちに掌握する内に家臣団として取り込まれていった経緯があり、織田信長は佐久間一族にそれなりの遠慮がある様だ。
「待たれよ、中嶋砦に行かれるのか?」
影武者を本人と疑わない林秀貞が引き止めにかかる。
「そうだが?」
影武者は本人張りに林秀貞を睨みつける。
「この様な少人数で・・・もし鳴海城の今川方に知られたら一溜まりもありませぬぞ」
二人の遣り取りを、同席する佐久間信盛は複雑な目で見ていた。少し前に本物の織田信長と自分で交わされた遣り取りに余りにも酷似していたからだ。傍目から見たら茶番にも見えていた。
「これ、佐久間(信盛)殿も(織田)信長様をお諫めせぬか」
([織田]信長様が影武者に立てるだけはある。よく似ておられる)
佐久間信盛は別の思いに囚われていた。仕種や口調は練習すれば真似られる。しかし、容姿だけはどんなに訓練しても似せられるものではない。影武者を立ててからも本物の織田信長と同陣していた佐久間信盛には差異が判るが、影武者を本人と思って接していた者には見分けがしづらくなっていたのだろう。
「とにかく中嶋砦に向かいなされ。道中はこの佐久間信盛が保証します故」
そう言って一行を強引に中嶋砦に送り出す。勘のいい森可成がギロリと佐久間信盛を睨め回す。佐久間信盛は視線を合わせない様に俯いた。




