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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 2.桶狭間
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1560年 6月12日 11:15 尾張国/大高城/二の丸屋敷

  1560年 6月12日 11:15 尾張国/大高(おおだか)城/二の丸屋敷

   今川方 丸根砦攻撃隊 1750人 主将・松平元康/副将・酒井忠次/軍師・石川家成

       鷲津砦攻撃隊 2750人 主将・朝比奈泰朝/副将・匂坂(さぎさか)長能/先鋒隊長・久貝(くがい)正勝/次鋒隊長・新野親矩(にいのちかのり)/三隊長・本多忠真/後方隊長・大原資良(すけよし)



   松平元康寝所


 丸根砦の戦い終結から3時間余、鵜殿長成を説得し漸く寝入ったのは10時過ぎ・・・松平元康は城門近くの騒がしさに半覚醒する。

(まだ、11時ではないか・・・昼間とは言え、戦の後だぞ)

 松平元康は内心愚痴った。幾ら若いからと言え、徹夜の兵糧入れ、丸根砦の戦いが続いたのだ。心身ともに疲労の極みに達していた。戦の後、直ぐに休息が与えられた部下や兵卒はともかく、1時間程度の睡眠では却って眠気が増していた。二の丸は大手門に近く、人の声も比較的聞き取れた。「中島砦」の言葉が耳に入った時、松平元康は飛び起きた。

(中島砦?織田方の攻撃か?)

 松平元康は刀を取り宛がわれた屋敷の部屋を飛び出そうとする。その時、屋敷の入り口が騒然とする。石川家成の声が途切れ途切れに聞こえ、入り口から続く廊下を足早に抜ける複数の足音がしたため、松平元康は刀を戻しその場に座り込んだ。

 障子の向こうに人影が映る。

「元康様、お休みのところ申し訳ありません」

 石川家成の声がする。

「構わん」

 松平元康が答えると、障子が静かに開かれる。

「火急の報せ故、御免」

 石川家成が平伏する。

「何事か?」

 松平元康が静かに尋ねる。

「実は沓掛城(くつかけじょう)の御屋形(今川義元)様より報せが参りました」

 その言葉を聞き、松平元康はハッとする。石川家成が目線で誰かを促す。使い番が既に控えているようだ。松平元康は居住まいを正した。

「寝所までご無礼を。火急の用向きにより失礼仕ります。・・・申し上げます。御屋形(今川義元)様よりのご下知に御座います」

 使い番が一度頭を下げてから正視する。松平元康は畏まる。

「松平元康様。大高(おおだか)城より桶狭間山に転進されたし。御屋形(今川義元)様も桶狭間山に向かわれております」

「何と!」

 石川家成が声を荒げる。

「我ら松平元康隊は」

 そこで言葉を区切る。

「深夜の兵糧入れ・早朝からの丸根砦攻めで疲労の極みに達しておる。その上、これから桶狭間山に転進せよと申すか?」

 石川家成に睨まれ、使い番は動揺した。  

 ちょうどその時、騒ぎを聞きつけたのか朝比奈泰朝が近臣を連れて二の丸屋敷を訪れた。

「わ、私が命じられたのは松平元康様只お一人へのご命令であり、隊の転進は命ぜられておりませぬ」

 使い番は全ての胆力を込めて言い放った。

「松平(元康)様お一人だと?」

「戦闘要員としてではなく、戦の監察としての役目ではないかと推察します」

「ほう・・・御屋形(今川義元)様の許で戦観戦とな」

 石川家成が何か考えるように顎鬚を扱く。

「使い番殿、よろしいかな?」

 先程から事の推移を見守っていた朝比奈泰朝が口を挟む。

「はっ、何なりと」

「使いに来る途中、鵜殿長照隊とすれ違わなかったか?」

「いえ」

 使い番はキョトンとした顔をした。

 その場に居た使い番以外の将が顔を見合わせる。

「な、何か?」

 使い番が急に不安に駆られたのか問い掛ける。朝比奈泰朝はが大高(おおだか)城での経緯を簡単に説明する。使い番は思わぬ事態に茫然とする。だが直ぐ様我に返る。

「ああ、そう言えば・・・」

 その使い番を思い出す。

「途中、所属不明の隊列に出食わし、念のため別経路を使い大高(おおだか)城まで参じた次第」

 それだと松平元康は思った。

「使い番殿、暫し待たれよ」

 松平元康がそう言うと、使い番は平伏した。松平元康達は取り敢えず、控えの間に移る。



   控えの間

 

「(松平)元康様、受けてはなりませぬぞ。御屋形(今川義元)様の遣り様、承服しかねる」

 酒井忠次が部屋に入るなり咆える。

「まあまあ、(酒井)忠次殿」

 朝比奈泰朝の近臣・本多忠真が取り成す。

「控えよ、(酒井)忠次」

 松平元康が叱責すると、酒井忠次が我を取り戻したように平伏する。その様子を見て、松平元康が嘆息する。

「さて、困ったものだ」

 ただでさえ鵜殿長照隊が抜け、慢性的な兵力不足に陥っている中で、もう一人の主将・松平元康の召還命令が来たのだから堪ったものではない。

「何とかならぬものか」

 朝比奈泰朝が救いを求めるかのように呟く。

 時間がないため、松平元康が結論を急ぐ。

「御屋形(今川義元)様の主命です。断る事は無理でしょう。されば、私が御屋形(今川義元)様に直接、大高(おおだか)城の増援を要請します」

「それでは中島砦の戦に間に合いますまい」

 朝比奈泰朝が溜め息を吐く。松平元康は暫し考えてから話す。

「いや、間に合うかも知れませぬ。使い番は複数居たはず。鵜殿長成殿がうまく取り成せば、既に使者が御屋形(今川義元)様の元へ向かっているはず」

 朝比奈泰朝が手を叩く。

「それがあったか」

「それまでは朝比奈様は大高(おおだか)城で増援を待つのが得策と存じます」

「うむ、そうだな」

 朝比奈泰朝は不承不承頷く。



   松平元康寝所


 寝所に戻ると、松平元康は使い番に承服したと伝える。安堵した使い番が桶狭間山に戻ろうと立ち上がった時、朝比奈泰朝が釘を刺す。

「くれぐれも増援の事、良しなに。これからの戦の齟齬(そご)になりかねません故」

「判り申した」

 使い番はそう答え、復命のため、大高(おおだか)城を後にする。その姿を見送りながら、朝比奈泰朝が未だに眉を寄せている事に松平元康は気づいた。

「そう心配なされるな。万が一の時には私が御屋形(今川義元)様より増援の言質を取る故」

「・・・相分かった」



   大高(おおだか)城本丸・広間

   松平元康・朝比奈泰朝・石川家成・酒井忠次・本多忠真


「・・・流石に殿(松平元康)お一人で行かせる訳にはいくまい」

 石川家成が機先を制して言う。

「そおじゃのう」

 酒井忠次が相槌を打つ。

「しかし、ワシら二人が行ってしまうのは拙かろう。兵の指揮が取れなくなってしまう」

 松平元康隊が戦った丸根砦は激戦で終結から3時間程しか経っていない。此処(ここ)で指揮官クラスが居なくなってしまっては、兵に不安が起きかねない。下手をすれば、兵の離反が起きかねないのだ。

「ならば格好の人材がおり申す」

 朝比奈泰朝隊に配属されている三河国人衆・本多忠真が助け舟を出す。4人の視線が忠真に集まる。本多忠真は面映ゆい気持ちになる。

「不肖、ワシの倅(本多忠勝)が戦が終わると同時に、その場にそっくり返って寝てしもうた。一番寝ておろう」

 松平元康の目が点になった。

「・・・全く、朝比奈(泰朝)様を差し置いて、寝てしまうとは恥ずかしいにも程があるわ」

 尚も本多忠真がブツブツと言うのを見て、他の4人は苦笑いした。

「いいでしょう。朝比奈(泰朝)隊から護衛として、本多忠勝殿を出しましょう。(本多)忠勝殿の能力は鷲津砦で一番槍を付けた剛の者。折り紙つきでする」

 朝比奈泰朝が請け負うと、石川家成・酒井忠次の両名はほうっと声を上げた。。


 大高(おおだか)城は3392㎡しかなく、678人にしか収容が出来ない。鵜殿長照隊500が退去したとは言え、城に入れたのは各隊の主将クラスや重臣・近習ぐらいで、他は大高(おおだか)城の周辺や奪取した砦に野営であった。

 本多忠真は城の城門を出ると、一目散に鷲津砦に向かう。砦の最奥に入り、その場で雑魚寝している兵の一人に蹴りを入れる。

「こらっ!(本多)忠勝。いつまで寝ておるか!!」

「あたっ!」

 年の割には大柄な体躯がピクリと動く。

「父上・・・まだ出陣には早いじゃろう」

 大欠伸をした本多忠勝が再び寝入ろうとする。それを阻止するように本多忠真は息子の甲冑を引っ張り上げる。

「朝比奈(泰朝)殿から主命じゃ。そちにはこれから桶狭間山に行ってもらう。松平元康殿の護衛じゃ」

 本多忠真は一方的に命ずる。

「ふあっ?」

 覚醒していない本多忠勝は寝ぼけ眼で聞き返した。



   大高(おおだか)城本丸・正門前

   朝比奈泰朝・匂坂(さぎさか)長能・松平元康・・石川家成・酒井忠次・本多忠真・本多忠勝


 大高(おおだか)城内は室内室外とも人に溢れ返っていた。それでも全ての兵を収容出来ず、城外にも兵が野宿している有り様だった。

(この小城[大高(おおだか)城]に5000もの兵を収める事自体無理なのじゃ)

 朝比奈泰朝は嘆息する。

(せめて大高(おおだか)城周辺の砦に分散出来れば良かったが、水野の動向もあり、織田の後詰の心配もあれば、一箇所に集めるしかなかった)

 殆どの兵は寝ているか、自分の得物を手にして、ウトウトとしていた。朝比奈泰朝も松平元康も見て見ぬ振りをした。それでも主将の二人が城門前に出て来ると、不安がった三河勢の侍大将達が集まって来る。

「松平(元康)様、何かありましたか?」

「出陣でありますか?」

「先途を仰せつかります」

 三河勢の誰もが三河国を束ねる松平元康が駿河(するが)国に留め置かれ、冷遇されていると信じている。此度もまた、今川義元から無理難題が吹っ掛けられたのではと心配しているのだ。

 声を掛けられた松平元康が苦笑しながら、説明する。

「無用な心配じゃ。私は御屋形(今川義元)様からの命により、桶狭間山で戦の観覧を命ぜられただけだ。戦に出る訳ではない」

 このまま休んでいるようにと諭す。

 一通りの挨拶が済むと松平元康は待っていた朝比奈泰朝の元に参る。

「申し訳ありませぬ。折角見送り来られたのに、待たせてしまって」

「いやいや・・・松平(元康)殿はいい家臣を持たれた」

 朝比奈泰朝は羨ましそうに松平元康を見る。

「ははは・・・三河国の国衆は松平家に色々とありまして、今川家にいい感情を抱いておりませぬ」

 そう言って嘆息する。松平家には元康の祖父・清康、父・広忠と傑出した人材を輩出している。だが、家臣に討たれお家が揺れる度に今川家の介入を受けている。跡目の松平元康に至っては織田家の人質を経て今川家に庇護された経緯もあり、三河国は今川家の属国扱いに甘んじている。三河国の国衆が今川家に対して良い感情を抱いていないのも仕方なかざるを得ない事であった。

 松平元康は侍大将が集まっている事を幸いにと声を張り上げる。

「よいか。其方(そなた)達はしっかと朝比奈(泰朝)様の命令に従え」

 松平元康が命ずると、兵達は頭を下げた。

「よいか、(本多)忠勝。しっかりと松平の殿様をお守りするのだぞ」

 本多忠真がくどいように諭す。

「判ってるって」

 本多忠勝は耳にタコが出来たと言わんばかりに顔を顰める。

「(松平)元康様」

 居残りの石川家成が不安気に語り掛ける。石川家成は松平元康と分かれ、大高(おおだか)城に残る松平軍の指揮を執る事となっていた。

「心配するな、(石川)家成。次の中嶋砦の戦は大高(おおだか)城方面軍は後詰となろう。私も直接御屋形(今川義元)様に取り成す」

 その言葉を聞き、石川家成も少し安堵したようだ。

「それに主将として朝比奈(泰朝)様も残られている」

 正直、朝比奈泰朝さえ残っているば何とかなると松平元康は信頼していた。

 

 松平元康以下100余名は、城門を潜り大高(おおだか)街道を東に向かう。

 朝比奈泰朝・本多忠真・石川家成はその後ろ姿を見送る。その姿が見えなくなるまで見守っていた。

「戦の直後でなければ、護衛ももっと付けられたのに」

 本多忠真が申し訳なさそうに呟く。兵糧入れに砦の戦さで疲れた兵に鞭打つ真似は出来なかった。選抜した100名すら疲れが残っていたのだ。それ以上の兵を割く事は困難だった。

「戦の観覧など・・・わざわざ呼び戻せずとも側近は幾らでもおろうに・・・あ、余計な事を申しました。お許し願いたい」

 本心であったのだろうか、石川家成の口から言葉が零れた。

「気にしておりませぬよ。石川(家成)殿の気持ちは遠江(とおとうみ)衆として最前線で使われた拙者にもよく判っております」

 朝比奈泰朝が石川家成を気遣うように言葉を掛ける。

「勿体なきお言葉・・・」

 石川家成は涙ぐむ。

「それより我が身だ。鷲津砦・丸根砦に状況を説明し、連絡を密にせよ。大高(おおだか)城の守りも固めねばならない。後、兵は出立のぎりぎりまで休ませよ。厳命である」

「はっ!」

 朝比奈泰朝の指示に、本多忠真は頷いた。

「しかし、(本多)忠勝は大丈夫であろうか」

 本多忠真が一抹の不安を覚える。

其方(そなた)の推薦したのではないか。それとも子息の身を案じておるのか?」

 朝比奈泰朝がニヤニヤとしている。

「いえ、松平(元康)様の護衛でありましたら心配しておりませぬ。体力だけが取り柄の愚息でありますからな。ただ、松平(元康)様のご命令を聞くかどうか・・・一人で突っ走ってしまう性格故」

「松平(元康)殿はなかなかの御仁ぞ。将の一人など容易く御せる方だ。其方(そなた)の杞憂だと思うが・・・」

「松平(元康)様の器量は懸念しておりませぬ。ただ、戦にでも巻き込まれでもしたら、何をしでかすか判らぬ故・・・」

「御屋形(今川義元)様が御陣する桶狭間山は沓掛城(くつかけじょう)からそう遠くはず。それに織田方は桶狭間道には兵を置いてないという報告を受けておる。織田方の最前線である中嶋砦には、三河勢の松平政忠殿、遠江(とおとうみ)勢の井伊殿が向かわれておる。御屋形(今川義元)様周りには駿河(するが)勢の各々方が固めておられる。万全の布陣じゃ。其の方の杞憂だと思うが」

 朝比奈泰朝は首を傾げる。

「杞憂であれば宜しいのですが・・・」

 心配の種が尽きない本多忠真であった。

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