1560年 6月12日 10:00 尾張国/大将ケ根
1560年 6月12日 10:00 尾張国/大将ケ根
織田方 300人 千秋季忠・佐々政次
「何とか(中嶋砦攻撃隊)前備えを遣り過ごせたようですな」
「重畳です」
二人はほっとした顔をしている。大将ケ根の山頂より奥に布陣したのが幸いしたようだ。
今川方の斥候は大将ケ根にも探索の手を伸ばした。千秋季忠・佐々政次隊は大将ケ根の山頂には数名の斥候しか配置しておらず、上手く今川方の斥候の目を掻い潜ってくれた。千秋季忠は斥候に、今川方の前備え・中備えが通過するまでは探索は控えるように命じた。今川方は一隊が通過する度に斥候を放っていた。最初の斥候は先触れに過ぎなかったのだ。義元本陣を捕捉するまでは見つかる訳にはいかなかった。
「しかし、流石|千秋(季忠)《せんしゅう(すえただ)》殿ですな。兵の配置と言い、斥候の統制と言い・・・」
佐々政次は感嘆していた。
(拙者には此処までの細かい用兵は出来ぬ)
「いやいや・・・生来臆病でな。用心に用心を重ねてしまう。損な性格よ」
千秋季忠は本気で嘆息する。
「しかし今川方は予想以上に兵が多い」
佐々政次は大将ケ根の奥から僅かに見える今川方を観察する。善照寺砦を出陣する時、今川義元が大部隊を率いて沓掛城で軍議を行っている事、別動隊を組織し、大高城救援に向かった事しか知らされていなかった。
「(中嶋砦攻撃隊)前備えだけでなく(中嶋砦攻撃隊)中備えの軍もあり申した。それから推察するに、義元本陣もかなり分厚いであろうな」
「でしょうな」
二人は今川方の大兵に威圧された。だが直ぐに佐々政次は我に返る。
(今川方が多勢である事は初めから判っていた事。今更臆する事もあるまい)
佐々政次は己に活を入れるように両頬を手で叩く。千秋季忠はそんな佐々政次を見て頼もしく思う。
「さて、そろそろ此方も斥候の探索を再開させましょうかな」
「判りました」
二人は大将ケ根の斥候に使い番を送る。
「よいか?探すのは初めに今川本陣の旗指物(足利二引両・赤鳥紋)。次に塗輿。その塗輿が桶狭間山の斜面を登った時に動く」
千秋季忠は周りの将兵にも聞こえるように話す。
「斥候は逐次報告せよ」
「はっ!」
使い番が大将ケ根の山頂に走る。使い番を見送った後で佐々政次は振り返る。
「よいかっ!出番は近い。今川方が斜面を登った時点で動く。準備を怠るなぁっ!!」
「「「応っ!!!」」」
千秋季忠・佐々政次隊の士気は高い。十分な休みを取らせ、腰兵糧も摂らせた。万全の態勢である。
その間にも斥候が駆け込んで来る。
「申し上げます!義元本陣が見えました」
「義元本陣の前備えが桶狭間山のある丘陵の斜面を登り始めました」
「次の部隊も斜面に続いております」
この辺で千秋季忠は違和感を感じる。
「塗輿は見えるぬか?」
「いえ、まだ・・・」
千秋季忠の気迫に押され、斥候は口籠る。千秋季忠は顎に手を置き考え始める。
「|千秋(季忠)《せんしゅう(すえただ)》殿?」
千秋季忠の様子に佐々政次は訝しむ。
「いや・・・本陣に前備えがあるのは判る。しかし、後続の部隊が続いているのに塗輿が見えぬとは・・・」
今度は千秋季忠が口籠る。そしてはっとする。
「義元本陣はせいぜい2、3000位だと思っておりましたが、まさか・・・」
佐々政次は言の葉を継ぐ。
「兵数がそれ以上と?」
「・・・・・」
千秋季忠は判断出来ず口を閉ざす。しかし、直ぐに解決される。新たな斥候が現れたからだ。
「も、申し上げます!塗輿を確認っ!!総大将隊と思われます!!」
佐々政次が床几から立ち上がる。
(遂に来たか)
万感の思いを込めて刀の柄を握り締める。傍らの千秋季忠の目にも決意が宿っていた。
(これで敵前逃亡の恥を雪げる)
長時間が過ぎたように感じられた。だが、まだ半日とて経っていなかった。千秋季忠と共に氷上砦・正光寺砦を退去し、丸根砦・鷲津砦で共闘を願うも叶えられず、漸く辿り着いた中嶋砦では素気無く善照寺砦に向かえと言われた。善照寺砦に行ってみれば、よもや主君である織田信長と邂逅した。二人の心に走馬灯の様にこれまでの出来事が流れて行く。二人にとっては屈辱の刻でもあった。今川義元が挙兵し、この尾張国に入国してからは二人には不運が付き纏っていた。しかし、それもこれで終わりだと佐々政次は思った。
(良い死に処を与えてくれたものよ)
主君である織田信長に感謝する。
(弟の[佐々]成政もそれになり遇してくれよう。いや、あ奴なら己の才覚で出世するであろう)
二人と声を交わした訳ではないが、佐々政次は主君・織田信長と佐々成政の心を察していた。
(拙者は井関城[尾張国の城の一つ]主で終わるが、[佐々]成政にはもっともっと上を目指してほしい)
兄としての希望であり、弟の才覚も信じていた。
一方の千秋季忠は・・・
(心が静かであるな。・・・此処まで色々あった。父[千秋季光]が戦で死に、後を継いだ時はどうなる事になるかと思った。当時若輩であった身どもが熱田神宮の大宮司を継ぎ、織田信秀様に仕えた。そして後を継いだ織田信長様に従った。神官武将と謳われたが、左程の事もない。只々生を全うして来ただけの事。此処が終焉になるのか。まさか、初見の佐々[政次]殿と最期まで共にするとは・・・運命と言うものは、神官である身どもが言うのが適切であるかどうか判らぬが、神の定めたものなら、皮肉なものだ。身どもは佐々(政次)殿程、上手く運命に見切りがつけれぬ。何とも不器用な性格なのであろう)
静かに横に添えた刀を手に取る。
「さあ行きましょう。義元が待っている」
「はい」
千秋季忠が刀を振るうと、佐々政次が床几から立ち上がった。
千秋季忠隊・佐々政次隊、麾下300騎が二人の主将の前に片膝を衝き、命令を待っている。佐々政次が厳かに皆の前に進み出る。刀を鞘から抜き差し高々と掲げる。
「皆の者、よく聞けぃ!狙うは義元の首一つ。ひたすら塗輿を目指せぃっ!!」
「「「うおーっ!!!」」」
途轍もない掛け声が辺りに響き渡る。
「我に続けい!」
佐々政次を先頭に200の兵が大将ケ根の中腹を駆け下りる。タイミングは既に合わせてある。そのまま桶狭間道に降りて桶狭間山に続く斜面に向かえば義元本陣の大将隊に届くはずだ。千秋季忠隊100名は少し距離を開け、佐々政次隊に追随している。佐々政次隊は疾風の如く大将ケ根の山頂を迂回するように桶狭間道へと進む。その勢いを止める者は誰一人としていなかった。




