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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 2.桶狭間
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1560年 6月12日 10:15 尾張国/中嶋砦

  1560年 6月12日 10:15 尾張国/中嶋砦

   織田方 3100人 織田信長・池田恒興・河尻秀隆・佐々成政・金森長近・梶川高秀・梶川一秀・木下藤吉郎・菅笠(すげがさ)を被った男

   


 中嶋砦がある中州は織田兵で占められていた。織田方は3100。砦内に入れなかった織田兵が中州の地べたに座り込んでいる。桶狭間丘陵から流れて来た流木をせしめた織田兵は流木を腰掛け代わりに使っている。此度の今川方との戦の最前線ながら、未だ今川兵の姿はなく、比較的に織田兵も落ち着いた様子を見せていた。これ程の兵が中嶋砦に集まったのは久方振りで、梶川高秀・梶川一秀兄弟は感慨深く見守っていた。

「壮観ですな」

「ああ・・・」

 梶川兄弟が仕えている水野家ですらこれだけの兵はいない。

「しかし、今川家は・・・」

「うむ、この数倍とか」

 此度の戦の今川家の動員兵力は19000。二人にしてみても途方もない数だ。今川家とて、駿河(するが)国・遠江(とおとうみ)国・三河国を扼していなければこれだけの動員は出来ず、恐らく今川家も19000もの兵を集めたのは初めてであろう。小荷駄隊や工兵隊の人員も入れれば、軽く20000を超える。

「勝てるのか?」

 梶川高秀が織田家の家臣に聞こえぬようぼそりと呟く。

「兄者(梶川高秀)・・・今川方は既に大高(おおだか)城に5000程を分派している。19000が一気にこの砦に攻めて来る訳ではなかろう」

「じゃが、大高(おおだか)城周辺の砦は全て今川方に落とされた。手越川(てごしがわ)沿いに正面からの攻撃であれば狭隘(きょうあい)な土地に拠って防ぐ事も出来ようが、大高(おおだか)城方面からも派兵されては此方(こちら)も兵を分断さねばなるまい」

「鳴海城の動向も気になりますな。城に籠る岡部元信に同じ峰にある善照寺砦を押さえられれば我らは袋の鼠になる」

 鳴海城の今川方は500。打って出て来る事はないだろうが、善照寺砦に籠られれば、織田方は退路を断たれる事になる。

「其処は善照寺砦の佐久間信盛・佐久間信辰兄弟に期待するしかあるまい」

 別家の兄弟が別の砦を守っている事に梶川高秀は運命を感じた。

 東の方向が騒がしくなる。梶川高秀・梶川一秀兄弟は織田信長の来着により織田家の重臣達に居所を譲り、砦の正門近くに屯していた。東を見遣れば織田家の旗指物(はたさしもの)を付けた武者が砦に向かって駆けて来る。すわ、斥候(せっこう)かと砦外の兵が騒ぎ立てる。その武者は減速する事なく兵達の間を抜け、中嶋砦の門前に辿り着く。下半身は泥に塗れ、手越川(てごしがわ)の河原沿いを走って来た事が容易に想像出来た。

「誰か?」

 梶川一秀が誰何(すいか)する。

沓掛城(くつかけじょう)を見張っていた斥候(せっこう)にござります」

 武者が平伏する。もう何度か会っている斥候(せっこう)であった。

「うむ、着いて参れ」

 梶川高秀・梶川一秀兄弟は斥候(せっこう)を引き連れ、信長のいる居所へ向かう。

「(織田)信長様!沓掛城(くつかけじょう)からの斥候(せっこう)が参りましてございます」

「うむ」

 織田信長は待望の報せだったらしく、反応も早かった。

「申せ」

「はっ・・・今川義元本陣、沓掛城(くつかけじょう)から出立しました」

 中嶋砦に飛び込んできた斥候(せっこう)の報告により、遂に今川義元が沓掛城(くつかけじょう)から動いたとの吉報が舞い込む。織田信長の居所に居た家臣がどよめく。

「方角は?」

 織田信長は問い質す。

沓掛城(くつかけじょう)から南・・・桶狭間道を目指している様子」

「間違いないか?」

 織田信長が繰り返し問い質す。

「はっ!既に今川方の先遣隊(中嶋砦攻撃隊)が桶狭間道に入りました。今川義元の本陣も追随する隊形を取っております」

「・・・ふむ」

 斥候(せっこう)の答えに織田信長は口をへの字にした。

(足らぬ)

 彼の求める答えに100%納得出来る情報ではないからだ。

沓掛城(くつかけじょう)から続く街道は桶狭間道だけでなく、大高(おおだか)道にも続いておる。[今川]義元本陣がこのまま南進し、大高(おおだか)道に迂回する可能性も否定出来ぬ。そうなれば、儂の目論見は更に崩れる)

 今川義元の本隊が桶狭間道を通らず大高(おおだか)道に迂回すれば、信長本隊が今川義元の本陣に肉薄する可能性は殆どなくなる。それは織田信長の敗北を意味していた。

 だが、桶狭間道に中嶋砦攻撃隊が入った事により、織田方の放った斥候(せっこう)が戻って来る回数が激減し、織田信長の機嫌は更に悪化する事になる。

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