1560年 6月12日 10:00 尾張国/桶狭間口
1560年 6月12日 10:00 尾張国/桶狭間口
今川方 今川本隊
義元本陣 2000人 総大将・今川義元/軍師・庵原之政/先陣長・葛山氏元/次陣長・関口氏広/後陣長・岡部正綱/右陣長・三浦義就/左陣長・朝比奈元長
前備え 1000人 主将・松井宗信/副将・蒲原氏徳/先鋒隊長・安倍元真/次鋒隊長・福島助昌/後方隊長・一宮元実
中備え 1000人 主将・由比正信/副将・荻清誉/先鋒隊長・勝間田政行/次鋒隊長・佐竹高貞/後方隊長・沢田忠頼
後備え 1000人 主将・富士信忠/副将・興津清房/先鋒隊長・井上継隆/次鋒隊長・大村家重/後方隊長・飯尾乗連
中嶋砦攻撃隊
前備え 2500人 主将・松平政忠/副将・菅沼定村/先鋒隊長・戸田重貞/次鋒隊長・奥平 貞能/三隊長・牧野貞成/後方隊長・粟生永信
中備え 3000人 主将・井伊直盛/副将・久野元宗/先鋒隊長・天野景貫/次鋒隊長・堀越氏延/三隊長・小笠原氏清/後方隊長・天方通興
客将 北条氏繁 1000人/武田信玄・山本勘助 100人
前方を見て歩いていた山本勘助の隻眼が俄かに細くなり、眉間に皺が寄り、険しい表情になる。遂に乗っていた輿を止めるよう合図した。
「御館様(武田信玄)」
山本勘助の声に、傍らの信玄が乗っていた馬を止める。
「如何した?(山本)勘助」
「これより先は死地です」
武田信玄は前方に目を凝らす。前日の宿泊地であった沓掛城を出た時は、右手に丘陵を見ながら平地が続いていた。隊列が右に曲がり、進路の両側に丘陵が見え始めた矢先だった。進路である東海道は狭隘な丘陵の間に続いているのが見えた。
「彼の地は何と申す?」
武田信玄が相手を見ず問い質した。
「最も狭隘な地を田楽狭間。この地一帯は桶狭間と呼ばれております」
武田家の忍びを統率する出浦盛清がすかさず答えた。此度の出征に武田信玄は「三ツ者」と呼ばれる武田家の忍びを引き連れていた。
「此度は今川義元公の陣に帯同するだけ。戦はせぬ」
同行したがる武田家の名立たる武将どもを宥めすかしてまで、武田信玄は三ツ者の中でも精鋭数十人を兵の中に忍び込ませていた。
武田信玄は再度前方を見遣る
(桶、狭間か・・・不吉な)
桶と聞いて武田信玄は棺桶を連想していた。当時は人の埋葬は土葬であり、棺桶が使われていた。
「如何する?」
武田信玄は山本勘助に問うた。
「1時間・・・せめて30分、この場に居られれば」
勘助は杖代わりの刀で輿の床を何度かコツコツと叩いた。
今川義元も輿に乗っていた。やや下がり気味の右側を並走するようにしていたもう一つの輿が見えない事に気づき、
「はて、(武田)信玄公は?」
と近侍に尋ねる。
尋ねられた近侍は慌てたように陣を離れる。
今川義元の陣から若武者の一人が軍列を離れ、辺りを窺う。輿を見つけ、不用心にも武田軍に近づいて来る。
「御館様(武田信玄)・・・今川本陣から離れた武者の一人が近づいております」
「むっ!」
武田信玄の膝下に雑兵姿の忍びが控えていた。緊急の際は、棟梁である出浦盛清を通さず直接武田信玄に話し掛ける事が許されていた。
「御館様(武田信玄)?」
出浦盛清が動き掛けた。
「待て!」
武田信玄が目線で制した。輿を目印にして、一人の若武者が武田信玄の近くに跪いた。
「御屋形(今川義元)様より遣わされされました者で御座います。武田軍の足が止まったと御屋形(今川義元)様がご心配の様子。何かご出立され申したか?」
武田信玄の頭が高速回転を始める。
「(今川)義元公の心を煩わして申し訳ない。実は、うちの軍師・・・山本勘助が足を患っており、揺れる輿は嫌じゃと駄々を捏ねましてな」
武田信玄は山本勘助を見る。
(ワ、ワシ?)
いきなり指名された山本勘助がきょとんとした顔で自分を指差す。
(合わせろと申すに)
武田信玄の眉間に皺が寄った。山本勘助はすかさず主君の意を汲む。
「(今川)義元公にはご迷惑を掛け申す。何せ歳が歳故、長く輿に揺られていると足の古傷が痛みましての。半刻もあれば追いつくとお伝え願いたい」
山本勘助が左足を擦る。
傍らの武田信玄も若武者に申し訳なさそうに頭を下げる。
問い質した若武者は主従の猿芝居を間に受けて、恐縮の体をなす。
「いやいや、分かり申した。その旨、しかと御屋形(今川義元)様にお伝え申す」
「良しなに」
武田信玄は頭を下げる。
若武者はバツが悪そうにその場を転がる様にして去って行く。
「・・・ふっ、青いな」
「誠に」
主従は悪い笑みを浮かべた。
「して、何時まで?」
武田信玄は表情を改めて山本勘助を見る。
「・・・・・(今川)義元公が敗走するまで」
暫し考えた後、山本勘助はそう答えた。
「随分と(織田)信長を買っておるな、(山本)勘助」
武田信玄は皮肉な顔をした。
「・・・・・駿河勢が三河・遠州勢と離れております」
「昨夜の軍議通りではないか。三河の小童(松平元康)と遠州の小僧(朝比奈泰朝)が大高城、松平政忠・井伊直盛が鳴海城の手当と決まっていた」
「それによって、(今川)義元公の駿河勢が丸裸になっております。幾ら軍議通りとしても、危うい」
「・・・・・」
「更に」
山本勘助は目の前の桶狭間道を杖で指し示す。
「この狭隘地にある桶狭間道を今は整然と進軍しておりますが、もし敗走してきたら・・・」
「(織田)信長の策と?」
「判りませぬ。偶然やも知れませぬ。したが、(織田)信長の絵図面通りだとしたら・・・」
「(今川)義元公、危ういか?」
武田信玄は唸った。
「一番恐ろしいのは敗走兵に行く手を遮られる事」
武田信玄は再び唸った。
「従ってこの場であれば、異変があっても沓掛城に戻る事も、大高道を西に逃げる事も出来ます」
山本勘助は輿を降ろすよう指示する。武田信玄も馬を降りる。二人に床几が用意される。
「織田勢は2、3000と聞く。駿河勢だけでも5000は下るまい。更に大高城を囲む砦は既に落ちた。鳴海城を囲む砦にも松平政忠・井伊直盛の手勢が備えてある。数は5500と聞く。そして織田の砦に囲まれているとは言え、鳴海城には(今川)義元公の信頼篤い岡部元信が在番しておる」
本陣である駿河勢5000、その前備えとして松平政忠の手勢2500、井伊直盛の中備え3000、その他鳴海城・大高城の城兵等・・・。兵力に勝る今川軍が適切に兵を配置している。
(穴はないように見える。もしあるとすれば・・・)
「・・・奇襲か?」
武田信玄は呟く。それに呼応するように勘助は桶狭間周辺の絵図面を頭に浮かべる。
「それは難しいでしょう」
「鳴海城の砦からは桶狭間道から枝分かれした鎌倉往還が近くを通っておる」
「御館様(武田信玄)・・・鎌倉往還から桶狭間周辺に抜ける道は獣道。うまく通り抜けられたとしても、(今川)義元公の駿河勢には追い付けないでしょう。それに(今川)義元公も忍びや斥候を放っております。織田本隊の動向は把握しておられるはず」
山本勘助は理論整然と説明する。武田信玄はニヤリと笑う。
「それでは織田軍に勝ち目はないではないか」
「・・・・・普通はそうでしょうな」
山本勘助は少し熟考してから話す。
「普通・・・ではないのか?」
武田信玄は訝しむ。その傍らで山本勘助が足を擦る。
「古傷が騒ぐのです」
「何と申した?」
「足の古傷が騒ぐのです」
「むっ!」
武田信玄はさっきの意趣返しかと気色ばんだ。
「他意はござりませぬ。ただ、足の古傷が痛む時、必ず天候が急変するのです。それによって何が変わるのか、ワシにも判りませぬ」
山本勘助は暗い目を空に向ける。武田信玄も空を見る。雲のない快晴であった。雲一つない・・・
(・・・・・)
武田信玄は何を信じていいのか判らなくなっていた。
暫くして近侍が戻って来る。
「どうであった?」
今川義元が問い掛ける。
「はっ。(武田)信玄公によれば、軍師殿が足に患いがあり、止む無く進軍を停止したとの事」
今川義元の脳裏に軍師殿-山本勘助の姿が蘇る。
(惜しい事をした)
実は山本勘助は今川家に仕官を希望したが、山本勘助の異形を嫌い認めなかった。失意のうちに甲斐の国に下った山本勘助は、武田信玄にその才を認められ、今では武田信玄の懐刀として名を馳せていた。そんな経緯もあり、今川義元は山本勘助に引け目を感じていたのだ。
「仕方あるまい」
今川義元は呟いた。そもそも武田信玄の随行は武田側のゴリ押しでねじ込まれた仕儀であり、数も百しかおらず、戦力として期待していなかった。




