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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 2.桶狭間
37/84

1560年 6月12日  9:45 尾張国/沓掛城/正門前

  1560年 6月12日  9:45 尾張国/沓掛城(くつかけじょう)/正門前

   今川方 今川本隊

        義元本陣 2000人 総大将・今川義元/軍師・庵原之政(あんばらゆきまさ)/先陣長・葛山氏元(かつらやまうじもと)/次陣長・関口氏広/後陣長・岡部正綱/右陣長・三浦義就(よしなり)/左陣長・朝比奈元長

        前備え 1000人 主将・松井宗信/副将・蒲原氏徳(かんばらうじのり)/先鋒隊長・安倍元真/次鋒隊長・福島(くしま)助昌/後方隊長・一宮元実

        中備え 1000人 主将・由比(ゆい)正信/副将・荻清誉(おぎきよたか)/先鋒隊長・勝間田政行/次鋒隊長・佐竹高貞/後方隊長・沢田忠頼

        後備え 1000人 主将・富士信忠/副将・興津(おきつ)清房/先鋒隊長・井上継隆/次鋒隊長・大村家重(いえしげ)/後方隊長・飯尾乗連(いのお のりつら)

       中嶋砦攻撃隊

        前備え 2500人 主将・松平政忠/副将・菅沼定村/先鋒隊長・戸田重貞/次鋒隊長・奥平 貞能(さだよし)/三隊長・牧野貞成/後方隊長・粟生(あわお)永信

        中備え 3000人 主将・井伊直盛/副将・久野(くのう)元宗/先鋒隊長・天野景貫(かげつら)/次鋒隊長・堀越氏延(うじのぶ)/三隊長・小笠原氏清/後方隊長・天方(あまがた)通興

       沓掛城(くつかけじょう) 500人 近藤景春 

       鎌倉往還備え 1500人 浅井(あざい)政敏

       客将 北条氏繁(うじしげ) 1000人/武田信玄・山本勘助 100人



 沓掛城(くつかけじょう)から煌びやかな出で立ちの武将が次々と現る。その度、城に続く沿道の農民や見物人たちが囃し立てる。

 今川方の陣立ては次の通りなる。

  

  今川本隊

   義元本陣 2000人 総大将・今川義元/軍師・庵原之政(あんばらゆきまさ)/先陣長・葛山氏元(かつらやまうじもと)/次陣長・関口氏広/後陣長・岡部正綱/右陣長・三浦義就(よしなり)/左陣長・朝比奈元長

   前備え 1000人 主将・松井宗信/副将・蒲原氏徳(かんばらうじのり)/先鋒隊長・安倍元真/次鋒隊長・福島(くしま)助昌/後方隊長・一宮元実

   中備え 1000人 主将・由比(ゆい)正信/副将・荻清誉(おぎきよたか)/先鋒隊長・勝間田政行/次鋒隊長・佐竹高貞/後方隊長・沢田忠頼

   後備え 1000人 主将・富士信忠/副将・興津(おきつ)清房/先鋒隊長・井上継隆/次鋒隊長・大村家重(いえしげ)/後方隊長・飯尾乗連(いのお のりつら)

  中嶋砦攻撃隊

   前備え 2500人 主将・松平政忠/副将・菅沼定村/先鋒隊長・戸田重貞/次鋒隊長・奥平 貞能(さだよし)/三隊長・牧野貞成/後方隊長・粟生(あわお)永信

   中備え 3000人 主将・井伊直盛/副将・久野(くのう)元宗/先鋒隊長・天野景貫(かげつら)/次鋒隊長・堀越氏延(うじのぶ)/三隊長・小笠原氏清/後方隊長・天方(あまがた)通興


  沓掛城(くつかけじょう)       500人 近藤景春

  鎌倉往還備え  1,500人 浅井(あざい)政敏


 総勢12500人。戦を行う一方の隊にしては決して多くはないが、それでも勇壮である。

 既に出陣中、または、城詰めとして、

 

  鳴海城       500人 岡部元信

   工兵隊   (2500人)

   小荷駄隊 (11375人)

  義元本陣先発隊 1000人 瀬名氏俊

   工兵隊   (2000人)

   小荷駄隊  (1000人)

  大高(おおだか)城方面隊

   丸根砦攻撃隊 2000人 主将・松平元康・副将/・酒井忠次/軍師・石川家成

   鷲津砦攻撃隊 3000人 主将・朝比奈泰朝/副将・匂坂(さぎさか)長能/先鋒隊長・久貝(くがい)正勝/次鋒隊長・新野親矩(にいのちかのり)/三隊長・本多忠真/後方隊長・大原資良(すけよし)/本多忠勝

  大高(おおだか)城       500人 鵜殿長照

   小荷駄隊  (5500人)

 

 小荷駄隊・工兵隊を含め、29375人、純粋な兵力だけでも7000人。

 総勢 41875人(兵力 19500人)、近年尾張国に動員された一方の兵力としては最大と言っても過言ではない。


 最後に塗輿(ぬりごし)が姿を見せるとボルテージは最高潮に達した。

「御屋形様あっ!」

 誰も彼もがその名を口にし、御簾を開いた今川義元の姿を一目見ようと塗輿(ぬりごし)に人が殺到する。馬廻(うままわり)が円陣を組み、見物人を阻んでいた。

 群がる領民を微笑ましく思いながら、今川義元は囁く。

「近藤景春殿。くれぐれも沓掛城(くつかけじょう)、お頼み申しますぞ」

 念を押すように平伏する近藤景春を見る。

「無論、この身に代えても死守する所存」

 どうして自分の城についてとやかく言われなければいけないのかと内心毒づいていた。しかし、決して外には出さぬ。山口親子の二の舞い(織田方への寝返りの疑いを掛けられ、親子共々義元に成敗)だけは御免だと。

 そんな近藤景春の心中など知らぬ今川義元は、浅井(あざい)政敏に声を掛ける。

浅井(あざい)(政敏)殿、鎌倉往還をお頼み申す」

「はっ!御屋形(今川義元)様、お任せあれ」

 頼もしい言葉を帰す。浅井(あざい)政敏は北近江の浅井(あざい)家の縁戚である。いずれ近江に出兵になった暁には、北近江の浅井(あざい)家との交渉役としても今川義元は期待していた。

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