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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 1.決戦前夜
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1560年 6月12日  9:45 尾張国/大高城/城門前

  1560年 6月12日  9:45 尾張国/大高(おおだか)城/城門前

   今川方 5000人 松平元康・朝比奈泰朝・鵜殿長成・鵜殿長照



 大高(おおだか)城の城門前は人が溢れていた。しかし活気はなく、何処か異様な雰囲気を醸し出していた。その殆どは鵜殿長照隊の兵卒であり、大高(おおだか)城砦群包囲網の織田方の連日に亘る威圧により変調を来してしまった。焦点が合わぬ虚ろな目で地面を見ている者が殆どであった。如何に織田方の示威が苛烈であったか想像出来た。城門前に集まっている鵜殿長照隊と城の中で見守る朝比奈泰朝・松平元康隊の兵卒の違いが更に強烈な違和感を発していた。守将であった鵜殿長照も例外でなく、今は弟である鵜殿長成に支えながら何とか馬に跨っている有り様だった。

「やはり兵を割いた方がよかろうか」

 鵜殿長照隊の惨状を目の当たりにし、朝比奈泰朝も気の毒に思ったらしい。鵜殿長成だけでこの隊を御せればいいが、万が一迷い兵でも出ては、今川義元の構想に支障を来すのではないかと心配になった。

(これでは最早戦力にはなるまい。沓掛城(くつかけじょう)に戻したとて、早々に本国[駿河(するが)国]に送り返す事になろう)

 彼の隣りで甲冑の音がする。

「いや、此処(ここ)は情に流されてはなりませぬ」

 松平元康が決然と言う。朝比奈泰朝は先を促すように松平元康を見る。

此方(こちら)は最初の戦略通り、中嶋砦に進出しなければなりませぬ。しかし、大高(おおだか)城にも守備を割かなければいけない。それに兵糧入れに続く、砦攻めで兵は(ことごと)く疲弊しております」

 松平元康は背後を見る。今も所構わず地べたに横たわり疲労困憊の体で眠る松平や朝比奈の兵が居た。考えてみれば、今は気張っているので余り感じないが、身体にかなりの負担を強いているのを朝比奈泰朝も実感していた。

「冷たい言い方かも知れませんが、鵜殿長照隊よそを構っている場合ではないかと」

「・・・・・」

 朝比奈泰朝も松平元康の言う事が理に適っているため、それ以上言葉を継ぐ事はなかった。


大高(おおだか)城の事、くれぐれもよろしくお願い申す」

 鵜殿長成が朝比奈泰朝と松平元康に深々と頭を下げる。決して良い思い出ばかりではなかったであろう。兄・鵜殿長照は心を病み、従う兵卒の殆ども使い物にならなくなっている。それでも1年余も籠った大高(おおだか)城には、鵜殿長成は格別の思いがある様で、何度も大高(おおだか)城を見遣っていた。

「無論の事」

 朝比奈泰朝が返す。彼も鵜殿長成の気持ちを汲んでいる様であった。

「必ず大高(おおだか)城は守りみせてくれましょう。鵜殿長成も息災に。兄上(鵜殿長照)の養生をゆるりとされよ」

 鵜殿長成が必ずや鵜殿長照隊を沓掛城(くつかけじょう)に送ると言い、城を後にする。

 鵜殿長成はそれでも未練があるのか、何度も大高(おおだか)城に振り返り、後ろ髪を引かれるの様だった。鵜殿長照隊の隊列が少しずつ城を離れて行く。その歩みは遅く、とても今川方の兵卒の姿とは思えなかった。鵜殿長成やその近臣を除く殆どの兵卒は項垂れ、下を向いてよろよろと歩いている。何人かが隊列を外れかけ、その度鵜殿長成の近臣が叱咤する。だがその顔には表情がなく、意思というものを持ち合わせていないかのように胡乱気であった。

(幽鬼の行進)

 松平元康は思わず心の中でそう読んでいた。亡霊の百鬼夜行の行進が目の前で繰り広げられているかの錯覚に囚われた。

(嫌な想像だ)

 松平元康は見てはいけないものを見た気分になり、忌んだ。朝比奈泰朝の視線からも同じ思いを寄せているだったようだ。

「中に入りましょう」

 松平元康は朝比奈泰朝の言葉を待たず、城内に入る。最後まで見ていられなかったのだろう。朝比奈泰朝はそんな松平元康を一瞥した。だが、彼は鵜殿長照隊が視界から消えてしまうまで見守っていた。

(若いな、これ位の事で・・・)

 別に朝比奈泰朝は松平元康を見下していない。寧ろ将来性を期待していた。だが、若さと言うものは時に理性よりも感情を優先してしまうものだ。松平元康に足りないのは経験だと彼は知っていた。

(祟ってくれるなよ)

 朝比奈泰朝は去り際に思った。別に、他の今川方に祟るのなら構わんだろうと。だが、御屋形(今川義元)様や自分・同行する松平元康に祟るのは勘弁願いたいと・・・

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