1560年 6月12日 9:30 尾張国/大高城/主郭の間
1560年 6月12日 9:30 尾張国/大高城/主郭の間
今川方 5000人 松平元康・朝比奈泰朝・鵜殿長成・鵜殿長照
鷲津砦攻撃隊・丸根砦攻撃隊が大高状の門を潜ると、待ちかねていたように城代・鵜殿長成が待ちかねていたように朝比奈泰朝・松平元康に駆け寄って来る。
「ご両名、ご苦労でありました。首尾も上々で」
恐らく、丸根砦から送った使い番の報告を受けていたのであろう。表情には砦攻めに参加出来なかった悔しさが滲んでいた。
「わざわざのお出迎えご苦労に存じる」
朝比奈泰朝が御座なりな挨拶を返す。松平元康は朝比奈泰朝の態度に、どこか酷薄な空気を感じていた。
(期待していた大高城の城兵が使えず、失望しているのであろうが・・・もう少し鵜殿[長成]殿を労わってもよいのに)
我を失ってしまった兄・鵜殿長照に成り代わり、鵜殿長成はよくやっていると松平元康は評していた。一方で朝比奈泰朝と同じ思いを持つ松平元康の心中は複雑だった。
「帰城早々で申し訳ないが、軍議を開きたいと思う」
朝比奈泰朝が切り出す。
「左様か」
鵜殿長成の顔に喜色が浮かぶ。軍議と言えば、今後の戦の趨勢を諮る事だ。鵜殿長成は大高城の事もあり、手柄を求めている。
「されば此処では何ですので、大高城の主郭の間に移りましょう」
鵜殿長成が切り出す。朝比奈泰朝・松平元康に異存はなかった。
本来であれば、大高城の守将・鵜殿長照を上座にして今後の方針を決めるのであろうが、肝心の鵜殿長照は臥しており、下座に鵜殿長成者と松平元康殿、鵜殿長成殿が相対していた。
鵜殿長成は兄・鵜殿長照を沓掛城に返し、織田方との継戦を望んでいた。しかし、鵜殿長照隊は織田方の策略によりその殆どが兵として使いものにならなくなっていた。鵜殿長成の熱弁を聞き、松平元康も渋い顔をしている。しかし、今川方には時間がない。松平元康が身を乗り出す。
「(鵜殿)長成殿」
静かに語り掛ける。
「その忠義、御屋形(今川義元)様も喜ばれましょう」
その言葉に鵜殿長成殿の顔に喜悦が灯る。
「されば・・・」
松平元康殿が手を上げ鵜殿長成の言葉を遮る。
「して、(鵜殿)長成殿はこれからの戦、どのように戦われる?」
鵜殿長成は松平元康の言葉を理解しかねるように訝しがる。
「大高城の鵜殿(長照)隊の殆どは役に立ちませぬ。無論、織田の卑劣な策略によるものですが、その様な状態でどう戦われる?いや、鵜殿(長照)隊なしでどう戦われるのかお聞きしたい」
松平元康の問いに鵜殿長成は一瞬言葉に詰まる。
「せめて陣借りを・・・」
鵜殿長成の願いを松平元康は首を横に振って拒絶する。
「我が松平元康隊・朝比奈泰隊ともに早朝の砦攻めで疲弊し、負傷者も続出しております。申し訳ない事であるが、他に兵を分け与えるゆとりなどござらぬ」
「されど・・・」
「(鵜殿)長成殿。本来であれば大高城の守備は松平(元康)隊・朝比奈(泰朝)隊が引き継ぎ、鵜殿(長照)隊が中嶋砦に向かわねばならぬはずであった」
朝比奈泰朝が松平元康の言葉を補足するように、敢えて鵜殿長成の言葉を断ち切って、これからの事を鵜殿長成に話す。
「朝比奈(泰朝)の申す通り、我々朝比奈泰隊・松平元康隊は鵜殿(長照)隊に代役として、これから中島砦に向かわなければならなくなる」
うまく松平元康が言葉を引き継ぐ。
「それでも(鵜殿)長成殿は中島砦に向かわれると申すか?」
「・・・・・」
鵜殿長成殿は反論の言葉を探すように俯く。
松平元康が朝比奈泰朝を見る。目線でどうされるかと問い掛けているようだ。
「鵜殿長照殿を沓掛城に返されるのは賛成でござる。ここにいても、正気に戻るとは思えぬ故」
「でしたら・・・」
「続きがござる。今、正気を失っておるのは(鵜殿)長照殿一人だけではない。(鵜殿)長成殿は正気を失っている鵜殿(長照)隊の兵をどうなされるおつもりか?」
「それは・・・」
「某は、鵜殿(長照)殿も鵜殿長照隊と共に沓掛氏城に返すべきと考える」
松平元康を見ると同意するように頷く。
「じゃが、それだけの人数を先導なしに返すのは危険と存ずる。なれば、その先導役、(鵜殿)長成殿にして頂けないだろうか?」
「身どもがか?」
鵜殿長成は戸惑った顔をする。
「兄上の(鵜殿)長照殿も弟であらせられる(鵜殿)長成殿が先導とあらば安心するであろう」
松平元康がここぞとばかりに畳み掛けるように言の葉を穂を継いだ。
「むむむ」
それでも鵜殿長成は迷いを断ち切れぬようだ。
鵜殿長成は殊の外御屋形(今川義元)様への忠誠心が強い。そこを突くかと朝比奈泰朝は咄嗟に考えた。
「万が一・・・先導役のない鵜殿(長照)隊が桶狭間に迷い込みでもしたら、御屋形(今川義元)様はどう思われるであろうかな」
「!」
「不測の事態とは言え、最初の命に従わず、剰え御屋形(今川義元)様のご出陣する今川方の隊を乱したとあっては軽いお咎めでは済むまい」
「それとな、もっと現実的な問題に直面しておる」
松平元康がボソッと漏らす。
「現実的な問題?」
鵜殿長成が首を傾げる。
「誠に言い辛い事ではあるが・・・我々朝比奈(泰朝)・松平(元康)隊は夜間を強行しての兵糧入れであった。不測の事態があったとは言え、大高城に守備兵を割き、殆ど休む間もなく次の大高城を囲む砦攻めを行い、兵は疲弊の極みに達しております。その兵は鵜殿長成殿、鵜殿長照隊が城内に駐屯しているため、野営を行っております。城内と野営ではどれだけの違いがあるか、鵜殿長成殿も知っておりましょう」
「む、無論・・・」
鵜殿長成殿は後ろめたいように言葉を濁した。
「そこでお願いじゃ。どうか疲弊した兵のために、城内を譲って頂けまいか?どうかこの松平元康に免じて」
松平元康が頭を下げる。ここは合わせねばなるまいと、朝比奈泰朝も間髪入れずに合わせて頭を下げた。
「わ、判り申した。大高城の守備をお任せ申そう。ただ後日、御屋形(今川義元)様への申し開きの場があった場合、口添えを願いたい」
「無論でござる」
松平元康はしっかと頷いた。




