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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 1.決戦前夜
33/84

1560年 6月12日  8:00 尾張国/大高城周辺

  1560年 6月12日  8:00 尾張国/大高(おおだか)城周辺

   今川方 大高(おおだか)城 鵜殿長成・鵜殿長照   

       大高(おおだか)城方面隊

        丸根砦攻撃隊 2000人 主将・松平元康・副将/・酒井忠次/軍師・石川家成

        鷲津砦攻撃隊 3000人 主将・朝比奈泰朝/副将・匂坂(さぎさか)長能/先鋒隊長・久貝(くがい)正勝/次鋒隊長・新野親矩(にいのちかのり)/三隊長・本多忠真/後方隊長・大原資良(すけよし)/本多忠勝



   鷲津砦


 朝比奈泰朝・松平元康隊の兵には目には焦燥が濃かった。鷲津砦・丸根砦を完全に制圧したのは、午前8時過ぎだった。既に夜は明け、午前4時からの死闘は終わった。深夜の兵糧入れ、その後の砦攻めで、朝比奈泰朝・松平元康隊の兵卒の疲れはピークに達していた。兵の中には丸根砦を攻略後に思わずその場に倒れ込んでしまう者が続出した。本来であれば首実検も一箇所で集まるのが定例であるが、兵の疲労も考慮し、それぞれの砦で執り行う事とした。

 朝比奈泰朝は鷲津砦の主郭に居た。此方(こちら)は火矢の攻撃をしなかったせいで、主な施設は焼失を免れていた。

 正門や北西の海岸線には哨戒の兵が置かれ、織田方の来襲に備えていた。今は満潮のため、伊勢湾の海岸線側から鳴海城への通行は不可になっている。これから伊勢湾は干潮に入り、大高(おおだか)城から鳴海城への通行が可能になる。そうなれば、中嶋砦や善照寺砦とも通行が可能になり、織田方の後詰が遅ればせながら来襲する恐れがあるのだ。

 首実検に出された主な将は織田秀敏・飯尾定宗の両名しかおらず、直ぐ終わった。

 その間、朝比奈泰朝にしても珍しく仏頂面であった。

「朝比奈(泰朝)殿、どうなされた?」

 心配した副将・匂坂(さぎさか)長能が声を掛ける。

「いや・・・織田方の両名(織田秀敏・飯尾定宗)の顔が随分と晴れやかに見えてな」

 まるで事成就せりと得心いった評定(ひょうじょう)に見えた。

「そう言えば、飯尾定宗の子息の首は?」

 朝比奈泰朝が気づいたように尋ねる。

「恐らくは・・・落ち延びたのでしょう」

 匂坂(さぎさか)長能が淡々と言う。

(中嶋砦か善照寺砦か。風前の灯火か)

 この時点で朝比奈泰朝はお味方の勝利間違いなしと信じていた。鷲津砦の副郭で勝ち鬨が上がっている。恐らくはどこぞの隊の隊長が兵に求めたのであろう。それに呼応するように別の隊でも勝ち鬨が上がる。

(兵は疲れておるであろうに。無理強いをする)

 朝比奈泰朝はあちこちに転がっている味方の兵を思い遣りながら苦言を呈したい気持ちだった。だが、これからも戦は続く。士気を下げるような行いは慎むべきだと言う思いが何とか思い止まらせたのだ。

「首実験の後、押えの兵を残し、全軍を大高(おおだか)城へ撤退させる。鷲津砦の押えの兵は大将隊より選抜せよ」

「中嶋砦に向かわなくて宜しいので」

 沓掛城(くつかけじょう)の戦評定(ひょうじょう)では、大高(おおだか)城の後詰後は中嶋砦の押えとして出陣が決まっていた。匂坂(さぎさか)長能はそれを指摘したのだ。

「それについては、まずは松平(元康)殿と相談せねばなるまい。それに見よ。我が隊(鷲津砦攻撃隊)の現状を」

 匂坂(さぎさか)長能は周りを見渡す。深夜の大高(おおだか)城への兵糧入れ、早朝の鷲津砦の攻撃。鷲津砦だけでも約4時間の戦いを強いられたのだ。配下の兵卒が砦の地面に横になっていても、侍大将や組頭大将は誰一人として咎める者はいない。自分とて疲弊しているのだ。主将である朝比奈泰朝が黙認している以上、兵役を強制する者はいなかった。

「丸根砦攻撃隊とて、同様であろう」

 朝比奈泰朝は松平元康を慮る様に言葉を添えた。

「・・・判り申した」

 主将の断に、副将・匂坂(さぎさか)長能もそれ以上は言えなかった。

「これっ、(本多)忠勝!俺を差し置いて寝込むとはどういう了見じゃ!!」

 本多忠真が、戦終了と同時にその場に寝転び鼾を欠いて寝始めた子息の本多忠勝の脇腹を蹴る。

「煩いのう、親父(本多忠真)殿は。戦を終わっておろう」

 蹴られた箇所をぼりぼりと掻き、毛筋も感じていないかの様に泰然としている。

「父に恥を掻かせるでない」

 本多忠真が怒り心頭で地団駄を踏む。

(あそこに煩い者がおったな)

 親子漫才の如き本多父子をニヤニヤと朝比奈泰朝は見ていた。



   丸根砦


 辺りは煙で燻ぶっていた。あれ程火矢は使うなときつく厳命していたが、軍規違反する者は絶えない。味方の放った火矢が丸根砦の井楼櫓(せいろうやぐら)の一つを灰燼に帰した。火矢を放った兵卒はその場で斬られた。

 丸根砦の検分が終わり、占拠した丸根砦の主郭で首実検に移っていた。丸根砦攻撃隊はその間もその場に伏し、その様子を見守っている。

(疲れているであろうに、無理をする)

 三河勢の強靭さよりも忍耐強さに松平元康も憐憫を通り越して、呆れていた。

「(石川)家成」

 松平元康は小声で石川家成を呼びつける。

「内々に各隊長に申し伝えよ。兵を休ませよと」

「判り申した」

 石川家成は使い番を呼び、松平元康の命を伝え、各隊に送る。松平元康は石川家成と使い番の遣り取りを聞いていなかったが、上手くやってくれると思った。

(眠いな)

 松平元康は欠伸を噛み殺す。兵卒の手前、気持ちが弛緩した様を見せる訳にもいくまい。見れば、兵卒の何人かは欠伸をし、ウトウトとしている者も数多くいる。侍大将が睨みを利かせているので、オチオチ寝ている間もない様子だった。

(律儀すぎるのう)

 三河勢をそう評した。

「(松平)元康様、ご検分を」

 酒井忠次が首を差し出す。

「うむ」

 松平元康は顔を引き締め、儀式に臨む。首と言っても、主だった者は丸根砦で奮戦した佐久間盛重(もりしげ)の首一つであった。他にも用意されていたが、名前すら判らず、候補から外した。それ程、佐久間盛重(もりしげ)の活躍が際立っていたとも言える。

(良い顔じゃな)

 佐久間盛重(もりしげ)の顔には安堵が浮かんでいた。

(300の寡兵であれだけの奮戦をしたのだ。然もあろう)

 彼が今も生きていたら丸根砦は落ちなかったかも知れぬと思った。松平元康は床几から立ち上がる。

「首実検はもうよい。朝比奈(泰朝)殿を待たせる訳にもいかぬ。砦には300の兵を残す。後方隊から選抜せよ。見張り番以外には休みを取らせ。厳命ぞ」

 松平元康はそう言い捨てると歩き出す。

「(松平)元康様っ!」

 一人丸根砦の正門に向かって歩き出した松平元康を慌てて石川家成・酒井忠次が追う。

「中嶋砦への備えは宜しいので?」

「朝比奈(泰朝)殿と相談すればよい。それまでは見張り以外の兵卒は大高(おおだか)城に戻し休ませよ」

 追い縋る両名(石川家成・酒井忠次)に振り返らずに命ずる。


 ・・・結局、送った使い番が丸根砦での会見を望むという朝比奈泰朝の意向を受け、主郭の間の小屋に場を設ける。

 朝比奈泰朝はその後すぐ、僅かな共の者を連れ、丸根砦を訪れる。

「わざわざの来訪、痛み入ります」

 松平元康が頭を下げる。

「何の。気にされるな、松平(元康)殿」

 朝比奈泰朝は鷹揚に応じる。沓掛城(くつかけじょう)から同伴した両名の間には連帯感のようなものがあり、心の距離も近くなったとお互いに感じていたのだ。

「先に謝りたい仕儀が。我が隊(松平元康隊)、砦攻めの疲労甚だしく、誠に勝手ながら大半の兵を大高(おおだか)城に返しました」

 松平元康が済まなそうに朝比奈泰朝に叩頭する。

「そちもか。我が方(朝比奈泰朝隊)も損耗激しく、松平(元康)殿の裁可を得て、大高(おおだか)城へ兵を返そうとしていたところ」

 見解の一致を得て、二人は微笑み合う。

「鷲津砦も可成り縺れたようで?」

「うむ。鷲津砦の正門に取り付いたまではよかった。しかし、正門までの道は狭く、後続の兵を送るのに難儀した。その間に正門に取り付いた兵が一斉攻撃を受け、一時撤退を余儀なくされた。・・・伊勢湾に面した海岸線を渡った別動隊がいなければ、今もどうなっていた事か」

 朝比奈泰朝が溜め息混じりに言う。

此方(こちら)も守将である佐久間盛重(もりしげ)に手を焼きました。砦から打って出、味方が何度も押し返され申した。何とか誘き寄せ、佐久間盛重(もりしげ)を撃退しましたが・・・予想以上に手間取りました」

(松平[元康]殿を翻弄するとは・・・佐久間盛重(もりしげ)と言ったか。余程の手練れだったようだな)

 二人は取り留めのない話をしつつ、合同の首実検を行う。鷲津砦は織田英敏・飯尾定宗の首、丸根砦は佐久間盛重(もりしげ)の首一つであった。朝比奈泰朝は佐久間盛重(もりしげ)の首を確認しながら、剛の者だなと感じた。

兜首(かぶとくび)が3つとは寂しい限りであるが、沓掛城(くつかけじょう)に取り敢えず送るという事で?」

 松平元康が朝比奈泰朝に確認する。

「良しなに」

 了解したと言う様に頷く。3つの首は使い番に託され、沓掛城(くつかけじょう)に向かう。


 その後、二人は丸根砦の検分に入る。

井楼櫓(せいろうやぐら)の一つが焼けたか」

「面目ない。火矢を使うなと厳しく申し付けたのですが・・・下手人は斬首しました」

「厳しい処置じゃな。仕方あるまいが」

 朝比奈泰朝が呟く。

「鷲津砦の海岸線は大丈夫でしょうか?」

 松平元康が目敏く確認してくる。

「伊勢湾はこれから干潮になる。海岸線が広がり織田も後詰が出来るが、まず来まい」

「・・・でしょうな」

 織田方が本気で鷲津砦・丸根砦を救うのであれば、とっくの昔に後詰を出していたはすだ。しかし、両砦の北にある織田方の善照寺砦・中嶋砦からは遂に一兵たりとも駆け付けなかった。両砦が落ちてしまった以上、後詰の時機は完全に逸した。

「海岸線にはも見張りの兵を展開しておる。万一の時は報せが来よう」

 その言葉を聞き、松平元康は満足する。

「それに伊勢湾は服部友貞と申す海賊が制海権に握っている。そう易々と船は通すまい」

「御意」

 二人は主郭を後にする。

「さて」

 朝比奈泰朝が居住まいを正す。

「前後してしまったが、鷲津砦・丸根砦とも見張りの兵を残し大高(おおだか)城へ撤兵という事で宜しいかな」

「仰せのままに」

 大高(おおだか)城に駆け戻り直ぐにでも寝たいと言い掛け、松平元康は言葉を飲み込んだ。


 朝比奈泰朝・松平元康の両名は見張りの兵を残し、丸根砦に留まっていた残兵を率い、大高(おおだか)城に戻る事にした。お互いの顔を見、疲労感が漂っているのを感じて苦笑し合う。

「お互い、顔色が良くありませんな」

「全く。深夜の大高(おおだか)城への兵糧入れ、時間を置かずの砦攻め・・・御屋形(今川義元)様も人使いが荒い」

「試されているのでしょうか?」

 先輩格の朝比奈泰朝に松平元康は不安気に尋ねる。

「どうなのかな・・・だが、役目を果たし戦果を挙げた以上、御屋形(今川義元)様も我らを遇さなければならぬ。悪い話ではあるまい」

「・・はい」

 松平元康は今一つ現実感が伴っていないようだ。

(幾ら将来を嘱望されているとは言え、まだまだ17であるからな。不安は拭えぬのであろう)

 朝比奈泰朝も少し前までは最前線を任され、不安を感じていたのだ。松平元康の気持ちは痛い程判る。

「恐らく、大高(おおだか)城の鵜殿殿は駿河(するが)国に返されるだろう。また、鳴海城で武威を張る岡部(元信)殿もお役目御免となろう。そうなれば、城持ちでない松平(元康)殿が何れかの城を任される可能性が高い」

「まさか」

 松平元康は信じられないと言う様に首を振った。朝比奈泰朝はもう少し詳しく説明する。

大高(おおだか)城は鵜殿(長照)殿が入られる前、拙者の一族である朝比奈輝勝殿が籠っていた。よって、この戦が今川方の勝利となれば、拙者が城代に任命される可能性が高い」

「・・・・・」

「そうなれば、現時点で拙者と同じ程の勲功を挙げている其方(そなた)が鳴海城の城代に任命される公算は高いと思っておる」

「しかし、私は三河勢。朝比奈(泰朝)様は遠江(とおとうみ)勢。格が違いまする」

「御屋形(今川義元)様は、今後駿河(するが)勢に代わって遠江(とおとうみ)勢・三河勢を戦の中核にする事を構想されておられる様子。此度の戦でも最前線は遠江(とおとうみ)勢・三河勢が中心。織田家が弱体した後は、尾張勢も加え更に西に進む。拠点になる城には信の置ける者達を配置されるであろう」

 朝比奈泰朝の言に松平元康は暫し考えを巡らす。特に矛盾する点はない。合点が行く。

(もし、仮にそうなれば、益々朝比奈[泰朝]様との関係を深めねばならぬな)

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