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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 1.決戦前夜
28/84

1560年 6月12日  6:20 尾張国/善照寺砦/二ノ曲輪

  1560年 6月12日  6:20 尾張国/善照寺砦/二ノ曲輪(くるわ)  

   織田方 3600人 織田信長・池田恒興・河尻秀隆・佐々成政・金森長近・佐久間信盛・佐久間信辰・木下藤吉郎・菅笠(すげがさ)を被った男・千秋季忠(せんしゅうすえただ)・佐々政次



 斥候(せっこう)からの報告により、桶狭間山に入った今川方(瀬名氏俊)が陣地構築を始めた事が判り、善照寺砦では緊張が高まる。砦の奥で身体を休めていた近習たちも三々五々集まり始める。

 二ノ曲輪(くるわ)の出入口付近で、織田信長と使い番が遣り取りしているのが見えた。

「桶狭間山・・・か」

 織田信長は顎に手を当て、桶狭間地域でも丘陵に囲まれて一際高い山を思い浮かべた。桶狭間の地理は、鷹狩りを行った時に彼の頭に全て入っていた。

「・・・本陣か?」

「判りませぬ」

「判らぬと?」

 織田信長の気迫に押されながらも、使い番は言い切る。

「桶狭間山には足利二引両(ふたつひきりょう)も赤鳥紋もはためいておりませぬ」

「・・・であるか」

 織田信長は使い番を下がらせ、再び思考に没頭する。此処(ここ)(善照寺砦)に来てからは近習達がよく見る光景だった。織田信長が不意にくわっと目を開ける。

「鎌倉往還の動きは?」

「5時頃に浅井(あざい)正敏隊と思われる部隊の大物見以降は今川方に動きなし。沓掛峠の部隊も健在」

「ふむ」

 今川本隊が鎌倉往還を進むのであれば、先遣隊が多少の犠牲を払っても峠の織田方を排除するはず。それを行わなかったという事は今川本隊が鎌倉往還を通る可能性は極めて低くなったと織田信長は考える。

 桶狭間山は桶狭間地区の要衝である。やや後方に位置する嫌いはあるが、全軍の指揮を執るには格好の場だ。望むらくは生山(はえやま)・高根山・幕山辺りがベストであろうが、些か最前線に近すぎる。

 織田信長は迷う。ピースがどうしても足りない。それを補うには・・・

「(千秋)季忠、(佐々)政次を呼べ!」

 織田信長は近習に命ずる。命ぜられた近習は転がる様にその場を後にする。数分も経たぬうちに、千秋季忠(せんしゅうすえただ)・佐々政次両名が信長の前に伺候(しこう)する。二人は寝ぼけ眼だった。無理もあるまい。大高(おおだか)城の南の砦から大高(おおだか)城をすり抜け、丸根砦・鷲津砦では休みすら出来ず、この善照寺砦まで歩き詰めだったのだから。

「お呼びで」

 それでも二人の目は爛々と輝いていた。死地を求める目だ。

「命ずる」

 織田信長が言葉を発す。二人は静かに聞いている。

「敵は今川本隊」

 織田信長の言葉に二人は呆気に取られる。

「所在は?」

 千秋季忠(せんしゅうすえただ)が冷静に尋ねる。

「判らぬ」

「判らぬとは・・・」

 千秋季忠(せんしゅうすえただ)は織田信長の言葉を訝しむ。織田信長の脇に居た池田恒興が今川方が桶狭間山に陣を構築し始めた事を補足する。

「桶狭間山」

 千秋季忠(せんしゅうすえただ)は政次を見る。

「中入りでござるな」

 佐々政次は不敵な笑みを織田信長に見せる。

千秋季忠(せんしゅうすえただ)・佐々政次隊は鎌倉往還を通り、八つ松にて待機。その後は追って指示を待て」

 そう言うなり、織田信長は二人から視線を外す。河尻秀隆・佐々成政・金森長近・佐久間信盛・佐久間信辰・木下藤吉郎・菅笠(すげがさ)を被った男を含めた守兵はその横顔を見たが、感情を読み取る事は出来なかった。

「相分かり申した」

 佐々政次は信長に叩頭し、立ち上がる。一瞬、弟である佐々成政を見る。佐々成政は目に涙を溜めていた。今生の別れかも知れぬと。二人の様子に気づいた織田信長が佐々政次に深く頷く。佐々政次は安堵したように織田信長に再度叩頭し、その場を去る。千秋季忠(せんしゅうすえただ)も一度頭を下げ、佐々政次に続く。織田信長の頭の中では多くの情報が錯綜していた。

千秋季忠(せんしゅうすえただ)・佐々政次からの吉報を待つしかないが・・・間に合うか」

 織田信長はぼそりと呟いた。

 千秋季忠(せんしゅうすえただ)・佐々政次隊、約300名が善照寺砦を出撃したのはその直後だった。織田信長は隊が川向かいに見えなくなるまでずっと見送っていた。

 池田恒興が察したようにすすっと織田信長に近づく。

斥候(せっこう)を増やしますか?」

 池田恒興は桶狭間山の方角を見遣る。織田信長は小さく頷く。叩頭すると、池田恒興は小走りにその場を立ち去る。

 織田信長は一人その場に取り残された。

(・・・親父[織田信秀]、遂に今川との決戦が近づいたぞ)

 今は亡き父・織田信秀の名を織田信長は思い浮かべた。晩年のしょげた姿しか織田信長の心には残っていない。父・織田信秀の全盛時には、三河国まで出兵を行っていた。其処まで織田家は実力があった。だが、尾張国を統一していなかった織田信秀は、国内で度重なる叛乱に遭い、三河国や美濃国を切り取る事が出来なかった。そして相次ぐ敗戦に、半ば家臣から引退を迫られて家督を息子である織田信長に譲った経緯がある。織田信長も引退した父・織田信秀に対し、また、尾張国国主の座から父を引き摺り下ろした家臣達をよく思っていないのは、当然の事かも知れない。その感情が父に対する哀れみなのか、怒りなのか、同情なのか、織田信長自身にもよく判っていなかった。

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