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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 1.決戦前夜
24/84

1560年 6月12日  5:00 尾張国/沓掛城/大広間

  1560年 6月12日  5:00 尾張国/沓掛城(くつかけじょう)/大広間

   今川方 今川本隊

        義元本陣 2000人 総大将・今川義元/軍師・庵原之政(あんばらゆきまさ)/先陣長・葛山氏元(かつらやまうじもと)/次陣長・関口氏広/後陣長・岡部正綱/右陣長・三浦義就(よしなり)/左陣長・朝比奈元長

        前備え 1000人 主将・松井宗信/副将・蒲原氏徳(かんばらうじのり)/先鋒隊長・安倍元真/次鋒隊長・福島(くしま)助昌/後方隊長・一宮元実

        中備え 1000人 主将・由比(ゆい)正信/副将・荻清誉(おぎきよたか)/先鋒隊長・勝間田政行/次鋒隊長・佐竹高貞/後方隊長・沢田忠頼

        後備え 1000人 主将・富士信忠/副将・興津(おきつ)清房/先鋒隊長・井上継隆/次鋒隊長・大村家重(いえしげ)/後方隊長・飯尾乗連(いのお のりつら)

       中嶋砦攻撃隊

        前備え 2500人 主将・松平政忠/副将・菅沼定村/先鋒隊長・戸田重貞/次鋒隊長・奥平 貞能(さだよし)/三隊長・牧野貞成/後方隊長・粟生(あわお)永信

        中備え 3000人 主将・井伊直盛/副将・久野(くのう)元宗/先鋒隊長・天野景貫(かげつら)/次鋒隊長・堀越氏延(うじのぶ)/三隊長・小笠原氏清/後方隊長・天方(あまがた)通興

       鎌倉往還備え 1500人 浅井(あざい)政敏

       客将 北条氏繁(うじしげ) 1000人/武田信玄・山本勘助 100人



 沓掛城(くつかけじょう)は城内・城外を多くの武者が走り、活気に溢れていた。そんな中、大広間に一人の若武者が伺候(しこう)する。鎌倉往還に大物見に出ていた浅井(あざい)正敏だった。

「申し上げます。沓掛峠の大物見から戻りましてございます」

「ささっ、中に入られよ」

 由比(ゆい)正信が大広間に浅井(あざい)正敏を招き入れていた。

(随分と早いな)

 庵原之政(あんばらゆきまさ)浅井(あざい)正敏を見咎め、首を傾げる。

「御屋形(今川義元)様」

 浅井(あざい)正敏に気づいた重臣の一人が今川義元に進言する。雑談に応じていた今川義元は脇息に持たれていたが直ぐに姿勢を正す。浅井(あざい)正敏が下座に腰を下ろす。

 由比(ゆい)正信が所定の位置に着くと、雑談をしていた諸将が姿勢を正す。

「これより軍議を再開する」

 咳払いをしつつ、由比(ゆい)正信が厳かに告げる。諸将が畏まる。

「沓掛峠に大物見に参っていた浅井(あざい)(正敏)殿が戻られた。さっ、浅井(あざい)(正敏)殿、報告を」

「はっ!」

 名を呼ばれた浅井(あざい)正敏が座ったまま、ずいっと前に伺候(しこう)する。チラッと今川義元を見ると、頷くのが見えた。

「申し上げます」

 浅井(あざい)正敏は一礼する。

「沓掛峠には小規模の織田方の兵が砦を築き、在中。また、道の両側には伏兵の存在を認めました」

「して、数は?」

 軍師格の庵原之政(あんばらゆきまさ)が問う。

「砦には300程度、伏兵は200程度かと」

(随分と少ない)

 それが諸将の大勢の感想だった。

「間違いないな?」

「はっ」

 その言葉に弛緩した雰囲気が流れる。兵力の劣っている方が兵を集中するのならともかく、兵を分けるのは兵法を知らぬうつけか余程の策があっての事。織田方は恐れるに足らぬと思った諸将は多かった。

「それと」

「他に何か?」

「道に落とし穴やまきびし、その他の罠が施されておりました」

「小癪な真似を」

 諸将の一人が呻く。

 浅井(あざい)正敏の報告は続く。

「沓掛峠までの道は所々を織田方によって崩され、大物見も難儀しました。場所によっては人一人がやっと通れるかという場所も」

 その言葉を聞き、諸将は顔を見合わせる。

 庵原之政(あんばらゆきまさ)がチラリと今川義元を見る。今川本隊は昨夜の軍議で鎌倉往還を通るとされていた。しかし先遣隊として大物見をして出した浅井(あざい)正敏の軍ですら峠越えを断念したのだ。今川本隊が通るとなればかなりの抵抗を受けるだろう。昨夜の軍議の後、庵原之政(あんばらゆきまさ)に確認したところ、鎌倉往還は通るのは困難だと言う見解であった。三河勢に聞いた話と寸分違わなかった。だが、まだ判断するには材料が足りぬ。

「近藤景春殿」

「はっ!」

 いきなり名を呼ばれた沓掛城(くつかけじょう)主・近藤景春の声は裏返っていた。今川義元は軍議慣れしていない近藤景春に不快の念を抱いた。

「鎌倉往還についてお聞かせ願いたい」

「はっ。されば・・・」

 近藤景春が今川義元の目の前に置かれた絵図面ににじり寄る。

「まず此処(ここ)沓掛城(くつかけじょう)を出て、暫くは峠に続く登り坂、峠、下り坂、再び上り坂、峠。そして坂を下り、漸く古鳴海と言う平野部に辿り着きます」

(2つの山越えか)

 今川義元が考える素振りを見せたので、近藤景春が慌てたように付け加える。

「御屋形(今川義元)様。鎌倉往還は今は殆ど使われておりません」

「ん?」

 今川義元は扇で近藤景春を指し示し、先を促す。

「鎌倉往還は2つの山を越えなければならぬ難所。旅慣れた者はともかく、軍隊が通れるような道はありません。獣道、と言った方がいいかも知れませぬ。鳴海では海岸線が後退し、桶狭間と連絡できるようになりました。現在は桶狭間道が主要道となり、鎌倉往還はすっかり廃れてしまっております」

「つまり、此度の戦では鎌倉往還は使えぬと?」

「はい」

 近藤景春が当然のように頷く。

「昨日の軍議では・・・」

 と庵原之政(あんばらゆきまさ)が言い掛け、その中に近藤景春がいなかった事に気づいたようだ。

「これはとんだ御無礼を。近藤景春殿にも昨日の軍議に加わって頂くべきでありましたな」

 庵原之政(あんばらゆきまさ)がチラリと司会役の由比(ゆい)正信を見る。軍議の出席者を巡って行き違いを咎める目だった。はてさて、駿河(するが)勢が尾張勢の軍議参加に難色を示したのか。ならば、それを指摘しなかった自分にも非があると今川義元は思った。

「済まなかったな、(近藤)景春殿。どうも行き違いがあったようだ、許せ」

「・・・とんでもございません」

 近藤景春が返すのに一瞬間があった。今川義元は近藤景春から不満を感じ取った。

(戦の前で良かったわ。こう言う小さな不満が後で祟るのだ)

 今川義元は今でさえ三河国を領国化しているが、と言う大乱が起き、これを収めるのに苦労した事を忘れていなかった。

(三河忿劇(そうげき)の二の舞を演じる訳にはいかぬからな)



   今川義元


 桶狭間は死地である


 師匠(せんせい)太原雪斎(たいげんせっさい))の言葉が再び頭をよぎる。その通りだと思った。今まで多くの武将と戦って来たが、ここまで徹底してくる敵は初めてだ。鳴海城・大高(おおだか)城の包囲然り、鎌倉往還の封鎖然り、そして桶狭間にも数々の仕掛けがあるのだろう。この戦は織田方・・・いや、(織田)信長が仕掛けた戦だ。当然(織田)信長は師匠(せんせい)太原雪斎(たいげんせっさい))の言う通り、桶狭間が今川にとっての死地になる可能性を秘めている。そして、この予を桶狭間に誘き出そうとしている。師匠(せんせい)太原雪斎(たいげんせっさい))の言葉に従えば、此処(ここ)は鎌倉往還を通れないのが判かった時点で沓掛城(くつかけじょう)で推移を見守るのが上策である。

 しかしここまで張り巡らされた計略がこれで終わるはずはあるまい。まず、大高(おおだか)城に一手。大高(おおだか)城への兵糧入れ、大高(おおだか)城の救援が出来なければ、中嶋砦攻撃隊から部隊を割かなければいけなかったやも知れん。まるで、織田方にこちらの兵力を一枚、また一枚剥がされているような不快な気分だ。

 大広間では諸将の間で激論が交わされていた。鎌倉往還が使えない事が判明した時点で当初の案は白紙になった。主に駿河(するが)勢は私が沓掛城(くつかけじょう)で指揮を執る事を主張し、遠江(とおとうみ)勢・三河勢は前線の士気が下がると桶狭間の進出を望んだ。駿河(するが)勢には己の保身、遠江(とおとうみ)勢・三河勢には前線で孤立を避ける意図が垣間見えていた。

(あからさまに「使い捨ての駒」と言わぬだけましか)

 特に三河勢、此処(ここ)には殆どいないが尾張勢にはその思いが強いだろう。予や師匠(せんせい)太原雪斎(たいげんせっさい))とて、実際に「使い捨て」した事は否定せぬ。だが、予自らがこうして尾張国まで出陣したのに・・・。やはり鳴海城の山口親子(山口教継(のりつぐ)・山口教吉)・大高(おおだか)城の水野を排除したのが尾を引いているのやも知れぬ。


 ある程度議論が出尽くしたのを見計らい、予は立ち上がる。

「皆の気持ちは判かった。三浦(義就(よしなり))殿や朝比奈(元長)殿(駿河(するが)勢)の言う通り、沓掛城(くつかけじょう)に予が腰を据えておれば如何に織田信長と言えど直接本陣には攻めて来れまい」

 駿河(するが)勢の顔に喜悦が浮かぶ。

「されど、此度の戦は尾張国の鳴海城・大高(おおだか)城の後詰。尾張勢や三河勢ばかりを前線に立たせ、予が城に籠っていては織田方に侮りを受けかねん」

 やはり織田を口実にせねばならぬか。

「よって、本陣は桶狭間道に向かう。各々方、くれぐれも齟齬(そご)無きよう準備されたい」

 その途端、三河勢を中心にどよめく。逆に駿河(するが)勢は先程の喜悦が嘘のように静まり返る。

駿河(するが)勢、もう一度鍛え直さねばなるまいな)

 鳴海城の後詰が済めば、次は清洲城。駿河(するが)勢を先鋒にしても構うまい。


 予は庵原之政(あんばらゆきまさ)を近くに招き寄せる。

「本陣は何処が良い?」

「御屋形(今川義元)様、本当に宜しゅうので?」

 庵原之政(あんばらゆきまさ)は慎重だ。こちらの本陣が敵陣に近くなるのを危ういと思っている。

此処(ここ)で前に出ねば三河勢・尾張勢が不穏な動きをしかねぬ」

「仰る通りですが、それでは(織田)信長の思う壺です」

 確かに此度の戦は信長から仕掛けた戦だ。しかし三河国の吉良の地まで攻め入られてはこちらも黙ってはいられなかった。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言う諺もある。要は陣地を堅固にすればよい」

「・・・判かり申した。然らば・・・この辺りが宜しいかと」

 之政は桶狭間地域の西の後背地に位置する場所を木の枝で指す。

(桶狭間・・・山?)

 桶狭間地域は低い丘陵が連なっている。その中でも一際高くなっている場所がだった。しかし・・・

「少し後ろ過ぎまいか?」

「これより先となりますと、街道が多く通り、危険が増しまする」

 確かに、これより先には「生山(はえやま)」、「高根山」、「幕山」と言った小高い峰がある。どれも桶狭間道と鳴海道(なるみみち)が合流する付近に点在し、便利なように見える。逆を言えば、織田方に背後を取られ易いとも言える。

「特に高根山であれば桶狭間道が見渡せ、遠江(とおとうみ)勢・三河勢・尾張勢の士気も上がるでしょう。されど織田方の中嶋砦に近すぎます」

 成程な。それを之政は懸念しておるのか。

「逆に桶狭間山であれば背後は切り立った崖で後背を心配する必要がありませぬ。また、桶狭間道にも近く、万が一の時も心配がありませぬ」

「ふむ」

 予は之政の言に頷く。

「しかし、此処(ここ)からでは先陣から見えぬのではないか?」

「やも知れませぬ。まあ・・・斜面の木々を伐採し、せめて御屋形様の足利二引両(ふたつひきりょう)と赤鳥紋が見える程度には本格的に本陣を設えなければなりますまい」

 その辺が落としどころか。余り織田方に近いようでは駿河(するが)勢に出陣拒否されかねぬ。予は之政に頷く。

「では、本陣は桶狭間山ということでよろしいか?」

 之政が諸将に諮る。駿河(するが)勢、遠江(とおとうみ)勢・三河勢・尾張勢に微妙な顔をされた。之政は仕方ないと言う風に、桶狭間山の地勢について、諸将に懇々と説明をする。初めは微妙な顔をしていた諸将も、折衷案であると説明され、仕方ないと言う具合に頷いた。意見が採り入れられた遠江(とおとうみ)勢・三河勢・尾張勢はともかく、駿河(するが)勢はぎりぎりの妥協案だと納得したようだ。

 之政はやれやれと言わんばかりに溜め息を吐く。

(苦労を掛ける、[庵原]之政)

 此度の戦が終わったら、加増の一つでもして報いてやらねばな。

「では次に、瀬名氏俊殿」

 (庵原)((あんばら))之政(ゆきまさ)が私の妹婿・瀬名氏俊を呼ぶ。駿河(するが)勢の中から(瀬名)氏俊が伺候(しこう)する。

「はっ、お呼びで?」

「御屋形(今川義元)様が急遽、桶狭間に参る事に相成った。ついては、瀬名(氏俊)殿に本陣構築を願いたい。必要な物資・人員はこちらで用意する上、此処(ここ)桶狭間山の地に向かってほしい」

「つまり、本陣は桶狭間山と?」

 瀬名氏俊が確認するように問う。

「そうじゃ」

「しかし桶狭間山の背面は切り立った崖。とても数千の兵は収まり切れませぬ」

 庵原之政(あんばらゆきまさ)は絵図面を見直す。確かに、桶狭間山は桶狭間丘陵でも高所であるが、兵を収める程の平らな土地がない。それに後ろ過ぎて桶狭間道を睥睨(へいげい)出来ぬばかりか、中嶋砦からも目視する事が出来ない。これでは遠江(とおとうみ)勢・三河勢から不満が出る。

「然らば、此処(ここ)はどうであるか?」

 庵原之政(あんばらゆきまさ)が桶狭間山の西を棒切れで指し示す。

「むっ」

 今度は瀬名氏俊が唸る。桶狭間山の西、桶狭間道から分岐する山道・近崎道(ちかさきみち)に沿って細長い平地が高所にあった。

生山(はえやま)まで(義元)本隊を広げれば・・・」

 庵原之政(あんばらゆきまさ)と共に瀬名氏俊が絵図面を睨む。

「良き思案かと」

 漸く瀬名氏俊が頷く。庵原之政(あんばらゆきまさ)は安堵の表情を浮かべる。

(流石御屋形[今川義元]様の妹婿だけある)

 将来有望な人材を目の当たりにして、庵原之政(あんばらゆきまさ)は目を細める。

 庵原之政(あんばらゆきまさ)が再確認するように今川義元を見る。今川義元は頷く。

「では急ではあるが、時がない故、急いでほしい」

「判り申した」

 瀬名氏俊は御前を失礼と一言言い、素早く大広間を抜けようとする。駿河(するが)勢の何人かが追い縋り、何か聞き出そうとする。瀬名氏俊は主命故と軽くあしらい、大広間を後にする。今川義元と庵原之政(あんばらゆきまさ)はその後ろ姿を見送っていた。

「桶狭間道の入り口辺りを本陣と言うと思っていた」

 今川義元は他の者に聞こえぬようぼそりと庵原之政(あんばらゆきまさ)に呟く。

「其処では沓掛城(くつかけじょう)と大して変わりませぬ。三河勢・尾張勢に御屋形様の足利二引両(ふたつひきりょう)と赤鳥紋が見えなければ意味がありません故。落としどころとしては桶狭間山が最低限かと」

 今川義元は納得したように一度頷く。今川義元は桶狭間山に登った事はないが、山と言うくらいだ、高地にあるのだろうと考える。庵原之政(あんばらゆきまさ)の言う通り、前面の木々を伐採すれば三河勢・尾張勢の目にも2つの紋が映えるであろう。その辺、瀬名氏俊は抜かりがない。

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