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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 1.決戦前夜
23/84

1560年 6月12日  4:00 尾張国/沓掛城・沓掛峠

  1560年 6月12日  4:00 尾張国/沓掛城(くつかけじょう)・沓掛峠

   今川方 今川本隊

        鎌倉往還備え 浅井(あざい)政敏 1500人

   織田方 沓掛峠隊 500人    



 今川義元の突然の大物見の命令に、浅井(あざい)正敏の軍の編成に時間を費やした。眠い目を擦りながらの準備は更に追い打ちを掛けた。今川義元から遣わされた使い番(目付)の苛立つ目を気にしながらの準備は正直言って遣り辛いものだった。

 軍の編成が整ったのが3時半過ぎ。兵糧の必要のない軍は直ちに出立した。

 沓掛城(くつかけじょう)から出て直ぐは何の問題もなく行軍したが、城を離れるにつれ道は少しずつ狭くなり、小石や(くさむら)が多くなってきた。城から数十分の辺りで軍の行軍に支障が出る程の坂道と鬱蒼(うっそう)とした木立が視界を遮り始めた。

(これではやまみ・・・獣道ではないか)

 今川義元の率いる義元本隊はこの道を通り、尾張国に出ると軍議で言っていたが、とても無理だろうと浅井(あざい)政敏は思い始めていた。今川本陣は2000、1500の浅井(あざい)政敏隊ですら難儀し始めているのだから。浅井(あざい)政敏は斥候(せっこう)を事前に放ち道の状況を調べるなり、三河国や尾張国の諸将に確認すべきであったと後悔した。しかし一方で大物見の準備でそれどころでなかった事も思い返していた。

 ちょうどその時だった。浅井(あざい)政敏のいる大将隊に道の左右から矢を射掛けられた。浅井(あざい)政敏は咄嗟に身を屈めた。素早く下馬し、地面に俯せになった。そのため、行軍が中途半端になる。大将隊を境にそれより前の隊が前進し、それより後の部隊が急停止したのだ。

斥候(せっこう)!状況を把握しろっ!!」

 浅井(あざい)政敏が指示する。斥候(せっこう)が周りに散る。何時(いつ)の間にか織田方の勢力圏内に入っていたようだ。

(不覚じゃ)

「盾を用意せよ。不用意に動くな。先鋒隊・次鋒隊に停止命令を。後方隊には背後を警戒するように使い番を」

「はっ!」

 使い番が各隊へと走る。先鋒隊・次鋒隊が停止するのを確認し、浅井(あざい)政敏は状況把握に努める。

「申し上げますっ!我が隊(浅井(あざい)政敏隊)の左右に展開する織田方は各々100人程度」

「後方には織田方の気配なし」

(包囲するつもりではないのか)

 浅井(あざい)政敏は少し安堵する。

「後方隊には引き続き織田方の伏兵が居ないか警戒を怠らぬよう伝えよ」

「はっ」

 相変わらず散発的に矢が降り注いでくる。何人かが負傷したが、織田方の勢いは弱く、寡兵である事は明らかだ。

(殲滅するか?)

 そんな思いが浅井(あざい)政敏の心を過った時、前方から喚声が聞こえた。

「何事か?」

 浅井(あざい)政敏は思わず立ち上がる。近習が慌てて浅井(あざい)政敏を押さえつける。

「(浅井(あざい))政敏様っ、危のうござります」

 暫くすると先鋒隊から使い番が駆け込んで来る。

「申し上げます!織田方が先鋒隊と交戦中。盾で守っていたため、織田方の強襲は免れました。それと・・・」

 使い番が言い淀む。

「それと?」

 浅井(あざい)政敏が先を促す。

「一部突出した先鋒隊の兵が落とし穴に落ち、また、道に撒かれた撒菱(まきびし)で負傷した兵が出ています」

「むっ」

 浅井(あざい)政敏は絶句する。

(軍規違反が幸いしたか)

「他に細工は?」

(くさむら)の草が結われていたり、柵・逆茂木・乱杭が備えられ、道の一部が損壊しておりました」

 使い番が答える。

(他にも細工があると見てよいようだな)

 浅井(あざい)政敏は独り言ちする。

「隊を前進させる。先鋒隊は敵の細工に注意しつつじわじわと進め。そして沓掛峠の様子を確認しろ」

 使い番が先鋒隊へ走る。浅井(あざい)政敏隊は先鋒隊が盾を持ちながら慎重に進軍を再開する。それに残りの隊が続く。数キロ進んだ時、先鋒隊が停止する。すぐ様、先鋒隊の使い番が駆け込んで来る。

「申し上げます。沓掛峠に織田方の砦を確認。砦は道を塞ぐ形で構築されており、これを抜かぬ限り前進は難しい模様」

 浅井(あざい)政敏はその報告に眉をピクリと動かしただけだった。

(軍議どおりか)

 沓掛城(くつかけじょう)の軍議でも同じ報告があったため、浅井(あざい)政敏は驚かなかった。


 沓掛峠の砦に近づいたせいか、道の左右からの弓の射掛けは激しさを増した。盾防いでいるため被害は少ないが、頭上からの矢の攻撃は浅井(あざい)政敏軍を悩ました。

「道の両脇の伏兵だけでも始末しますか?」

 重臣の一人が進言する。浅井(あざい)政敏は暫し考える。

「いや・・・このまま撤退する」

「しかしそれでは御屋形(今川義元)様の進軍に影響が出るのでは?」

「我らの仕事は飽くまで物見。戦う事を目的ではない。大物見でもあるから戦う事も出来るが、後々の事も考えれば此処(ここ)で兵を損耗する必要もあるまい」

 浅井(あざい)政敏はこのまま沓掛峠の抑えの任を任される可能性を示唆した。そして、鎌倉往還の状況を報告すれば、今川義元は義元本陣の鎌倉往還進軍を断念するだろうと予想した。

「全軍撤退する。盾を持ちゆっくりと動け。織田方の攻撃や罵倒に構うな。決して突出してはならぬ」

 相も変わらず矢は降り注いでいるが、浅井(あざい)政敏軍は整然と撤退戦をこなした。

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