1560年 6月12日 7:30 尾張国/大高城周辺 4
1560年 6月12日 7:30 尾張国/大高城周辺
織田方 鷲津砦 200人 守将・織田秀敏/副将・飯尾定宗/飯尾尚清
丸根砦 300人 守将・佐久間盛重
今川方 大高城 鵜殿長成・鵜殿長照
大高城方面隊
丸根砦攻撃隊 2000人 主将・松平元康・副将/・酒井忠次/軍師・石川家成
鷲津砦攻撃隊 3000人 主将・朝比奈泰朝/副将・匂坂長能/先鋒隊長・久貝正勝/次鋒隊長・新野親矩/三隊長・本多忠真/後方隊長・大原資良/本多忠勝
丸根砦攻撃隊が数度目の砦攻めを行う。今までと同じように砦の正門に向けた攻撃だ。隊の入れ替えのため、正門への取り付きに時間を要する。
丸根砦の守備隊は束の間の休息を得る。思わず寝転んでしまう者もいた。得物を放り出し、握力が無くなってしまった者、ずっと立ち続けて足の筋肉がパンパンに張ってしまった者、怪我をし、応急処置的な手当を受けている者も出始めている。砦の外の環境は更に過酷だ。風を防ぐ壁や小屋もなく、吹き曝しの土の上に屯している。約50ずつの兵が山道から続く僅かな平地に犇めいている。この50の兵も3隊に分け、交互に休息が取れるように取り計らっているが、丸根砦攻撃隊の苛烈な攻撃の前に此方も疲労の色は隠せない。松平元康が思った通り、何時まで持つかといった状態になっていた。
井楼櫓の上では見張り番が丸根砦攻撃隊の動きを見張っている。
「皆の者、よくやっている」
守将・佐久間盛重が兵卒一人一人を労う。どの顔も疲れ果てていた。
(無理もあるまい)
と思う。既に3時間以上戦い続けているのだ。自分の顔にも同じ様な疲労が見えているかと思うと、思わず顔を張っていた。
(いかんいかん・・・ここで守将が弱気になってどうする。丸根砦が瓦解してしまうぞ!)
佐久間盛重は気合いを入れ直した。
「今川方に動きあり!」
井楼櫓の見張り番が叫ぶ。
「来たか」
佐久間盛重はゆっくりと立ち上がる。
「皆の者、出番じゃ。佐久間兵の恐ろしさ、松平元康に思い知らせてやれぃ!!」
「「「応っ!!」」」
威勢のいい声が兵卒から上がる。
(まだまだ行ける)
佐久間盛重は確信した。
丸根砦攻撃隊は前回と同じように目一杯に広がって攻め寄せて来る。
(ふん、芸のない)
佐久間盛重は正門近くに陣取り、突撃隊を出撃させるタイミングを見計らっていた。
(!)
丸根砦攻撃隊が今までとは違う動きを見せた。隊を3隊に分け、1陣目を左の部隊、2陣目を正門、3陣目を左の部隊に宛がったのだ。
「拙い!」
佐久間盛重は馬に跨る。
「しかし、敵をまだ押し返しては・・・」
近習が慌てて止めようとする。
「馬鹿者っ!外に控える部隊が押し込められては正門が持たぬ」
そう言っている間にも正門に三河兵が取り付き始める。そして、左右からの挟撃がないため、後続の兵が次々と正門に近づく。
「正門を開けい!」
佐久間盛重が近習を押し退けるように馬を進める。近習は仕方なく道を譲る。
「(佐久間)盛重様、くれぐれも自重を」
近習はそれ位しか言えなかった。
(判っておる)
佐久間盛重は心の中で呟いた。
正門が開かれ、騎馬隊が突撃する。至近距離に丸根砦攻撃隊が居たため、最初は正門前で渋滞したが騎馬の突進力が勝っていき、徐々に丸根砦攻撃隊が後退し始めた。
(行ける!)
万が一を考えて突撃隊の中軍に居た佐久間盛重が前線に出る。
「ワシに続けいっ!」
「「「だあっ!」」」
奇声とも掛け声ともつかぬ声が周りに轟き、突撃隊が前進を始める。流石に佐久間盛重が先頭に立つと馬力が違った。
左右の兵を押し込めていた2隊も挟撃を恐れて引き始める。
(しめたっ)
丸根砦攻撃隊が完全に引いたのを見て、佐久間盛重がほくそ笑む。
定跡通り丸根砦攻撃隊を細い山道まで追い込んで引き返そうとした時だった。
「!」
突然山道の両側の急峻な傾斜地から兵が湧き出る。手には弓を携えていた。
「拙いっ!」
佐久間盛重が慌てて馬首を返そうとする。しかし矢の射出は鉄砲の比ではない。反転するのには成功したが、突撃隊に矢が降り注ぐ。
「がっ!」
背に強い衝撃を受け、佐久間盛重は振り返る。背中の鎧を一つの矢が貫いていた。
(!)
構わず馬に鞭を撃ち、狭い山道を一心に駆け抜ける。何とか丸根砦の正門を潜り抜けたが、気持ちが弛緩したのか激痛が走り、落馬する。
「「「(佐久間)盛重様っ!」」」
近習達が駆け寄る。うつ伏せのまま地面に横たわる佐久間盛重を抱き抱える。近習の一人が佐久間盛重の背に刺さった矢を抜こうとするが、止められる。
「抜くなっ!間に合わぬ。抜けば血が止まらぬ」
金瘡医が駆け付けるが、背中の矢を様子を見て、首を横に振る。悄然とする近習達。
「敵は?」
近習に担がれるようにして指示を出す。
「正門に一斉に迫っております。
「全ての武器を使え。使い尽くしてしもいい。敵を追い返せ!」
「はっ!」
近習の一人が命を受けて正門に走り出す。丸根砦攻撃隊の喊声が近くまで迫っているのが判った。
「敵が正門に張り付いたら、左右の兵を繰り出せ。それでも駄目であれば、突撃隊を!」
佐久間盛重は起き上がろうとして、近習達に止められる。既にそれに抵抗する力が佐久間盛重には残っていない事を実感していた。
「申し上げます!」
井楼櫓の見張り番が遣って来る。
「正門前の左右の遊撃隊、敵の別動隊に押し込まれ身動きが取れませぬ」
「むっ」
佐久間盛重は荒い息で呻く。
「突撃隊を」
正門が開かれ、突撃隊が躍り出る。しかし、丸根砦攻撃隊は槍衾を立て、突撃隊は思う様に動けない。其処を横合いから件の弓隊が駆け付け矢を放つ。堪らず突撃隊は砦内に撤退を始める。
「付け入れい!」
酒井忠次が先鋒隊の兵卒に怒鳴る。その声に押され、先鋒隊が正門に突入する。正門が閉まる前に先鋒隊の先兵が砦内の侵入に成功する。砦内の主郭まで近習に抱えられ退避していた佐久間盛重は、それを目の当たりにする。
(付け、入られたか)
既に目が霞んでいた。その時、新たな凶報が舞い込む。伺候した使い番らしき男は全身傷だらけであった。修羅場を掻い潜りやって来た事は想像に難くなかった。鷲津砦と丸根砦を結ぶ連絡用の獣道も見つかったのであろう。其処からも今川方が攻めて来るに違いないと。
「申し上げますっ!鷲津砦、海を渡った今川方の奇襲に遭い、更に後方に回り込まれ、三方からの攻撃に持ち堪えられずに落城!!」
(早すぎる)
佐久間盛重は瞑目した。
(やはり鷲津砦の方が敵が多かったか。15倍の兵力ではこれまで、か。たら、ればは戦では禁句だが・・・もし氷上砦・向山砦・正光寺砦が健在ならば、違った戦も出来たものと思うと、忸怩たるものが残る。二つの砦に攻め入った今川方は5つの砦に分散され、此方ももっと兵の入り繰りで今川方を翻弄できたであろうに。・・・やはり[織田]信長様の戦略は間違いなかった。あれが機能しておれば・・・)
一瞬佐久間盛重の心の中で織田信長に対する畏敬の念と水野信元に対する憎悪が湧いた。
([水野]信元め、いずれ貴様には天罰が下るであろう。千秋[季忠]殿や佐々[佐々]殿の無念が今になって判ろうとは)
佐久間盛重は自嘲した。
・・・使い番の話によれば、戦闘開始早々、鷲津砦の正門が猛攻されたらしい。鷲津砦の守備隊の目が正門に集中しているうちに、伊勢湾の潮位が下っている間に鷲津砦攻撃隊の別動隊が鷲津砦の北西を渡ったらしい。手薄な北側の絶壁を登られ、正門に守備兵が釘付けになり、北からの侵入を許した。後背に不安があれば、兵は持たない。砦内は忽ち蹂躙され、浮足立った守備兵の隙を衝き正門を鷲津砦攻撃隊を突き破った。鷲津砦と丸根砦の連絡用の獣道も見つけられたようで三方からの攻撃だった。こうなれば一方的だ。使い番が飯尾定宗の命を受け鷲津砦を出立した時、その直後に飯尾定宗は鷲津砦攻撃隊に吶喊し、織田秀敏の生死も定かではなかった。北から侵入した鷲津砦攻撃隊の別動隊の急襲を受けた主郭に居た織田秀敏の消息は不明だと使い番は説明する。佐久間盛重はいの一番に討たれたであろうと思った。しかし、味方の混乱を利用し、最初の想定通り、飯尾定宗の一子・飯尾尚清を逃す事は上手くいったようだ。
(是幸いかな)
人の怒号が近くまで聞こえて来る。佐久間盛重は起き上がろうとする。慌てて近習がサポートする。
「敵は?」
苦しい声で問う。
「既に正門は破られ、副郭に今川方が乱入しております。また、三ノ曲輪は今川方と交戦中。押し込まれております。主郭に今川方が侵入して来るのも時間の問題化と・・・」
近習が申し訳なさそうに言う。
「副郭の味方は?」
「主郭に主だった者を下がらせた故、数十の兵卒しかおりませぬ」
「ならば、味方ごと今川方を射て!」
「それは・・・」
近習の一人が声を上げるが、佐久間盛重は手で制する。
「副郭・三ノ曲輪は諦めよ。この砦の目的は今川方を少しでも引き付けておく事。当初の目的は果たせなかったが、少しでも今川方を減らす」
「はっ!」
近習が二ノ曲輪に走る。その直後、主郭・二ノ曲輪から副郭に向けて夥しい数の弓が射られる。敵味方と問わない射掛けに丸根砦攻撃隊も怯む。
「(松平)元康様っ!」
酒井忠次が堪らず松平元康に伺いを立てる。
「(松平)元康様。(丸根砦攻撃隊)先鋒隊が織田方の弓矢隊の猛攻を受けております」
石川家成の言葉を聞きながら、松平元康は前方を見据えていた。その肩が僅かに下がる。
「・・・仕方あるまい。先鋒隊を下がらせるよう(酒井)忠次に命じよ」
如何にも不満気に決断する。
松平元康の命を受けた(丸根砦攻撃隊)先鋒隊は一時的に正門から出て、正門付近に待機する。既に副郭の織田方は壊滅し、門を閉じられる心配もなかった。
丸根砦攻撃隊が引いたため、丸根砦にも一時の休息の時間が訪れた。
佐久間盛重は主だった者を集める。
「み、皆の者、これまで大儀であった」
佐久間盛重が荒い息で皆を労うと、配下の者達は涙を流した。
「ここまでよくワシに付いて来てくれた。だが、ワシも長くない。よって、これからの方針を授ける」
佐久間盛重は霞んだ目で一人一人を目に焼き付けるように見回す。
「・・・ワシが死んだ後は其の方らに判断を任せる。恐らく今川方は降伏勧告をして来るであろう。それに従うもよし、最後まで抗うもよし。・・・だが、ワシに殉じる事はない。最早これだけの兵では抗うにも限度があるからな。よくよく残った者で相談した上で決めよ」
一気に捲し立て、佐久間盛重は静かに息を引き取る。享年38歳。早すぎる死だった。
佐久間盛重の遺体を荼毘に付した近習達は、誰ともなく準備に取り掛かる。
「(佐久間)盛重様の弔い合戦じゃな」
「戦になるかどうか」
近習の一人が自嘲気味に言う。副郭の丸根砦攻撃隊は撤退させたものの、未だに副郭の正門前に備え、再攻撃の準備をしている。
「ほれ、降伏勧告の使者が来よった」
見れば、丸根砦攻撃隊の中から使者の意を示す武者が一人、慎重な足取りで近づいて来ていた。
「ふっ・・・あの使者が怒る様が今から目に映るようじゃわ」
近習達は笑い合う。
佐久間盛重の死後、城兵は降伏勧告の使者を散々翻弄した挙句、降伏勧告を拒絶。怒った松平元康は総攻めを命ず。新手を繰り出し続ける丸根砦攻撃隊に三ノ曲輪の兵が全滅、矢の尽きた二ノ曲輪の兵は今川方を迎撃し、壊滅。主郭に残った守備兵は四方から攻撃され奮戦の上、玉砕した。




