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7人の軍将 -前章譚-  作者: mocha
 1.決戦前夜
18/84

1560年 6月12日  3:30 尾張国/大高城周辺

  1560年 6月12日  3:30 尾張国/大高(おおだか)城周辺

   織田方 鷲津砦 200人 守将・織田秀敏/副将・飯尾定宗/飯尾尚清

       丸根砦 300人 守将・佐久間盛重(もりしげ) 

   今川方 大高(おおだか)城 500人 鵜殿長成・鵜殿長照   

       大高(おおだか)城方面隊

        丸根砦攻撃隊 2000人 主将・松平元康・副将/・酒井忠次/軍師・石川家成

        鷲津砦攻撃隊 3000人 主将・朝比奈泰朝/副将・匂坂(さぎさか)長能/先鋒隊長・久貝(くがい)正勝/次鋒隊長・新野親矩(にいのちかのり)/三隊長・本多忠真/後方隊長・大原資良(すけよし)/本多忠勝



   大高(おおだか)城大手門

   松平元康・朝比奈泰朝


 朝比奈泰朝と松平元康は大高(おおだか)城の正門前で詰めの戦評定(ひょうじょう)を行っていた。本来であれば大高(おおだか)城の広間で続きをすべきだが、用兵に不満のある鵜殿長成を入れては何かと支障があると判断しての事であった。

氷上砦(ひかみとりで)向山(むかいやま)砦・正光寺(しょうこうじ)砦の様子は?」

 朝比奈泰朝が斥候(せっこう)に確認する。

「はっ、無人です。念のため、最低限の見張り番を立てております」

「緒川城の水野信元は?」

「動きありませぬ」

 報告を聞いて朝比奈泰朝が松平元康を見る。

「動かぬでしょう」

 断言した松平元康に、朝比奈泰朝は目線で先を促す。松平元康は一つ咳払いをし、

「水野信元は未だに旗幟(きし)を鮮明にしておりませぬ」

「織田方の向山(むかいやま)砦を無断で撤退しながら?(織田)信長が許すとは思えぬが」

「居城を今川方に攻められたため、やむを得ず撤退したと言い訳すれば」

 松平元康の答えに朝比奈泰朝は暫し考える。

「ふむ。なくはないか」

「ただ、それでも織田方においての水野信元の立場は悪くなると思いますが」

 松平元康が付け加える。

(水野家の風見鶏は今に始まったばかりではないからな)

 水野家が今川家と文の遣り取りをしているのは朝比奈泰朝の耳にも入っており、今更水野家が体面を取り繕うために再出陣するとは考え難かった。

「ならば、緒川城の水野家は考慮に入れなくてもよいと松平(元康)殿はお考えか?」

「察しの通りにございます」

 松平元康は頭を下げた。

「次に戦評定(ひょうじょう)であるが」

 朝比奈泰朝が続ける。

「やはり同時攻撃が最善かと」

「うむ」

「午前4時でよろしいか?」

「承知仕った」

 松平元康が請け負う。

此処(ここ)大高(おおだか)城)からだと朝比奈(泰朝)様の方が距離がございます。朝比奈(泰朝)隊の攻撃と同時に此方(こちら)も仕掛けます。午前4時は目安でよろしいかと」

「ご配慮ありがたい。では、その通りに」

 

 大高(おおだか)城から長蛇の列が2列並んでいた。大高(おおだか)街道の分岐点で1列は北、もう1列は東を目指す。それぞれの目標は、鷲津砦、丸根砦であった。

(鷲津砦は三方が断崖。山道がある一方に着き次第攻めが始まるであろう。ま、丸根砦も変わらんが)

 松平元康はそう読んでいた。

 丸根砦に近づくにつれ、松平元康の眉間の皺が深くなっていく。

(これが砦・・・山城ではないか)

 規模も造りも砦の域は出ていない。しかし、三方を断崖に囲まれ攻め口が見つからない。残り一方の山道は直接大高(おおだか)街道と結節しているが、狭く両側は急斜面になっている。山道から続く僅かな平地には織田方の兵が守りを固めて待ち構えている。これは難戦になると松平元康は予感した。 


   

   丸根砦

   佐久間盛重(もりしげ)


「おう、集まってきよる」

 佐久間盛重(もりしげ)は主郭に建てられた井楼櫓(せいろうやぐら)から大高(おおだか)街道に続く細い山道を今川方の一軍(松平元康隊)が登って来るのを見ていた。細い山道以外には道はなく、断崖を別働隊が登って来る様子もない。まずは想定通りだと佐久間盛重(もりしげ)は安堵した。

「敵の主将は?」

旗指物(はたさしもの)からして・・・三河国の松平兵かと」

 近習の一人が説明する。

「三河の旗頭は確か・・・松平元康か」

 佐久間盛重(もりしげ)は感慨深そうに呟く。松平元康が親族であった戸田康光の裏切りにより、織田家に人質として送られた時、何度かその姿を見た事がある。尤も数え6歳の時の話だ。面影はあるにしても、幾ら目のいい佐久間盛重(もりしげ)でも見分けがつく訳でもあるまい。でも、何処か懐かし気であった。

(10年も前に織田家の人質だった小童(こわっぱ)が一廉の武将・・・か。年月は早いものだな)

「準備せよ。出る」

 佐久間盛重(もりしげ)は身の丈もある大槍を携え歩き出す。

「突撃隊は既に準備が整っております」

「ふっ、準備がいい事だ」

 その近習は役職や家格はないが、有能なため此度の戦に連れて来た者の一人だった。重臣や家老衆を連れて来る訳にはいかなかったが、どうしても手足となる人材は必要だった。自ら志願又は募った者で、家の存続に影響のない次男以下の者から選りすぐりしていた。

(勿体ない。将来がある者達をこのような死地に出向かせてしまうとは)

 己の力のなさだと佐久間盛重(もりしげ)は肝に銘じた。

「さて、逝くか」

         

 細長い山道を丸根砦攻撃隊が先鋒隊を先頭に整然と歩いているのを松平元康は見ていた。

「これは・・・」

 軍師である石川家成が丸根砦を見上げて溜め息を吐く。

「北西の鷲津砦と連携されれば厄介ですな」

 堅牢な丸根砦の出で立ちに思わず呟く。

「この断崖絶壁。隠し道がなければ、山道を塞げば連携は出来ぬ」

 松平元康は断言した。

「成程」

 石川家成は納得したように頷く。

(ま、隠し道があったとしても、両砦総勢500では連携のしようもあるまいが)

「とは言え、油断は禁物じゃ」

「そうですな」

 松平元康の言に石川家成はきりりと口を引き締める。

「して、丸根砦の守将は?」

 思い出したように松平元康が傍らの石川家成に問い質す。

「確か、佐久間一族の・・・」

 石川家成が記憶を辿るように頭に手を遣る。

「そう、佐久間盛重(もりしげ)と申す者です」

「どのような御仁か?」

 興味を惹かれたように松平元康が石川家成を見遣る。

「色々な戦に出張っている生粋の武人ですな。有名なところでは・・・織田家で内紛-当主・織田信長と弟・織田信勝の跡目争い-で、(織田)信勝の領地内に築いた橋頭保の砦の守将となり、(織田)信勝側の攻勢を(ことごと)く退けたと言う武勇伝がある-」

「兵を止めよっ!」

 松平元康が叫ぶ。

「使い番を先鋒隊に送り、兵を停止させよっ!」

 松平元康の剣幕に、慌てた石川家成が取るものも取り敢えず使い番を呼び、松平元康の言う通りにする。既に(丸根砦攻撃隊)後方隊・大将隊は前進を止め、その場に留まっている。先鋒隊・次鋒隊も使い番によって砦に取り付く前に前進を止めた。

「(松平)元康様、全軍停止しました」

 石川家成が伺候(しこう)すると、下馬した松平元康が前方の丸根砦を睨んでいた。

「・・・うむ」

 微動だにしない松平元康に石川家成が焦れたように声を掛ける。

「(松平)元康様っ!」

 松平元康が我に返り周りを見回すと、石川家成を筆頭に三河兵が問いた気な瞳を投げかけていた。

「・・・済まぬ。己が思索に耽っていた」

 一つ咳をし、仕切り直す。

「(石川)家成、丸根砦をどう見る?」

 いきなり質問を投げ掛けられた石川家成は戸惑ったような顔をしながらも、頻りに丸根砦に目を向ける。

「さよう・・・砦自体の規模は小規模ですな。しかし、三重の曲輪(くるわ)に囲まれ、三方は断崖、残りの一方は細い山道。攻め口はこの山道に限られます故、かなり苦戦を強いられますでしょう」

「そして、先程の主(石川家成)が言った通り、丸根砦の守将・佐久間盛重(もりしげ)は守りに長けている。確か、稲生(いのう)の戦いと申したか、その戦。織田信長はかなりの劣勢ではなかったか?」

 松平元康は微かな記憶を頼りに尋ねる。

「そう言えば・・・弟・(織田)信勝の兵力の半分以下だったはず」

 石川家成が思い出したように答える。


「さすれば、橋頭保として築かれたその砦の状況はかなり過酷であったろうな」

 松平元康の言に石川家成はハッとする。

「まさか、此度も?」

「似ているとは思わぬか?最前線にある丸根砦と稲生(いのう)の戦いの砦」

「うむむ」

 石川家成は唸る。彼にも丸根砦に陣取る佐久間盛重(もりしげ)が容易ならざる相手である事に気づいたようだ。

「ならば如何致す?(松平)元康様」

「我らが勝っている武器を遺憾なく発揮する。前線に出来うる限りの兵を集中し、道であろうが斜面であろうが断崖であろうが我攻めするまで」

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