1560年 6月12日 1:30 尾張国/大高道/大高街道合流地点
今川方 大高城方面隊
丸根砦攻撃隊 2000人 主将・松平元康・副将/・酒井忠次/軍師・石川家成
鷲津砦攻撃隊 3000人 主将・朝比奈泰朝/副将・匂坂長能/先鋒隊長・久貝正勝/次鋒隊長・新野親矩/三隊長・本多忠真/後方隊長・大原資良/本多忠勝
「誠でござるか?」
手紙を見せられ、松平元康の家中の者が驚きの声を上げる。
松平元康はいつもとは違う年相応の笑顔を見せる。
「実は・・・」
沓掛城を出立する際、水野信元に手紙を送り、先程返事が返ってきたと話す。
松平家と水野家の紐帯は厚い。松平家の先々代・清康の頃より、尾張国東部・三河国は今川家と織田家の係争地となっていた。言わば両家の代理戦争を松平家と水野家は行っていたのだ。勿論、ただ争っていただけではない。お家の生き残りを懸け、水面下では同盟を結んでいた。両家当主は今川家・織田家の盛衰を巧みに読み取り、戦国の世を生き抜いてきたのだ。
今、今川家が攻めに転じ、織田家が受けて立つ構図となっている。当然、攻める側は有利である事は明らかだった。
「これで兵糧入れも成功したも同然」
松平元康の家臣である酒井忠次が手放しで松平元康の謀を褒める。
「あいや、待たれよ。大高城の南には、まだ砦が二つ残っていたはず」
もう一方の将である朝比奈泰朝が指摘する。
酒井忠次は渋い顔になる。
「いえ、問題ないでしょう」
松平元康は静かに断言する。朝比奈泰朝は先を促すように松平元康に視線を送る。松平元康は一つ咳をして、
「確かに(朝比奈)泰朝様の申す通り、大高城の南から南東にかけては3つの砦がございます。しかし、此度の仕儀により、向山砦は無人になりました。これでは向山砦を挟んだ残りの砦は連携が取れません。細作の調べでは両砦には合わせて300ほどしか残っておりません。向山砦の水野勢1000人がいれば両砦を含め、北の丸根砦・鷲津砦と連携され、兵糧入れも容易ではなかったでしょう」
松平元康は理論整然と説明する。朝比奈泰朝は唸るしかなかった。
「では、兵糧入れの経路は如何いたす?」
松平元康は開かれた絵図面を指差す。
「この場所から道を南に外れ、川沿いに進みます。正光寺砦に近くなりますが、先程申した通り兵力不足で単独で我が軍(朝比奈泰朝・松平元康隊)に横槍は入れてこないでしょう。無論、用心は怠りませんが・・・。この経路を使うメリットはもう一つあります。一度川を渡れば、北側が川となり、天然の濠として北側の丸根砦・鷲津砦を牽制出来ます。また、丸根砦・鷲津砦から距離があり、間には大高城もある。織田方もそう簡単に、砦を空にしてまで我々の邪魔は出来ないでしょう」
朝比奈泰朝も含め配下の者達は絵図面を凝視する。
「・・・ふむ」
朝比奈泰朝は納得したように息を吐く。
「それでよいでしょう」
配下の者も朝比奈泰朝に追随するように首を振る。
(怖ろしいほどに完璧な戦略だ)
朝比奈泰朝は敵にしたくないなと不意に思った。
経路は松平元康案を採用する事で決し、足軽がまず先行し安全を確保した上で、小荷駄隊を急かす。幾ら敵が少ないとは言え、油断は禁物と松平元康と朝比奈泰朝は示し合わせ、速やかに正光寺砦付近を通過する事にした。
道を外れ、一旦川を渡らなければならないため、小荷駄隊が川を渡る時は兵が先行して辺りを警戒した。小荷駄隊は浅いながらも川を渡る事で動きを鈍くした。もっとも緊張が走る瞬間だった。
(拙者が織田方であれば、この時を逃さぬが・・・)
朝比奈泰朝は警戒の手を緩めずに思った。
松平元康の指摘通り、正光寺砦からの兵糧入れに対する妨害はなかった。勿論、正光寺砦が無人だった訳ではなく、見張り番の姿は見えたし、松明に照らされて映る人影も確認出来た。
小荷駄隊も含めた全ての朝比奈泰朝・松平元康隊が正光寺砦前を抜けるまで二人の緊張は最大限にまで高まっていた。時間にすればそれ程長くはなかったはずだが、分単位・秒単位で流れる二人の時間間隔は非常に長く感じられたのだ。正光寺砦前を通過し、大高城の灯りが見えた時、二人は初めて心が弛緩し、どっと疲れが身体中に出た。
だが、二人の苦難はここで終わりでなかった。
「・・・妙だな」
朝比奈泰朝が大高城を見遣りながらぽつりと漏らす。朝比奈泰朝の呟きを聞き咎めた松平元康が朝比奈泰朝を仰ぎ見る。二人は馬を並べてゆっくりと並走していた。
「如何なされた?」
「見張りの兵がおらん」
松平元康ははっと前を見る。
「そう言えば・・・」
二人は不安に駆られ、自然と馬の足を速めた。




