名もなき道を
魔麗大陸──世界の原初から、始祖の血族を護り、栄えてきたまれびとの麗しき麗人の国。
豊かな自然と高潔な人種は、美しく強く揺るぎがない、楽園のごとき国。
高度な魔法と魔導技術をあやつり、精霊達と仲良く暮らし、奢ることもなく慎ましく、理想の国。
麗人の国ユーレ。
麗華な国を護るのは、相反二対の聖女と屍皇、始祖三賢者と四方の魔女に五英雄。守護結界で国ごと護り、精霊達の目が見守り続ける。
だが海を挟んだ他の大陸──人族や亜人が暮らす大陸は魔にあふれ、魔物にあふれ、か弱き普通の人々は小さき国をつくり争い、滅びてはまた生まれている。
別世界ともいうべき隣の大陸の方角を、ユーレの麗皇は巨大な窓越しに見つめていた。
麗しき麗人は、ふと思いついたかのように傍らの人物に言った。
「ちょっと隣に行って……金色の子ををひとり、さらってきてくれ」
「──はぁ?」
唐突すぎるセリフにあやうく、飲みかけの高級酒を吹き出しかけた五英雄のひとり。
「さらってって……え、マジ?」
麗皇は軽くうなずき、英雄は頭を抱えたくなった。
「界が揺れた。見ろ──星の輝きにも等しい……」
麗しき皇の瞳はただ、夜空の高みで氾濫する光の流れる様をとらえる。
星が邂逅するは──ただ流れるまま望むままに。
「……っ!」
今まで感じた事のない悪寒が──身の危険がした。
思わず辺りを見回したが、何も無い平原である──草地と木々と大地のみ。
「オン?」
「いまなにか……ヤな感じがした……」
「クゥ?」
子狼は何も感じなかったらしい。変だな、とリュウキは後ろ首をさすさす撫でる。
現在、素材採取中。王都の隣の小さな町にいた。身分不詳の未成年でもできる仕事をさがしたら──ちゃっかりあった冒険者ギルド。
酒場併設の配置のせいか、初登録で酔っ払いに絡まれ、見事子狼が撃退するという些細な事件のあと、ペラい紙に名前だけ記入してゆるーい説明を受け、初心者用のクエストをしにきた。
石拾いである。
何やら火をもたせるための火晶石という石を小袋に集めるだけで、宿に一晩泊まれるかもしれないギルが稼げると聞き、地道に拾っていたが。
「こんな石ころで火がつくんかな……あ、ついた」
疑問に思いじっと眺めたら、ポツっと燃えた。マッチみたいだ。すぐに消える。
「オン?」
「うん。なんかうすいよな……。大地にも風にも、自然が薄い」
光も、弱い。
地球に近い。
魔力的な力が薄い。
「濃いトコ探すか……つながるかも」
「オン!」
賛成、と尻尾が振られた。
日が暮れる前にギルドに戻り、二千ギルをもらう。硬貨はかたい石だった。棒の数が数字代わり。
別に野宿でも良いのだが……社会勉強だ。ちまちま稼いでみるのもいいかもしれない。
小さな古びた宿で、五百ギル。シングルサイズのベッドがあるだけの四畳くらいの部屋。
「せっま」
「オン」
荷物がないので──寝れれば充分だが。
「……浄化」
何か動物の毛皮でも詰め込んだのか妙に臭い布団に、子狼と一緒に潜り込む。色々、魔法?使えて良かったと、しみじみ思いながら寝た。
翌日はお昼頃、ギルドに行ってみた。
酒場で料理も頼めるらしく、昼飯を頼んでみた。
王都近くの町だからか、人口も仕事もそこそこあるようだ。食事しながら人の流れや、会話に耳を傾ける。
小国だから豊かさはないが、周りの国は危ないらしい。普通に魔物が出て、盗賊もいて、商人は危険らしい。他国の噂は少なかった。小さな町では話題が入ってこないのか……乏しいようだ。
ちょっと危険かもしれないが、別の国に行ってみよう。そうしよう。
残った千ギルで、うす汚れたマントを露店にてゲット。フードつきである。
ちょっとだけ、みんなで旅したことを思い出した。
土でならされただけの道を歩く。歩く。テクテクと。
何か手が寂しかったので、手頃な木の枝を拾い杖代わりに。
平原、草原、林、森。道は蛇行しながら何処までも続く。
「……あのさ」
子狼が見上げる。
「レテューがいなかったら、アルデんとこ居たかも……」
なにもせずに。
助けが来るのを、ただ待って。
今まではそれで良かった。迷子になったら決して動かず、安全な場所で待つようにと口うるさく言われてきたから。
でも。
不安はあれど、恐れはない。
自分で先にすすめる……進みたいと思う。
「だから、行こう」
「オン!」