お城にて
竜が飛んでる、すげー。と感心して眺めていたのはリュウキだけだった。
「なっ……どういう事だ!」
「厳戒態勢だと?」
「これでは、城に──」
周辺の護衛の兵士さん達は大騒ぎである。どうやら、非常事態らしい。
報告を聞いてか、リフルやガレンが馬車から飛び出てきた。遠くに見えるお城の状況を、信じられないように見ている。
「くっ──いったい何が……」
「おかしいと思ったんだ! キルアルデの迎えを簡単に許可したから、裏があると思ったが──やつら、追い出しやがった!」
なるほど。
目を凝らして王都の外壁部分を見ると、門周りや外壁の上にも、兵士がびっしり配置されていた。
アルデを護る兵士らは百人くらいいるが、王都はもっと多いだろう。
「……空飛んでる竜は、なんて名前?」
「あれは飛竜です。さすがに近づくのは危険ですね……」
リフルが王都の四方に目をやりながら、顎に手をあて考え込む。
騒ぎを無視出来なかったのか、そろそろとアルデも馬車から降りてきた。
城の方を見て、息をのむ。
「まさか……ここまでしますか? 兄上……」
周囲の兵士達から気遣うような眼差しが集まる。
「聞いてなかったけど、お兄さんなんて名前?」
「ビルサルド兄上です……」
「外見、似てる?」
「……そうですね、瞳の色は、兄上の方が濃いですよ」
ふむ、とリュウキは思考する。
「グル……」
ふところの子狼が、お城の方を睨んで唸っている。何かあるらしい。
視界を飛ばす。
石造りの城。上の方の天井の高い室内に、人が集まっている。ここは──いわゆる玉座がある、謁見の間か。
まるで劇場のような場面が視えた。
「……ちょっと映す」
「え? ──っ!?」
全員が見えるように、空中に画像をつなげた。映画館のスクリーンを想定して、リアルタイムで音も拾ってみた。
「なっ!」
「おおっ!」
リフル達が、兵士達が唖然と映像を見上げ──すぐに押し黙った。いままさに謁見の間にて、玉座に座る王と王妃に何か訴える王子らしき人物の姿が──あまりにもリアルに見えたのだ。
『──から、再三申し上げました。私が姫と結婚する際には、王座を譲っていただくと。聞き入れて頂きますぞ!』
キルアルデに似た青年は、少し目付きがおかしく見える。隣に寄り添うのは若い娘だが、笑顔が怖い美女だった。
玉座の王が顔をしかめる。王妃はオロオロとするばかり。
『まだ早いと何度も言ったはずだ! いい加減にせんか! だいいち……王位を継ぐのは長男とは限らん! 近頃のお前は……』
『まあ、陛下。ビルサルド様以外にどなたが王になると仰るのです? 私からもお願いを致しますわ──早くご隠居なさりませ』
『ゲルダ姫! 不敬ぞ!』
王が玉座から立ち上がり──姫と呼ばれた娘が不敵に笑った。
『小国の王が思い上がりも甚だしい……私は帝国の純血でしてよ? 逆らえばこんな国……』
───。
修羅場?
「……オン?」
どうしよっか、と思わず子狼と目を合わせた。
「リューキ! 頼む!」
ガシッと唐突に、アルデが突進してきた。
「あの場に今すぐ! 頼む!」
「……」
「キルアルデ様? 無茶なことを」
リフルがいさめようとしてくれたが、リュウキは目測で計算を済ませた。
馬車から心配げに降りてきたシャリーと、怒りで震えているガレンを手招きする。あと数人、いや数十人くらい。
「ちょっとこっちに……集まって……うん。行く」
え? と間抜けなつぶやきをもらしたのは、誰だったのか。
驚く間もなく、一瞬でつく。
硬い床に足がつき、リュウキが辺りを見回した時にはガレンが突っ込んで行った。遅れてアルデも、シャリーはちょっとふらついていたが、なんとか立っていた。
兵士達も顔が引きつっていたが自分達の役目を思い出したらしく、さっと動いた。
王と王妃の安全確保。踏み込もうとしていた兵士への牽制。
「なっ」
「キルアルデ!?」
「どこから──」
姫が投げつけた小瓶は、王を庇ったアルデにぶつかって割れた。赤い液体がかかり、アルデが倒れる。
「殿下!」
リフルが駆けつけ布で拭き取ろうとして、青ざめた。
「これは──」
「触れただけで死ぬ致死毒よ! 邪魔者にはふさわしいわねぇ!」
剣を抜いた第一王子はガレンが取り押さえ、王妃にはシャリーが走りよった。
「あ……そんなっ……キルアルデ!」
「王妃さま! ダメです!」
姫君がまだ、王を狙っている。
「オン!」
「きゃっ……!」
子狼が長いスカートの裾を踏みつけた。びたんと姫君は転ぶ。コロコロと、小さな短剣が転がっていく。
慌てて兵士が姫君を押さえた。
「……」
終わったかな? と、リュウキは遠回りにキルアルデに近づく。泣きそうなリフルの隣にしゃがみ込んだ。
「浄化──治癒……」
髪を振り乱した姫君が、信じられないと目を見開いていた。
「なっ……なっ……何者よ!」
「──最近のお姫様って、こえーのな」
リュウキの独り言に、アルデは笑いを堪え、苦笑して答えた。
家族の問題は家族で済ませて欲しかったので、早々にお城を辞退する。
姿を消して、気配も消して、こっそり王都に踏み出す。
街並みはやっぱり西洋風だ。住民達は不安そうに空をうかがっているが、そのうち厳戒態勢は解かれるだろう。
見知らぬ街と人々を見回し、本当に異世界なんだなと実感した。
じわじわと、今頃。
リュウキの家族は………声も届かない………遠すぎだ。
「……オン……」
(──ッ──ッ……!)




