隣町
夜のうちに町の中が騒がしかったが、事態は丸く収まったようだ。
見慣れない天井を眺めながら、一晩借りた室内で起きる。
すぐそばに触り心地の良い毛皮があり無闇に撫でてよいものか悩んだ。黒猫とは違うのだ……撫でたい誘惑を抑える。
朝日は普通に白いようだ。あの青い太陽もどきは何だったのか?
(空気も水も──光も。自然も人間も動物もいる──)
ぼうっとしていたら客室のドアがノックされ、朝食をどうするか尋ねられる。屋敷の主人やアルデ達と一緒に食堂でいただくか、もしくは部屋に運んでくれるそうだ。
寝起きから気を使いたくなかった。部屋へ運んでもらうことにする。……実は食べなくても、平気そうだった。
ショックが強すぎてタガが外れたらしい。無意識状態でも、いまリュウキは母親と同じ──神竜の覚醒状態だ。外見は変えていない。ただ、存在が人間から脱却していた。
「……」
唐突に人間止めるはめになるとは、完全に予想外。
「………クーン…」
「レテュー食べる……?」
ふるふると首を横に振る。リュウキの出した水だけは飲む。
運ばれてきた朝食を有難く頂いた。丸いかためのパンと、野菜を煮込んだスープ。新鮮な葉野菜のサラダ。果物のジュース。
食べて、胃に入った時点で分解され消えていく不思議。
片腕なのだが全く不自由を感じず、全て思い通りに動かせる。
見えない手がいくつもある感じだ。
目も、周囲の状況が全て視える。聴こえるし感じ取れる。夜中のうちに援軍が武装集団を捕え、平和が戻った町の住民はほっとして過ごしていた。
「オン?」
「……どうしよか」
感覚をひろげて調べるのは、まあできそうだが──何を釣り上げるか不明すぎる。
あまり、目立たない方がいいだろう。
もう少し大きな町へ行ってみよう。
屋敷の玄関に向かうと、リュウキを見かけた使用人さんが慌てて引き止めてきた。
ホルキンス氏……町の代表者はいま、隣町から応援に来てくれた代表者と会談中らしい。お礼も充分にしてない上、恩人に去られてはと泣きそうに説得される。
「いや、一晩泊めてもらったし」
ベッドで寝られただけでも有り難いのだ。身分不明どころか、別世界の存在なのだ。リュウキは見た目まだ17歳の子供である……引き止められる理由が分からない。
困っていると、騒ぎを聞きつけてアルデが走ってきた。
玄関から出て行こうとしているリュウキを見て、焦った顔になる。
「ちょっと待って! リューキ! 私と一緒に来てくれないと、助けてもらったお礼が!」
服を新しく借りたのか、きちんとした格好のアルデは別人に……普通にハンサムに見える。
白茶の髪は丁寧に編まれ、所作も洗練されたもの。黄色い瞳も特徴的で、とても一般人には見えない。
リュウキは自然、眉を寄せていた。
「……アルデ。お前、厄介事の最中か」
「えっ? あ、ああ……」
ギクリと足を止めるアルデ。
何者かに馬車を襲われ、森に逃げ込み、さらにあやしい武装集団だ。
「すまない……。隠していたわけではないのだがっ」
「そう」
玄関を開ける。
「あっ──」
玄関先に、兵士っぽい格好をした者達がいた。隣の町から援軍に来たという者達だろう。
「待ってくれ! 頼む! 君は命の恩人なんだ!」
「巻き込まれる方が面倒」
「うっ……!」
アルデを腕にしがみつかせたまま歩いて行こうとしたので、彼らもぎょっとしている。使用人さんは屋敷の奥に走って行った。
「頼む! せめて我が家までで良いから……っ、一緒に来てくれ……!」
「……」
「……オン」
かわいそうだから聞いてやれば、と子狼が見上げてきた。
そんなこんなで、馬車に乗ることになった。
急遽、町の代表者が話を聞いて準備させてくれたものだ。
御者が一人。騎乗して護衛をつとめる兵士が五人。使用人の少年が一人。
馬車と御者と使用人は町からの借り出しだが、兵士達は隣の町の者達だそうだ。ガタゴトと進む馬車……想像以上に乗り心地は最悪だった。
使用人の少年は、アルデの世話役らしい。大きめの籠に食料と飲み物が用意され、途中休憩時に全員にふるまわれた。
アルデはずっと、悄然としていた。
リュウキはずっと無言で子狼を撫でて過ごした。ちゃんと本人に許可をもらった。
隣の町まで三時間くらいの距離。町で一泊してから、護衛を整えてから出発するという。
そうして用意された高級宿で一泊した翌日。
「オン!」
レテューに起こされた。
「……ん」
なんだか辺りが妙に騒がしい。やたらと大勢の人間の気配がする。
宿屋の窓から外の様子をうかがい──リュウキは後悔した。
なんの冗談だろう。屋敷の周りが隙間なく、鎧姿に囲まれている。
朝食は部屋に運んでもらった。
「……オン?」
こうなったら諦めろ、とレテュー。
「……っ」
リュウキはひきつる頬を押さえた。
ドタバタと隣の部屋から騒がしい音がしていた。アルデの部屋だ。しばらく経つと静かになり、屋敷周辺の兵士達が引いていった。
このまま置いていってくれないかなーと部屋に引きこもっていたが、とうとうドアがノックされた。
「…………はい」
「失礼」
知らない人間が顔をのぞかせた。
身綺麗にした二十歳過ぎの青年。細身だが鍛えている気配がした。淡い茶髪にブルーグレイの瞳で、普通にイケメン。
リュウキとリュウキのふところにもぐる子狼とを見て、柔らかく笑いかけてくる。
「はじめまして。リフル・クライスリスと申します。リューキ様ですね? 主を助けていただき感謝致します。詳しいお話は移動しつつ致しますので、ご一緒に来ていただけますか?」
物腰は柔らかいが反論を許さない雰囲気というか……リュウキの苦手なタイプの人間だ。
ドア外には兵士も控えていた。断れる空気はなかった。
大人しく後についていく。宿屋の前に黒塗りのいかにも高級な馬車が。しかも馬車を牽引するのは、馬ほどの大きさの──。
「……竜?」
「はい。土竜ですね。ご覧になるのは初めてですか? 大人しいので大丈夫ですよ」
土竜は、子狼にじっと見られて身じろぎをした。
「馬車にどうぞ」
「……っ、リューキ、こっちへ」
二台並ぶ馬車のうち、先頭の馬車が急に開いてアルデが顔をのぞかせた。
「リューキっ」
「……キルアルデ様?」
リフルがいさめるのを、アルデは泣きそうな声を出して抵抗。
「頼む!」
「……」
「仕方ないですね。申し訳ありません、あちらの馬車へ」
リュウキもため息をつきながら、アルデと同じ馬車に乗り込んだ。