町へ
意外にも野営知識があるようで、近場の石と小枝で即席の焚き火が作られた。
子狼がとってきた獣は見た目ウサギぽかったが、ララギという小動物らしい。食べられるからありがたいと言われた。
リュウキはとりあえず、飲み水だけ自分で出した。子狼にも飲ませた。青年にも出してやったらなぜか固まり、泣きながら飲んでいた。よほど喉が乾いていたのだろう。
「素晴らしい! こんな水は……ゴクゴク……ッ」
服はボロボロだが、傷も血の跡もないことに気付き、青年は大袈裟に驚いていたが、リュウキが助けた話は信じたようだ。
「ありがたい……感謝する。今すぐ礼ができないが、帰れたら必ず。……私は──アルデ……と言う。君の名をきいても?」
腹ごなしして落ち着いたのか、青年は改めてリューキを見る。不思議そうに好機の眼差しで。
「──リュウキ。こっちはレテュー」
「オン」
「……灰色狼かな? にしては色が珍しいね。君は獣術士?」
「じゅうじゅつ?」
「魔獣を操る職業だよ」
森の中が明るくなっていた。小鳥のさえずりも、獣の気配もする。
ずっと森の中にいるのはさすがに大変だ。近くに町や村はあるか尋ねると、不思議そうに見られた。
「町なら、多分……だが今は危険かも知れないよ」
「?」
「すまない。地元の住民ではなかったんだね。森の民でもなさそうだし……。わかった。町へ向かおう。ただ」
アルデは何か言い淀む。
理由は町が見えてきた時に判明した。
町は、武装集団に包囲中だった。
「…………なにあれ」
じとりとアルデを見ると、青年はすまなそうに眉を下げた。
「分からない。馬車に乗っていたら襲われてね。部下が逃がしてくれたが……狙いは私のようだ」
情報収集と安全な場所の確保までが、ちょっと面倒な模様。
武装集団の武器や装備は統一感があった。外と中と、両方見張っているようだ。
町の外壁は3メートルくらいか。土を固めた物のようで、あちこち崩れて弱々しい。森側で高さのある場所へ移動しつつ、大木の影から様子を眺めてみる。町の入口は2箇所、見張りは多い。
町の建物は木製が多い。だいたい二階建。屋根も木製。ひなびた空気が漂う。貧しいというよりは田舎ぽい。
時間的には昼くらいだが、とても静かだ。土をならした通りを武装者らが巡回し、町の住民は家の中に引っ込んでいるのだろう。
町の中心に、少し大きく立派な三階建ての建物。庭が広く、いまそこにたむろっているのは武装者集団。20人くらいいる。ふたりばかり、様相の目立つ男。
「アレか」
「オン」
リュウキの視える視界を、レテューにも視えるようにつなげられた。子狼はいまリュウキのふところに──シャツのボタンをみっつ開けて頭だけ出している。はぐれ防止と安全確保のため。
「……」
ピクピク耳が動くのは音をひろっているのだろうか。じっと見ているとなんだとばかり、見上げられる。
「なんでもない。──はやめに、なんとかしよ。……いくか」
「えっ、あの、いくって……えっ」
アルデが慌てているが、知った事じゃない。
姿を消す術と、空を駆ける術で町の真ん中まで向かう。翼はキラキラが消せないため却下。
なるべく速攻で頭をツブす。レテューが教えてくれるから迷わない。その前に……。
「なんでついてくる」
「えっ、えー、だって君……あっ、落ちるー!」
空中へ飛び上がったリュウキの左脚に、アルデはしっかりしがみついてきた。咄嗟の反射神経だけは良いようだ。ただし力はない。
ズルズル滑り落ちそうになり、仕方なく一緒に浮かす。片足に青年をぶら下げたまま……町の中心に向かう。
「この町の、偉いやつは信用できるか」
「えっ? うーん……悪い噂は聞かないかな?」
「武装集団に、見覚えは」
「……ええと。……わっ、蹴らないでくれっ、見覚えというかっ、話で聞いた連中かもという程度でっ! 証拠はないし!」
「ふうん」
「あっ──わああああ──!」
青年を落としてみた。
お屋敷の庭でかたまっていた武装集団の、リーダー格らしき二人の上へと。
町の偉い人を先に助けるかで迷ったが、レテューが先にコッチと示す。
ドサドサッと鎧姿の男が二人潰れて、アルデはその上に仰向けに倒れている。何事かと周囲の人間たちが見ている。
「なっ──カシラ!」
「どっから降ってきやがった! こいつ……!? ああ?」
目を回しているアルデの顔を見て、駆け寄った武装集団が動く。
「キルアルデ!?」
「カシラの上からどかせろ!」
「なんだ……何が起きた!」
アルデを引っ張りあげる者。倒れたリーダーの二人を介抱する者。呆然と立ち尽くす者。
「オン!」
不測の事態にあやしい動きをする者。
「……ぐあっ!」
カシラと呼ばれた男の懐から、何かを抜き去った男。その背中に勢いよく降りる。
何かが地面にポロリと落ち、子狼が素早くソレをくわえた。すぐにリュウキの元に戻ってくるのを受け止めた。
ソレは布でくるまれた、小さな──石のようなモノ。ピリピリとする。
(ヘンな気配……)
「それは!」
「このガキ、いきなり現れたぞ!?」
「つかまえろ!」
どうやって武装集団を相手にしよう──一瞬考え込む隙に、ふところのぬくもりがまた離れた。
「! レテ……っ」
「オン!」
青いシルエットが走る。
近寄ろうとしていた男が吹き飛ばされ剣を抜こうとした男は足を折られ。ナイフを投げかけた男は手首を噛みちぎられ。逃げようとした男は背中を折られ。
圧倒的な速さと力。青いシルエットだけが嵐のように翻弄し蹂躙する。
「……うっ……痛っ……、……え」
アルデが目を覚ました時、すでに庭は死屍累々。
「え? あれ? いったい何が……ええっ?」
リュウキはリーダーの持っていた不思議な石を眺めて首をひねっていた。
子狼はさっさとリュウキのふところに戻って頭だけのぞかせている。何もなかったような顔つきだった。
お屋敷の偉い人達は無事だったようで、武装集団が倒れたあとお屋敷からぞろぞろ出てきた。
ほっちゃりのほほんとした男が、戸惑いながらもリュウキに礼を言い、アルデにも頭を下げる。
昨日、突然街を占拠され、屋敷に閉じこもるしか出来なかったらしい。
屋根の中には守衛もいたが、五人だけで、多勢に無勢、攻勢に出られなかったとか。
「まだ、町の中とか外に残ってる」
「それでしたら、隣の街に援軍を頼みましたので、そろそろ到着するかと……」
結局、武装集団はある人物の私兵という事で、リーダーの二人は縛って屋敷の地下に閉じ込め、その他は庭の隅に放置された。
お礼になにか、と言われたので、ちょっと考え込む。
この世界を創った存在くらいでないと、世界を渡る方法なんて分からないのでは。
「……」
「……クーン」
焦りそうになる。
「……一晩、泊まりたい」
「一晩と言わず、何日でも歓迎いたします。キルアルデ様もどうぞ──」
「あ、ああ。世話になる、すまない……迎えがくるまでは」
使用人の女性に客室へと案内されて、ようやく一息つけた。
3階の窓から、町の通りが見える。屋敷のまわりに武装集団の残りが集まってきているが、門を閉じたため侵入できないのか右往左往していた。