久しぶりに
小鳥の飛んでいく先を、何気なく目で追うと、城壁の近くの高い木に巣があるようだ。
ピチュピチュと高い声で鳴く小さな小鳥達が、色とりどりの屋根の上を跳ねる。
王城の白灰色の塔の周りは、いつの間にか緑の蔦が巻き付き、ぐるりと囲まれていた。アイビーに似た、可愛らしい葉っぱが飾りのように見える。
塔の屋上から眺める景色が、予想外に見飽きなくて、いつまでも見ていられた。
朝の鐘が鳴ると、ゆっくりと人々が動き出し働きはじめ。
昼時は賑やかにざわめき、市場があるらしい広場が、屋台や買い物客でいっぱいになり。
夕方になると、ゆっくり家路に着く人々、荷馬車が街中をあちこちへと向かい。
それなりに広い王都の三重の壁の中では、兵士達が一日中、見張りや見回りをしている。
特に混乱も、騒動も起きず、やけにゆっくり流れる王都の時間は、ひたすらなごやかだ。
空がひろい……外壁周辺に畑や森が豊かにひろがり、小動物が棲み、遠くには山がうっすら連なり雲が流されていく。
朝晩は少し冷え込むが、雨が降らない限り日中は暖かい。とても、過ごしやすい気候の土地だ。
毎日、飽きずに王都を眺めていたら、よほど暇そうに見えたのだろう。
「一応、歴史書とかがあるよ。暇なら図書館にでも行ってみるかい?」
一日中、本当に誰も来ないし、やることと行ったら景色を眺めて、待つだけで。
「本はいい」
首を横に振るリュウキに、キルアルデは苦笑する。
「待たせてすまない。帝国領地は、別の大陸だからね。伝承鳥を使ってやり取りしているけれど……それでも、半月は、かかるかも」
王城内は好きに出歩いて良い、とは言われたが、人見知りである。ただでさえ、大勢の人々が出入りする城内をうろつきたくない。
変な人物は、おそらくいないようだが。
離宮、だろうか。斜め横に建つ別の建物には、例の厄介な帝国の姫君が隔離されていて……ちょっとイヤな感じはする。
「伝書鳥……」
「セリフバードって呼ばれているよ」
待たされるのは、仕方ないと理解していた。
ろくに調べず、闇雲に動き回っても、無駄に面倒が増える、ような。
そのお陰で、女神様を発見できたから、悪くはなかったと思いたい。
帝国の方向だけ教われば、飛んで行くのは簡単だろうが、漠然と動いても──。
(……急がば回れか)
だから、待つ。
幸い、塔の居心地は悪くない。
塔に訪れるのは、キルアルデ達のみ。他は近付かないよう、命令が王様からおりているとか。
「それよりも、こないだ、教会の鐘が鳴っただろう? あれでちょっと……厄介な事が起きていて」
世間話のついでに、キルアルデの口からポロッともれたのは、愚痴だ。
『それは──我のせいか』
ひょっこり、女神様がリュウキの背後から現れる。その姿は、少し変化していた。
豆粒サイズだったのに、今の女神様はちいさな人形サイズになっている。10センチくらいか。
キルアルデ達が、一瞬だけ固まって姿勢を正す。かわりに、リュウキが質問した。
「……なにか、した?」
『祝福を。我の信者ならば、当然の恩恵じゃ。……少し運が良くなる、程度じゃがな』
大きくなったという事は、教会に行った甲斐があったという事で、それは良い。きちんと機能している教会なのだろう。
だが三人は、微妙な表情だ。
「運が良くなる、です、か」
キルアルデは、女神様に恐る恐る、話しかける。
「では、いきなり魔導が使えたり、人柄が変わったり、はしないですよね」
『魔導は、生まれつきの魔力と、鍛錬なしでは使えぬぞ? 人柄とは……なんの話じゃ?』
「……実は」
初心者マークの棒が刻まれたギルドの証を手首に通して、モイエンは王都のギルドを訪れていた。
格好はいつも通り、巡教服の上から、真新しいローブをまとい、腰には大事なウエストポーチ。
今日はさらに、採取用の皮袋も手にしていた。
情報収集も兼ねて、よそ者でも堂々と動けるギルドの仕事をこなしつつ、ついでにランクも上げようとしていた。
冒険者の中なら、獣人族もたまにいる。女子も珍しくはない。ただ、新顔という事でちょっとばかり周囲から興味の視線は集めていたが──王都の冒険者達は、礼儀正しい。
気軽に挨拶が飛び交い、きちんと会話が成り立つ。荒くれ者など、見当たらない。治安が良い証拠。
(ルデリウツ、特性ってトコかしら?)
居心地良すぎて、逆に落ち着かない気分になる。
それなりに賑やかなギルド内の、報告窓口に並んだ所で、ふと耳を済ませる。
「……を持ってるらしいぜ」
「……だろう? 本物かねぇ」
ちょっと、普段と違う、新しい話題があるようだ。
「まさか、いくら遺産があったって、聖女サマの後継者にはなれんさ──」
聖女。
ピクッと尻尾が揺れた。
種類ごと、品質ごとに分けられた薬草を、使用方法ごとに処理して行く。
乾燥させるもの、生のまま抽出に回すもの、様々だ。
朝から晩まで、薬草の仕分けは仕事が続く。
王都のほとんどの治療師へ回す薬草を、教会が半分は処理している。だから、量が半端ない。
「これが腹痛、こっちは熱冷まし、これが痛み止め」
「そうそう、最低、この三つを覚えてね。一番、使用量が多いのよ」
ソワは真剣に、先輩修道女から薬草の知識を教わっていた。
匂いや手触りで知ってはいても、目で見るのははじめてだ。何もかもが勉強になる。
「ソワは、熱心ねぇ」
ふと、不思議そうに先輩に尋ねられ、自分の動機を思い出して、思わず頬がゆるむ。
「いえ……私の知る中で、老師様が一番立派な方だったのです。目標にするなら、一人前の修道女だと、気付いたのです」
「そう。確か、旧共和国へ派遣された方よね?」
「はい!」
静かな教会に、騒ぎがやってきたのは、それからすぐだった。
教会の前に、貴族らしき馬車が停り、数人が降り立ったのだ。
「この教会の、責任者はどこ?」
聖堂には、ちょうど年配者達が集まって、話し合いの最中だった。責任者は、一番高齢の老女だ。いぶかしみながらも、対応に出た。
「……私ですが? 貴方様は……?」
十代半ばの着飾った令嬢は、古い教会の入り口で、唐突にのたまった。
「私を、聖女認定なさい!」
「……聖女の遺産?」
「そう。第二都市に封印してあったソレを、勝手に持ち出した上に、聖女の後継者だと言い出して……周りがいさめても、止めなくてね。最近の困り事なんだよ」
女神様と、目が合う。
『──本物なら、さすがに我が気付くぞ? しかし……鐘を鳴らしたのは、タイミングが悪かったようじゃな』
「鐘?」
『ううむ。伝承では、聖女が現れると、教会の鐘が鳴ると……伝わっていたようじゃな』
皆の視線を集めてしまい、女神様は後悔した。
嬉しくて、余計な事をしたらしい。
「でも、その令嬢は黒髪じゃないから、かろうじて信ぴょう性はないし……多分、大丈夫ですよ」
リュウキはちょっと、イヤな顔をした。
その眼差しを、キルアルデは笑って受け止める。
「いまさら、聖女の後継者が名乗り出ても、別に何かあるワケでもないから。リューキ達には関係ない。……それよりさ」
いきなり現れて、聖女認定を迫った貴族令嬢の話題は、翌日には王城にまで伝わってきた。
慌てて両親が令嬢を引き取りに来たらしいが、騒動の様子は街の人々も目撃していた。
平和な王都だ。ちょっとした騒ぎは、面白おかしく話題にされる。
そして、現場の教会内では、少しだけピリピリした空気が流れていた。
ソワが、一連の話を聞いたのは、食堂でだった。
「……聖女様、認定ですか」
「そう。どこの令嬢かは知らないけれど、すごい剣幕だったらしいの。認定しないと天罰が落ちるだの……また、来るかも知れないから、ソワも気をつけなさい」
「……はい」
修道女達や、修道士まで、苦い顔つきだ。よっぽどその令嬢の態度が酷かったのだろう。
瞬きして、一応頭に入れて、ソワは黙々と食事を頂いた。
教会の食事は、意外と美味しい。豆類や、芋類、葉野菜、パンもある。どれも新鮮で、味が美味しい。
「美味しい……」
思わず、呟く。
「そりゃあ、聖女様がレシピを作ったからね」
「美味しいよねー、あたし大好き」
「コロッケが好き」
「唐揚げでしょ!」
食堂の話題が、一気に食べ物の話に変わっていった。
夜。自室の布団に入って、ため息をつく。覚える事がたくさんあって、大変だけれど楽しい。目指すは、自分を養ってくれた、老師様だ。
もらって良いと言われたウエストポーチは、枕元にある。お守りのような安心感に包まれながら、眠りに落ちて。
翌日、早朝はみんなで掃除をする時間だ。担当場所は毎日変わる。今日は、聖堂だった。
第二都市にあった聖堂よりは、少し狭いくらいの、古い古い木造の建物だった。
二階部分まで吹き抜けで、木製の梁が屋根を支えている。乾拭きして、ホコリを払い、女神像を丁寧に拭けば終わり。
ついでに、お祈りをちょっとだけ。
(女神様。今日も頑張りますね!)
軽く祈っただけだったが、反応が返ってきた。
『うむ、ソワか? 励むが良いぞ』
「……」
思わず女神像を見上げれば、悪戯っぽく目元が微笑んでいた。
反射的に、微笑み返した。
王都の日々が、ゆったり過ぎていく。
抜けるような青空に、爽やかな風が吹く。
綺麗な空が、刻々と色を移し光をにじませる。
小鳥たちがあまりに自由に空を飛び回るのを、眺め続けたせいなのか。
段々、羨ましくなってきて。
気が付くと、塔の最上階にばかりいた。一番王都が、美しく見える位置の、胸壁がお気に入り席になっている。
たまに訪れるキルアルデ達も、あまりに天気が良い日は、揃って日光浴をした。
夜の星空も、息づく大魚のようで──そう感想をもらしたら、アレが星魚だと普通に返され、閉口した。
夜空は全て星魚らしい。……という事は、夜空が世界をかじるのか。
理解不能だが、把握はした。
小さな子供ですら知っていると言われたら、反論できない。
小鳥達が、塔に遊びに来るようになった。
キルアルデが嬉しそうにエサをやる傍ら、メイドがまた騎士を叱っている。
微笑ましく聞きながら、小鳥達に催促されて、つい手をのばす。
バサリと翼がひろがる……。
(あ)
ごく自然に、空へ上がって、遠くまで、なだらかな風景を眼下におさめていた。
風を浴びるのが、ひたすら心地いい。
王都も、遠くの都市もチラホラ見える。息づく全ての息吹を感じる。土地の良さも、清浄さも、ルデリウツという国を守護する意思の存在も。
近くの森で採取している銀狼人の少女も、教会の倉庫で作業中の修道女の少女も、塔の最上階で呆けるメイドや騎士とは別に、美しいものを愛でる眼差しを向けてくるキルアルデの眼の特殊さも。
「────」
王都の建物の中庭から、こちらを見上げた見知らぬ少女も。
全て把握しながら頬にかかる髪が邪魔でかきあげ──金色の髪に気付く。
戻ってしまった。
いや──ようやく、この世界に馴染んだ。
左腕が、ごく自然にすうっと生える。いきなりで焦った。慌てて子狼を探す。
最上階に、置き去りにしてきてしまった。ちゃんと、消えずに存在している。
心底安堵して、いまなら可能だとわかった。
彼を取り戻す。
見詰めると、子狼が金の粒に包まれ輪郭が融けていく。解けて、戻っていく。魂の形通りに。
さすがに驚き身を引くキルアルデ達の目の前で、ゆっくり降り立ったリュウキは空間倉庫から、ローブを取り出した。
片膝をついた姿勢で、俯いたままだった彼が、ぴくりと震えた。
顔を合わせるのが──目を見るのが、少し怖い。
ちゃんと元に、全て取り戻したつもりだが少しでも欠けていたら? 記憶や思考や性質が変わってしまったら?
永遠に、失うことになる……。
「───」
背中側から包んだローブの、襟元を握るリュウキの手の上からしっかりと掴み、震えながら、その唇が開くのを見守って。
「──…っの……大馬鹿! 自分の腕を千切る奴がいるかふざけんなッッ!!」
ガシッと首をつかまれ、真正面から怒鳴られ、久しぶりに、アイスブルーの瞳に睨まれた。
安堵のあまり、反射的に笑ってしまったのは、仕方ないと思うのだ。




