鐘楼
やるべき事を、紙に書き出してみた。
帰る方法を探す。
そのために、女神様の復活を手助けする。
あとは。考えようとしても詰まってしまって、思考停止してしまった。
「……」
「オン?」
子狼が、撫でさせてくれるのが救いだ。
優先順位を、間違えないように、しないと。
うっかり、やらかさないように。
朝、昼、晩、と鐘楼の鐘が鳴る。
人々は、その鐘の音を頼りに、生活している。
王都は、建物も歴史が古いが、設備はきちんと整っていた。上下水道の管理に、定期的な点検、掃除、衛生管理。
全て、聖女さまからの指導の賜物。
九百年前、帝国とやらで勝手に召喚されてしまった聖女さまは、能力も知識も、とても素晴らしかったらしい。
生憎、当時の遺産は少なく、第二の都市が残っているくらいだが、絵姿や、伝説は多数。古い家の奥には、記念コインなど、貴重なお宝が眠っていたりする。
聖女さまがいなくなっても、ルデリウツ王国は彼女の残した仕組みを、大切に大事に、受け継いできた。
法律まで、きちんと作られていた。
そして、聖女さまのお陰で、この国には魔物がほとんどいない。
安定して農業が出来るし、気候も穏やかで暮らしは豊か。ただ、王都や第二都市から距離が離れると、その恩恵は途端に薄くなっていくとか。
(遺産……遺産……なんだっけ)
何か、忘れているような。
地味だが、高級な馬車の後ろを守るように、銀狼人で導き手のモイエンは、自分の馬車を走らせていた。
野盗に襲われていた馬車をなんとか助けた所、馬車に乗っていた人物に頼まれて、王都までの護衛をする事になったのだ。
いつもなら、助けはしても、それ以上は深く関わらない。
だが、ちょっと気になる事があり、護衛を引き受けてしまった。
(柄じゃないわ)
一晩、野宿はしたが、何事もなく王都に到着。
「本当に、助かりましたわ。ありがとうございました。きちんとお礼をしたいので、我が家に寄って頂けませんか?」
十代半ばの令嬢が、丁寧にモイエンに接する。
馬車に乗っていたのは、ルデリウツ王国の、とある貴族の娘だ。
ルデリウツ王国は王制で、貴族制度がきちんと残っている国だ。
娘の家はしがない男爵家。ただ、令嬢はとても可愛らしい、可憐な少女だった。
ついでに、娘の邸宅にもお邪魔して、家族に感謝され、幾ばくかお礼も頂き、そのまま泊まる流れになった。
男爵家の邸宅は、第二の城壁の外側近くの小さな庭付き屋敷。下級貴族なら、この程度らしい。
令嬢は、モイエンをいたく気に入り、頑張って話しかけてくる。外の世界の話が、冒険譚のように思えるのだろう。
目をきらきらさせて、話をせがまれた。
そして、だいぶ打ち解けた所で、令嬢に聞く事が出来た。
「聖女さまのお祭りですか? ええ、友人にすすめられましたわ。何も見つかりませんでしたが……」
令嬢は、あの街の大聖堂で参加賞にもらえる、花飾りをつけていたのだ。
言ってはあれだが、田舎っぽい街の、寂れた風習である。
貴族の令嬢が、わざわざ馬車で二日掛けてまで、参加するようなお祭りなのか?
「怪しい」
「?」
「その、お祭りをすすめてくれた、お友達というのは?」
「ナーセリー伯爵令嬢ですわ」
「その、お話を、聞いた人みんな、第二都市に?」
令嬢は、頬に手を当て考え込んだ。
「皆様かは、分かりませが……二人だけの時に、こっそり教えてくれて」
「うわー」
「??」
モイエンは、素直すぎる令嬢に、どうしたものかと悩んだ。
別行動になり、置いて行かれたのは仕方ない。結局は、自分の中で何が大切なのか、だから……。
「お嬢様、よけいなお世話だとは思うけど、そのお友達の言う事を、全て信用するのは危険な気がします」
「えっ?」
令嬢は、モイエンの獣耳や尻尾を見ても嫌な顔はせず、普通に接してくれた、差別意識のない、良心的な子だ。
貴族にしてはのんびりだし、可愛らしいし、素直すぎる。
リュウキに出逢う前なら、世話焼きとばかりに、令嬢の事情を解決するまできっちり協力していただろう。
でも、今は無理だった。
早く、リュウキを探したいし追いつきたい。
自分がこんなに執着するなんて、予想もしていなかった。
(本当にもう!)
だから、忠告だけはして、令嬢とは別れたのだった。
旅をしていると、様々な人々と出逢うし、別れる。
導き手の仕事が、本当に正しいのか、時には迷う事もある。
だが、モイエンには、生まれ着いての野生の勘が備わっていて、重要な人物、物事に出逢うと、毛皮部分がザワザワして分かるのだ。
(ルデリウツ王国の王都は、はじめて来たけど、噂通りだわね)
良心的な国民と理性的な貴族。堅実で地味な田舎のお国柄。聖女の奇跡に長く護られる、唯一の国。
城壁を、一般市民の側へと通過し、賑わう街で宿を探しながら、さりげなく周辺を探る。
獣耳は人族より、音が良く拾える。人々の噂やつぶやきは、とっても為になる。
さらに、残り香も……見つけられた。
1軒の、宿屋の前で足が止まった。
茶色のローブを揺らして、そこに入った。小さく清潔な宿屋。
もらったウエストポーチは、万能すぎた。
モイエンの馬車と愛馬は、空間倉庫の中に、入っている。だから身軽に、こうして歩き回れている。
一人部屋を借りて、夕飯を食べに、匂いが残る食堂に入った。付近に住んでるらしい住民が興奮して喋っている内容を、じっくり聞く事が出来た。
聞きながら、呆れてしまった。
珍しい黒髪黒眼で目立つのはわかる。だがそれだけで、城から迎えの竜車が来たとか、さっぱり成り行きが分からない。
「なんで、よりによってお城なのよ……っ」
簡単に入れないではないか。
それでも、諦めるという選択は、彼女にはないのだが。
諦めの悪い少女が、もう一人。
王都の教会は、由緒ある歴史の古い教会だ。
規律が厳しくて有名で、大分断後も変わらずに、女神様を信仰し続けた教会である。
分断以前は、聖なる魔法──治癒魔法が扱える修道女達がいて、甲斐甲斐しく人々を助けていた。
だが、大分断後、その治癒魔法が使えなくなってしまった。当然、混乱したのだが──。
「こちらの部屋にある棚が、全てこの地域周辺で採取できる、薬草類です。貴方にはまず、薬の種類から覚えてもらいます」
「はい」
白い修道着に身を包み、仕事の説明をするのは、この教会の年配の指導者だ。
案内された部屋は、二階部分まであり、壁一面に木製の棚が並び、薬草の香りがしている。
部屋の真ん中には薬草を選別するテーブルや、籠が配置され、修道女達が忙しく仕事をしていた。
「ララメナ」
「はい、お呼びでしょうか」
テーブルで作業していたひとりが呼ばれ、素早く近くまで来た。
「今日からこの教会で預かる事になった、ソワです。あなたの後輩になるので、指導して上げなさい」
「はい、分かりました」
「住み込みなので、余ってる部屋や、規律も教えて上げなさい。……では、ソワ。そなたに女神様の導きが、ありますように」
「ありがとうございます。誠心誠意、つとめます」
年配の指導者が部屋から出て行くと、先輩の修道女がぎこちなく、手招いた。
「まず、荷物を部屋に置いてきましょう。ローブと、そのポーチだけ?」
「はい。ソワと申します! よろしくお願いいたします」
「ララメナよ、よろしくね。ではついてきて」
住み込み用の部屋にひとまず案内され、この教会での規律を口頭で聞く。ローブだけ畳んで置いて、ポーチは付けっ放しで大丈夫と言われた。
食堂や水場の利用方法を聞き、さっそく先程の、広い薬草倉庫に戻って、仕事内容を教えてもらう。
──治癒魔法が使えなくなり、まず教会が取り組んだのは、薬草などの古い処方の、取得だった。
薬師や治療師達に教えをこうて、学んだのだ。
病人や怪我人は、常にいるのだ。治癒魔法が使えないからと、患者を投げ出す信者は、一人もいなかったという──。
『素晴らしい、信仰心じゃ』
ソワと共に、王都の教会を訪れた女神様は、ひたすらに感心していた。
代々の修道女達の、修道士達の、揺るぎない信望が、女神への厚い信仰心が、この教会に染み付いている。
大陸から消滅せずに、わずかながらも存在が残ったのは、この地の信者達のお陰かも知れない。
聖堂も、古い当時のまま、残っていた。
天井の梁を伝い、古い古い、木彫りの女神像に飛びつく。
確かな信仰心を、力を受け取る。
『感謝を──そなた達の努力、想い、無駄にはせぬ』
ふいに、教会の鐘が揺れる。
カラ、カランと、錆び付いていたはずの、鐘がかすかに鳴り響く。
昼の鐘は先ほど鳴ったばかり、強風も吹いていない。
王都の人々は不思議そうに、教会の信者達は信じられないように、その音を耳に肌に、感じた。
王城の、空中庭園の先の白い塔は、螺旋階段が外側に巡り、真ん中部分に部屋がしつらえられている。
大元は、遠くを見張るための物見の塔だ。
倉庫だった部屋をきれいに改装して、住めるように水場も作ってあった。
ひと部屋の広さは10畳ほどか。部屋の形が円形なため、家具は壁にピッタリ作り付けた半周のソファと、真ん中にシンプルなベッド。ちいさなテーブルと椅子。
ちいさな四角い窓が間隔を開けて並び、ちょうど螺旋階段の窓が同じ高さで開けられ、外の景色も小さく切り取って見える。
秘密の隠れ家のようで、王城の奥に建つため、とにかく静かである。
その塔に訪れるのは、この王国の第二王子様だ。
馴染みのメイドと騎士だけをお供に、空中庭園の中ほどで足を止めて、ついつい見上げていた。
この塔は、彼のちいさな頃からのお気に入りの場所だ。宝物を入れておく綺麗な宝箱みたいで、いつか素晴らしいモノを入れるのだと、子供心に誓っていた。
だから念願叶って、キラキラ輝く白い塔を、うっとりと眺める。
それは、魔導士が使う魔法や、時おり空に見える魔法の光より、厳粛な何かを感じる特別な輝きだった。
見ているだけで、胸のうちがすうっと綺麗になる。
勉強がてら、聖女関連の書物も読んだのだが、きっとそれとも違う。
「凄いなぁ。光……煌めき……そのものを閉じ込めたみたい」
「殿下?」
「なんでもない、行こうか」
あの輝きは、特殊な眼を持つ彼にしか、見えないだろう。
空中庭園から塔につながる短い橋の先に、塔へ通じる扉がある。直接、塔の三階に入れる入り口だ。
扉を開けると、軽やかな鈴の音がして、来訪者を告げてくれる。
「お邪魔するよー」
返事がない。つまり、勝手に入れという事だ。
四階、五階へ上がっても、姿は見えない。どうやら最上階の、屋上にいるようだ。
螺旋階段を上がりきり、視線を巡らせると、塔の胸壁の上に座って、後姿だけが見つかった。
「リューキ!」
ひょっこり顔を覗かせたのは、青灰色の子狼で、リュウキの膝上から床に飛び降りた。
「オン!」
「……ん」
物憂げなため息と共に、ようやく身動ぎして、ゆっくり振り返る、その瞳の透逸さに目が奪われる。
普段は黒髪に黒目なのだが、何かの拍子にその姿が色合いを変えて、キルアルデの瞳に見えるのは──黄金のサラサラの長髪に、星の輝きを宿した黒い瞳と、光の翼を持つ、ひとならざる端正な存在。
まばたきする間に奇跡のような輝きはかき消えて、普通のヒトの姿になってしまうのを残念に思いながら、素知らぬフリで歩み寄る。
「お昼を、一緒に食べよう? ワインもあるよ」
「オン!」
返事をした子狼に催促されて、ようやく胸壁から降りて来た。
五階の最上階の部屋で、テーブルにお昼を並べ、皆で一緒に食べる。バスケットに入った、簡単につまめるサンドイッチや、串肉等だ。
というか、この狭い部屋のテーブルでは、普通の料理は無理だろう。
ガツガツ肉串ばかり食べる騎士を、メイドがいつものように叱り、キルアルデが二人をなだめ。
浅いお皿に注いだワインを、子狼が美味しそうに飲み。
「あれ? 連れの子は?」
人数分用意してきたが、一人分余っている。キョロキョロ探すキルアルデに、リュウキは何故か口ごもって、ちょっとだけ、窓の遠くを見た。
「……女神様と一緒に、教会」
「えっ?」
「……一人前に、なりたいんだって」
なれたなら、その後は───そこまで教える必要は、ない。リュウキが向けられた、少女の望みは他人に話す事じゃない。
だから困惑している。
そこまで執着されるなんて、思わなかった。
置いてきたはずの、獣耳の少女も、また現れるような気がする。
困惑してサンドイッチをかじるリュウキを、王子様とメイドと騎士が面白そうに見詰めている。
「……アレですわね」
「……アレだな」
「……若いなぁ……」
「……何だよ」
そんな時だ。
はじめて聴く澄んだ鐘の音が、王都全体に、細く高く響き渡った。
注射痛かった( ノД`) 一日半くらい筋肉痛な痛み。
もっかい行かねば。




