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異世界王子様ライフ3  作者: 銀紫蝶
第一部
13/57

被害者(狼少女)


「女神教、『導き手』の、モイエン・ビャクマ。銀狼人よ」


服の裾をしっかり掴んだまま、唐突に少女が名乗る。


「女神……教?」


ピクッと頭部の獣耳が動く。


言われてみれば、彼女の格好が、まるで修行僧のようなものだ。


胸元と腰回りに布を巻き付け、あとは袖の無いフードのついた長い外套。


一般人にも、商人にも見えない。肩までの髪も砂ぼこりにまみれ……リュウキが浄化をかける前は、かなり薄汚れていた。


むっちりした身体付きは、多分鍛えているからだろう。腕や拳、脚にも布が巻いてある。


名乗った少女は、ムスッとしたまま、待っている。


──待っている。


「……え、オレも?」


「当たり前でしょうっ! 名乗られたら名乗り返しなさいよっ!」


距離が近いので、キャンキャン吠えられると耳が痛い。たしかに、犬っぽ……ギロリと睨みあげられる。


仕方ない。


リュウキはしぶしぶ口をひらく。


「藤龍輝。地球の日本人。異世界で迷子中。こっちはレテュー。……黒猫教?」


「……??」


分からない顔をされた。当たり前だが。


穴の空くほど、じっと見詰められる。


「……ウソは、言ってないみたいね」


そういうスキルか、またはカンなのか。今ので通じたのか?


「で、いったいどこから現れたのよ? 見渡せる範囲に、あなた……トー? の気配はなかったわ」


リュウキは上空を指差す。


少女はつられて上を見て……察知したらしい、わなわなと口を開け閉めさせた。八重歯が牙っぽい。


「そっ、空を飛んでたの……っ?」


「そう。あと、名前はリュウキ。藤は苗字」


「り……リューキね。分かったわ」


「……えっと、モイエンさん?」


「なによっ?」


「離してもらえると……」


「離さないわよっ、逃げられるじゃないの!」


子狼も、困ったように見上げている。


なにせ、悪いのはこっちだ。悪気はなかったとはいえ、下手したら彼女も真っ二つだったろうから。


「……どうすれば?」


少女──モイエンも冷静さを取り戻したのか、顔が近すぎなのに気付き、慌てて身を引いた。ちょっとだけ頬が赤い。


「と……とりあえず、共和国に向かうわ! り、リューキは何処へ行くの?」


「……あっちの方」


「あっちじゃ分かんないわよっ、国名とかはっ!?」


「知らない」


「はあっ!?」


神殿のある都市名を聞いただけで、国名まではちゃんと確かめていない。


近くまで行けば、なんとなく分かるだろうと思っている。


実際に『神』に等しい存在がいるなら、または残滓でもあれば。


少女はぶつぶつ文句をつぶやいていたが、リュウキの目的が神殿であると聞くと、馬車に乗れと言ってきた。


「仕方ないわねっ、今どき神殿詣でなんて流行らないけど、このあたしが連れてってあげるわ!」


「いや、ひとりで行け」


「いいから乗りなさいっ」


ぴるぴる震える獣耳を見て、怯えながらも懸命に強気に振舞っているのに気付く。


「……」


若い娘が荒野を一人きりで進むのは、かなり勇気がいるに違いない。


絶対逃がさないと涙目で睨まれ、リュウキは観念した。……近場の街までくらいなら、この少女に付き合っても。決して獣耳に魅かれたワケでは。


「オン!」


「え? なんで屋根の上に乗るのよ」


「馬車の中、荷物いっぱいみたいだから」


「あ」


チラッと確認したが、少女の衣服が散乱していたのだ。


モイエンは真っ赤になって、乱暴に馬車を走らせた。







女神教がなんなのか尋ねたら、なんで知らないのかと怒りながら、教えてくれた。


「昔から、大陸が分断される前からずっとある、『名も無き女神』様を信仰する教えよ! なかでも導き手は、迷っている人を導く指導者として、世界中を回るの。え? 他の教え? ……あなたねぇ、それをあたしに聞くの?」


ぶつぶつ文句を垂れながらも、律儀に教えてくれる。


「最近出てきた……分断されるちょっと前に流行った、『解放教』があるけど……人の全ての自由を認める、とかいう危ない教えよ? スキルを勝手に作ったり売買して、危険なの。間違っても関わっちゃ駄目よ? アイツらは無法精神だから」


スキルを作って売買? 何処かで聞いた気が。


リュウキは、もう見えなくなっている、辺境都市を振り返る。


……まぁ、もう会う事はないし。





荒野にも、当然魔物や動物が出没する。


岩に擬態した岩トカゲやら、砂ぼこりに紛れて襲ってくる砂蜂の集団やら、

荒地をうろつく死犬の群れやら。


「……ゾンビ?」


「死王の配下と言われてる魔物よっ! 不味いわ、炎魔術なんてないから、逃げるわよっ!」


枯れ草が襲ってきたり、動く水溜まりが襲ってきたり。


「……スライム?」


「汚れ水よっ、触らないでね! 溶かされちゃうから!」


子狼の出番もなかった。御者の腕前は確かで、器用に魔物達から逃げる。逃げる。


馬車の屋根から落とされないよう、しがみつきながら、こっそり結界を張っていたが──気付かれていない。


「まだ、魔物相手はいいんだけど……」


まばらに枯れ木が生える荒地で、野営する事になった。


モイエンは、かなり疲れた様子で、ぐったりしている。


「馬に、水あげる」


「ありがとう…………え? みず?」


両手の中に水を作り、鼻先に差し出すと、馬はたいそう喜んでごくごく飲む。


とめどなく、延々と満たされる水を見て、モイエンの目が大きく見開かれる。


「モイエンさんも、飲む? 水筒とかあるなら」


「飲むわよっ! ていうか、水……! 水を出せるって……! なんなのよもうっ」


信じられない、と叫びながらも馬車の中でゴソゴソして、水筒を三つ出してくる。


頬がぷっくり膨らんでいるのは何故なのか。


要望通り水を満たして、一口飲んだ彼女は……。


「な、に、これ……水……?」


リュウキをきっと睨み、ごくごく水を飲み、顔をくしゃくしゃにして、ノロノロと野営の準備をはじめた。


「もうっ、なんなのよっ、ありえないのよっ!」


「あ、オレのメシとかいらないから」


「えっ?」


「食べなくても平気なんだ」


「……あなた、本当になんなの?」


微苦笑して、誤魔化すしかなかった。










魔物避けだという香炉を焚いて、モイエンは馬車の中に引っ込んだ。


リュウキは馬車の屋根上に、子狼と一緒にごろ寝だ。


天上を埋め尽くす星がきれいに見えたが、まるで知らない夜空に悲しくなった。


……夜中、馬車の中で泣いている気配がした。


落ち着かない気持ちのまま、朝焼けにさらされる。


起き出してきたモイエンの顔は、ひどいものだ。


「なに見てんのよっ」


「目、痛くない?」


つい。本当につい、手か伸びた。


水で冷やした手のひらで目元を覆う。


わなわなと口を開け閉めしていたが、結局じっとしていて……手を離すと、オパール色の眼が呆然と。


「え……? 痛くない……なんで?」


「冷やしたから」


「そんなことで……っ」


また怒りだしそうだ。リュウキはさっさと離れて、馬車の屋根に乗った。


泣いていた理由を尋ねるつもりはない。


ジトっといぶかしむ視線が下から来たが……やがて諦めて、馬車は出発する。


しばらくは、何も出なかった。昨日、あんなに魔物に襲われたのは、それだけ危険な荒地だったからだという。


「もう少し……あの山を越えればジースタン共和国よっ」


「頑張って」


「……っ」


遠く、森林が見えてきた辺りで、異変は起きた。


のんきに景色を眺めていたが、手前の森の中で、なにか争う物音が。


「! ……つかまってて!」


モイエンは、馬車を停める事なく、スピードを上げる。


土を慣らした街道らしき道が見えて、迂回するように森の中に続いており、ちょうど曲がり道の先で争い事の真っ最中。


襲われている人間が二人。身なりの良い、市民ぽい。


襲っている人間が十人以上。身なりが悪い、覆面の男達。手に手に武器を持つ。


わかりやすいなと見ていたら、モイエンはなんと、馬車を突っ込ませた。


慌てて、覆面達が飛び退る。


「こんな朝っぱらから、騒ぎを起こしてんじゃあないわよっ! 争いを止めなさい!」


思いっきり、厄介事に突っ込んだ。


覆面集団が、いきなり割り込んだ馬車から距離を取り、伺っている。


「……ッ、裁きの手か!」


「チッ」


「小娘ひとりだ! 構うな!」


いえ、馬車の上にもう一人と、もう一匹います。


「オン!」


久々の出番とばかり、子狼が飛び降りた。


「あたしは導き手よっ! 物騒な理由なら、力ずくで止めるわっ! ──って、ちょっ? 狼くん!?」


一人。二人。三人。


子狼に次々倒されていく覆面達。


襲われていた、身なりのいい二人組は唖然呆然。それはそうだ。


「ちょっとぉっ! あたしの仕事を取らないでよーっ!」


「オン?」


しょうが無いな、と言わんばかりに子狼がピタリと止まり、馬車の上に戻ってくる。


まだ、馬車の上に座ったままのリュウキを見上げて、モイエンは不服そうな顔になる。


「なんで降りないのよっ!」


なんでと言われても、今のリュウキが手を出せば大惨事になる。なので。


「頑張って?」


淡々と、応援だけだ。


「───ッ!!」


子狼を抱き上げて撫でながら、分かりやすく暴れ出した彼女の活躍を、見物した。


武器は使わず、素手と足技で着実に倒していく様子は、とても慣れている。


途中で、覆面達は退散。


残ったのは、呆然と立ち尽くす二人連れと、服のホコリを払う武闘派少女。


「やっぱり、物騒になってきてるわね……。あなた達、大丈夫?」


「は、はいっ」


「助けていただいて……」


「何があったかは、聞かないわ。割り込んで悪かったわね。じゃあ──女神さまのお導きが、ありますように」


ペコっと頭を下げたあと、気軽に片手を振って、モイエンはさっさと御者席に戻る。


てっきり、詳しい話を聞いて助けてあげたりするのかと思っていたが、そこまではしないようだ。


「……なによ。言っとくけど、いまはどの国も物騒なのよ。崩壊してないのは中央国家群くらいで──こんな僻地じゃあんなのしょっちゅうよ? それに、いまは……」


チラッと振り向くモイエンは、ジト目だ。何故だ。


「あなたを神殿に案内してるしっ」


「……ありがとう?」


「ぜんぜん、有難みがないのよっ!」


ぷんぷん怒る少女の馬車は、真っ直ぐに街道を進んで行く──。






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