落界
なんでもない1日だった。
訳ありの歳上の友人を自宅に招いて、最新ゲームでちょっと遊んで、色々驚く相手の反応を内心たのしみつつ、ついでに近くのコンビニに連れていき──自宅のドアを開けて。
「ただいま──……。?」
ドアを開けたのに玄関がなかった。
あったのは真っ白な空間。
後ろからついてきた友人が衝突を避けて、ぶつかる寸前で足をとめドア枠につかまる。
「どうしたリューキ……?」
「っ……!?」
片足を踏み出した状態で慌てて後ろに下がろうとしたのも間に合わず、というか友人にぶつかり、下に落下した。
「!? なっ──リューキ!」
「くるな!」
それが、いまさっきの出来事。
真っ白な空間から、ポイッと抜け出したいま──かなたに地平線とひろがる荒野と森や海、見知らぬ都市の群れが眼下に小さく見えている。
そう、はるか眼下だ。
まぎれもなく空から落下中という状況。
まわりに何もすがるものはなく、流石に命の危険を感じた耳に、自分を呼ぶ強い声が届いて上を見る。
「──! リューキ……っ!」
必死に手をこっちに伸ばされ、ほうけてる場合じゃないと我に返った。
金色の光の粒たちが生まれ、急激な変化から守ろうと身体を包む。無意識に光は守る。自分のみを。
「……ッ、戻れ……っ」
友人は、迷わなかった。
掴んでいたドア枠から勢いよく飛び降り、がっしりと腕を掴まれる。ドア枠が空に溶けて思わせぶりに消える様が見えてしまった。閉ざされた。
「ダメだ! レテュー!」
友人の身体だけ溶けてゆく。色素が抜けるように風に裂かれて。
存在が消される。
「ダメだ……ッ……!」
慌てて自分の光でその身を包んだが、間に合わないのは分かってしまった。
落ちて落ちて──ようやく高度を保てたのは、眼下に緑が迫ってから。
なだらかな丘のような、一面黄緑色の草原。
金色の翼を瞬間的に出し、ふわりと地面に降りる……いや、座り込む。
腕のなかに残ったのは──それを残ったと言えるのかどうか──彼の瞳と同じアイスブルーの、小さな、小さな炎。
界が異なるため、存在を許されなかった、身体を溶かされ魂だけに成り果てた──ついさっきまでそばに居た友人。
あまりのことに、声を失う。
元通りに──するには、いまいる世界の粒では無理だ。感覚で分かってしまう。だが魂だけのはかない状態のままでは、もたない。
なんとか手立てを考えないといけないのに、気持ちが焦るばかりで。
「……ッ……?」
立ち上がって、ふらついた。金の光は自分の身体を覆ったままキラキラとさざめいて、やがてうっすらと薄い膜に形を変えて全身を包み消える。
異なる界から護るため、全身を包む事で落ち着いたらしい。
リュウキは、改めて周辺に視線をさ迷わせる。
広々とした一面草の生えた草原。遠くにポツポツと木々や、低い山。
そして見上げた空は──青紫色で、楕円の太陽のような青い星が浮いている。
「……」
地球じゃないし、もちろん母親の世界とも違う。
全く知らない、世界。
知らない、異世界に落ちてしまった。