キルデス篇(下)
キルデス篇完結
「念のため、家の中を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
食事が終わり、席を立ちながらカイが許可を求める。
「どうぞ」
紳士は、拍子抜けする程にあっさりと許諾を与えた。
「この後、街にも出たいのですが」
「ご自由になさって下さい」
相変わらず、案内は無い。曲がり角の無い真っ直ぐな廊下だ。両脇に並ぶ扉の木彫りは、よく見ると1つづつの模様が違う。端から端まで歩いてみると、突き当たりにも扉があった。
「開けてもいいかな?」
ヴェルデがおずおずと皆の顔を見回すと、4人は次々に頷く。
「駄目とは言われてない」
カイの言葉に後押しされて、ヴェルデが扉に手を伸ばす。扉のどこにも取っ手が無い。かといって、引戸でも無い様子。
マウアがヴェルデの後ろに立ち、その真後ろにカイとエドムントが1列に並んだ。
ヴェルデなら、何があっても総て治る。マウアは、どんな事も防ぐから安心だ。少し先に行って偵察するスタイルを選んだ山道では、カイが先頭だった。今は、開けた瞬間に何が起こるか解らないのだ。それを見越して、多少違う並びになった。
ヴェルデの小さな手が、突き当りの扉に軽く触れる。
「仕掛けは無いようだけど」
扉にかける手に力が籠る。マウアが心配そうに見つめる。あとの2人には見えないので、黙ってハラハラしている。
「だめだ」
ヴェルデは諦めた。そこで、一番後ろのエドムントが列から離れて、用心しながら押してみた。
「無理だ」
扉はびくともしない。
結局、1階と2階にある総ての扉を試してみたが、1つも開きはしなかった。
「外行くか」
「そうだね」
4人の意見が一致して、玄関へと向かった。
「でも、1つも部屋に入れないんじゃあ、探したとは言えないよねぇ」
ヴェルデが口を尖らせる。
「もう探した、って言いたいんでしょ」
マウアは、険のある声を出す。話しているうちに、玄関まで来た。飾りの無い丸い木製のドアノブが、可愛らしい扉についている。
「念のため」
と、ヴェルデが開ける役目に立候補する。
扉は静かに開き、4人は街路に踏み出した。夕暮れの街には、オレンジ色の灯りがゆらゆらと揺れる球になって、空中を動き回っている。灯りの球は、通行人に触れないような高さを移動していた。
家路を急ぐ小父さんも、デートに出掛ける恋人たちも、子犬をつれたご婦人も、みんなみんなオレンジ色に染まっている。目の前にある風景なのに、硝子越しのようで現実感が無い。
カイがスタスタ歩いて行く。マウアが文句を言いながら、急ぐ素振りもなくゆったりと後を追う。カイを見失うことは無い。そう言うふうに、歩いてくれているのだ。
路地をのぞき、脇道に逸れ、店の裏手も欠かさず調べる。屋根を見上げ、さりげなく窓の中ものぞき、人の集う宴席の足元には視線を投げる。
月が真上に登っても、まだ手掛かりは得られない。行き交う人も疎らになって、4人もそろそろ疲れてきた。
「やっぱり街には居ないのかなあ」
マウアが弱音を吐き始める。ヴェルデは欠伸ばかりしている。
「今日の所は、もう帰って寝るか」
「そうねへぇぇ」
エドムントの提案に、ヴェルデがむにゃむにゃと答える。
明日は、朝食前にもう一度街を捜す事にした。食事をしたら、いよいよ魔境だ。一体どんな場所なのか、想像すら出来ない。
お読み下さり、ありがとうございます。
「丸猫捕獲篇」上下で完結です。